事故です
ネムネシアの一つ手前の駅で下車したノワールは、まっすぐに荒野を歩いていた。
半日ほど歩いたところで、目的地にたどりつく。
夕日に照らされた荒野には、キューブ型の建物が建っていた。
その建物――研究所の近くには白衣を纏った老人が佇んでいる。
リングラントだ。
「いつ魔物が現れるかもわからん荒野を徒歩で移動するバカは、貴様くらいのものだろうな」
リングラントが挨拶代わりに罵ってくる。
「魔力を温存しておけと命じられたわ」
「どのみち飛行魔法は使えんだろう」
「……飛行魔法のルーンは複雑だもの」
「あんな簡単なルーンも覚えられんとは。どこまでバカなのだ貴様は」
そう言って、リングラントは自慢げに笑う。
「貴様のようなバカとは違って、ゴーレムは賢いのだ! あらゆる魔法を使いこなせるのだ! 最大級の魔法を、永続的に使うことができるのだ!」
なにせゴーレムに魔力切れはないのでな、とリングラントは高笑いする。
「ゴーレムが見当たらないわ」
「くくくっ。ゴーレムなら貴様のすぐそばに立っているではないか」
「すぐそばに……?」
リングラントが生み出した特別製の魔力回路は巨大だ。
それを移植されたゴーレムは、最低でも全長8メートルはあるはずだ。
近くにゴーレムが隠れられそうなところはないし、いったいどこにいるのだろうか。
……もしかして、ゴーレムはリングラントの空想の産物なのではないだろうか。
研究に没頭するあまり精神的におかしくなり、見えないものが見えるようになったのかもしれない。
そんなノワールの予想は、次の瞬間否定された。
「さあ、姿を現すのだゴーレムよ!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
透明魔法で姿を消していたのだろう。
リングラントが命令した瞬間、ノワールの目の前に人型の岩石が現れた。
ごつごつとした両手には、二本の魔法杖が握られている。
「ときにノワールよ。歩き疲れているのではないか?」
ノワールは素直にうなずいた。
どこかで馬を借りてもよかったが、ゴーレムとの戦いに巻きこんではいけないと思い、徒歩で移動することにしたのだ。
「では回復させてやろう。全力で戦ってもらわねば、貴様を呼んだ意味がないのでな。――ゴーレムよ、ノワールに万象治癒を使うのだ!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
ゴーレムは一瞬にしてルーンを完成させた。
ノワールの体力が全快する。
「これで準備は整ったな? では、さっそくゴーレムの最終チェックをさせてもらう!」
ノワールは身構える。
「ゆけ、ゴーレムよ! まずは防御魔法だ!」
リングラントが指示を出している間に、ノワールは氷槍のルーンを完成させた。
氷槍がゴーレムめがけて高速で放たれる。
しかし氷槍はゴーレムの身体に触れる直前、粉々に砕け散ってしまった。
「くっくっく。防御魔法を使ったゴーレムには、どんな攻撃だろうと通用せん! なぜならゴーレムは世界最強の魔法使いだからだ! さあ、ゴーレムよ! ノワールに本当の攻撃というものを見せてやれ! 火焔弾だ!」
ひょっとして、ゴーレムはリングラントの指示を受けないと動けないのだろうか。
ルーンを描くスピードは驚異的だが、リングラントが指示を出している限り、ノワールは先手を打つことができる。
ノワールは前方に氷の壁を出現させた。
昇級試験のときに生み出した氷壁の、実に五倍の魔力をこめたものだ。
だというのに、火焔弾が完成した瞬間、氷壁は瞬く間に溶け始めた。
ゴーレムが上空に生み出した火焔弾の直径は――50メートルを超えていたのだ。
「これは……ちょっと勝てそうにないわ……」
規格外の強さを目の当たりにして、ノワールの顔に恐怖が浮かんだ。
このまま防御を続けていても、いたずらに魔力を消耗するだけだ。
一方、ゴーレムに魔力切れはない。
すべての魔力を使い、一撃で勝負を終わらせないと……。
そうしないと、ゴーレムは倒せない。
「バカ者! それでは私まで死んでしまうではないか! 空に飛ばすのだ、空に!」
ぼん! と音を立て、火焔弾が夕焼け空へと放たれた。
その隙に、ノワールはすべての魔力をこめて氷槍を生み出した。
「お願い、貫いて……!」
氷槍が放たれる。
だが、氷槍はゴーレムに触れることなく粉々に砕けてしまった。
「学習能力のない奴め! 防御魔法を使ったゴーレムにはどんな攻撃も通用せんと言っただろう!」
たしかにリングラントはそう言っていた。
だが、すべての魔力をこめた一撃すら通用しないとは思わなかったのだ。
こんなバケモノを退治できる魔法使いなど、いるわけがない……。
魔力を使い果たしたノワールは、その場に倒れてしまった。
その姿を見て、リングラントは愉快そうに笑いだした。
「私の唯一の成功例だったノワールが手も足も出ないとは! 強い! 強すぎるぞゴーレムよ! さすがは私の最高傑作だ!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「こうなったらノワールは用済みだ! さあ、ゴーレムよ! ノワールを殺すのだ! それが終わったら勇者一行を殺すのだ! くくく、まずは誰から殺してやろうか。モーリスか? コロンか? やはり最初はフィリップからか? とにかく勇者一行を皆殺しにして、ゴーレムこそが世界最強の魔法使いだと全世界に知らしめ――」
スパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!
ゴーレムと研究所が真っ二つになった。
いつの間にか100万PVを超えていました。
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