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努力の結晶です

 そして翌日の昼下がり。


 俺とキュールさんは、第二闘技場を訪れていた。


 多くの生徒が俺たちの試合を見るために集まり、会場は賑々しい声に包まれている。



「きみと勝負できる日を心待ちにしていたよ! 全力で戦おうじゃないか!」


「はい! 正々堂々戦いましょう!」



 いよいよ魔法使いのデビュー戦が幕を開けるのだ。


 さっきから心臓が高鳴っている。緊張でカマイタチ(物理)が生じないように気をつけないとな!


 俺は腰元のホルダーから相棒を抜き、構える。


 そうして準備が整ったところで、アイちゃんが客席から声を響かせた。




「それでは――試合開始ですわ!」




 その瞬間、眩い光が視界を覆う。


 じゅわっと蒸発音が響き、焦げた臭いが漂ってきた。


 光線魔法の直撃を受けたらしく、俺の服の腹部に大穴が空いていた。



「光線魔法じゃびくともしないか! さすがだね! でも、これならどうだいっ? ――重力100倍!」



 ずぶずぶっ!


 俺の身体が地中に埋まり、首だけになる。


 武闘大会でヤンさんが使った必殺技だ。


 光線魔法の直後に重力魔法を使うなんて――ほんと、キュールさんの魔力は凄まじいな! 


 普通なら魔力が尽きてしまってもおかしくないが、キュールさんの魔力にはまだ余裕があるようだ。


 続けざまにルーンを描き――



「これをお見舞いするよ!」



 俺の頭上に大きな氷塊が生まれ、隕石の如く降ってきた。


 ばきばきっ!


 頭にぶつかり、氷塊が粉々に砕け散る。


 キュールさんの魔法は、一発一発が特大だ。


 強力な魔法の連続に、生徒たちは歓声を上げている。



「さすが頑丈だね! 正攻法じゃきみに勝つのは不可能だ! でも、きみにダメージを与える方法はあるよ!」



 キュールさんがルーンを描き、俺の顔が水の膜に覆われる。


 次の瞬間、パキパキと音を立て、水の膜が凍りついた。



「呼吸をするには氷を破壊しなきゃいけない! だけど、僕の氷はちょっとやそっとじゃ砕けないからね! 氷を壊すには、思いきり顔を叩きつけなきゃならないのさ!」



 つまりは自滅狙いか! 


 たしかに俺の攻撃は俺に通じる。


 キュールさん、戦い慣れてるな。


 さすがは大魔法使いだぜ! 


 でも――



 ばきぃぃん!



 俺は手を触れることなく氷を砕いた。


 キュールさんが戸惑うようにあとずさる。



「い、いったいどうやって氷を砕いたんだい!?」


「表情筋です!」



 思いきり笑うことで、内側から氷を破壊したのである!



「さあ、今度は俺の番ですよ!」



 キュールさんは動揺している。


 だが、キュールさんほどの精神力の持ち主なら、すぐに落ち着きを取り戻すはず。


 隙を突くなら、うろたえているいまがチャンスだ!


 俺はすべての魔力をこめてカマイタチのルーンを描き――




「これが俺の全力です!」




 風の刃を放った。




 すぱんっ!!!!




 キュールさんの魔法杖が真っ二つになり、闘技場の壁が裂けた。


 カマイタチは壁を貫通したらしく、割れ目から外の景色を眺めることができる。



「あっ! す、すみません!」



 俺としたことが、カマイタチ(物理)を使っちまった。


 物理的な風が発生しないように気をつけたつもりだが、上手く魔法杖を使うことができなかったようだ。


 でも、いつまでも不慣れなままじゃない。


 こうして実戦経験を積んでいけば、いずれは落ち着いて魔法杖を使えるようになるはずだ。


 前向きに考えていると、キュールさんが感心したように吐息した。



「闘技場の壁を壊すなんて……きみ、信じられないくらい強くなったね」


「違うんです。俺、武術を使ってしまったんです……キュールさんの魔法杖を真っ二つにしたのも、壁を切り裂いたのも、魔法じゃなくて武術なんですよ……」



 俺の告白に、キュールさんはきょとんとする。


 そして、優しげにほほ笑みかけてきた。



「違うよ。きみは魔法で僕を無力化したんだ」


「俺が、魔法で……?」


「そうさ。もしいまのが武術のカマイタチだったら、被害はこんなものじゃ済まないからね」



 たしかにカマイタチ(物理)にしては威力が弱いけど……



「魔法杖を失った以上、僕に勝ち目はなくなった。つまり、きみの勝ちというわけさ」


「俺が、魔法で……勝った?」



 カマイタチ(魔法)で闘技場の壁を破壊するなんて芸当、俺にできたっけ?


 民家の壁ならまだしも、この闘技場はとびきり頑丈な造りになってるんだけど……。



「でも俺、ほんの数日前までは、こんなことできませんでしたよ」


「きみはこの数日で成長したのさ。思い当たる節はないかい?」


「思い当たる節……まさか」



 以前、父さんは言っていた。




 ――孤独はひとを強くする、と。




 そして俺は、孤独を受け入れた。


 大好きなみんなと二度と会えなくなるのを覚悟の上で、ヴァルハラへと旅立ったのだ。



「愛するひととの今生の別れを受け入れ、きみは異世界へ向かった。その決意が、きみの心を強くしたのさ」


「決意で、強く……」



 俺は戸惑ってしまう。


 ヴァルハラ行きは、強くなるのが目的じゃなかった。


 みんなを守るために、俺はヴァルハラへ向かったのだ。


 そのおかげで精神力が鍛えられ、一気に魔力が増幅した。


 予想外すぎて、どうしても戸惑ってしまう。


 でも……


 あの壁の傷、俺がつけたんだよな? カマイタチ(物理)じゃなく、カマイタチ(魔法)で!


 切り裂かれた壁を見て、じわじわと実感が湧いてくる。


 カマイタチで闘技場の壁を壊せるようになったのだ。


 いまの俺なら、すべての風魔法を使いこなせるはずである!


 つまり、夢にまで見たど派手な魔法を使うことができるのだ!





「おめでとう、アッシュくん! きみは大魔法使いだよ!」





 キュールさんが拍手をする。


 事情を察したノワールさんたちが手を叩き、それにつられて生徒たちが歓声を上げる。


 こんなふうに祝ってもらえるなんて……。


 今日は最高の一日だぜ!


 俺が涙ぐんでいると、ノワールさんたちが駆け寄ってきた。



「さっそく魔法を使うのかしら?」


「どんな魔法を使うんすかっ?」


「あたし、目に焼きつけるよ!」


「早く見せてほしいであります!」


「アッシュのど派手な魔法を――努力の結晶を見せてほしいのじゃ!」


「魔力が回復したら見せてあげるよ! ど派手な魔法をね!」



 俺が言うと、モーリスじいちゃんがわくわくとした眼差しを向けてくる。



「楽しみじゃのぅ! して、ど派手な魔法というのは、具体的にどんな魔法なのじゃ?」


「えっと、ど派手な魔法っていうのは……ど派手な魔法っていうのは…………」



 俺は言葉に詰まってしまう。


 ものすごく……本当に、ものすごくいまさらな疑問が湧いてきたのだ。


 ど派手な魔法を使うのは、昔からの夢だった。


 そのために、俺は修行を続けてきた。


 だけど――





「……風系統って、ど派手な魔法とかあったっけ?」





 モーリスじいちゃんはハッとする。



「い、言われてみれば……ど派手もなにも、風魔法は目に見えぬのじゃ……」


「だ、だよね……。風を操るわけだけど、風は目に見えないもんね……」



 俺としたことが、そんなことにも気づかないなんて。



「な、なんというか、その……残念じゃったな」



 モーリスじいちゃんが遠慮がちに慰めてくる。


 俺は、にこりと笑った。



「残念なんかじゃないよ。俺、べつに悲しんでるわけじゃないからね。むしろ嬉しいよ」


「嬉しい……じゃと?」


「うん。やることができて嬉しいんだ」



 19年の歳月をかけて『大魔法使いになる』という夢を叶えたいま、新たな目標が欲しいと思っていたところなのだ。




「俺、オリジナルの魔法を――ど派手な魔法を編み出すよ!」




 新たな夢を口にした途端、いてもたってもいられなくなる。


 早く修行を再開したい!


 自分だけの魔法を編み出したい!


 そして、誰も見たことのないど派手な魔法を使いたい!



「私、貴方がど派手な魔法を使う瞬間を見届けるわ」


「アッシュ殿! 私にも見せてほしいであります!」


「完成したらみんなに見せてあげるよ!」


「楽しみであります!」


「私も楽しみだわ。どんな魔法を編み出すのかしら?」


「どんな魔法になるかはわからないけど、ど派手な魔法になるのは間違いないよっ!」


「師匠ならぜったいに編み出せるっす!」


「アッシュくんがどんな魔法を編み出すか、すっごく楽しみっ! どこで修行するのっ?」


「まずは王立図書館でルーンの勉強をするよ! すべてはそこから始まるんだ!」


「王立図書館なら行ったことあるっす! 瞬間移動を使えば、いつでも会えるっす!」


「あたしも仕事の合間に会いに行くねっ! あと、電話もするねっ!」


「うん。俺のほうからも電話するよ! もちろんモーリスじいちゃんにもね! だからそんな寂しそうな顔しないでよ」



 俺との別れが迫り、つらくなったのだろう。


 涙ぐんでいたモーリスじいちゃんは涙を拭い、明るく笑いかけてきた。




「アッシュよ! たまには顔を見せるのじゃぞ!」


「うん! じゃ、行ってきます!」




 大好きなひとたちに見送られるなか、俺は新たな修行の第一歩を踏み出したのであった。





     ◆





 ある日のこと。


 とある町に佇む家のなかで、小さな子どもがはしゃいでいた。


 窓にべったりと顔を押しつけ、目をキラキラと輝かせ、楽しそうに笑っている。



「さっきからなにを見ているの?」


「ママ! 見て! お外が綺麗なの!」


「お外が綺麗……?」



 母親は不思議そうにしながらも、窓の外を覗き見た。


 そして、息を呑む。




 窓の外に、虹色の風が吹いていたのだ。




 オーロラのような神秘的な風を見て、思わずうっとりしてしまう。



「すごいね! お外、綺麗だね!」


「ええっ。すっごく綺麗ねっ!」



 虹色に彩られた美しい景色に、母親は子どものように無邪気に笑う。




 ……この日、虹色の風は大陸の至るところで観測され、多くの人々がその美しさに魅了され、世界中が虹色の風の話題で持ちきりになった。



 それがとある魔法使いの努力の結晶であることは、極一部の人間しか知らない――……




これにて完結です。

アッシュくんの修行に最後まで付き合ってくださり、本当にありがとうございます。

連載はこれにて完結となりますが、コミカライズのほうは始まったばかりですので、

よろしければそちらのほうもお楽しみいただけますと幸いです。

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[一言] 完読しました。 優しい話でほんわかしました。 最後の虹色の風は水魔法と風魔法の複合魔法かもしれませんね
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