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ほんとの真剣勝負です

現在週間6位です!

評価、感想、ブックマークありがとうございます!

急な用事が入りましたので、本日分は早めに投稿させていただきます。

 試合は着々と進んでいき、二時間ほどでニーナさんの順番がまわってきた。

 試験監督を務めるエリーナ先生が第三闘技場の扉を開き、階段の上からニーナさんとノワールさんの名前を呼んでいる。


「じゃ、じゃあ行ってくる!」

「ああっ、頑張ってな!」


 俺は緊張に身体を震わせているニーナさんにエールを送った。

 ニーナさんは緊張した様子で、ノワールさんは涼しい顔をして扉の奥へと歩いていく。

 試合が終わった生徒は勝ち負けに関係なく裏口から出ているようなので、次にニーナさんと会うのは教室でだ。

 そのとき、嬉しい報告ができるといいんだけどな。


「う~ん……。ノワちゃんのあとかぁ。ちょっと嫌だなぁ」


 俺のとなりに腰かけているフェルミナさんが、ため息をついた。


「なにがそんなに嫌なんだ?」

「すぐにわかるよ。とりあえず、心の準備はしといたほうがいいかな」


 フェルミナさんが意味深なことを言う。

 どういう意味だろ……?

 俺が疑問に思っていると、闘技場の扉が開かれた。


「つっ、次ぃ……。15番、なかに……入ってぇ……!」


 えっ、うそだろ? もう終わったのか?

 ニーナさんたちが闘技場に入って、まだ一分も経ってないんだけど……。

 それくらい、ふたりのあいだには実力差があったってことか。

 あと、エリーナ先生ガタガタ震えてるんだけど……いったい闘技場のなかでなにが起きたんだ?


 その答えは、闘技場内に身を移した瞬間に理解できた。


     ◆


「……なんだ、こりゃ?」


 闘技場内は、氷の世界と化していたのだ。

 壁という壁に霜が張りつき、天井の至る所からぶっとい氷柱がぶら下がり、中央の広場には巨大な氷塊が山のようにそびえ立っていたのである。


「ノワちゃんは氷系統最強なんだよ。寒いっしょ?」


 腕を組むようにしてぶるぶると震えるフェルミナさん。


「寒くはないけど」


 氷の世界になっていたのは驚いたけど、それだけだ。

 寒気とかは特に感じない。


「あっはっは。我慢しなくていいんだよっ。これが寒くないとかありえないもん」


 普通はありえないのかもしれないけど、俺の身体は異常だからね。

 師匠のもとで過酷な修行を積んだ結果、暑さ寒さに強すぎる身体になってしまったのだ。

 実際は氷点下かもしれないけど、体感的には23℃くらいに感じられる。


「ま、なにはともあれすぐに温めてあげるからねっ」


 フェルミナさんはすべって転ばないように、つるつるになった階段を慎重に下りていく。

 そのあとに続き、俺は闘技場の広場に降り立った。


 一五メートルほどの距離を開け、フェルミナさんと向かいあう。

 そこらじゅうに岩のような氷塊が転がっていて、フェルミナさんのうしろには氷の壁がそびえ立っていた。

 そしてフェルミナさんの手には――長さ三〇センチほどの魔法杖ウィザーズロッドが握られている。


 いいなぁ、魔法杖……。

 俺、まだ一度も握ったことがないんだよな。

 

「ルールを説明するわ!」


 俺が魔法杖に熱い視線を向けていると、エリーナ先生の声が響いた。



「知っての通り、学院敷地内には特別な結界が張られているわ! どんな攻撃を受けようと肉体的損傷はありえないわ! だけど痛みは感じるわ! 先に失神したほうの負けよ! さっさと勝負を終わらせて温かいお風呂に入りましょう! それでは――試合スタートよ!」



 ――瞬間。

 フェルミナさんは指揮者のように杖を踊らせ、空中にルーンを描く。

 洗練された無駄のない動きだ。

 あっという間にルーンが完成する。

 そして、フェルミナさんの頭上にごうごうと燃えさかる巨大な火の玉が出現した。


 俺の動体視力は人並み以上だ。

 フェルミナさんの描いたルーンが《火焔弾ファイアボール》だということは、ルーンを描き始めた時点でわかっていた。


 だがフェルミナさんの生み出した火焔弾は、俺の知っているものとはまるで違っていた。

 教科書には『火焔弾は直径一メートル前後』だと記されていたのに、天井付近に浮いているそれは五メートルを超えていたのだ。


 魔法の威力は、魔力によって左右する。

 あの火の玉を見ただけで、フェルミナさんの魔力が尋常じゃないことがわかる。


「約束通り温めてあげるね!」


 フェルミナさんが杖を振るった瞬間、火焔弾が俺めがけて飛んでくる。

 俺は燃えさかる火焔弾めがけて――



 ふぅっと息を吹きかけた。



 さながら『三匹の子ぶた』に登場するオオカミになった気分だった。

 俺の息をまともに受けた火焔弾は、一瞬にして消滅する。


「……え?」


 フェルミナさんが、杖を振るった姿勢のまま硬直している。

 きっと予想外の出来事に思考が追いつかないのだろう。


「い、いまなんの魔法を使ったの!? ていうかアッシュくん、杖は!? まさか杖なしで――頭のなかでルーンを描いちゃったの!?」

「違うよ。いまのは、ただ息を吹いただけだ」

「そ、そんなこと人間にできるわけないでしょ! 信じられないけど、頭のなかでルーンを描いたんだね!?」


 頭のなかでルーンを描くのだって前例のないことだけど、フェルミナさん的にはそっちのほうがよほど現実的らしい。


「好きに解釈していいよ!」


 そう言って、俺は正拳突きをする。

 もちろん一五メートルほど離れているため、フェルミナさんに俺の拳は届かない。

 だが、正拳突きを繰り出したことによって生まれる風圧の射程距離は一五キロを超えている。



 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!



 俺が拳を放った瞬間、氷の壁が爆散。拳ほどのサイズがある氷の破片が散弾銃のように飛び散った。

 正拳突きによる風圧は氷の壁を破壊するばかりか、『ぜったいに壊れない素材』で作られている闘技場の壁にも風穴を開けていた。


「えっ、ええっ!?」


 その穴を見て、フェルミナさんが素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 パニック状態になっているものの、フェルミナさんにダメージはなさそうだ。

 正拳突きをするときに足がすべったし、それで狙いがずれたんだろう。


「い、いまのはなんて名前の魔法なの!?」

「いまのは正拳突きだ」

「セイケンヅキ……聞いたことない魔法だよ。あたしも、まだまだ勉強不足だね」


 あ、さてはフェルミナさん、違う意味に捉えたな?

 まあ逆の立場だったら、この惨状を見て『いまのは正拳突きを放ったんだな』とは思わないだろうけど。


「びっくりすることだらけで理解が追いつかないけど、アッシュくんが強いってことは充分すぎるほど伝わったよ! さっきは消されちゃったけど――次はあたしの必殺技で確実に倒してあげる! それが嫌なら、アッシュくんも本気を出すことだね!」


 フェルミナさんはルーンを描き始める。

 どんなに偉大な魔法使いだろうと、魔法使いである限り、ルーンを描いているあいだはどうしても無防備になってしまう。

 いまの状態のフェルミナさんを倒すのは簡単だ。


 けど俺は――そしてフェルミナさんは、悔いのない試合にしようと約束を交わしている。

 必殺技を使わずに負けたのでは、フェルミナさんには悔いが残ってしまうだろう。

 それに俺としても、上位クラスでも指折りの実力者であるフェルミナさんの『必殺技』を見てみたい。

 フェルミナさんに必殺技を使わせたうえで、俺が勝利を収める。

 それが、俺にとっての『悔いのない試合』なのだ。


「あたしの必殺技を受けて立ち上がったひとはいないんだから! くらえっ――《火焔式魔神イフリート》!!」


 フェルミナさんの魔法杖から、ぽっ! と音を立てて小さな火の玉が飛び出した。

 次の瞬間、火の玉が膨張する。

 瞬く間に膨れあがった火の玉は、二足歩行の獣のような姿に形を変えていく。


 全長五メートルはあるだろう。

 フェルミナさんが生み出したそれは――まさに『炎の魔神』と称するに相応しい見た目をしていた。


 ルーンの複雑さはもちろん、一度の使用にとてつもない魔力を必要とする、炎系統最上級魔法の一つ――《火焔式魔神》。

 そんな炎系統魔法使いの到達点ゴールとも呼べる魔法を、フェルミナさんは学生でありながら使うことができるのだ。

 この魔法を習得するまでに、いったいどれほどの努力を重ねたのだろう。


 巨大な炎の怪物を見据え、俺はそんなことを考える。

 揺らめく炎の向こうでは、フェルミナさんが自信ありげな笑みを浮かべていた。


「さあっ――やっちゃえ火焔式魔神イフリート!」


 マスターの命令を受け、イフリートは俺に襲いかかってくる。

 俺はてのひらをパーの形にすると、うちわのように扇いだ。


 ぶわぁぁぁ……!


 炎の魔神はろうそくの火のようのあっけなく消えてしまった。


「そ、そんな……あたしの必殺技が、こんな簡単に……」

「フェルミナさんの必殺技、すごくかっこよかったよ。それじゃあ、そろそろ終わらせてもらうな」


 俺は正拳突きの構えを取る。



「だっ、だめだよ! このまま終わらせちゃだめ!」



 ふいにフェルミナさんが叫び、俺は拳を下ろした。


「だめって……これは真剣勝負なんだぞ? どっちかが倒れるまで勝負は終わらないんだ」

「そんなことわかってるよっ! わかってないのはアッシュくんのほうだよ!」

「俺が?」

「これは真剣勝負なんでしょ!? だけどアッシュくん、ちっとも真剣じゃない!」

「俺はまじめにやってるつもりだけど」

「まじめにやってるのかもしれないけど――アッシュくん、手加減してるでしょ!」


 たしかに俺は手加減をしている。

 だけどそれは、フェルミナさんを侮っているからじゃない。

 単純に、本気を出す必要がないからだ。


「アッシュくんは強いよ! あたしよりずっとずっと強いよ! あたしは間違いなくアッシュくんに負けちゃうよ!」


 だけど、とフェルミナさんは声を張り上げる。


「あたしは、手加減されて負けるなんて死んでも嫌だ! アッシュくんが本気を出すまで、ぜったいに負けてやるもんかッ!」


 フェルミナさんはルーンを描く。

 火焔式魔神が、新たに生まれる。

 一度使うのにとてつもない量の魔力が必要だというのに、それを一日に二度も使うなんて……。

 俺はフェルミナさんの魔力量に驚いたが、それでも無尽蔵というわけではない。

 二度目の使用で魔力が底をつきかけているのか、フェルミナさんはふらついていた。


 魔力は精神力と密接な関わりを持っているが、酷使すると精神だけでなく肉体にも負担がかかる。

 フェルミナさんが、まさにそれだ。

 一度に魔力を使いすぎたことで、フェルミナさんはいまや立っているのがやっとの状態だった。


「まだまだぁああああああああああああああああああああ!!!!」


 フェルミナさんはさらにルーンを描く。

 火焔式魔神が、さらに生まれる。

 一体どころではない。二体、三体、とフェルミナさんは火焔式魔神を生み出していく。


「こ、れが……あたしの本気だ……! さあ、今度はアッシュくんの番だよ! アッシュくんの本気を、あたしに見せて!」


 フェルミナさんは五体のイフリートを従え、ふらふらになりながらも、俺に真剣勝負を挑んでくる。


「ああ――そうさせてもらう!」


 ここまでやられて、本気を出さないわけにはいかない。

 俺は拳に全神経を集中させる。

 フェルミナさんを相手に、もう手加減はしない。

 風圧ではなく、じかに拳で殴りつける。

 魔王を倒したときみたいに、軽くゲンコツするのではない。

 全身全霊かけた全力の一撃を――フェルミナさんにぶつけてやるんだ!


「こいつが俺の全力だ! くら……え?」


 突然、イフリートが消滅した。

 けど、俺はまだなにもやっていない。

 まさか、また叫んだだけで倒してしまったのか……?

 

 ……いや、どうやら違ったようだ。


 フェルミナさんは杖を握りしめたままうつ伏せになって倒れていた。

 魔力を酷使するあまり、気を失ってしまったのだろう。

 マスターが気を失ったため、イフリートたちも消滅してしまったのだ。



「試合終了! この勝負、アッシュ・アークヴァルドの勝ち!」



 広場に下りてフェルミナさんの失神を確認したエリーナ先生が、試合終了の合図を出す。


「おめでとう、アッシュくん。あなたの勝ちよ」

「ありがとうございます。でも、なんていうか……あまり勝った気がしません」

「どうして? いまのはどう見ても、あなたの圧勝だったわよ」

「そうかもしれませんけど、試合に勝って勝負に負けたっていうか……自分の精神的な未熟さを思い知りました。それに、フェルミナさんにも申し訳ないことをしたな、と思います」


 エリーナ先生が、優しい笑みを浮かべる。


「まじめな子ね。フェルミナさんは、べつにあなたのことを恨んだりしてないようだけど? むしろ、とっても満足しているように見えるわ」

「どうしてそう思うんですか?」

「それはすぐにわかるわ。それじゃあ、あとはよろしく頼むわね」


 そう言って、エリーナ先生は闘技場をあとにした。


 すぐにわかるって……どういう意味だ?

 よくわからなかったが、フェルミナさんをこのままにしておくわけにはいかない。

 外傷はないけど、このままじゃ風邪を引いてしまうしな。保健室につれてって、温かい布団に寝かせてやらないと。

 俺はフェルミナさんを抱きかかえた。


 そこで、俺はエリーナ先生が言っていたことの意味を理解する。


 フェルミナさんは気を失う直前、俺が本気を出していることに気づいてくれたのだ。

 フェルミナさんは試合に負けたが、それでも彼女にとって、この戦いは『悔いのない試合』になったのである。


 ……まあ、これは俺の予想っていうか、希望に過ぎないんだけど。

 でも、フェルミナさんはそういうふうに思ってくれているはずだ。



 だってフェルミナさんの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいたのだから。



次話は明日の夕方頃に更新予定です!

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