逆パターンは考えません
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俺はエファエル家の空き部屋で、魔法杖を見つけてしまった!
……いや、見つけてしまった、ってのは大袈裟だな。
冷静に考えれば魔法杖は一家に一本どころか、一人一本は持ってるものだしさ。
定期的に買い替えるひともいるし、空き部屋に放置されててもおかしくはない。
けど、俺は16歳になったいまでも魔法杖を持っていない。
それどころか、触ったことすらないのだ。
そんな魔法杖が、俺の目の前に転がっている……。
予期せぬ出会いに、俺はどきどきしてしまっていた。
「……ちょっと触ってみてもいいかな?」
俺は四つん這いになり、顔を床に近づけるようにして魔法杖を眺める。
「ししょー、ご飯っすよ~……って、なにやってんすか?」
エファがぽかんとした顔で俺を見下ろしている。
いまの俺は、客観的に見るとかなりの不審者だ。
弟子にこんな姿は見せられない。
俺はすぐさま正座する。
「魔法杖があったから、びっくりしたんだよ」
「あー、これ、わたしが5歳のときに買ってもらった魔法杖っすね」
エファは俺の前に正座すると、当時を懐かしむように言った。
「買い替えたのか?」
「これ、子供用っすからね。手が大きくなって握り心地が悪くなったんすよ。それで10歳の誕生日に新しいのを買ってもらったんすけど……」
エファは俺の顔を不思議そうに覗きこむ。
「あの、そんなに魔法杖が珍しいんすか? 毎日のように見てると思うんすけど……」
「見たことはあるけど、触ったことはないからな」
エファはきょとんとする。
「でも師匠、魔力がないって言ってなかったっすか?」
「言ったぞ」
「魔力がないって、どうやって確かめたんすか?」
「確かめるもなにも、魔力斑が浮かばなかった……」
そこまで言って、俺はふと思った。
生まれつき魔法の才能が壊滅的だと、1歳~4歳の頃に人体に浮かぶ魔力斑は限りなく薄くなる。
魔力斑があまりにも薄すぎると、しっかり確認したつもりでも、見落としてしまうこともある。
そして俺は記憶にある限り、魔力測定を受けたことがない。
魔法杖を使って、魔法を使おうとしたこともないのだ。
つまり――
俺に魔力が宿っていないという証拠は、どこにも存在しないのだ!
もしかすると、俺はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
自分に魔力がないと思いこんでいただけで、本当は魔法を使うことができるのかもしれないのだ!
そう考えると、いてもたってもいられなかった。
「エファ!」
「なんっすか、師匠っ!」
「ちょっとこれ借りてもいいか!? 俺に魔力があるかどうか、確かめたいんだ!」
魔法杖は魔法使いにとって『魂』みたいなものだ。
信頼関係を結んでいるからといって、おいそれと貸していいものではない。
俺はそう思っていたのだが……
「そういうことなら、その魔法杖は師匠にお譲りするっすよ!」
エファはにっこり笑ってそう言った。
「いいのか?」
「こんなところでほこりをかぶるより、誰かに使ってもらったほうが魔法杖も幸せっすからね」
「エファ……」
良くできた弟子を持てて、俺は幸せ者だ。
「俺の、魔法杖……」
俺はそっと魔法杖を手に取った。
つるつるとした柄は、しっかり握らないと落としてしまいそうだ。
いやぁ、もうほんと……触っただけでこんなに感動するとは思わなかったよ。
これで本当に魔法が発動したら、嬉しすぎて死んじゃうかもしれないな。
その逆パターンは……まあ、考えないようにしとくか。
「じゃあ、ちょっと魔法を使ってくるからな」
「あっ、その前にご飯を食べてほしいっす。温かいほうが美味しいっすからね」
「わかった。楽しみはあとに取っとくよ」
俺はどきどきしつつ、エファとともに食卓へと向かうのだった。
仕事が忙しくなってきましたが、もうしばらくは毎日更新できるように頑張りたいと思います。
次話は明日の夕方~夜頃更新予定です。




