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ヴァルハラです

 地鳴りのような声が響いた次の瞬間――


 カバンが内側から引き裂かれ、メタリックな人形が飛び出してきた。



 親指サイズの人形だ。



 その小さな人形を見て、モーリスじいちゃんたちはきょとんとしている。


 しかし俺とノワールさんだけは、人形の正体に察しがついていた。


 小さいながらも、人形は見覚えのある鎧武者の姿をしていたのだ。


 すなわち――




「お前、魔王だな?」


『いかにも! 吾輩は《銀の帝王シルバー・ロード》だ!』




 ぎゅむっ!!!!


 俺は瞬時にしゃがみ込み、人形を握り潰した。


 パッと手を開いてみると――《銀の帝王》は原形を留めていなかった。


 しかし。



「また出てきたっす!」



 部屋の隅っこに置いていた俺たちのカバンから、《銀の帝王》がわらわらと出てくる。



『クックック。残念だったな、アッシュよ。貴様が握り潰したのは吾輩ではない。吾輩の生み出した分身に過ぎぬのだ!』


「分身だと?」


『然り。吾輩は《銀の帝王》――すべての銀は、吾輩の支配下に置かれているのだ! ゆえに、吾輩は銀を意のままに操ることができる! 銀を分身として操ることなど造作もないのだ!』



 こいつ、俺たちの銀貨を分身に変えやがったのか!


 てことはこの場の分身を一掃しても、屋敷中の銀がこいつの分身になるってことだ。


 そして屋敷中の分身を潰しても、街中の、国中の、世界中の銀が《銀の帝王》の分身になってしまうのだ。


 早いところ本体を倒さないと世界がパニックに陥ってしまう!


 くそっ、いったい本体はどこにいるんだ!



「近づいてきたっす!」



 小さな分身たちがじりじりと詰め寄ってくる。


 まずい。


 あまりにも数が多すぎる! 


 おまけに小さすぎる! 


 部屋ごとぶっ飛ばせば一掃できるが、それだとみんなを危険な目に遭わせてしまう!


 占い師さんが言ってた『銀に用心』って、こういうことだったのか!



「卑怯だぞ! 狙うなら俺ひとりにしろ!」


「アッシュよ! わしらの身は、わしらで守るのじゃ! お主は本体を見つけだすことに専念するのじゃ!」



 モーリスじいちゃんが拳を構え、みんなが魔法杖を抜いた。



『クックック。貴様らの抵抗など時間稼ぎにもならぬ。なぜなら――』


「ノワちゃんが!」



 フェルミナさんの悲鳴が響いた。


 ノワールさんの足が、メタリックになっていたのだ。


 どうやらポーチに入れていた1枚の銀貨が、《銀の帝王》に化けたらしい。


 ポーチが裂け、ノワールさんの足もとに分身が佇んでいた。



「お前、ノワールさんになにをした!」



 俺はすかさず足もとの分身を握り潰し、虚空に問いかける。



『吾輩の分身に触れた生物は、銀に変わる。すなわち、じきにこの場の全員が吾輩の分身になるのだ!』


「全員じゃないわ」



 と、ノワールさんが言う。



「だって、アッシュは手で握り潰したのに平然としてるもの。アッシュには、貴方の力が通用しないのよ」



 実際、俺は銀になっていない。


 きっと俺の自然治癒力が《銀の帝王》の力を上回っているのだろう。



『アッシュがニンゲンを超越していることは承知しておる! ゆえにこれは想定の範疇なのだ。もとより、吾輩ひとりでお主を葬ろうとは思っておらぬのでな!』


「だったらまとめてかかってこい! まずはお前から倒してやる!」


『クックック。吾輩との勝負を望むか。それは吾輩としても望むところ! もっとも、吾輩の真の力を目の当たりにした瞬間、貴様は絶望に支配され、逃げ惑うことになるがな! しかし我らの大望を成就するため、貴様を逃がすわけにはいかぬ! ゆえに、そこのニンゲンを――《氷の帝王アイス・ロード》を人質に取ったのだ! これで貴様は逃げることも隠れることもできぬ。急いで吾輩を倒す以外に《氷の帝王》を救う道はないのだから!』



 逆に言うと、《銀の帝王》を倒しさえすればノワールさんを救えるってことか!



「お望み通り戦ってやる! だからいますぐ姿を見せろ!」



 すでに銀はノワールさんの膝まで侵食しているのだ。


 このペースだと、5分も経たずにノワールさんは銀になってしまう。


 急いで倒さないとノワールさんがノワールさんじゃなくなってしまうのだ!




『吾輩と戦いたいのであれば、ヴァルハラへ来るがよい!』



 キィィィィン!!!!


 と、ふいに黒板を引っかくような音が響き、空間に亀裂が走る。


 時空の歪みだ。



『さあ、アッシュよ! そこへ飛びこみ、吾輩のもとへ――ヴァルハラへ来るのだ!』



 どうやら《銀の帝王》は、時空の歪みの向こうから――ヴァルハラからこの世界へ干渉しているらしい。


 居場所がわかった以上、やることはひとつしかない。



「俺、《銀の帝王》を倒してくるよ!」


「待ってほしいわ!」



 時空の歪みに飛びこもうとした瞬間、ノワールさんが必死な声で呼び止めてきた。



「どうして止めるんだ? 急がないとノワールさんが死んでしまうんだぞ!」


「わかってるわ。もう脚の感覚がないもの。でも、貴方にヴァルハラへ行ってほしくないわ。だって、違う世界に行ったら、もう帰ってくることができないもの」



 ノワールさんの言う通りだ。


 魔王に負けるつもりはないが、この世界に帰還することはできないだろう。


 俺に異世界を自由に行き来する力などないのだから。


 ここでの別れは、今生の別れを意味しているのだ。


 大好きなみんなと二度と会えなくなるなんて嫌だ。


 そんな孤独に耐えられる自信はない。


 だとしても――




「俺は行くよ」




 俺の決意は揺らがなかった。


 このままだと、ノワールさんだけじゃなく、みんなが銀になってしまうのだ。


 みんながこの世界から消えてしまうのだ。


 どちらの選択肢を選ぼうと、俺は孤独に苛まれることになる。


 だったら、俺はみんなを守りたい。


 大好きなみんなを守ることができるなら、孤独にだって耐えてみせる!


 俺の決意を察したのか、ノワールさんは涙ぐんだ。



「行かないでほしいわ……」


「ごめん、ノワールさん……せっかく修行に付き合ってくれたのに、大魔法使いになる瞬間を見せてあげられなくて……」


「謝らないでほしいわ……。貴方と一緒にいられて、すごく楽しかったもの……」


「ノワールさん……。ありがと。俺も楽しかったよ」


「もっと一緒にいたいわ……」


「アッシュくん……ほんとに行っちゃうの?」


「師匠とお別れなんて嫌っすよ……」



 フェルミナさんとエファが、悲しげな顔で見つめてくる。



「心配いらないよ! 俺は頑丈だからねっ! ヴァルハラがどんな場所かは知らないけど……でも、元気にやっていく自信はあるよ!」



 みんなを不安にさせないように、俺は明るい声で告げる。



「そうだね。きみなら元気にやっていけるさ。だって、きみは本当に強い人間なんだから! きみと戦える日を、いつまでも待ち続けているよ!」


「はい! 俺、魔法使いとしてキュールさんに勝てるように、ヴァルハラでも修行します! いつの日か戻ってくることができたら、そのときは約束通り勝負しましょう!」


「望むところさ!」


「待つのだアッシュよ! お主が消えたら、ネミアになんと伝えればよいのだ! ネミアはお主に懐いておるのだぞ!」


「だいじょうぶです。ネミアちゃんは強い娘ですから、必ず悲しみを乗り越えられます!」


「それでもお主をヴァルハラへ行かせるわけにはいかぬ! 魔王は吾輩が倒してやるのだ!」


「トロンコの言う通りさ。魔王と戦うのは勇者一行の役目だからね」


「そ、そうね! 私も力を貸すわ!」


「無論、わしもじゃ! アッシュを守るためならば、命など惜しくないわい!」



 俺を守るために、師匠たちが命を投げだそうとしている。


 みんなの気持ちはすごく嬉しい。


 でも――



「ヴァルハラには、俺ひとりで行くよ」


「な、なぜじゃ!」


「師匠たちの強さは知ってるけど……魔王を倒せるのは俺だけなんだ。確実にノワールさんを守るためにも、俺がヴァルハラに行かなくちゃいけないんだよ」



 師匠たちに想いを告げ、俺は時空の歪みに向きなおる。



『クックック。どうやら覚悟は決まったようだな!』



「ああ! いますぐヴァルハラに行ってお前を倒してやる!」



『ならば急いで来るがよい! この《銀の帝王》がじきじきに貴様の相手をしてやろう!』



「望むところだ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 俺は現世への未練を断ち切るように、勢いよく時空の歪みに飛びこんだ。



 その瞬間、視界が変わり――




 パァァァァン!!!!!!




 破砕音が響いた。


 ものすごく聞き馴染みのある音だった。


 まわりには銀の破片が散らばっている。


 どうやら体当たりで木っ端微塵になったらしい。


 こいつ、時空の歪みのすぐそばで俺を待ち構えていたのか……!


 予想とはちょっと違うけど……


 まあ、結果的にノワールさんは救われたし、良しとするか!


 あとは――




『ほぅ。あの《銀の帝王》を体当たりで葬るとは、噂に違わぬ強者だな』




 どこからともなく声が聞こえてきた。


 御三家は残り1体。


 となると声の主の正体は、最後の魔王か。


 ひとまず《銀の帝王》を倒したし、これでみんなを守ることはできた。


 もう二度とみんなに会えないのは寂しいけど……


 でも、俺には寂しがっている暇などないのだ!


 声の主を――


 最後の魔王を倒さなければ、またノワールさんたちが狙われてしまうのだから!



「俺は逃げも隠れもしない! さあ、姿を現せ!」


『よかろう。ならば望み通り、我の姿を見せてやる』



 落ち着いた声が響いた瞬間――


 がちゃり、と背後から音がした。


 振り返ると、金ぴかの鎧武者が佇んでいた。


 さっそく粉々にしてやりたいが、その前にひとつ確認しておくことがある。



「お前が最後の御三家だな?」


『然り。我は御三家の頂点に君臨する魔王にして、ヴァルハラの支配者――《金の帝王ゴールド・ロード》だ』



 ヴァルハラの支配者ってことは、この世界の王様ってことだ。


 だったらほかに魔王はいないはず。


 こいつを倒せば、みんなが魔王に狙われる心配はなくなるのだ。



「お前を倒して、みんなを守ってやる!」


『待て。その前に我の話を聞け。我は貴様に感謝しているのだ』


「感謝……だと?」



 パンチをお見舞いしようかと思ったが、思わぬ言葉に拳が止まってしまう。



「なんで俺に感謝するんだ?」


『貴様が魔物の王と四天王を葬ったからだ』


「魔物の王と四天王を葬ったからだって? あいつらはガイコツ勢と――《氷の帝王》たちと戦うために用意した仲間じゃなかったのか?』


『然り。しかし、どのみち《約束の刻》にて消えてもらうつもりだった――《氷の帝王》共と相打ちという形でな』



 だが、と《金の帝王》は続ける。



『我の配下は、あまりにも強すぎた。《氷の帝王》共と戦ったところで、四天王らが生き残るのは目に見えておった。ゆえに、魔物の王と四天王を葬った貴様に感謝しているのだ。貴様のおかげで、あとは《氷の帝王》共を葬るだけで大望が成就するのでな!』


「その必要はない。《氷の帝王》一派は俺が倒したからな。つまり、残る魔王はお前だけなんだよ!」


『そうか! ならば貴様にはさらに感謝せねばならぬな! おかげで我の大望は成就した! 数千年の時を経て、あの御方が復活するのだ!』


「あの御方だと?」



 口ぶり的に、そいつは《金の帝王》より偉いはずだ。


 となると『あの御方』ってのは、大魔王なのだろうか?


 まあ、そいつの正体がなんであれ、俺のやるべきことに変わりはないがな!



「お前を倒して、そいつも倒してやる!」


『貴様に我を倒すことはできぬ! たとえ我を倒せたとしても、あの御方には敵わぬ!』



 なぜなら、と《金の帝王》は愉快そうに嗤う。



『貴様の働きにより、あの御方は想像を絶する力を手に入れたのだからなァ!』


「そいつがどんなに強くても、俺は負けない!」


『フハハ! さすがは数多の魔王を葬っただけのことはある! だが、あの御方を前にすれば、貴様の自信は粉々に砕けるであろう!』



 次の瞬間、空間に亀裂が走る。


 《金の帝王》が時空の歪みを生み出したようだ。



『アッシュよ。貴様は復活の立役者だ! ゆえに、貴様にはあの御方の復活に立ち会う権利がある! さあ、そこへ飛びこむがよい!』



 言うが早いか、《金の帝王》は姿を消した。


 時空の歪みがどこに通じているかはわからないが――



 この先に大魔王がいる以上、飛びこまないわけにはいかない。



 大魔王を放っておけば、みんなが危ない目に遭うかもしれないのだから!



「待ってろよ、大魔王! すぐに倒してやるからな!」



 自分を鼓舞するように叫び、俺は時空の歪みに飛びこんだ。


 すると視界が変わり――





 俺は、真っ暗な空間に佇んでいた。





 がちゃがちゃと音がするし、近くに《金の帝王》がいることはわかるが……


 ほかに生き物の気配は感じない。



「おい、あの御方ってのはどこにいるんだ!」


『あの御方は異空間にいらっしゃる。深淵からこちらを覗いておられるのだ!』


「だったら出てこい!」



 呼びかけるが、反応はなかった。



「お前からもなにか言えよ! あの御方って奴に会いたかったんだろ?」



『然り! あの御方は我の故郷――ヴァルハラの伝説的存在だったのだから! 遙か昔にあの御方の伝説を聞き、我は復活に尽力してきたのだ! あの御方の養分とするべくヴァルハラの魔族を、魔物を、生物を葬り、生き残った魔物たちを――ヴァルハラの北と南と西を縄張りにしていた《北の帝王ノース・ロード》《南の帝王サウス・ロード》《西の帝王ウエスト・ロード》を、あの御方が復活の地と定めた異世界へと放ったのだ! あやつらに異世界の生物を葬らせることで、あの御方はさらなる力を得る――そのはずだったが、《氷の帝王》という邪魔が入ったのだ! だが、僥倖であった! 強大な力を持つ《氷の帝王》共を葬ることで、あの御方はさらなる力を手にするのだから! そして貴様の働きにより、あの御方は強力な魂を喰らい、想像を絶する力を手に入れた! ゆえに、これより、あの御方は復活する!』



「ちょっと待て!」



『待たぬ! いまさら怖じ気づいても遅い! あの御方の復活は何者にも止められぬのだ!』



「そうじゃなくてだな! 魂を食べて強くなるって――」



『然り。あの御方は遙か昔から強者の魂を喰らい続けてきた! 数千年も前から、あの御方は我を遙かに上回る力を持っていたのだ! 貴様に勝ち目はない!』



「勝ち目もなにも――」



『フハハハハ! ついに! ついに復活するのだ! あの御方のお姿を拝見することができるのだ!』



「そいつドラゴ――」



『刮目するがよい、幸運なるニンゲンよ! 貴様はニンゲンでありながら、あの御方の復活に立ち会うことができるのだ!』



「俺すでに会っ――」



『フハハ! あの御方の圧倒的な力を前にして絶望するがよい! さあ、おいでくださいませ、いまこそ復活の刻ですぞ――《魔の帝王デビル・ロード》様!』




「そいつ手招きで倒したっての!!!!!!」




 ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!



 腹の底から叫んだ瞬間、《金の帝王》が粉々になった。



 絶叫が反響し、空洞が崩壊する。



 俺は咄嗟にジャンプした。


 崩れ落ちてくる瓦礫を頭突きで砕き、地上に飛び出す。


 すると俺の視界に、見たことのある景色が――





 最東端の町、ランジェが飛びこんできた。





 俺は《金の帝王》の魔法で最東端の遺跡へと連れてこられたのだ!



「よっしゃあ! 帰ってきたァ!」



 占い師さんが言ってた『ラッキーカラーは金』って、こういうことだったのか!



「こうしちゃいられないな!」



 ひとりで喜んでいる場合じゃない!


 みんな心配してるだろうし、急いで帰らないと!


 すたっと着地した俺は、エルシュタニアへと走るのであった。





お知らせです。

おかげさまで武闘家6巻の発売が決まりました。

発売日は10月25日の予定で、

第6章(女王蟻とヴァルハラ編)に加えて、

おまけ短編を収録しています。

活動報告のほうでカバーイラストを公開しておりますので、

よろしければご覧ください。


次話は近日中に投稿予定です。


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