突然変異の女王蟻です
ニーナさんを見送ったあと。
フェルミナさんと再会した俺たちは、飲食店にやってきた。
テーブル上には肉料理がずらりと並んでいる。
「今日はあたしの奢りだよっ! たっくさん食べてね!」
「俺も出すよ」
「いいっていいって! お給金たくさんもらってるし、アッシュくんにお願いしたいこともあるからね!」
「お願いしたいこと?」
「うん。だけどその話はあとで。お肉は熱々が一番美味しいからね! ほらほら、早く食べないとあたしが全部食べちゃうよっ! これくらいなら、ぺろっといけちゃうんだから!」
あいかわらずの肉好きで、あいかわらずの食べっぷり。
ひさしぶりに顔を見たけど、いつも通りのフェルミナさんだ。
だけど、そんなフェルミナさんにもひとつだけ変わったことがある。
「フェルミナさん、最近なにか特別な修行した?」
そう。以前は青点だったのに、フェルミナさんは短期間でノワールさんより強くなったのだ!
どうやって強くなったのか、ぜひとも聞かせてほしいのである!
「修行はしてないよ。毎日魔物と戦うので忙しいもん。最近は特にね。アッシュくん、サンドアントって知ってる?」
「もちろん知ってるよ」
サンドアントは魔物のなかでも繁殖力がずば抜けてるからな。いろんなところで見かけるのだ。
以前リングラントさんの用心棒を務めたときも、ネムネシアでサンドアントの群れに襲われたしさ。
「それがどうしたんだ?」
「実は最近サンドアントが大量発生してるの。だから朝から晩までサンドアントと戦ってばかりなんだよ」
「だったら巣穴に乗りこんだほうがいいんじゃないか?」
サンドアントは日中は外で狩りをして、日が暮れるとエサを持って巣穴に戻るって本に書いてあったからな。
巣穴を見つけるのは難しいことじゃないのだ。
まあ、巣穴に乗りこんだあとが大変なんだけどさ。
丸太をへし折るアゴで岩盤を削り、地中深くに巣を張り巡らせてるわけだしな。
「ちなみに、巣は見つかってるのか?」
「うん。いろんなところで見つかったよ」
「いろんなところでか……」
だとすると、大勢でなんとかしないとキリがないな。
サンドアントの巣が地中で繋がってたら、べつの巣穴から外に逃げられてしまうしさ。
「だからね、アイナ様の指示で、一斉に巣を攻めることになったの」
なるほどね。
アイちゃんが忙しそうにしてたのって、この作戦を指揮してたからだったのか。
「てことは、フェルミナさんはこの町の近くの巣穴を担当してるってことか?」
「うん。危ない任務だから新人は参加しなくてもよかったんだけどね。団長に作戦に加わってほしいってお願いされたのっ!」
「きっとフェルミナさんの実力が認められたんだよ」
「うんっ! だから最初はすっごく嬉しかったんだけど……日に日に怖くなってきちゃったの」
いつも明るいフェルミナさんが、暗い顔でため息をつく。
ほんとは怖いのに、勇気を振り絞ってこの町を訪れたってわけか。
それが劇的なパワーアップと関係してるのかもしれないな。
命懸けの覚悟をすれば精神力が強くなるし、魔力も上がるしさ。
でも、それがわかっていても俺にはマネすることができない。
命懸けの覚悟を必要とするイベントが、俺には起きないのだから。
だけど命懸けの覚悟をする以外にも、魔力を上げる方法はある。
「迷惑じゃなければ、俺もその作戦に加わっていいかな?」
フェルミナさん、電話で言ってたもんな。
誰かを守るために戦っていたら、いつの間にか強くなっていた、ってさ。
それに任務とはいえ、危険な場所に向かおうとしてる友達を黙って見送ることはできない。
だから俺にフェルミナさんを守らせてほしいのだ!
「もちろん大歓迎だよっ!」
「ほんとに!? 俺、魔法騎士団じゃないけどいいの!?」
「うんっ。人手不足で優秀なハンターを雇ってる部隊もあるからね! アッシュくんがいれば心強いし、できれば参加してほしいなって思ってたんだよ!」
さっき言ってた『お願いしたいこと』ってこれだったのか。
「私も参加したいわ」
「ノワちゃんも大歓迎だよっ! 4人が力を合わせれば、サンドアントを殲滅できるよ!」
「4人?」
俺と、ノワールさんと、フェルミナさんと、あと誰だ?
「ライン王国の魔法騎士団だよ。ライン王国でもサンドアントが増えてるからね」
ライン王国にとっても他人事じゃないってわけか。
これは思った以上にスケールが大きそうだ。
「そのひととはいつ合流するんだ?」
「明日のお昼に、このお店で会うよ。今日はその下見に来たってわけ!」
下見にしては本気で飲み食いしてるけど、何事にも全力で取り組むのがフェルミナさんの良いところだからな!
「その下見、俺も協力するよ!」
「私も食べるわ」
「おおっ! ふたりとも食べる気満々だね! あたしも負けないよっ!」
そうして俺たちはお腹いっぱいになるまで肉料理を頬張るのであった。
◆
そして翌日の午後。
宿屋をあとにした俺たちは、待ち合わせ場所の飲食店にやってきた。
そこで待っていたのは……
「あーっ! アッシュさんじゃないですかっ!」
ライン王国魔法騎士団・西方討伐部隊団長のクロエさんだった。
「もうひとりの団員って、クロエさんだったんですね!」
「私のこと覚えてるんですかっ!?」
「印象的な出会いでしたからね!」
クロエさんと出会ったのは、初代相棒が柄だけになった日のことだ。
相棒を懐から取り出した瞬間にカマイタチが発生し、暗黒騎士こと《黒き帝王》を真っ二つにした。
その場に居合わせたのが、クロエさんなのだ。
「どうしてアッシュさんがいらっしゃるんですか?」
戸惑うクロエさんに、俺たちの関係とこうなった経緯を説明する。
「なるほど、そういう経緯だったんですね! アッシュさんが加わってくださるなら心強いです! ですが……ノワールさんは、どれくらい強いのでしょうか?」
その質問に、ノワールさんは強者の居場所を示す地図を開いた。
「貴女より強いわ」
「さすがは名門エルシュタット魔法学院の卒業生ですね! でしたら、ありがたく作戦に加わっていただきます!」
にこやかに言うと、クロエさんは急に真顔になった。
「ですが、命の保証はありませんよ。我々が戦うサンドアントは、通常のそれとは一線を画する強さなのですから」
「そうなんですか?」
「はい。おまけにその強いサンドアントは、小柄だったのです」
「小柄ってことは、幼体ってことですね?」
「はい。つまり、我々の知るサンドアントとは一線を画する強さの個体が、もの凄い勢いで生まれているのです。いまは幼体だからなんとかなりますが……」
これが成体になったら、クロエさんでも手がつけられなくなるってわけか。
クロエさんが手こずるほどの魔物がイナゴの群れの如く押し寄せてきたら、人類は絶滅する。
「なぜそんなことになったんですか?」
「原因はわかりませんが……産卵能力を持つ女王蟻に突然変異が起きたと推測されています」
突然変異の女王蟻か。
魔王にばかり気を取られてたけど、まさか地中にそんな魔物が潜んでるとはな。
「アッシュがいれば平気だわ」
なんてノワールさんは言ってくれるけど、気を引き締めないとどうなるかはわからない。
なにせ女王蟻は、クロエさんが苦戦するサンドアントを次々と産んでいるのだから。
その親玉である女王蟻の強さは、ノワールさんを上回っているはずだ。
なのに地図には女王蟻らしき存在が示されていないのだ。
きっとこの地図は、何百メートルも地下にいる魔物の強さまでは測ることができないのだろう。
だとすると、女王蟻の強さは未知数だ。
みんなを守るどころか、返り討ちに遭う可能性だってある。
だからといって逃げだすわけにはいかない!
サンドアントを倒して、女王蟻を倒して、フェルミナさんたちを守り抜いて――
そして、大魔法使いになってやるぜ!
「掃討作戦は明日、日の出とともに決行です。今日は私が奢ります。たくさんお肉を食べて、力をつけて、明日の戦いに備えましょう」
「はい!」
「大賛成ですっ!」
「たくさん食べるわ」
そうしてやる気を滾らせつつ、俺たちは再びお腹いっぱいになるまで肉料理を頬張るのであった。