闘志を滾らせます
その日の夕方。
「おや? なぜアッシュ殿がここに……?」
エルシュタニアにたどりついた俺は、ネミアちゃんと鉢合わせた。
「モーリス殿の誕生日パーティは終わったのでありますか?」
この様子だと、トロンコさんから魔王の話は聞かされていないようだ。
せっかく楽しい学院生活を送ってるのに、魔王の話をして不安がらせるのは気が引ける。
魔王は一掃したし、知らないままにしておいたほうがいいだろう。
「忘れ物を取りに来たんだ。ネミアちゃんこそ、こんなところでなにしてるんだ?」
「魔法杖を買いに行くところであります! 私の魔法杖、昇級試験で壊れちゃったでありますからね!」
今日が昇級試験だったのか。
いつもはもうちょっと早いけど、最近までアイちゃんは大忙しだったからな。
サンドアント掃討作戦で開始日時が遅れてしまったのだろう。
「昇級試験、どうだった?」
「筆記試験はだめだめだったであります!」
「そっか。まあ、ネミアちゃんはまだ12歳だしな。それで、実技試験は?」
「一対一の真剣勝負で、上級クラスの女の子に負けちゃったであります!」
結果は芳しくないのに、ネミアちゃんは笑みを絶やさなかった。
課題がたくさん見つかって嬉しいのだろう。
課題があるってことは、強くなるための道標があるってことだからな。
前向きなネミアちゃんなら、これからどんどん強くなっていくはずだ。
俺も負けないようにしないとな!
「ところで、アッシュ殿にひとつお願いがあるのでありますが……」
「お願い?」
「はい。実を言うと――っと、電話であります。ちょっと失礼するであります」
礼儀正しくそう言って、携帯電話を耳に当てる。
「どうしたのでありますか? ……えっ? 大事な話? 直接会って話したい? てことは、こっちに来るのでありますねっ?」
ネミアちゃんは嬉しそうに顔を輝かせた。
「私、話したいことがたくさんあるでありますよっ! 楽しみでありますなぁ! ……え? 楽しみにしないほうがいい? アッシュ殿にまつわる悲しい話をするつもり? 悲しい話って、アッシュ殿になにかあったのでありますか? 私が見たところ、アッシュ殿は元気にしてるでありますが――」
『~~~!』
「ひゃぅあっ! 急に叫ぶからびっくりしちゃったでありますよ! ……え? アッシュ殿でありますか? 私の目の前に立ってるでありますけど……いま代わるであります」
「誰から?」
「おじいちゃんであります。事情はわからないでありますが、びっくりしてるであります」
電話の主はトロンコさんだったようだ。
そりゃびっくりするよな。ヴァルハラにいるはずの俺が、エルシュタニアにいるんだから。
ネミアちゃんが俺の耳に携帯電話を押しつけ、魔力を流す。
「お電話代わりました、アッシュです」
『そ、その声、ほんとにアッシュなのだな!? 吾輩の幻聴ではないのだな!?』
「幻聴じゃありませんよ」
『そ、そうか……! よくぞ無事に帰ってきた! 怪我はしておらぬか?』
「はい。そっちはどうですか? ノワールさんはどうなりました?」
『みんな無事だ。お主が時空の歪みに飛びこんだ瞬間、分身が溶けてしまってな。ノワールも元通りになったのだ』
ノワールさんたちの無事を知り、俺は胸を撫で下ろす。
「みんなはいまどうしてますか?」
『ノワールとフェルミナとエファとモーリス殿は寝ているぞ。4人ともお主が消えたあと泣きじゃくっておったし、疲れてしまったのだろうな。もうしばらくは起きぬだろうし、のんびり帰ってくるがよい』
「わかりました! では後ほどお会いしましょう!」
『うむ! 気をつけて帰ってくるのだぞ!』
通話が終わり、ネミアちゃんに携帯電話を返す。
「おじいちゃん、なんて言ってたでありますか?」
「大事な話をする必要はなくなったらしいよ」
「そうでありますか。……ちなみに、アッシュ殿はこのあとご予定あるでありますか? もしよければ、一緒に魔法杖を選んでほしいのでありますが……」
さっき言いかけたお願いって、このことだったのか。
「わかった。ネミアちゃんの魔法杖選びを手伝ってあげるよ!」
「わーい! 実は私、魔法杖に詳しくないでありますからね! なにを買うべきか迷っていたのでありますよ!」
そうして俺たちは魔法杖ショップを訪れた。
それから一緒に魔法杖を選び、ネミアちゃんを学院まで送り届けたあと、キュールさんの屋敷へ向かい――
「おかえりアッシュくんっ!」
「また貴方に会えるなんて夢みたいだわ……!」
「こうしてアッシュの姿を見ることができたのが、なによりの誕生日プレゼントじゃ!」
「さすが師匠っすね! ぜったいに帰ってくるって信じてたっす!」
「もし怪我をしているなら、遠慮せず私に言うんだよ。すぐに治してあげるからね」
「わ、わたしも怪我が治る薬を持ってるわ」
フェルミナさんたちに笑顔で出迎えられた。
みんなの顔を見ていると、じわじわと喜びが湧いてきた。
もう二度と会えないと思ったけど、こうして無事に再会できたのだ。
あのとき勇気を出して時空の歪みに飛びこんでよかったぜ!
「平気です! 俺、《銀の帝王》と《金の帝王》の攻撃は受けてませんから!」
「《金の帝王》は初耳だわ。どんな魔王だったのかしら?」
「金ぴかの魔王だったよ。叫んだら粉々になったんだ」
「さすがアッシュくんだね。でも、どうやって帰還したんだい? ヴァルハラで世界を行き来する魔法を学んだのかい?」
キュールさんが不思議そうにたずねてくる。
「《金の帝王》の魔法でこっちに戻ってきたんです。世界最東端の遺跡に魔王の親玉がいて、そいつの復活に立ち会わせてやる――とか言ってました」
「最東端の遺跡にいた魔王は、アッシュが倒したはずよ」
「そうなんだよ。あいつは異次元に棲んでて気配を消してたから、《金の帝王》たちは《魔の帝王》がいなくなってることに気づかなかったんだ。そんなわけで魔王はもういないよ」
「じゃあ、貴方との旅を邪魔されることもなくなるのね?」
「うん。これで修行に集中できるよ。ノワールさんが怪我してないならすぐにでも武者修行を再開したいくらいだよ」
ノワールさんは、ぱあっと顔を輝かせた。
「私は怪我なんてしてないわ。貴方が守ってくれたもの。だから、すぐにでも出発できるわ。また貴方と旅ができて嬉しいわ……」
「俺もだよ! でも、その前にひとつやることがあるんだ」
「ご飯かしら?」
「それもあるけど、もうひとつ大事なことがあるんだ」
俺はキュールさんを見つめ、告げるのだった。
「勝負しましょう!」
「望むところさ! 試合日時に希望はあるかい?」
「なるべく早くがいいです!」
「気があうね! 僕もそう思っていたところさ! さっそくアイナ様に連絡してみるよ!」
キュールさんはアイちゃんに電話をかけ――
「明日の午後、第二闘技場で戦おう!」
さっそく話がまとまったらしく、嬉しそうな顔で言う。
「ふたりの試合を観戦してもいいかしら?」
「わしも見たいのじゃ! アッシュの試合を見たいのじゃ!」
「モーリス殿が見るのであれば、吾輩も見たいのだ!」
「わたしも弟子として、師匠の戦いを見届けたいっす!」
「あたしも魔法騎士団として、ふたりの試合を参考にしたいなっ!」
「せっかくだから、わたしも見るわ。……でも、みんなで押しかけて迷惑じゃないかしら?」
「構わないさ。闘技場は広いからね。みんなでアッシュくんの成長を見届けようじゃないか」
みんなが観戦に来てくれるんだ。みっともない試合はできないな。
キュールさんは世界最強の魔法使いだけど、俺だって日に日に成長してるんだ!
どこまでやれるかはわからないけど、魔法使いとして立派に戦い抜いてやるぜ!
そうして俺は闘志を滾らせるのだった。