再会しました
ネムネシアを発ったあと。
エルシュタニアでネミアちゃんと別れた俺たちは、飛空艇でキャスコ王国の首都へやってきた。
さっそく列車に乗り込み、故郷を目指す。
「あとどれくらいで貴方の故郷に着くのかしら?」
「早ければ明後日の昼過ぎには到着するよ」
「なんだかどきどきしてきたわ。貴方の故郷は、どんな場所なのかしら?」
「山の麓にある小さな村だよ」
「山の麓……山菜料理が味わえるのね?」
「うん。母さんの手料理、すごく美味しかったし、ノワールさんにも食べてほしいよ」
「楽しみだわ。じゃあ、明後日は貴方のお家に泊まるのね?」
「まあ、上手くいけばそうなるかな」
「貴方のお家に泊まるの、楽しみだわ。赤点の主に会いに行くのは、そのあとかしら?」
帰省する目的はふたつある。
ひとつは家族とのわだかまりを解消すること。
もうひとつは、赤点の主に弟子入りすることだ。
そしてそのふたつは、同時に果たすことができる。
なぜなら――
「実を言うと、その赤点の主って、俺の父さんなんだよ」
ノワールさんは、びっくりしたように目をまるくする。
「貴方のお父さんは強いのね」
「うん。魔物と戦ってる姿を見たわけじゃないけど、村のひとからは魔法使いとして尊敬されてたよ」
「貴方のお父さんは、どんな魔法を使うのかしら?」
「風魔法だよ」
「お母さんはどうかしら?」
「母さんは闇系統の魔法使いだよ」
「じゃあ、貴方はお父さんの系統を受け継いだのね?」
「うん。系統は父さん譲りだよ。まあ、才能は受け継げなかったけどね」
「そんなことないわ。ちゃんと魔法使いとしての才能も受け継いでるわ。遅咲きだっただけで、貴方も大魔法使いになれるわよ」
力強く励まされ、俺は嬉しくなった。
「ありがと! 俺、必ず大魔法使いになってみせるよ!」
「その瞬間を見届けるわ」
そう言うと、ノワールさんはお腹を押さえた。
「おしゃべりしてたらお腹が空いてきたわ」
「じゃあ、駅弁を食べよう!」
「食べるわ……!」
そうして俺たちは移り変わる景色を眺めつつ、車内販売の駅弁を頬張るのであった。
◆
それからさらに2日が過ぎた。
その日の夕方。
長いこと列車に揺られた俺たちは、ついに目的地にたどりついた。
「ここが貴方の故郷なのね……」
「うん。俺の生まれた村――ネブラだよ」
自然豊かなネブラには、のどかな雰囲気が漂っている。
駅舎の近くに小さな商店が建ち並び、噴水広場では子どもたちが遊んでいる。
「懐かしいな……」
「貴方もあそこで遊んだことがあるのかしら?」
「まあね。びしょ濡れで家に帰って、父さんに送風魔法で乾かしてもらってたよ」
「優しいわね」
「うん。父さんは強面だけど、すごく優しかったんだ」
「早く貴方の親に会いたいわ。さっそく会いに行くのかしら?」
ノワールさんが強者の居場所を示す地図を広げた。
ネブラには、ふたつの赤点が表示されている。
ひとつは俺。
もうひとつは父さんだ。
地図によると、3キロほど離れたところに、俺の父さんがいるらしい。
そしてここから3キロ先には、俺の実家がある。
ということは、父さんは家にいるということだ。
きっと母さんも一緒だろう。
「移動してなくて安心したわ」
「だね。きっと今日は仕事休みだったんだよ」
「貴方のお父さんは、どんな仕事をしているのかしら?」
「狩りだよ。魔物を倒して、その素材を売ってるんだ」
「毎日働いてるのかしら?」
「週に3日くらいだよ。で、休みの日はいつも俺と遊んだり、都会につれてってくれたりしたんだ。懐かしいなぁ……」
「また家族3人でお出かけできる日がくるわよ」
「そうなってくれたら嬉しいよ。でも、そのときは3人じゃなくて4人だね」
「あとのひとりは誰かしら?」
「ノワールさんだよ」
「私も一緒にお出かけしていいのかしら?」
「もちろんだよ! いつ大魔法使いになるかわからないからね。いつもそばにいないと、その瞬間を見逃しちゃうよ」
「その通りだわ……! 私も一緒にお出かけするわ」
ノワールさんは嬉しそうに声を弾ませる。
と、そのとき。
「えっ!? アッシュくん!?」
女性の声が響いた。
果物屋で買い物していた女のひとが、俺を見てびっくりしている。
その声に反応し、近くにいたひとたちが集まってきた。
「ほんとだ! アッシュくんだ! アッシュくんが帰ってきた!」
「よく帰ってきてくれた!」
「アッシュくんにお礼を言いたかったんだよ!」
「魔王を倒してくれてありがとう!」
「アッシュくんが帰ってきたと知ったら、ご両親も喜ぶぞ!」
えっ?
「あ、あの、いまなんて言いました?」
おじさんに聞き返すと、にこやかに返答された。
「アッシュくんが帰ってきたと知ったら、ご両親も喜ぶに違いないっ! ふたりとも、アッシュくんの無事な姿を見て、涙ながらに喜んでいたからね!」
俺の聞き間違いじゃなかったようだ。
あの日、父さんと母さんは俺を捨てた。
なのに『魔王放送』で俺の無事な姿を見て、泣いて喜んだらしい。
いったいどういうことだ?
ふたりは俺を捨てたのに、なぜ俺が生きていることを喜ぶんだ?
考えていてもわからない。
この謎を解くには、ふたりに会いに行くしかないのだ。
「俺、家に帰ります」
「おおっ! それがいい! ふたりも喜ぶに違いない!」
村人たちに見送られ、俺とノワールさんは歩きだす。
その道中、村のひとたちに何度となく話しかけられながらも歩を進めていき――
俺は、とうとう実家にたどりついた。
「赤点の主は、このなかにいるわ。……私がノックしたほうがいいかしら?」
「ううん。ノックはしなくていいよ。ここは俺の家なんだから」
帰宅するのに、ノックなんて必要ないんだ。
俺は呼吸を整え、そっとドアノブを掴んだ。
ゆっくりとドアを開ける。
「……良い匂いがするわ」
「きっとご飯を食べてるんだよ」
「私もお腹が空いてきたわ」
「俺もだよ」
いつも通りのノワールさんと話していると、落ち着いてきた。
心を落ち着かせた俺は、食卓へと向かう。
そして――
「アッシュ!? アッシュなの!?」
「アッシュじゃないか!」
俺は、家族との再会を果たした。
「た、ただいま、父さん、母さん」
たどたどしく挨拶すると、父さんと母さんが駆け寄ってきた。
「会いたかったわ、アッシュ!」
「よく帰ってきてくれた!」
力強く抱きしめられ、俺は戸惑ってしまう。
ぎくしゃくすると思っていたが、まさか歓迎されるとは。
これ、明らかに息子を捨てた親のリアクションじゃないよな。
「あ、あのさ。父さんと母さんは、俺が帰ってきて、その……嬉しいわけ?」
「当たり前じゃない! あなたは私の可愛い息子なんですもの!」
「アッシュが無事に帰ってきてくれて嬉しいぞ!」
「で、でも、父さんと母さんは、俺を『魔の森』に捨てたでしょ? それって、俺を殺そうとしたんじゃないの?」
村から遠く離れた『魔の森』に捨てるってことは、殺そうとしたってことだ。
それに俺はあの日、眠りに落ちる寸前に、不穏な会話を耳にした。
――『けっきょく、アッシュには××が浮かばなかったな』
――『やっぱり、××しかないの?』
はっきりとは聞き取れなかったけど、会話の内容は想像がつく。
ふたりは俺に魔力斑が浮かばなかったことを嘆き、殺すことにしたのだ。
なぜなら、魔力がないと魔法世界を生き抜くことができないのだから。
そんな苦労をさせるくらいなら、殺して楽にしてしまおう。
だけど直接手を下すのは抵抗があるため、魔物が蔓延る『魔の森』に捨てることにした。
憎しみではなく優しさからの行動とはいえ、俺を殺そうとしたことに変わりはない。
断片的に聞こえてきた会話と、あのときの状況から、俺はそう解釈したのだが……
「まさか『魔の森』まで飛ばしてしまっていたなんて……怖い思いをさせて、本当に悪かった……」
「あなたのせいじゃないわ。悪いのは私よ……。あのとき私が足手まといにさえならなければ、アッシュを失わずに済んだもの……」
「それは違う! すべての責任は、アッシュを守れなかった私にある! 私がもっと強ければ、あんなことにはならずに済んだんだ……」
涙ながらに謝られ、俺はますます戸惑ってしまう。
ふたりとも、俺の帰還を心から喜んでいるようにしか見えない。
となると、ふたりは俺を捨てたわけじゃないってことになる。
でも、だったらどうして俺は『魔の森』にいたんだ?
「ねえ、あの日なにがあったの?」
すべての謎を解くため、俺はふたりに問いかける。
すると父さんは心苦しそうな顔をして、あの日のことを語りだした。
ニコニコ静画様の『水曜日はまったりダッシュエックスコミック』にて、コミカライズが始まりました。
アッシュくんの両親の姿も確認できますので、よろしければご覧ください。