土人形で練習します
エルシュタニアをあとにして2日が過ぎた。
その日の昼下がり。
飛空艇と列車を乗り継ぎ、俺たちはネムネシアにたどりついた。
「ここがネムネシアでありますかっ! のどかなところでありますなぁ」
「さっそくエファの家に行くのかしら?」
「うん。今日は仕事休みらしいし、俺たちが来るのを待ってるだろうからね」
「早くエファ殿にお会いしたいであります!」
ネミアちゃんはわくわくしている。
俺としても早くふたりを引き合わせたいし、さっそく会いに行くとするか!
そうして俺たちはエファエル家へと向かった。
道なりに歩いていき、木造住宅にたどりつく。
「ここがエファの実家だよ」
「立派な家でありますなぁ。庭も広いであります!」
「でも、誰もいないわ。今日は公園にいるのかしら?」
「だと思うよ。おばさんたちに挨拶したら、公園に行ってみよう」
「行くわ。だって、エファの妹たちは可愛いもの。だっこしたり、頭を撫でたりしたいわ」
「ノワール殿は子ども好きでありますなぁ。フェリシア殿のだっこも上手だったでありますし、きっと将来は良い母親になるであります!」
「またフェリシアをだっこしたいわ」
「グリューン王国に行く機会があれば、フェリシアちゃんに会いに行こう!」
などと家の前で話していると、ドアが開いた。
「待ってたっす!」
ドアを開けたのは、満面の笑みのエファだった。
「ひさしぶりだな」
「遊びに来たわ」
「来てくれて嬉しいっす! ええと、その娘がネミアちゃんっすか?」
「ああ。彼女がこないだ電話で話したネミアちゃんだ」
「おおっ、あなたがネミアちゃんっすか! はじめまして、わたしはエファっす! 師匠の一番弟子っす!」
「私はアッシュ殿の二番弟子のネミアでありますっ! お会いできて光栄であります!」
「こちらこそ光栄っす! ネミアちゃんは、編入試験を受けるんすよね?」
「はい! 難関だと聞いてるでありますが、気合いで突破してみせるであります!」
「貴女なら実力で突破できるわ。だって武闘大会の子どもの部で優勝したんだもの」
「次は大人の部で優勝してみせるであります! そのためにも魔法学院に入学したいでありますよ!」
「ものすごいやる気っすね! わたしも修行したくなってきたっす!」
「おおっ! さすがは私の姉弟子であります! では、一緒に修行するでありますよ!」
「じゃあ、あとで一緒に走りこみをするっす!」
「了解であります!」
あっという間に、ふたりは姉妹みたいに仲良くなった。
「せっかくなので、師匠もご一緒にどうっすか?」
「いいぞ。でも、その前にミロさんたちに挨拶したいんだが……」
「ミロさんなら、そろそろ畑仕事から帰ってくる頃っす。師匠やノワールさんが来ると聞いて、わくわくしてたっすよ」
「私を見て、ノワールだと気づいてくれるかしら?」
ノワールさんは不安げだ。
ミロさんは元の姿のノワールさんを見たことがないからな。
気づかなくても無理はないけど……
あんなに仲良くしてたのに気づいてもらえなかったら、ノワールさんは悲しむだろう。
と、そのとき。
「アッシュ!」
ミロさんが駆け寄ってきた。
かんかん照りのなか畑仕事をしたからか、汗だくになっている。
「おひさしぶりです、ミロさん!」
「久々! 元気してた!? ミロは元気! ミロ、毎日美味しいご飯食べてる! 毎日ぐっすり寝てる! なんとミロ、身長伸びた!」
にこやかに話しかけてきたミロさんは、ふとノワールさんを見て、ぎょっと目を見開いた。
「ノワール、大きくなってる! 健康的な生活を送ってる証拠! ミロ、安心した!」
「私も安心したわ」
初見で正体を見抜かれ、ノワールさんは嬉しげにほほ笑んでいる。
「とにかく、ふたりとも元気そうでなにより! ――むむっ! ミロの知らない女がいる! お前、誰?」
「私はネミアであります! アッシュ殿の弟子であります!」
名乗った途端、ミロさんは顔を輝かせた。
「アッシュの弟子はミロの弟子! ネミア、好き!」
わしゃわしゃと髪を撫でられ、ネミアちゃんはくすぐったそうに笑う。
それからミロさんは、そういえば、と俺にたずねてきた。
「アッシュ、修行は順調?」
待ってました、その質問を!
「順調です! 見てください、修行の成果を! ――行くよ、ノワールさん! 合体だ!」
「合体するわ」
俺が地べたにうつ伏せになると、ノワールさんがすかさず跨がってきた。
俺はすぐさま飛行魔法のルーンを描き――
「アッシュ、飛んでる!」
「飛んでるっす!」
ふわりと宙を舞う俺を見て、ミロさんとエファが拍手する。
「ひゃあ! アッシュさん!?」
と、ふいに悲鳴が聞こえた。
見ると、金髪の女の子がびっくりした顔で俺を見上げていた。
エファエル家の次女――シルシィちゃんだ。
畑仕事を手伝っていたのか、汗だくになっている。
「ひさしぶりだね、元気にしてた?」
「は、はい! あの、おしゃべりはまたあとでお願いしますっ!」
ぺこりと頭を下げ、慌ただしく家に駆けこむシルシィちゃん。
「どうしたんだろ?」
「きっと汗をかいてるから恥ずかしかったんすよ。シルシィも年頃っすからねぇ……」
しみじみと語るエファのとなりに、俺は着地する。
「シルシィ、師匠とおしゃべりしたがってたっすから、またあとで話してやってほしいっす」
「そうするよ」
「シルシィも喜ぶっす! ところで、師匠たちはいつまで滞在するんすか?」
「ネミアちゃんの試験に間に合うように帰るから、長くても1週間かな」
「わざわざ一緒に帰ってくれるのでありますか?」
「うん。ネミアちゃんを見送りたいし、キャスコ王国に行くには、ひとまずエルシュタニアに戻らなきゃいけないからね」
「師匠、キャスコ王国に行くんすか?」
「まあな。実は俺、帰省することにしたんだ」
「……師匠、なんだか不安そうに見えるっす」
「不安っていうか、なんていうか……。昔、いろいろあって、親と会うのが気まずいんだよ」
俺が打ち明けると、ミロさんがパチンと手を叩く。
「じゃあ、練習するといい!」
明るい声を弾ませて、魔法杖を構える。
「練習……ですか?」
「そう! ミロ、土人形でアッシュの親を作る! アッシュ、挨拶の練習をする! そしたら緊張せずに済む!」
「わざわざ付き合ってくれるんですか?」
「もちろん! だってアッシュ、ミロの弟子! 弟子のためならミロ、なんでもできる!」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして! それで、アッシュのパパ、どんなひと?」
「ええと……」
俺は地面に父さんの似顔絵を描く。
「こんな感じです」
「強そうなひとでありますなぁ」
「話しかけづらそうだわ」
「アッシュに似てない!」
「厳しいひとだったんすか?」
「俺は母さん似だからね。でも、たしかに強面だけど、優しいひとだったんだよ」
父さんは、本当に優しいひとだった。
それと同じくらい、母さんも優しいひとだった。
だからいまでも、ふたりに捨てられたことが信じられないのだ。
「さっそくアッシュのパパを作る!」
ミロさんがルーンを描くと、土が盛り上がった。
うぞうぞとうごめき、瞬く間に整形されていき――
父さんと同じ姿になった。
「本物の人間にしか見えないであります! これ、しゃべるでありますかっ!?」
「ミロの土人形、しゃべらない! だからミロがしゃべる! アッシュ、話しかけてみて!」
「わ、わかりました……」
ごくりと生唾を飲みこむ俺。
土人形だってことはわかってるけど……
完成度が高すぎるため、めちゃくちゃ緊張してしまう。
でも、せっかくミロさんが作ってくれたんだ。
ちゃんと挨拶しないとな!
「ただいま、父さん!!!!」
びゅわああああ!!!!!!
父さんが勢いよく吹っ飛び、空中でバラバラになった。
最悪の親子対面だ。
「すみません、ミロさん。せっかく作ってくれたのに、俺の大声でバラバラに……」
「謝らなくていい! ミロ、元気な挨拶好き! ちゃんと挨拶できて偉い!」
ミロさんは褒めてくれたけど、本番では控えめにしないとな。
そう自分に言い聞かせている間に、ミロさんは土人形を作りなおした。
そして、土人形の動きにあわせて声をあてる。
「アッシュ、パパだよ! 元気にしてた!?」
「う、うん。元気にしてたよ。父さんは?」
「パパは元気満々! だって毎日三食食べてる! あと、ぐっすり寝てる! しかも畑仕事もしてる!」
「途中からミロになってるわ」
ノワールさんが的確なツッコミをする。
するとミロさんは、しょんぼりした。
「ミロ、アッシュのパパのこと、よく知らない……いつの間にか、ミロになってしまう……」
「わたし、なんとなく想像つくっすよ!」
「じゃあエファ、ミロの代わりにやってみて!」
エファは力強くうなずき、
「おかえりなさいっす! ご飯にするっすか!? お風呂にするっすか!? それとも修行にするっすか!?」
「途中からエファになってしまったわ」
またしてもノワールさんがツッコミを入れる。
「師匠のお父さんだから、修行を愛してると思ったんすけど……」
「父さんから修行に誘われたことは一度もないよ。遊びに誘われたことはよくあるけどね」
「それを聞いて、アッシュ殿のお父上のイメージが湧いてきたであります!」
「じゃあネミア、エファの代わりにやってみて!」
ネミアちゃんは力強くうなずき、
「アッシュ殿! パパと一緒にキャッチボールをするであります!」
「ボールが貫通してしまうわ」
ノワールさんがキャッチボールに待ったをかけた。
ネミアちゃんは、がくりとうなだれる。
「アッシュ殿のお父上を演じきることができず、申し訳ないであります……」
「そんなことないよ。いまの、かなり良い感じだったよ」
「ほんとでありますかっ!? 嬉しいでありますなぁ」
「次、私がやってみたいわ」
「そうだね。せっかくだし、ノワールさんにも演じてもらおうかな」
ノワールさんはこくりとうなずき、俺の父さんを演じ始める。
「アッシュ、貴方の帰りを待っていたわ」
「……ほんとに?」
「ほんとよ。いろいろあって離れ離れになったけど、ずっと会いたいと思ってたわ」
「父さん……」
「ところで、彼女は誰かしら?」
ノワールさんが自分の顔を指さした。
「彼女はノワールさんだよ」
「ノワールさんとは、仲良しなのかしら?」
「うん。すごく仲良くしてるよ。ノワールさんは俺の大切な友達なんだ」
「嬉しいわ……」
「あっ! アッシュのパパじゃなくてノワールになってる!」
ミロさんがすかさず指摘する。
ノワールさんが、がっくりとうなだれた。
「演じるの、難しいわ」
「難しいでありますよね!」
「想像で演じるの、無理!」
「実際にお会いできたら、演じきれるんすけどね……」
「じゃあ、そのうちみんなを紹介するよ」
「ほんとっすか!?」
「ああ。父さんと母さんと昔みたいな関係に戻ることができたら……そのときは、俺の大切な友達だって紹介するよ」
俺は父さんたちと最悪な別れ方をしたのだ。
再会するのはものすごく緊張するけど……
でも、みんなに協力してもらったおかげで、少し心が軽くなった。
みんなの気持ちに応えるためにも、堂々と帰省しないとな。
そして父さんと母さんに、俺の自慢の友達だって言ってやるんだ!
「長話してたら喉が渇いてきたっす! みんな、そろそろお家に入らないっすか?」
「ミロ、賛成!」
「喉がからからであります!」
「こまめに水分を補給しないと、脱水症状になってしまうわ」
そうして長々と立ち話をしていた俺たちは、エファエル家にお邪魔したのであった。