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思いがけない出会いです

 マディアさんが幻想世界メモリーワールドを使った次の瞬間――


 俺は、真っ白な空間に佇んでいた。



「ここが、ノワールさんの精神世界……」



 果ての見えない空間には、大量のドアがある。


 ノワールさんが大のドア好きというわけではない。


 ドアにはプレートが掛けられ、そこに行き先が記されていたのだ。


 つまりドアを開けることで、目的地に直行できるってわけだ。


 そう判断した俺は、さっそくドアプレートを確かめる。


 えっと、なになに?



「友達との思い出の部屋、か……」



 思い出の部屋ってことは、エファやフェルミナさんの写真が飾ってあるのかな?


 友達との思い出が詰まった部屋で修行するわけにはいかないし、べつのドアを開けるとしよう。


 えっと、このドアは……



「魔王の部屋、か」



 プレートにはそう記されていた。


 ここに入ればノワールさんの記憶に刻まれた魔王と再会できるってことかな?


 入るかどうか、少し迷う。


 戦うことで身体を鍛えることができるし、魔王と再戦できるならドアを開けるが……


 まあ、再戦は無理だろうな。


 ノワールさんの記憶には、砕け散る魔王の姿が刻まれているのだから。


 対面した瞬間に弾け飛ぶのがオチである。


 修行期間は30日だが、現実世界と精神世界とでは時間の流れが違うのだ。


 時間を無駄にしないためにも、魔王は避けたほうが無難だろう。



「って、増えてる!?」



 考えごとをしている間に、次々と新たなドアが生み出されていく。


 ノワールさんが俺のために修行場をイメージしてくれているのだ。


 その気持ちに応えるためにも、早く修行場を決めないとな!


 えっと、ここは……



「メロンパン工場か」



 腹が減ったら入ってみるか。


 えっと、こっちのドアは……



「……なんだ、これ?」



 メロンパン工場行きのドアのとなりに、プレートのないドアがあった。


 試しに入ってみると、そこは狭い空間になっていた。


 見ると、空間には地下へと通じる階段がある。


 そっと覗きこんでみるが、奥がどうなっているのかはわからない。


 確かめに行くと時間がかかりそうだし、べつのところで修行するか。



「って、あれ? 出口は?」



 振り返ると、ドアが消えていた。


 まさか一度部屋に入るとドアは消える仕組みになっているのか?


 だとすると、ここで修行するしかないのだが――




『勝ったのじゃ! これで100連勝じゃ! すごいのぅ! 強いのぅ!』




 と、ふいに階段から幼い声が聞こえてきた。


 どうやら誰かがなにかと戦っているらしい。


 もしかして、この階段って地下闘技場的なところに通じてるのか?


 それなら修行場として使えそうだ!


 迷ってる時間がもったいないし、行ってみるか!


 俺は長い階段を下りていく。


 数分かけて階段を下りると、そこには地下牢があった。



「これで120連勝じゃ! 右手、強いのぅ! 左手、もっと頑張るのじゃ!」



 そして牢屋のなかには、ひとりジャンケンをしている女の子がいた。


 とっても楽しそうである。



「って、お主誰じゃ!?」



 女の子が顔を上げ、驚いたように目を見開く。


 その顔を見て、俺も驚いた。



「えっ!? ノワールさん!?」



 そう。ひとりジャンケンをしていたのは、ノワールさん(3歳児)だったのだ!


 どうりで聞き覚えのある声だと思ったよ。



「もしかして、わらわを助けに来てくれたのか!?」



 しかし口調が違う。


 見た目は退化薬で3歳児の姿になったノワールさんにそっくりだけど……


 別人なのかな?




「俺はアッシュだよ。きみは……ノワールさんじゃないのか?」



「妾は《氷の帝王アイス・ロード》じゃ!」




 またかよ。


 ほんと、どこにでも出てくる連中だな。


 でも、まさか《氷の帝王》が出てくるとは思わなかった。


 なにせ《氷の帝王》の記憶は10年以上前にリングラントさんの手によって消されているのだから。


 だけどこうしてひとりジャンケンをしてるってことは、記憶は消したのではなく封印しただけ。ノワールさんの意識の奥底で、封印されたときと同じ姿のまま、どうにかこうにか生きていたってわけだ。

 

 まあ、ガチガチに封印されてるし、そもそも出口はないからな。


 奇跡的に牢屋から脱出できたとしても、そこで詰む。


 どう足掻こうと、二度と《氷の帝王》として復活できないのだ。


 だからまあ、放っておいてもいいだろう。


 見た目ノワールさんだし、戦うのは気が引けるしな。



「アッシュよ、ここで会ったのもなにかの縁! いますぐ妾を助けるのじゃ!」


「嫌だよ」


「ほぅ、断るか! 妾に逆らうと魔王が黙っておらぬぞ!」


「《闇の帝王ダーク・ロード》なら俺が粉々にしたぞ」


「なんじゃと!? じゃ、じゃが、これでお主は妾に逆らえなくなったぞ!」


「どうして?」


「魔王はほかにもいるのでな! 魔王を敵にまわしたお主が生き残るには、妾に恩を売るしかないのじゃ!」


「みんな粉々にしたぞ」


「えぇっ!? みんな!? 嘘じゃろぉ!?」


「ほんとだよ。最終的に合体して《虹の帝王レインボー・ロード》になったけど、ビンタしたら吹っ飛んだぞ」


「ビンタで……」



 と、《氷の帝王》が落ちこむ。


 テンションの落差が激しい魔王だな。



「あやつらがいないのでは、合体して力を取り戻すことができぬのじゃ。あの忌々しいクソ魔王どもに仕返しすることができぬのじゃ……」



 彼女は転生したことで魔力を失ってしまったのだ。


 世界最強の魔法使いとして返り咲くためにリングラントさんに改造手術をさせることにしたが、記憶を封じられてしまったのである。


 そんな《氷の帝王》にとって最後の希望が、ガイコツ勢との合体だったのだ。


 望みが絶たれ、泣きそうな顔をしている。


 ノワールさんの顔で落ちこまれると心苦しくなってくるし……


 一応、励ましておくとするか。



「封印の間にいた魔王なら、お前の代わりに俺が倒しておいたぞ」


「そうか。できれば妾が倒したかったのじゃが、もうどうでもよくなったのじゃ。死んで生き返っただけでも運が良かったと思わねばのぅ」



 なかなかポジティブな魔王だ。


 精神力を鍛えるには気持ちの切り替えが大事だし、このプラス思考は見習いたい。



「てか、どうして死んだんだ? お前、強かったんだろ?」


「事故じゃよ」


「……事故?」


「うむ。《約束の刻ラグナロク》に備えて必殺技の練習をしておったときの事故じゃ」



 《約束の刻》については、以前リングラントさんから聞いた。


 《約束の刻》とはガイコツ勢と鎧武者勢の決闘――真の魔王である『大魔王』を決めるための戦いのことだ。


 ガイコツ勢は合体することで戦力を束ね、鎧武者勢は仲間を集めることで戦力を強化していたのである。


 ガイコツ勢は全滅したし、鎧武者勢も半壊状態だし、《約束の刻》が訪れることはないけどな。


 とにかく《氷の帝王》は、仲間の裏切りでも敵の不意打ちでもなく、事故によって命を落としたらしい。



「必殺技って、どんな魔法なんだ?」


「大陸を押し潰すほどの巨大な氷塊を落とす魔法じゃ」


「それはすごいな」


「じゃろ!? それを使ったら、ぺちゃんこになってしまったのじゃ」


「誰が?」


「妾」



 リアクションに困る死因だった。



「まあ、妾を殺せるのは妾だけということじゃなっ! こうして若返ることもできたし、ここから出ることはできぬが暇つぶしなどいくらでも思いつくし、むしろ事故ってラッキーと言えるのじゃ!」



 ほんとポジティブな魔王だな。


 ノワールさんと同じ見た目をしていることもあってか、こいつのことは嫌いになれない。



「ところで、お主にひとつ質問なのじゃが」


「なんだ?」


「お主、なぜ透けておるのじゃ?」


「透けて……?」



 手を見ると、半透明になっていた。


 こ、これって――



「まさかもうタイムリミットが来たのか!?」



 こうしちゃいられない!


 俺は慌ててスクワットする。



「なにしておるのじゃ?」


「遅れを取り戻してるんだ!」


「よくわからぬが、ほどほどにするのじゃぞ。やりすぎると妾みたいに事故ってしまうのでな」



 まさか魔王に心配される日が訪れるとは思わなかったが、いまはそんなことどうでもいい!


 俺はがむしゃらにスクワットする。


 そうしている間にも俺の身体はどんどん透明になっていき――



     ◆



「――アッシュが目覚めたわ」


 目の前に、ノワールさんの顔があった。


 俺はベッドに寝かされていた。


 慌てて身体を起こし、ノワールさんにたずねる。



「ここって現実世界?」


「ここは現実よ」


「てことは、もう30日が過ぎたのか?」


「はい。アッシュさんを精神世界にお送りしてから、今日でちょうど30日目です」



 と、マディアさんが言う。



「体感時間的には10分くらいに感じたんですけど、本当にあっという間なんですね……」


「はい。みなさんそうおっしゃいます」



 そう、俺はその話を事前に聞かされていたのだ。


 だからこそ、1分1秒たりとも無駄にはしないと自分に言い聞かせた。


 だというのに、魔王と話しこんでしまうとは……


 でもまあ、1分くらい全力でスクワットしたし、長い階段を下りたし、《氷の帝王》と話すときに表情筋を使ったのだ。


 がっつり修行はできなかったが、それだけでも効果はあるはずだ!


 なにせ直接魂を――精神力を鍛えたのだから!



「俺、さっそく魔法を使ってみるよ!」


「なにを使うのかしら?」


飛行魔法フライを使ってみる!」



 空を飛べば、どれだけ成長したか一目でわかるしな。


 修行前は2㎝だったが……


 精神世界での修行を経て、少しは高く飛べるようになったはずだ!


 そう信じつつ外に出た俺は、魔法杖ウィザーズロッドを構え、心を落ち着かせる。


 カマイタチを発生させないようにルーンを描き、完成した瞬間――



「ぅおおっ!」



 俺の身体が、ふわりと浮いた。



「アッシュが飛んでるわ」



 ノワールさんが、俺を見上げる。


 

 そう。俺は見上げるほどの高さに――



 2メートルの高さに浮いているのだ!



「それは成長したのですか?」


「はい! 成長しました! 想像以上ですよ!」



 魔力の質を高め、魔力をじかに鍛える。


 その合わせ技で、ここまでの効果を得ることができた。


 ついに俺は、小学生くらいの魔法使いと同等の魔力を手にすることができたのだ!


 本当に、師匠たちには感謝してもしきれない。



「一子相伝の魔法を使ってくださって、本当にありがとうございます!」


「いえいえ。アッシュさんに喜んでいただけて、私としても嬉しいです」


「ノワールさんも、精神世界に滞在させてくれてありがとな!」


「貴方の役に立てて嬉しいわ」



 そう言うと、ノワールさんはお腹を押さえた。



「安心したら、お腹が空いたわ」


「ではご飯にしましょう。アッシュさんも、たくさん食べてくださいね」


「はい!」


「食べるわ」



 お言葉に甘えることにした俺たちは、マディアさんの家に戻る。



「そういえばノワールさん、先日電話がかかってきたとか言ってませんでしたか?」


「忘れてたわ」


「電話って?」


「先週、エファから電話がかかってきたのよ」



 エファから?



「なんて言ってた?」


「モーリスの誕生日を祝う前に、一度会いたいと言ってたわ」


「そっか。もうそんな時期なんだね」



 俺にとっては10分だが、現実世界では30日が過ぎたのだ。


 モーリスじいちゃんの誕生日は、すぐそこまで迫っているのである。


 まだ大魔法使いにはなれてないけど、2メートルも空を飛ぶことができるようになったのだ。


 モーリスじいちゃんに見せたら喜んでくれるはず! 


 背中に乗せてあげたら、もっと喜んでくれるはずだ!


 師匠の喜ぶ顔を想像すると、いてもたってもいられなくなる。



「じゃ、ご飯を食べたらネムネシアに向けて出発しよう!」


「ひさしぶりにみんなに会えるわ」



 ノワールさんは嬉しそうだ。


 ネムネシアにはエファとかミロさんとか五つ子ちゃんとかがいるからな。


 俺もみんなに会うのが楽しみだ。



 それから食事をご馳走になった俺たちは、あらためてマディアさんに礼を告げ、エルシュタット王国に向けて出発したのであった。




活動報告のほうで武闘家4巻のカバーイラストを公開しました。

ティコさんやミロさんの姿もチェックできますので、よろしければご覧ください。

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