一子相伝の魔法です
サンドアント掃討作戦を終えたあと。
ランタン王国にやってきた俺とノワールさんは、迷いの森を訪れていた。
まあ、迷いの森といっても俺たちが迷子になることはないけどな。
強者の居場所を示す地図の通りに行けば、師匠候補のいる村にたどりつけるしさ。
そんなわけで迷う心配がないため、ノワールさんは落ち着いてるけど……
俺は、そわそわしていた。
次の修行が楽しみっていうのも理由のひとつだけど、そわそわしている一番の理由は――
「――っ! 小川だ! ノワールさん、気をつけて!」
行く手に小川を見つけた瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。
魔王に出くわしたとき以上の跳ねっぷりだ。
「助走をつければ飛び越えられるわ」
「足を滑らせたら大変だよ!」
「たしかに大変だわ。このピンチをどうやって乗り越えればいいかしら?」
「俺にいい考えがある! さあ、俺に乗って!」
その場にうつ伏せになると、ノワールさんは俺の背中に跨がった。
さあ、いくぜ相棒!
すぃー。
俺はうつ伏せのまま小川の上をすいすい進む。
2週間ほど前のサンドアント掃討作戦で、俺はついに飛行魔法をマスターしたのだ!
いまは2㎝が限界だけど、新たな師匠のもとで修行すれば、大空を飛ぶのも夢じゃないのである!
「快適な乗り心地だったわ」
「またいつでも乗せてあげるよ」
むしろ乗ってほしい。
なにせ大切なひとを守ることで、精神力は鍛えられるんだからな!
ノワールさんを小川の脅威から守ったことで、俺の魔力はさらなる進歩を遂げたはずだ。
そうして小川を乗り越えた俺たちは、森の奥へと歩いていく。
すると今度は倒木が俺たちの前に立ち塞がった。
「樹の下に隙間があるわ。ここをくぐれば先に進めるわ」
「くぐってる最中に樹が折れたら押し潰されてしまうよ!」
「一難去ってまた一難だわ。このピンチをどうやって乗り切るのかしら?」
「ここは俺に任せて!」
俺はカマイタチのルーンを描く。
しゅぱっ。
風切り音が聞こえ、樹の表面にうっすらと傷がつく。
くっ。だめか……。
「ごめん。俺のカマイタチじゃ、ノワールさんを助けることはできないよ」
「私は、貴方のカマイタチに救われたわ」
カマイタチはカマイタチでも、ゴーレムを真っ二つにしたのはカマイタチ(物理)だ。魔法じゃない。
だけど、魔力斑が宿ったときに比べると、ずいぶんカマイタチっぽい音がするようになったからな。
着実に成長してるし、いつかはカマイタチ(魔法)で大切なひとを守れるようになるはずだ!
まあ、守る必要のないくらい平和に暮らせるのが一番だけどさ。
「どうやって先に進むのかしら?」
「ちょっと待ってて」
ひょいっと倒木を抱えてわきに避け、俺たちは先へと進む。
そうして魔法を使う機会を見逃さないように歩いていると――ひらけた場所に出た。
うっそうと茂る木々の奥に、集落があったのだ。
「近くに青点の主がいるわ」
「ここが隠者の村で間違いなさそうだね」
ティコさんによると、隠者の村は世間との関わりを絶っているらしい。
よそ者の俺たちを受け入れてくれる保証はないけど……
ここで足踏みしていても、大魔法使いにはなれないからな。
当たって砕けろの精神でいこう!
「さっそく巫女に会いに行くのかしら?」
次の師匠候補は『一子相伝の魔法を使う巫女さん』だ。
名前すらわからないけど、これだけ情報があれば見つけるのは簡単だ。
「まずは青点のひとに会ってみよう。そのひとに聞けば、巫女さんの居場所もわかるはずだよ」
ティコさんいわく『一子相伝の魔法を修行に応用することで、村人は強くなっている』らしい。
つまり青点の主は、巫女さんの修行を受けた――巫女さんにコネクションを持っているのだ。
そのひとに紹介してもらうことができれば、弟子入りもスムーズにいくってわけだ。
「青点の主は一箇所に集まってるわ。なにをしてるのかしら?」
「試合かもしれないね」
「なぜ戦ってるのかしら?」
「きっと強くなるためだよ。試合の邪魔しちゃ悪いし、そっと近づこう」
俺たちはなるべく足音を立てないように、青点のほうへ近づいていく。
そうしてたどりついた広場には、人だかりができていた。
大人たちが見守るなか、着飾った子どもたちが緊張の面持ちで立っている。
そんな子どもたちのそばには、俺と同い年くらいの巫女さんが佇んでいた。
「貴方と同じ魔法杖だわ」
「え? ほんとだ……」
巫女さんの手には、見慣れた魔法杖が握られていた。
俺の相棒は、儀礼用として作られたものだ。
つまりいまは儀式の真っ最中。
幼い子どもが大勢いるし、七五三みたいなことをしてるのかな?
とにかく邪魔しちゃ悪いし、しばらくここで見守っていよう。
「……」
「……」
息を潜めて待っていると、ふいに賑々しくなった。
巫女さんに一礼し、子どもたちが両親のもとへ駆け寄っていく。
どうやら儀式は終わったようだ。
「すみませーん」
不用意に近づけば警戒されるため、まずは遠くから声をかける。
村のひとたちが警戒するようにこっちを見てくるなか、巫女さんがハッと目を見開く。
そして、こちらへ歩み寄り、
「もしかして、アッシュさんですか?」
「はい。俺はアッシュです」
名乗った途端、警戒ムードが歓迎ムードに変わる。
もう1年以上前のことだけど、まだ『魔王放送』のことを覚えててくれたようだ。
「やはりアッシュさんでしたか! 魔王を倒してくださったこと、心より感謝しております。ですが、なぜアッシュさんがこの村へ?」
「一子相伝の魔法を使う巫女さんがいると聞いて来ました。俺、そのひとの弟子になりたいんです!」
「でしたら、お探しの巫女は私です。ですが私の魔法は……」
子どもたちに注目されていることに気づき、巫女さんは咳払いする。
「遠いところお越しくださったのに、おもてなしをしないわけにはいきませんし、用件は私の家で伺います。ええと、そちらの……」
「私はノワールよ」
「ノワールさんは、俺の友達なんです」
「アッシュさんとノワールさんは、お互いに信頼しあってますか?」
「私はアッシュを信頼してるわ」
「俺もノワールさんを心から信頼してます」
質問の意図はわからないけど、俺は正直に答えた。
「でしたら、条件は満たしてますね」
条件?
「って、なんのことですか?」
「詳細は後ほど。とにかく、おふたりとも私の家にいらしてください」
そうして俺たちは巫女さんの家にお邪魔することになったのだった。
◆
巫女さんの家に到着したあと。
「どうぞおくつろぎください」
巫女さんに促され、俺たちは椅子に腰かける。
「申し遅れました。私はマディアといいます。このたびは私に会いに来てくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ、お忙しいなか時間を設けていただきましてありがとうございます」
マディアさんはにこりとほほ笑む。
「いえいえ。ちょうど祈願も終わったところですので問題ありませんよ。それにお礼を言うのはこちらのほうです。アッシュさんがいなければ、今頃この村も魔王に滅ぼされていたのですから」
穏やかな物腰で語るマディアさん。
よそ者の俺たちを受け入れてくれてるし、これなら弟子入りできそうだ。
俺が安心していると、マディアさんはふいに真剣な顔をする。
「ところで、アッシュさんは私の魔法について、どこまでご存じなのですか?」
「俺が知ってるのは『その魔法を修行に応用すれば魔法使いとして強くなる』ということだけです」
「そうですか……。たしかに私の魔法を使えば、魔力の成長を促すことは可能です」
「ほんとですか!?」
「はい。ただ、この魔法を使えば、アッシュさんが危険な目に遭うことになります」
「俺のことなら気にしないでください!」
昔は魔法使いになるために散々無茶な修行をしたからな。危ない目に遭うのは慣れているのだ。
それに今回は魔力を鍛える修行なのだ! 大魔法使いになれるなら、どんなことでもしてみせる!
「アッシュはどんな目に遭うのかしら?」
ノワールさんが心配そうにたずねる。
「私の魔法を――幻想世界を使うことで、アッシュさんの精神を他人の肉体に移すことができるのです」
幻想世界。
それが一子相伝の魔法の名称らしい。
「精神を他人に移すと、俺の身体はどうなるんですか?」
「意識不明の状態になります。この状態が長く続けば、肉体は生命活動を停止します」
マディアさんいわく、最長記録は2週間。それを超えて生還したひとはいないらしい。
「その最長記録のひとは、どんな魔法使いになりましたか?」
俺は期待をこめてたずねる。
「半世紀以上前に魔王軍と戦った勇者一行――そのナンバー13になったと聞いています」
「それは……すごいですね……」
勇者一行は大魔法使いで構成されたパーティだ(ひとり武闘家がいるけど)。
そのナンバー13ってことは、世界で13番目に強い魔法使いと言っても過言じゃない。
これはもう、なんとしてでも幻想世界を使ってもらわないと!
「以上の話を踏まえた上で、修行期間を決めてほしいのですが……何日にしますか?」
「1ヶ月コースでお願いします」
「死んじゃいますよ!?」
マディアさんはめちゃくちゃ戸惑っているが、俺は本気だ。
「危険は覚悟の上です。それに俺、信じてますから」
「信じる?」
「はい。俺の身体は、10年以上も死に物狂いの修行に耐えてきましたからね。1ヶ月くらい放置したところで死ぬような身体じゃない――そう信じてるんです」
真剣に思いをぶつけると……
マディアさんは、納得したようにため息をついた。
「わかりました。アッシュさんの身体が普通とは違うということは、魔王との戦いを見て理解しましたからね。お引き受けいたします」
「ありがとうございます!」
「こまめに幻想世界を使うことはできないのかしら?」
と、ノワールさんが言う。
それができるならほかのひともやってると思うけど……がっつり1ヶ月コースより、1日コースを30回繰り返したほうが安全なのはたしかだ。
「それはできません。幻想世界は一生に一度限りの魔法です。多用すると肉体が拒絶反応を起こし、身体を動かせなくなるんです」
それに、とマディアさんは明るい声で言う。
「この魔法は一度の使用でかなりの効果がありますから、何度も使う必要はありませんよ。なにせじかに精神を鍛えることができるのですから」
「精神を鍛えるって、具体的にどうすればいいんですか?」
なんとなく幽体離脱をイメージしてるけど、どうすれば精神を鍛えたことになるかは謎だ。
「精神だけになっても、アッシュさんの姿は保たれますからね。たとえばその状態で腕立て伏せをすれば、精神を鍛えたことになるんですよ」
「それって、すごくないですか!?」
精神を鍛えるってことは、魔力を鍛えるってことだ。
つまり身体を鍛えるのと同じやり方で、魔力を鍛えることができるのである!
これほど俺にぴったりな修行はない。
「マディアさん! 俺に幻想世界を使ってください!」
「アッシュさんは世界を救ってくださいましたから、私にできることなら協力します。ただ、これにはノワールさんの協力が欠かせません」
「私はなにをすればいいのかしら?」
「アッシュさんは、ノワールさんの意識のなかで修行することになりますからね。ノワールさんには、頭のなかで修行環境をイメージしてほしいのです」
修行環境はノワールさんしだい。
たとえばノワールさんが海をイメージすれば、俺は遠泳で身体を――魔力を鍛えることができるってわけだ。
「変な環境をイメージしないように気をつけるわ」
「俺も、ノワールさんの心のなかを探索しないように気をつけるよ」
俺はノワールさんの精神世界で修行する。
つまりノワールさんは、俺にとっての神様になるのだ。
ノワールさんの意思ひとつで、俺の精神が死ぬこともありえるってわけだ。
一方、俺はノワールさんの心のなかを覗き見ることができる。
ノワールさんのすべてを知ることができるのだ。
心から信頼しあってないと、この修行は実現しない。
だからこそ、マディアさんは最初に俺とノワールさんが信頼しあっているかどうかを確認したってわけだ。
「さて、以上で説明は終わりです。それでもおふたりは、修行を望みますか?」
俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。
「俺は大魔法使いになりたいです」
「私はアッシュが大魔法使いになるところを見たいわ。アッシュの夢は、私の夢でもあるもの」
俺たちの決意を受け、マディアさんはにこりと笑う。
「わかりました。では、お引き受けいたします」
修行期間は、30日。
修行場所は、ノワールさんの意識のなか。
必ず強くなって生還し、ノワールさんと喜びを分かち合ってみせる!
「修行は明日からです。空き部屋をお貸ししますので、今日はゆっくり身体を休めてください」
お言葉に甘え、俺たちはふかふかのベッドでがっつり寝た。
そして翌日――
「最後にひとつだけ。幻想世界から帰還した方々は、『あっという間の出来事だった』と口を揃えて言います。せっかく危険を冒すのですから、悔いのないようにお過ごしください」
「わかりました! 俺、1分1秒たりとも無駄にはしません!」
「貴方と再会できる日を待っているわ」
「俺もだよ! じゃあ、行ってくる!」
ふたりに見送られるなか、俺の精神はノワールさんの意識のなかへと旅立つのであった。
お知らせです。
いつも応援してくださっている皆様のおかげで、武闘家4巻をお届けできることが決まりました。
発売日は1月25日の予定で、2万字ほど加筆修正した第4章(ライン王国の師匠編)に加えて、おまけ短編を収録しております。
カバーイラストにつきましては、担当様の許可が下りましたら活動報告のほうで公開できればと思います。