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あの日の真相です

 ヴァイスは困り果てていた。


 今日、息子のアッシュが5歳の誕生日を迎えたのだ。


 愛する息子の成長は、とてもめでたいことなのだが……


 ヴァイスは、息子の成長を素直に祝えないでいた。


 なぜなら、いつまで経ってもアッシュに魔力斑スティーゲルが浮かばないからだ。


 5歳になっても魔力斑が浮かばないということは……考えられる理由はひとつしかない。


 アッシュは、100年にひとり生まれるかどうかという例外に――



 魔力を持たない子どもに選ばれてしまったのである。



 魔法を使えないことを知れば、アッシュは深く悲しむだろう。


 息子の絶望する姿を想像すると、ヴァイスは暗い気持ちになってしまう。


 そうして落ちこんでいたヴァイスのもとへ、アッシュが歩み寄ってきた。



「あのさ、俺、魔法杖ウィザーズロッドがほしいんだけど……買ってくれない?」



 可愛らしくもじもじしながら、おねだりしてくる。


 魔法杖を買い与えれば、アッシュは魔法が使えないことに気づいてしまう。


 しかし、これ以上誤魔化しても事態は好転しない。


 ヴァイスは覚悟を決め、アッシュに告げた。



「……明日買いに行くから、今日はもう寝なさい」



 その途端、アッシュは笑顔を弾けさせた。


 心から嬉しそうに笑い、うきうきとした足取りで寝室へ駆けていく。


 アッシュの姿が見えなくなると、妻のローザが不安げに見つめてきた。



「あなた……あの子に真実を打ち明けるの?」


「ああ。もうこれ以上、アッシュを騙し続けるのは耐えられないんだ……」



 真実を知ったとき、アッシュは深い悲しみに暮れるだろう。


 だが、アッシュは強い子だ。


 いつか立ちなおる日が来ると信じている。


 問題は、立ちなおったそのあとだ。


 魔力がなければ、普通の生活を送ることができないのである。

 

 そんな不便な日々を送らせるくらいなら、いっそのこと――



「ローザ、アッシュを眠らせてくれ」



 以前から立てていた計画を、ついに実行に移す日が来てしまった。

 

 ヴァイスの言葉でそれを察したのか、ローザは顔を曇らせた。


「……わかったわ」


 ローザは寝室のドアをそっと開け、アッシュに魔法をかける。


 するとベッドのなかでそわそわしていたアッシュは、すやすやと寝息を立て始めた。


 息子の幸せそうな寝顔を見て、ヴァイスは無意識にため息をついてしまう。



「けっきょく、アッシュには魔力斑が浮かばなかったな……」



 認めたくなかった現実を、ヴァイスは口にすることで受け止める。


 ――もしかしたら魔力斑が宿るかも。


 そんな希望は捨て、現実を見据えなければならないのだ。


 しかしローザには迷いがあるようで、



「やっぱり、引っ越すしかないの?」



 と、不安げにたずねてきた。


 迷うのも無理はない。


 ヴァイスとローザはこの村で出会い、結婚し、子宝に恵まれたのだから。


 愛着のある村から離れるのは、抵抗があって当然だ。


 ヴァイスとしても、できることなら引っ越しなどしたくないが……


 しかし親として、いまはアッシュの幸せを最優先に考えなければならないのだ。



「しょうがないだろ。魔法が使えない子どもは、一生苦労するんだ。それに、まともな職にもありつけない。そんなことになるくらいなら、いっそいまのうちに隠者の村に引っ越したほうがアッシュのためだ」



 隠者の村は、世間との関わりを絶っている山奥の集落だ。


 村には優秀な魔法使いが大勢いるが、自衛以外では魔法を使わず、身体一つで作物を育て、自給自足で生きている。


 日常生活に魔法が根付いていない隠者の村なら、魔法が使えなくても生きていけるのだ。



「まさか、うちにそんな子どもが生まれるなんて……」



 ローザは自責の念に駆られている。


 自分の魔力が少ないせいでアッシュに魔力斑が宿らなかったと思っているようだ。



「お前のせいじゃない。運命だと思って、諦めよう」


「ひどい親でごめんなさいね……」



 涙を流すローザを慰め、ヴァイスは急いで引っ越しの準備に取りかかる。


 そしてカバンに荷物をまとめると、近隣住民に長旅に出ると告げ、飛行魔法のルーンを描く。


 ふわりと浮いたローザが、不安げに見つめてきた。



「隠者の村のひとたちは、私たちを受け入れてくれるかしら?」


「だいじょうぶだ」



 ヴァイスは力強く告げた。


 10年ほど前。一子相伝の魔法の噂を聞き、強くなるために訪れたものの、信頼できるパートナーがいなかったため、ヴァイスは村での修行を諦めた。


 その際、巫女に『信頼できるパートナーと出会えたら、またお越しください』と告げられたのだ。


 今回、隠者の村を訪れる目的は強くなるためではないが……


 事情を話せば、受け入れてもらえるはずだ。



「さあ、行こう」



 そうして、ヴァイスたちは村をあとにした。


 しばらく空を飛んでいると、日が暮れてきた。

 

 眩い夕焼け空に、ヴァイスは思わず目を細め……



「――っ!」



 ふと『それ』が目についた瞬間、ヴァイスは身構えた。


 赤く焼けた空から、なにかが猛然と迫ってきていたのだ。


 あれは――



「そ、そんなバカな!」


「ど、どうしたのあなた?」


「いますぐアッシュと逃げろ! 魔物が――レッドドラゴンが迫ってきている!」


「レッドドラゴンが!? ど、どうするの、あなた!?」


「お前は逃げろ! アッシュを守るんだ!」


「で、でも――」


「いいから早く行け! お前がいると全力を出せないんだ!」



 ヴァイスが全力を出せばローザを巻きこんでしまう。


 たとえ全力を出したとしても、ヴァイスに勝ち目などない。


 しかし倒すことはできずとも、足止めをすることはできる。



「死なないでね、あなた!」



 ローザは叫び、アッシュを抱えたまま猛スピードで飛んでいく。


 それを最後まで見届けることなく、ヴァイスは全力でカマイタチを放った。


 カマイタチは、レッドドラゴンの飛翼に命中する。


 しかし血の一滴すら流れることなく、レッドドラゴンが突進してきた。



「ぐうっ……!」



 ぎりぎりのところでかわしたが、風圧で吹き飛ばされてしまう。


 ヴァイスは体勢を整えながら第二撃に備えるが、レッドドラゴンは襲ってこなかった。


 ヴァイスのそばを横切ったレッドドラゴンは、猛烈な速さでローザに突っこんでいたのだ。

 

 ローザはぎりぎりのところで直撃を避けたが、しっぽが身体をかすめたようだ。


 気を失い、真っ逆さまに落ちていく。



「ローザ! アッシュ!」



 ヴァイスは咄嗟に浮遊魔法を使った。


 アッシュが浮かび、続いてローザが地面すれすれでふわりと浮かぶが、ふたりは気を失ったままだ。


 このままでは全員殺される。


 それだけは阻止しなければならない。


 ヴァイスは残るすべての魔力をこめて、アッシュに噴射魔法を使った。


 その瞬間、アッシュの身体から猛烈な風が噴射され、ぐんぐん遠のいていく。


 飛んでいった先でなにが待ち構えているかはわからないが、レッドドラゴンに襲われるより遙かに安全だ。


 どこかの集落に行きつき、親切なひとに保護されるのを祈るしかない。


「ぐっ。もう限界か……!」


 噴射魔法で魔力を使い果たしたようだ。


 飛行魔法の効果が切れ、ヴァイスは地面に叩きつけられてしまい――




 ――目覚めたとき、ヴァイスは森のなかに横たわっていた。




 傍らには、腕から血を流したローザの姿があった。



「ローザ! 生きててよかった……!」


「あなたの浮遊魔法のおかげよ……。目覚めたら、地面すれすれに浮いていたの」



 あと少し浮遊魔法が遅れたら、ローザは地面に叩きつけられていたということだ。


 愛する妻を守れてよかったと安心していたヴァイスだが、ふいに不安が脳裏をよぎる。


 レッドドラゴンがローザを無視したということは……



「ねえ、あなた。アッシュはどこなの?」


「心配いらない。アッシュは私の魔法で遠くに逃がした。いくらレッドドラゴンでも、あれに追いつくのは無理だ」



 ローザを安心させるために力強く告げたが、どうなったかはわからない。


 噴射魔法の効力が弱まれば、レッドドラゴンに追いつかれてしまうのだ。 


 いますぐ助けに向かわなければ、アッシュが危ない!


「うッ……」


 身体を動かそうとした瞬間、全身に激痛が走った。


 大地に叩きつけられ、手足の骨が折れてしまったようだ。


 これではルーンを描くことができない。



「だめよ。無理に動けば死んでしまうわ。魔法騎士団に連絡したから、おとなしくしてないと。でないと……騒いだら、魔物が集まってくるわ」



 魔物除けの結界は、ひとが住んでいる集落にしか張られていないのだ。


 ローザの言う通り、騒げば魔物が寄ってくる。


 ローザを守るためにも、息を潜めなければならないのだ。



「だ、だが、アッシュが……」


「だいじょうぶよ。アッシュは生きているわ。だって、アッシュはたくましいもの」



 ヴァイスを安堵させるように優しく語りかけ、ローザは魔法杖を取り出した。


「怪我が治ったら、捜しに行きましょう。だからいまは、安静にしなきゃだめよ……」


 ローザの魔法で、ヴァイスは眠りに落ち――




 ――次に目覚めたとき、ヴァイスは診療所のベッドに横たわっていた。




 あれからほどなくして魔法騎士団に保護されたらしく、ヴァイスの傷は万象治癒ヘブンズキュアで完治していた。


 ヴァイスが意識を失っているあいだ、ローザの報告を受けた魔法騎士団がレッドドラゴンの討伐とアッシュの捜索に乗り出したらしい。


 ヴァイスはすぐさま魔法騎士団に合流し、血眼になってアッシュを捜したが、愛する息子はどこを捜しても見つからなかった。


 しかし――……



     ◆



「しかし、アッシュは生きていた……。魔王が降臨したあの日、アッシュの無事な姿を見て、どれだけ嬉しかったことか……」


「おまけにこうして会いに来てくれるだなんて……!」



 父さんと母さんは感極まっているようだ。


 まさかあの日、そんなことがあったなんて。


 俺を殺すどころか、命懸けで守ってくれていたなんて……。


 勇気を出して帰省してよかった。


 でないと一生、勘違いしたまま生きていくところだった。



「俺を守ってくれてありがと!」


「お礼を言うのはこっちよ! あなたがいなければ、今頃魔王に殺されていたもの!」


「魔力がなかったのに、まさか魔王を倒すほどの魔法使いになるなんてな……。いったいいつ魔力斑が宿ったんだ?」



 ふたりは魔法で魔王を葬ったと勘違いしているようだ。


 まあ、事情を知らなければそう考えるのが普通だろうけど。



「俺、武闘家になったんだ。魔王を倒したのも魔法じゃなくて、武術なんだよ」


「武術で倒したの?」


「いったいどんな生活をしたら、そんなことができるようになるんだ?」


「モーリスじいちゃんのところで修行したんだ」



 父さんはハッとする。



「たしかアッシュは、魔王と戦うとき、『アッシュ・アークヴァルド』と名乗っていたな?」


「うん。そう名乗ったよ」


「じゃあモーリスというのは、モーリス・アークヴァルドのことか?」


「そうだよ。モーリスじいちゃんは『魔の森』の管理人で、俺を育ててくれたんだ」


「そうか……。モーリスさんのもとで修行したなら、魔王を倒せるのも納得だ」


「あなたはとっても素晴らしいひとに保護されたのね……」



 モーリスじいちゃんを褒められると、自分のことのように嬉しくなる。


 思わずにやついてしまった俺は、ふと気になってたずねてみた。



「あの日『魔王放送』を見たってことは、俺がエルシュタニアにいることを知ってたってことだよね? どうして会いに来なかったの?」



 ふたりは俺を捨てたわけじゃない。


 こうして再会できたことを心から喜び、涙を流しているのだ。


 だったら会いに来てくれたらよかったのに……。



「あなたがアークヴァルド姓を名乗ったからよ」


「親切なひとに保護されて、新しい人生を歩んでいるアッシュに会いに行ったら、混乱させてしまうと思ったんだ」



 俺に気を遣い、会いに行くのをためらったのか。


 本当に、心から俺の幸せを願ってくれてたんだな……。


 俺が泣きそうになっていると、ノワールさんが背中をぽんぽん叩いてきた。



「和解できてよかったわね」


「うん。帰省してよかったよ……」



 そんな俺たちのやり取りを見て、ふたりは不思議そうな顔をする。



「なあ、アッシュ。さっきから気になっていたんだが、その娘は誰だい?」


「モーリスさんのお孫さん……かしら?」



 父さんと母さんに見つめられ、ノワールさんは緊張してしまったようだ。


 俺の背中に隠れ、そわそわしている。



「俺の友達のノワールさんだよ。こうしてここに来られたのも、ノワールさんが背中を押してくれたからなんだ」


「そうか……。ありがとうノワールさん。きみのおかげで息子と再会できたよ」


「本当にありがとね、ノワールさん」



 ふたりにほほ笑まれ、ノワールさんは照れくさそうに頬を紅潮させた。

 


「ところで、アッシュはエルシュタニアに住んでいるのか? それとも、モーリスさんとまだ『魔の森』で暮らしているのか?」


「いまは根無し草だけど、こないだまでエルシュタット魔法学院の学生寮に住んでたよ」


「エルシュタット魔法学院の学生寮に!?」


「じゃ、じゃああなた、魔力が宿ったの!?」


「うん。魔力が宿ったのは学院を卒業したあとだけどね。で、いまは大魔法使いになるために、武者修行の旅をしてるんだ」


「そ、そうか……。アッシュは、魔法使いになれたんだな……。系統はなんなんだ?」


「風だよ。まだ魔力はちょっとしかないけど、最近かなり成長してるんだ。飛行魔法も使えるようになったよ」


「よく背中に乗せてもらっているわ」


「ふたりは本当に仲良しなのね」



 母さんがほほ笑ましそうに言う。


 ノワールさんは嬉しそうにうなずき、ふと思い出したように父さんを見る。



「アッシュは貴方に弟子入りしたいと言ってたわ」


「私に弟子入り?」


「アッシュは世界中の大魔法使いに弟子入りしてまわってるのよ」


「そうなんだよ。俺、父さんと修行して、もっと強くなりたいんだ! 父さんはどんな修行をして強くなったの?」


「修行というか……私は魔物と戦っているうちに強くなったぞ」


「魔物と戦う以外の方法はないかな?」


「だったらふたりで隠者の村に行くといい。お互いに信頼しあっているふたりなら、一子相伝の魔法を使ってもらえるはずだ」


「隠者の村には行ったことがあるわ」


「ノワールさんの言う通りだよ。俺、一子相伝の魔法でかなり強くなったんだ」


「そうか。強くなるために、いろいろと試しているんだな……」


「うん。いろんな師匠に弟子入りして、精神力を鍛えて、魔力を高めてるんだ」


「精神力を鍛えて、か……」



 父さんは、なにか思うところがあるようだ。



「強くなる方法に心当たりがあるの?」


「ああ、まあ……。しかし、この方法はアッシュにはまねできないと思うが……」



 父さんは歯切れが悪い。 


 そんなに危険な修行なのだろうか?



「俺、強くなりたいんだ! 大魔法使いになりたいんだよ!」


「お願いだから教えてほしいわ」



 俺たちが頼むと、父さんは言いにくそうにしながらも、その方法を口にした。



「私が強くなったのは、孤独に耐えたからなんだ」


「孤独に?」



 父さんはうなずき、



「私は見ての通り、強面だ。そのせいで友達ができなかったんだ。だから私は魔物と戦い、みんなを守ることにした。そうすれば、怖がられなくなると思ったんだ」



 父さんの考えは上手くいった。


 証拠に、父さんは村のひとたちに尊敬されているからな。


 でも父さんは、自虐的にため息をついた。



「けっきょく、この村に来るまではひとりだったがな。私はひとと話すのが苦手だったから、どうすれば他人と仲良くなれるか、わからなかったんだ」


「わかるわ。私もひとと話すのが苦手だから、アッシュと出会うまでひとりだったもの」


「私もローザと出会うまでひとりだったよ。あの日、道に迷っていた私にローザが話しかけてくれなければ、いまもひとりだっただろう」



 だが、と父さんが俺を見つめる。



「アッシュはひとりじゃない。ノワールさんという素敵な友達がいる。だから、父さんと同じ方法では強くなれないんだ」


「……じゃあ、私がいなくなれば、アッシュは強くなれるのかしら?」



 ノワールさんが悲しげな顔で見つめてきた。




 孤独はひとを強くする――。




 寂しさに立ち向かうことで、精神力が鍛えられるのだ。


 しかし、だとしても。



「たとえ強くなるとしても、ノワールさんと別れたりしないよ」


「……ほんと?」


「うん。そもそもノワールさんと別れたところで、俺たちが仲良しだってことに変わりはないからね。会おうと思えばいつでも会えるし、そんなのは孤独とは言わないんじゃないかな」


「その通りだわ……! これからもアッシュと旅をするわ。そして、貴方が大魔法使いになる瞬間を見届けるわ……!」



 これからも一緒に旅ができるとわかり、ノワールさんは嬉しそうに声を弾ませるのだった。



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