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壊し屋です

 その日の昼下がり。


 グリューン王国をあとにした俺たちは、トロンコさんの飛空艇に乗ってエルシュタットに帰ってきた。



「おじいちゃんが見てないからといって、だらしない生活をしてはならぬぞ!」


「自堕落に生きないと誓うであります!」



 飛空艇乗り場でトロンコさんに見送られ、エルシュタット魔法学院へ向かう。


 ひさしぶりのエルシュタットは賑わっていた。


 道行くひとたちは楽しげに笑ってるし、あいかわらず平和な場所だなっ。



「さあ、どこからでもかかってこいであります! 血祭りにしてやるでありますよ!」



 ネミアちゃんが魔法杖ウィザーズロッドを構えて物騒なことを言う。



「今日は祭りなのかしら?」


「血祭りっていうのはそういう意味じゃないよ」


「ぼこぼこにするという意味であります!」


「ネミアがおかしくなってしまったわ」



 ほんとだね。


 ついさっきまで優しい女の子だったのに、いったいどうしちゃったんだ?


 ……もしかして。 



「心配しなくても、街中に魔物はいないよ」


「えっ、そうなのでありますか?」



 やっぱりそうか。


 島国出身のネミアちゃんにとって大陸は『バケモノの巣窟』だからな。


 そこらじゅうに魔物がいると勘違いしたってわけだ。



「グリューン王国と同じで、街中に魔物はいないよ。魔物除けの結界が張ってあるからね」


「なるほど、そうだったのでありますか! では結界を張ったひとと戦いたいであります!」



 誤解は解けたのに、ネミアちゃんは戦う気満々だ。


 きっと自分の力が大陸でどこまで通用するか、確かめたくてうずうずしてるんだろうな。



「戦いたいなら、まずは編入試験を突破しないとな! そしたら毎日生徒と戦い放題だ!」


「はい! 私、ぜったいに突破してみせるであります! 研鑽を積んで、強くなって、アッシュ殿のように銅像が建つほどの活躍をしてみせるでありますよ!」



 俺の裸像を指さして決意表明をするネミアちゃん。


 裸像っていうか、正しくは女の子のパンツを穿いてるんだけどね。どっちにしろ恥ずかしいことに変わりはないんだけどさ。


「あれって、アッシュ殿でありますよね?」


「アッシュだわ」


 ネミアちゃんが確認を取ると、ノワールさんが即答した。


 すっかり忘れてたけど、1年以上前に《虹の帝王レインボー・ロード》を倒した功績を称えられて銅像ができたのだ。


 記憶から抹消していた俺と違って、みんなは忘れてないらしい。毎日手入れされているのか、銅像はぴっかぴかだった。



「うぉぉ! やっぱりアッシュ殿だったのでありますねっ! 銅像が建てられ、人形が作られるなんてすごいでありますっ!」



 俺、人形にされちゃってるの!? 



「……ほんとだ。俺の人形が売られてる」



 しかも専門店である。


 おまけにパンツ姿だし。あれって着せ替え人形だよね? あのまま遊んだりしないよね?


 ま、まあいっか。どんな用途だろうと、子どもたちが楽しんでくれるならそれでいい!



「あっ! アッシュ殿! おばあちゃんの団体が買ってるでありますよ!」



 俺の人形、おばあちゃん世代に人気なの?


 俺が戸惑っていると、人形を買ったおばあちゃんたちに見つかった。


 ぞろぞろと歩み寄ってくる。



「アッシュさんですな!?」


「こんなところでお会いできるとは夢のようですじゃ!」


「サインをいただけますかなっ?」



 サインって……人形に?


「えっと……背中でいいですか?」


「もちろんですじゃ! ……おおっ、ありがたやありがたや」


 サインを書くと、おばあちゃんたちが俺の人形を天にかざした。


 日差しを浴び、俺の人形が神々しく見える。


「家宝にしますじゃ!」


「大切にしてくれるのは嬉しいんですけど……それって、あなたが遊ぶんですか?」


 気になったのでたずねてみると、おばあちゃんたちは真顔で首を振った。



「遊ぶなんてとんでもないっ。これは魔除けですじゃ」



 俺の人形にそんな用途があったとは。


 まあ、自分で言うのもなんだけど変態的な人形だし、ある意味魔除けになりそうだ。


「私もいつか銅像が建ち、魔除けの人形が作られるくらい活躍してみせるであります! そのためにも強くなるでありますよ!!」


 エルシュタットに戻って早々恥ずかしい思いをしたけど、ネミアちゃんがやる気になってくれたし、結果オーライとして受け止めるか。



 それからしばらく歩き、懐かしのエルシュタット魔法学院にたどりつく。



「ここがエルシュタット魔法学院でありますか! 立派なところでありますなぁ!」


「内装も立派だよ。学院長に連絡するからちょっと待っててね」



 懐から携帯電話を取り出し、学院長のアイちゃんにかけてみる。


 前回は糸電話とどっこいどっこいの性能だった俺の携帯電話だけど……



『アイナ……すわ。どう……いまし……の?』



 アリアン王国とグリューン王国で修行したことで、おもちゃのトランシーバーとどっこいどっこいの性能にグレードアップしたのであった。



     ◆



 学院長室に入ると、アイちゃんがにっこりとほほ笑みかけてきた。



「アッシュさん! お元気そうでなによりですわっ」


「おひさしぶりです。アイちゃんは……疲れてます?」



 アイちゃんの目の下には、うっすらとクマができていた。


 学院長の仕事だったり魔法騎士団総長の仕事だったり、毎日忙しいんだろうな。



「実を言うと、魔法騎士団総長としての仕事が増えてきて……アッシュさんの体力が羨ましいですわ」



 総長としての仕事が増えてきたってことは、魔物絡みの事件が増えてきたのかな? 



「俺にできることがあれば手伝いますよ」


「お気持ちだけ受け取っておきますわ。アッシュさんは修行でお忙しいでしょうし、それに近々解決しますもの」


「そうですか。なにかあったら連絡してくださいね。俺の携帯電話、グレードアップしましたから!」


「アッシュさんがそう言ってくださると、とっても頼もしいですわっ。……ところで、そちらの方は?」


「私はネミア! トロンコの孫娘のネミアであります!」


「まあっ! トロンコおじさまの!?」


「おじいちゃんを知ってるのでありますかっ!」


「もちろんですわ! 昔、お父様が話してくださったのですわ。とっても強い方なのだとか」


「なんだか照れるでありますなぁ」



 ネミアちゃんは頬を紅潮させる。



「それで、アッシュさんとはどういうご関係ですの?」


「アッシュ殿は私の師匠であります! 私、アッシュ殿のように強くなりたくて、編入試験を受けることにしたのであります!」


「そうでしたの。あなたの入学を心待ちにしておりますわ」


「はい! 頑張るであります!」



 ネミアちゃんがメラメラとやる気の炎を滾らせている。



「ところで、アイちゃんにひとつお願いがあるんですけど……ネミアちゃんにキュールさんとの試合を観戦させてもいいですか?」


「もちろん構いませんわ。ただ、キュールさんにもお伝えしましたが、試合は3ヶ月後にしていただきたいのです」


「3ヶ月後ですか?」


「はい。正しくは編入試験と昇級試験のあとですわ。だって、おふたりが戦うと、闘技場は崩壊しますもの」



 返す言葉もなかった。


 エルシュタットといい王都といい、闘技場に立つたびに壊してる気がするしな。



「わかりました。3ヶ月後を楽しみにしています!」


「キュールさんも同じことをおっしゃってましたわ。3ヶ月後が楽しみだと」


「キュールさんはどうしてるんですか?」


「エルシュタニアの屋敷で特訓するとおっしゃってましたわ」



 それって、文化祭のときに使った屋敷のことだよな。


 時間があるし会いに行こうかとも思ったけど……お化け屋敷にいるなら話はべつだ。


 俺は幽霊への苦手意識を克服したけど、ノワールさんは苦手なままだしな。


 修行の邪魔しちゃ悪いし、闘技場での再会を楽しみに待つとするか。



「じゃ、3ヶ月後にまた来ますね!」


「はいっ。ところでネミアさん、もう少しで仕事が一段落しますから、よかったら学院を案内しますわよ」


「えっ! いいのでありますか!?」


「ええ。そろそろ息抜きしたいと思っていたところですもの。あなたとお散歩すれば、いい気分転換になりますわ」


「そういうことなら、ぜひお願いするでありますっ!」



 ネミアちゃんは嬉しげに声を弾ませると、かしこまった顔で俺とノワールさんを見つめてきた。



「アッシュ殿! ノワール殿! 今日まで本当にお世話になったであります! おふたりとの旅で培った経験は、この木刀にかけて、ぜったいに忘れないと誓うであります!」



 ネミアちゃん……。


 俺が学院を案内してもよかったけど……でも、一緒に過ごせば過ごすほど別れが寂しくなるからな。


 ネミアちゃんが寂しさを振り払って師匠離れしようとしてるんだ。


 俺も弟子離れしないとな! 



「ネミアちゃんが活躍する日を期待して待ってるよ!」


「貴女の人形を見かけたら、買うわ」


「はい! 私、アッシュ殿に負けないくらいの有名人になってみせるでありますよ!」



 そうしてネミアちゃんと別れた俺は、ノワールさんと学院長室をあとにした。



「ノワールさんと2人旅って、ひさしぶりな気がするね」


「たくさんしゃべって盛り上げるわ。これからどうするのかしら?」


「モーリスじいちゃんの誕生日までまだ時間あるし、その前に近場の師匠候補に弟子入りするのがベストかな」


「近場……」


 ノワールさんが強者の居場所を示す地図を広げる。


「一番近いのは、エルシュタット王国だわ。この国には五つの赤点があるもの」


「五つ?」


 俺と、キュールさんと、シャルムさんと、ミロさんと……あとひとりは誰だ?


「……ほんとだ。五つある」


 俺とシャルムさんが学院に。

 キュールさんが屋敷に。

 ミロさんがネムネシアにいるとすると、あとのひとりは……



 エルシュタットの西側に住んでるこのひとか。



 最後に地図を見たとき、ここに赤点はなかったし、最近急成長したのかな? 


 だとしたら、どんな修行をしたのか教えてほしい!



「ここに行くのかしら?」


「そこに行くよ!」


「さっそく出発するのかしら?」


「出発は明日の朝にするよ。旅に備えて、いろいろと買っておきたいからね」


「それなら食べ物を買いたいわ」


「だったら、ノワールさんのお気に入りの携帯食料を買うよ」


「嬉しいわ」



 そんな話をしながら職員室の前を通りかかったところ、女の子が廊下に出てきた。




「ありがとうございましたっ!」




 ぺこりと室内に頭を下げ、職員室のドアを閉める。



「……どこかで見たことがあるわ」



 ノワールさんが女の子の横顔をじろじろと見る。


 実際、知り合いだった。


 俺たちに気づいた女の子が、ぱあっと顔を輝かせる。



「わあっ! アッシュくん! ノワールさん! ひさしぶりだね!」



 元クラスメイトのニーナさんだった。




遅くなりました、第6章スタートです!


また、お知らせです。

先月発売した武闘家ですが、応援してくださった皆様のおかげで重版が決まり、無事に第2巻をお届けできそうです。

発売日は8月25日の予定で、加筆修正した第2章(魔王スレイヤー編)に加えて、おまけ短編を収録しています。


すでに予約も始まっているようですが、7月23日現在、通販サイト様のほうでカバーイラストとして公開されている赤髪のキャラクターは、本作とは関係ありません。

近いうちに差し替えられると思いますので、書影が公開されましたら、またお知らせできればと思います。

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