師匠と弟子はそっくりです
その日の夜。
ドラクリアから列車を乗り継いで王都に戻ってきた俺たちは、トロンコさんの屋敷を訪れていた。
明日の朝に飛空艇で旅立つことが決まり、今日は屋敷に泊めてもらうことになったのだ。
美味しい夕食をご馳走になり、のんびりと風呂に入り、いまはベッドに横たわっているところだ。
こうしてぼんやりしていると、グリューン王国の想い出が蘇ってくる。
「いよいよグリューン王国ともお別れか……」
「いろんなことがあって楽しかったわ」
「だね。旅立つのが寂しくなるよ」
滞在期間は短めだけど、密度の濃い時間を過ごしたからな。
船酔いしたノワールさんを介抱したり。
武闘大会に出場したり。
ネミアちゃんに修行をつけたり。
ノワールさんより強い赤ちゃんと出会ったり。
けっきょく当初の目的は果たせなかったけど、有意義な時間を過ごすことができたので大満足だ。
「武闘大会のときに食べたメロンパン、美味しかったわ。それに赤ちゃんが可愛かったわ」
ノワールさんもグリューン王国を気に入ったみたいだし、機会があればまた来るとするか。そのときは酔い止めの薬を忘れないようにしないとな!
「アッシュ殿。ノワール殿。まだ起きてるでありますか?」
ドアの向こうからネミアちゃんの呼び声がする。
「起きてるよ」
返事をすると、ネミアちゃんが木刀を握りしめて寝室にやってきた。
知らないひとがこの場にいたら寝込みを襲いに来たと勘違いしそうだけど、実際は違う。
ネミアちゃんにとって、ウォーキングウッドの木刀はぬいぐるみ的なものなのだ。抱いていると安眠できるのである。
それを持って寝室を訪れたってことは――
「実は……おふたりと朝までご一緒したいのであります。もうあまり長くは一緒にいられないでありますから……」
きっと俺たちと別れるのが寂しいんだろう。恥ずかしそうに言うネミアちゃんに、ノワールさんがほほ笑みかける。
「私も貴女と一緒に寝たいわ。だって、大勢で寝たほうが楽しいもの」
顔には出さないけど、ノワールさんもネミアちゃんと別れるのは寂しいらしい。
ノワールさんの言葉を聞き、ネミアちゃんは嬉しそうにベッドにもぐりこんだ。
「アッシュ殿っ! 私、少しは成長したでありますかね?」
どうやら寝に来たというより、おしゃべりしに来たらしい。
期待するような眼差しを向けられ、俺は即答した。
「ちゃんと成長してるよ。なにせネミアちゃんは、魔物を倒したんだからね」
ネミアちゃんは勇気を振り絞って魔物を倒したのだ。精神的に成長したのは間違いないし、魔力も向上しているはずだ。
「アッシュ殿にそう言われると、ほんとに強くなった気がするでありますっ!」
ネミアちゃんは嬉しげに声を弾ませる。
「だけど、私はもっと強くなりたいのであります! だから私は、ずっと憧れていたエルシュタット魔法学院に通うことにしたのでありますよ!」
ネミアちゃんがエルシュタット魔法学院に憧れていたことは知っていた。はじめて会った日に列車のなかで『いつか入学したい』という話を聞かされたからな。
だけどこの国のひとたちにとって大陸は『バケモノの巣窟』だ。そのためネミアちゃんはエルシュタット王国を訪れることに抵抗があるようだったけど……入学を決意したってことは、いまは違うってことだよな。
「貴女は大陸が怖くないのかしら?」
「おふたりと旅をして、たくさんの魔物を見たでありますからね! それに比べれば大陸なんて怖くないであります!」
ショック療法とは少し違うけど、ドラクリアまでの道中に多くの魔物を見たことで精神的に強くなったってわけか。
ほんと、成長したなぁ。グリューン王国に来て一番の収穫は、ネミアちゃんの成長を見届けられたことかもしれない。
「アッシュ殿とノワール殿が在籍していたエルシュタット魔法学院! そこに通うことができれば、間違いなく強くなれるであります!」
ネミアちゃんはハイテンションだ。
エルシュタット魔法学院は世界最高峰の教育機関だからな。俺がそうだったように、ネミアちゃんにとっても憧れの場所だったのだろう。
そこに通っている自分を想像し、気分が盛り上がっているのだ。
「このタイミングで受験するってことは、編入試験を受けるんだよね?」
一般入試は当分先だし、そもそもネミアちゃんは12歳だしな。入学するには年齢制限のない編入試験を受けるしかないのだ。
「そのつもりであります! 編入試験は狭き門だとおじいちゃんに聞かされたでありますが、気合いで突破してみせるでありますよ!」
気合いで突破か。
さすがは俺の弟子なだけあって、考えることがそっくりだぜ!
ま、ネミアちゃんの場合は気合いじゃなくて実力で突破できるだろうけどな。
武闘大会の子どもの部で優勝したという実績があれば書類審査は突破できるだろうし、魔力測定もクリアできるはずだ。
問題は実技試験だけど、武闘大会を見た限りだとネミアちゃんは火力ゴリ押しタイプじゃなくて技巧派だからな。どんな試験が課されようと臨機応変に対応できるだろうし、無事に合格できるはずだ!
……それにしても、考えれば考えるほど優秀な弟子だな。もう俺がネミアちゃんにしてあげられることはないんじゃないか?
最後にひとつくらい、師匠らしいことをしてあげたいんだけど……そうだっ。
「エルシュタニアに来るなら、ついでに俺とキュールさんの試合を観戦するといいよ」
キュールさんは世界最強の魔法使いだからな。その戦いを間近で見れば、なにかの役に立つはずだ。
俺の提案が意外だったのか、ネミアちゃんはきょとんとする。
「しかし……試合は学院内で行うのでありましょう? 部外者の私が観戦してもいいのでありますか?」
「闘技場は広いし邪魔にはならないよ。それに学院長のアイちゃんには俺から頼んでおくしさ」
俺が師匠としてネミアちゃんにしてあげられることは、もうこれくらいしかないからな。
「アッシュ殿とキュール殿の試合、楽しみでありますっ! うぉぉ! これからのことを思うと燃えてきたでありますッ! ちょっと素振りしてくるであります!!」
ネミアちゃんはやる気を滾らせ、慌ただしく部屋をあとにする。
やる気満々な弟子を見て、俺もなんだか燃えてきた。
「……貴方、修行したそうな顔をしているわ」
「よくわかったね」
「長いつきあいだもの。だけど、ひとりで修行できるのかしら?」
「魔力を高めるだけが修行じゃないからね。師匠がいなくてもできることはあるよ」
たとえばルーンを描く練習をするのも立派な修行だ。
魔力が向上するわけじゃないけど、その練習を怠ると、いざってときに魔法杖が摩擦熱で燃え尽きるかもしれないからな。
実際、相棒(初代)は柄だけになったし。
それに俺はキュールさんとの試合で魔法使いのデビュー戦を飾るのだ! そのとき相棒(二代目・改)が柄だけになればデビューできなくなってしまう。
そう考えると、練習しないわけにはいかないな!
「じゃ、修行してくるよ!」
「私もつきあうわ。だって、ひとりは寂しいもの」
そうして俺たちは素振りをするネミアちゃんのもとへ向かい、朝日が昇るまで修行するのであった。
第5章完結です!
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
第6章はなるべく早めに投稿開始できるよう頑張ります。
また明日(6月23日)第1巻が発売されますので、書店を訪れた際はぜひぜひ探してみてください。
活動報告のほうで公開していますが、遠目に見ると青っぽい表紙です!