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金と銀です

 生まれ故郷の村を訪れて10日が過ぎた。


 その日の朝。


 母さんの手料理を味わった俺たちは、自室のベッドでくつろいでいた。


 おかわりをしていたノワールさんはベッドに横たわり、苦しそうにお腹をさすっている。



「しばらく動けそうにないわ……」


「ノワールさん、いっぱい食べてたもんね。まるでフェルミナさんみたいだったよ」 


「山菜の炒め物、すごく美味しかったもの。でも……貴方のお母さんに、欲張りなひとだって思われたかもしれないわ」


「そんなことないよ。母さん、おかわりされてすごく喜んでたし、父さんだってニコニコしてたしさ。俺としても、母さんの手料理を気に入ってくれて嬉しいよ」


「安心したわ。次に来たときは、もっと食べるわ。次はいつ帰省するのかしら?」


「そう遠くないうちに帰省するつもりだよ」


「楽しみだわ」



 ノワールさんは早くも待ち遠しそうだ。


 母さんの手料理はしばらくお預け。俺たちは今日このあと旅立つつもりだ。


 それもあって、ノワールさんはいつも以上に朝食を食べたのである。



「あとどれくらいで家を出るのかしら?」



 ベッドに横たわったまま、ノワールさんが名残惜しそうに言う。


 母さんの手料理を気に入ったっていうのも理由のひとつだろうけど、この10日でノワールさんは俺の家族と仲良くなったからな。


 旅立つのが寂しくなってしまったのだろう。



「昼前の列車に乗るつもりだよ。で、みんなと合流して、モーリスじいちゃんの誕生日を祝うんだ」


「プレゼントを買わないといけないわ。モーリスはなにが欲しいのかしら?」


「ノワールさんの気持ちがこもったものなら、なんでも喜んでくれるよ! プレゼント選びの時間もあるから、そのときあらためて考えようっ!」


「そうするわ。そのときはエファとフェルミナも一緒なのかしら?」


「ふたりのスケジュールしだいだけど、フェルミナさんたちとは、エルシュタニアで合流する予定だよ」



 元々は『魔の森』に行く予定だったが、エルシュタニアで誕生日会を開くことになった。


 俺ひとりならまだしも、エファやフェルミナさんがお祝いしてくれるのだ。


 魔物がわんさかいる『魔の森』だと落ち着いて誕生日会ができないため、キュールさんの屋敷を使わせてもらうことになったのだ。


 そんなわけで誕生日会にはキュールさんも参加する。


 そして誕生日が終わったあとは、学院の闘技場でキュールさんと試合をするのだ。



「キュールとの試合が終わったら、修行を再開するのかしら?」


「もちろんだよ! まだまだ大魔法使いにはほど遠いからね!」


「次はどこに行くのかしら?」



 そう言って、ノワールさんは強者の居場所を示す地図を広げた。


 そして、困ったように眉根を下げる。



「赤点が知り合いだらけだわ。あと行ってないのは……ここだけだわ」



 北国のシャバリア王国を指さすノワールさん。



「それはゴーレムだね」


「リッテラのゴーレムかしら?」


「うん。氷系統の魔力の質を高めるために氷山に潜らせてるって言ってたし、間違いないよ」


「じゃあ、もう弟子入りはできないわ。だって、ほかの赤点はみんな知り合いだもの。でも、変だわ。以前はもうちょっといたはずよ」



 たしかに赤点の数は減っているが、その理由は察しがつく。



「きっと赤点の主は魔物だったんだよ。で、キュールさんに倒されちゃったんだ」



 キュールさんの地図は『自分より少し格下の魔物』も表示されるからな。


 キュールさんより少し格下ってことは、ノワールさんより格上ってことになる。


 修行としてそいつらと戦ったのだとすると、俺たちの地図から赤点が減ったことにも説明がつく。


 いまこの世界に、レッドドラゴンをはじめとする強力な魔物はいないのだ。


 そんなつもりはなかったけど、俺とキュールさんの修行によって、世界は平和になったのである。


 まあ、時空の歪みがある限り、いずれ強力な魔物も現れるだろうけど。


 それに、魔王も残ってるしな。


 こないだ倒した《銅の帝王ブロンズ・ロード》は御三家を名乗ってたし、あと2体はいるはずだ。


 魔王の標的は『《氷の帝王アイス・ロード》の捕縛を邪魔する人間=俺』だ。


 ノワールさんたちが直接被害を蒙ることはないはずだが、油断しないように気をつけないと。


 などと考えごとをしていると――



「電話だわ」



 ノワールさんが携帯電話を取り出した。



「誰から?」


「ネミアからよ。いまアッシュに代わるわ」



 ノワールさんが俺の耳に携帯電話を押しつけ、通話用に魔力を流す。


 修行によって俺の魔力は上がったが、エルシュタニアにいるネミアちゃんと通話するには魔力が足りないのである。



「もしもし、ネミアちゃん? 俺だけど、どうしたの?」


『アッシュ殿! 私、やったであります! 合格したでありますよ!』


「ほんとにっ? おめでとうネミアちゃん!」


「おめでたいわ」



 ノワールさんにも聞こえたらしく、嬉しそうにほほ笑んでいる。



『感謝であります! 私、合格したのが信じられなくて……ま、まだ脚ががくがく震えてるでありますよ! こんな調子で上手くやっていけるでありましょうか……』


「やっていけるよ!」


『ほ、ほんとでありますか?』


「もちろん! ネミアちゃんは実力で突破したんだ! もっと自信を持つべきだよ!」


『お、おおおおおっ! 私、なんだか自信が湧いてきたであります! 脚の震えも治まったでありますよ! な、なんだか身体が熱い……パワーが漲ってきたであります!』


「その調子だよ! 本来の実力さえ出し切れれば、昇級試験も突破できるはずだからねっ! 落ち着いていこう!」


『はいっ! 私、すぐに上級クラスになってみせるであります! うおおお! 燃えてきたでありますっ! さっそく素振りをするでありますっ! エファ殿の教えに従い、ランニングもしなくちゃであります! やることが山積みでありますっ!』



 ネミアちゃんはやる気を漲らせ、通話を切った。


 やる気満々なネミアちゃんと話したら、俺も修行したくなってきたぜ!



「貴方、修行したそうな顔をしてるわ。でも、もう師匠はいないわ……」


「たしかに赤点の主はいないけど、青点の主はいるよ」


「青点の主も師匠になるのかしら?」


「もちろん! いままでは優先的に赤点の主に会いに行ったけど、青点の主だって優秀な魔法使いなんだから。それにティコさんやミロさんから教わった修行方法を復習するのも有効だし、魔物相手に実戦形式の訓練をするのも効果的だよ!」


「やることがたくさんあるわ……!」


「うん! 誕生日が終わったら、忙しくなるよ!」


「嬉しいわ。もっと貴方と旅をしたいと思っていたもの。さっそく出発するのかしら?」


「そうだね。そろそろ荷物をまとめよう!」


「片づけるわ」



 俺たちは出しっ放しにしていた衣類をカバンに詰めこみ、父さんたちのもとへ向かう。


 旅支度を調えた俺たちの姿を見て、ふたりは寂しそうな顔をした。



「……もう行くのか」


「また帰ってくるわよね?」



 ふたりに見つめられ、俺はにこりとほほ笑んだ。



「また帰ってくるよ! だって、ここは俺の実家なんだから!」



 その途端、父さんと母さんが笑顔になる。


 それから家を出ると、父さんが言った。



「旅立つ前に、魔法を見せてくれないか?」



 この10日間、俺は散歩したり近所のひとと話したり、村でのんびりとした日々を過ごしていたため、父さんたちに魔法を見せる機会がなかったのだ。



「もちろんだよ!」



 どうせなら、全力の魔法を見せてやろう。


 俺は魔法杖ウィザーズロッドを抜き、すべての魔力をこめて飛行魔法のルーンを描く。


 その瞬間――


 俺は、ぐわっと舞い上がった。



「本当に魔法を使えるようになったのね……」


「よかったなぁ……本当に、よかったなぁ……」



 父さんたちが感動しているとなりで、ノワールさんがぽかんと口を開けている。


 きっと俺も同じような顔をしているだろう。




 思っていた以上に、俺は高く舞い上がったのだ。




 村全体を見渡せる――とまではいかないが、かなり高い場所に浮いている。


 一瞬、浮遊魔法を使ってしまったかもと思ったが、自由自在に飛びまわれるし、飛行魔法で間違いない。


 きっと帰省によってパワーアップしたのだろう。


 自分で言うのもなんだけど、父さんたちと再会するのはかなり勇気がいることだったからな。


 過去最大のトラウマに立ち向かったことで、いままでにないくらい精神的に成長できたってわけだ!


 こんなに高く飛べるだけの魔力があるなら、もうウィンドシールドも使えるはず! あとで試してみよっと!



「すごく飛んでたわ」



 着地すると、ノワールさんが拍手で出迎えてくれた。



「ありがと! 自分でも信じられないよ……!」


「この調子なら、大魔法使いになれそうだわ」 


「うん! この調子で、どんどん成長してみせるよ!」



 大魔法使いは、そう簡単になれるものじゃない。


 だけど俺は世界樹での修行を経て、魔力の質を高めたのだ。


 ちょっとしたことがきっかけで、爆発的に成長できる。


 ノワールさんの言う通り、この調子なら大魔法使いになるのだって夢じゃないのだ!



「俺、行くよ!」



 明るく告げると、ふたりがほほ笑みかけてきた。



「気をつけるのよ」


「いつでも帰ってきていいからな。そのときは、ノワールさんも一緒にな」


「また来るわ。だって、居心地が良かったもの」


「俺もだよ! 必ずまた帰ってくるからね! じゃあ、行ってきます!」



 そうして家族に見送られ、俺とノワールさんは爽やかな気持ちで故郷をあとにしたのであった。



     ◆



 真っ白な空間に佇む、荘厳な宮殿――。


 天を穿つほど高くそびえる宮殿内に、ふたつの巨体があった。


 ひとつは金に輝く巨体。


 もうひとつは、銀に輝く巨体だ。



『一向に戻ってこぬところを見るに、どうやら《銅の帝王ブロンズ・ロード》は葬られたようだな』



 金に輝く巨体の発言を受け、銀に輝く巨体が苛立たしげに鎧を震わせた。



『我らと同じ御三家でありながら、ニンゲン如きに葬られるとは! 我らと肩を並べていたとは思えぬ脆弱ぶりよ!』


『然り。《銅の帝王》は我らと同じ世界に生まれ落ちたがゆえに御三家として君臨していたに過ぎぬ。我らの威を借り、傲岸な態度を取っていたが、純然たる力は四天王にも劣る存在よ』



 しかし、と金に輝く巨体は――《金の帝王ゴールド・ロード》は言葉を続ける。



『我らと並び立つには力が足りぬが、彼奴とて魔王。瞬く間に散っていった四天王と同じく、世界を滅ぼす力は持っておるのだ。生前無能を極めたとはいえ、あの御方のお役に立てている以上、骸となった彼奴のことを無能と断じることはできぬ』



 その発言に、銀に輝く巨体――《銀の帝王シルバー・ロード》が同意するように鎧を揺らした。



『彼奴らも最期にあの御方のお役に立てて本望であろう。我らもあの御方のために尽力せねばならぬな』


『然り。そのためにも《銅の帝王》を葬ったニンゲンを――アッシュなるニンゲンをなんとかせねばなるまい』



 最初に《金の帝王》がアッシュの存在を知ったのは、《赤き帝王レッド・ロード》の報せを受けたときだ。


 そのときは《黒き帝王ブラック・ロード》がニンゲンに葬られたとしか聞かされず、脅威とは思わなかった。


 しかし四天王が全滅し、さらに御三家の《銅の帝王》までもが葬られたとあっては見過ごせない。



『ニンゲンは脆弱な種族だ。だが、アッシュは例外だ。我らに比類するとまではいかずとも、我らの同胞となる資格は備わっていると評してよかろう』


『吾輩も同意見だ。ではアッシュなるニンゲンは、吾輩が勧誘するとしよう』


『しかし、勧誘に出向いた《白き帝王ホワイト・ロード》が葬られておるのだ。我らに与することを是とせぬのは目に見えておるぞ』



 《赤き帝王》の報告によると、《白き帝王》はアッシュの勧誘を試みたらしい。


 だが、その後《白き帝王》からは音沙汰がない。


 ヴァルハラへ帰還しないということは、アッシュに葬られてしまったと見て間違いあるまい。


 同じく、一向に帰還しない《青き帝王ブルー・ロード》も葬られてしまったのだろう。



『吾輩に策がある』



 と、《銀の帝王》が口にした。



『策?』


『うむ。アッシュなるニンゲンは《氷の帝王アイス・ロード》の捕縛を邪魔しているようなのでな。であれば、それを逆手に取ればよかろう。そのうえで吾輩の勧誘を断るようなら、そのときは諸共葬ればよいのだ』



 アッシュの勧誘に成功しようと、勧誘に失敗してアッシュを葬ろうと、《銀の帝王》が返り討ちに遭おうと、《金の帝王》と《銀の帝王》の大望成就に支障は来さない。


 なぜなら――



『いずれにせよ、あの御方のお役に立てるということか』



 あの御方の役に立つことこそが、御三家の大望なのだから。



『もっとも、吾輩がニンゲン如きに葬られることは万に一つもあり得ぬがな』


『であれば止めはせぬ。あの御方のために尽くすがよい』


『では、あの御方のために尽くすとしよう』



 そうして《銀の帝王》は力を使い、異世界への干渉を開始したのであった。



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