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「あぁ、アッシュくん……」
第三闘技場の壁に背中をあずけて座りこんでいると、弱々しい声が聞こえてきた。
くじ運のないクラスメイト――ニーナさんだ。
「ニーナさんの試験会場もここなのか?」
「うん……」
こっくりうなずき、ニーナさんは俺のとなりに座る。
深々とため息をつき、
「しかも最後から二番目だよ。待機時間長すぎるよ。いっそ早く楽にしてほしいよ……」
そう言って、俺にくじを見せてくる。
ニーナさんの対戦相手はノワールさんで、順番は『14』だった。
実技試験には順番があるらしく、その番号はくじに書かれていた。
俺の番号は『15』だ。
「14番で最後から二番目ってことは、俺は最後ってことか。待ち遠しいな」
「アッシュくんはすごいね。あのフェルミナさんと戦うのが待ち遠しいだなんて……」
ニーナさんは感心したような口調で言う。
「俺は立派な魔法使いになりたいからな。強いひとと戦えたほうが、学ぶところも多いと思って。……ニーナさんは強くなりたいとか思わないのか?」
「思ってるよ。だけどあたしが強くなりたいのは、どんな魔物に襲われても生き残れるようになるため……自分を守るためだから、ぜったいに負けるとわかってる戦いは避けたいの。相手が強いと、逃げたくなっちゃうの」
相手が強いと逃げたくなる、か。
フェルミナさんとは真逆の考え方だな。
「ノワールさんって、そんなに強いのか?」
「意味わかんないくらい強いよ……」
「だけど相手は魔物じゃなくて人間だぞ。それでも怖いのか?」
「そりゃ魔物よりはマシだけど……。こういう試合で負けたとき、あたしはいっつも思うんだ。これが魔物ならあたしは殺されてるんだよね、って」
ニーナさんは想像力が豊かすぎるようだ。
てことは、その想像力をポジティブなほうに働かせれば、強敵と戦うことへの恐怖心を克服できるかもしれないな。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
「どういうの?」
「ニーナさんが魔物に襲われたときは、俺がそいつを倒す。つまりニーナさんが魔物に殺される心配はないってわけだ」
「でもそれって、アッシュくんがあたしより何倍も強くないと成り立たないよ?」
たしかにニーナさんの言う通りだ。
俺は《闇の帝王》を倒したが、『魔王をワンパンで倒したことあるよ』とか口で説明しても信じてもらうのは難しいだろう。
「じゃあ、フェルミナさんに勝って、俺が強いってことを証明するよ。そんなわけで俺も頑張るから、ニーナさんも頑張ってみないか?」
俺の言葉に、ニーナさんの顔が明るくなっていく。
「……そ、そうだね。アッシュくんのおかげで、なんだか勇気がわいてきたよ。ノワールさんとの戦いも、頑張れそうな気がしてきた」
「おおっ、その意気だ! けど、どうせなら『ノワールさんに勝つ』くらいのことは言ってもいいんじゃないか?」
「そ、そうだね! 言うだけならタダだもんね! よーし、今日はノワールさんに勝つぞ! ふるぼっこだ!」
「……そう。貴女が、ニーナ・アライバル?」
突然、淡々とした声が降ってきた。
顔を上げると、すぐそばに無表情の女の子が立っていた。
背が低く、青みがかった長髪を風になびかせている。
「ノ、ノワール、さん……」
ニーナさんはびくびくと震えている。
そうか、この娘がノワールさんか……。
「……貴女、私に勝つの?」
ノワールさんが、抑揚のない声でニーナさんに問いかける。
「か、勝ちます! あなたに勝って、あたしは弱い自分とサヨナラするんです!」
おおっ、いいぞニーナさん! その調子だ!
敬語になってるのが引っかかるけど、ニーナさんは勇気を出して強敵に立ち向かってるんだ。
いまは静かにニーナさんを見守ろう。
「……そう。だけど、私は負けないわ。負けられない、理由があるもの」
「あ、あなたの理由なんて、どうせたいしたことないんです!」
「たいしたことあるわ。私は、筆記試験ぼろぼろだったもの」
「あ、あたしだってほとんど解けませんでしたよ!」
なんてレベルの低い争いなんだ……!
「下級クラスの貴女に負けると、中級クラスに落ちるもの」
「中級クラスがどうしたっていうんですか! こちとら下級クラスですよ!」
「中級クラスの教室は、購買から遠いもの」
「一番遠いのは下級クラスですよ!」
「購買の大人気商品『外カリッ、中もふっ♪ もっちりもちもちほっぺがとろける夢のめろめろメロンパン』は、上級クラスの教室からスタートダッシュを決めないとすぐに売り切れてしまうもの」
――だから貴女には負けないわ。
そう言い残し、ノワールさんは颯爽と歩き去っていく。
「い、言ってやった……あのノワールさんに、言ってやった……。い、いまの会話、ちゃんと聞いてた?」
「一言一句もらさず聞いたよ。頑張ったな」
俺が褒めると、ニーナさんは満面の笑みになった。
「アッシュくんが背中を押してくれたから、あたしはノワールさんに立ち向かうことができたんだよっ。勝てるかどうかはわかんない……ううん、ぜったいに負けると思う。でも、あたしは逃げないよ! 逃げ続けてたら、いつまで経っても弱い自分のままだもん!」
ニーナさんは力強く宣言した。
ニーナさんは、俺の言葉を信じて勇気を出してくれたんだ。
だから、俺はニーナさんの気持ちに応えるためにも、フェルミナさんに勝たなきゃいけないんだ!
俺は闘志を燃やしつつ、実技試験の幕開けを待つのだった。
次話は明日の18時頃更新予定です。