病弱な元メイドです
その日の夕方、俺たちはドラクリアに到着した。
「おおっ、とても賑わってるでありますね!」
「賑わってるのは、美味しい食べ物がある証拠だわ。さっそくご飯を食べるのかしら?」
「それとも弟子入りするでありますか?」
「まずは宿屋を探すよ。それが終わったら夕飯にしよう」
「弟子入りはどうするのかしら?」
「いまから行ったら迷惑だろうし、弟子入りは明日にするよ」
国王様の紹介状があるし、門前払いはされないだろうけど、師匠候補に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
そんなわけで俺たちは街中を歩き、宿屋を探すことにした。
「宿屋を見つけたわ」
「もう見つけたのでありますか!?」
「アッシュと旅をしてるうちに、特技ができたわ」
どことなく得意気なノワールさんを連れて宿屋へ向かう。
そして部屋に入ると、ネミアちゃんがベッドに倒れこんだ。愛おしそうに枕に顔をこすりつける。
「久々のベッドでありますぅ……。ふかふかしてるでありますよぉ……」
こないだ砦のベッドを使ったけど、ふかふかとは言いがたかったからな。ひさしぶりのふかふかベッドに、ネミアちゃんは屈してしまったようだ。
「……寝てしまったわ。ご飯、どうするのかしら?」
「起こすのはかわいそうだし、夕飯はもうちょっとしてからにしよう」
「わかったわ。それまでどうするのかしら?」
「まずは師匠の情報を集めて、時間があったら土産を買うよ」
土産(お菓子)は先週買ったけど、腐りそうだったからみんなで食べてしまったのだ。
「1時間くらいしたら戻ってくるから、ノワールさんは寝てていいよ」
一部屋しか借りることができなかったけど、ベッドはふたつあるからな。いまなら身体を大の字にしてゆっくり休めるのだ。
「貴方のそばにいたいわ」
「じゃ、一緒に行こう」
ネミアちゃんが起きたときのために書き置きを残し、俺たちは宿屋をあとにする。
「まずはどこへ行くのかしら?」
「酒場だよ」
「……貴方がお酒を飲んだら、大変なことになるわ」
たしかに俺が酔っ払ったら大変なことになりそうだ。
「飲むんじゃなくて、情報を集めるんだよ。情報収集といえば酒場だからね。仕事終わりのひとが集まってるだろうし、きっといろんな情報が手に入るよ」
「あそこからお酒の匂いがするわ」
ノワールさんの嗅覚を頼りに石畳の道を歩き、俺たちは酒場に踏みこんだ。
「おお、ちょうどいいところに来た! あんちゃん、こっち来てくれ!」
陽気な雰囲気の店内に入ると、おじさんが手招きしてくる。……誰だろ?
疑問に思いつつもそちらへ向かうと、おじさんが俺を指さした。
「こういう好青年って感じのあんちゃんでな! それがあんなことをしちまったんだ! 俺ぁ目を疑っちまったよ!」
「そりゃ本当かい?」
「おめーさん、酔っ払ってたんじゃねえのかい?」
「そんときゃ素面だったさ! ま、そのあと思いきり飲んだがな!」
「……なんの話をしてるんですか?」
おじさんたちは盛り上がってるけど、なにを話しているのかさっぱりだ。わかっているのは、俺によく似た人物がとんでもないことをしたってことくらいだ。
「おおっ、悪い悪い! あんちゃんがあまりにもアッシュに似てるんでな! ほら、知ってるだろ? 武闘大会で優勝したアッシュ・アークヴァルド!」
どうやらおじさんは武闘大会を生で見て、その話をみんなに聞かせたらしい。だけど信じてもらえなかったようだ。
「知ってるもなにも、アッシュは俺です」
ブバッ、とおじさんたちが酒を噴き出した。
ゲホゲホと咳きこみ、まじまじと俺を見てくる。
「そ、そりゃ本当かい!? どうりで似てると思ったよ……」
「じゃ、じゃあ、あんたが魔王を倒したってのも本当なのかい?」
「本当だわ。アッシュは魔王を殴って粉々にしたわ」
ノワールさんが言うと、酒場がしんと静まりかえった。
「くしゃみで倒したこともあるわ」
ノワールさんが追い打ちをかけるように言うと、おじさんたちがカウンターの奥に隠れてしまった。俺がくしゃみをしないように、おじさんたちが窓を開けてほこりを外へ逃がす。
「そこまで強いってんなら、いっちょ俺と勝負しないか?」
カウンターで飲んでいたヒゲ面のおじさんが腕まくりしつつ言う。
「ば、ばかっ! やめとけ! 粉々にされちまうぞ!」
「だいじょうぶだ。勝負っつっても、腕相撲だからな。どうだい?」
「構いませんよ。その代わり、腕相撲が終わったらいくつか質問に応えてください」
「おうっ、いいぜ!」
おじさんはうきうきとした様子でテーブル上に散らばった酒瓶を片づけ、そこに肘をついた。
「粉々にしないでほしいわ」
心配そうなノワールさんに「粉々にはしないよ」と告げ、俺はテーブルに肘をつく。
バキッ!!!!!!
テーブルが真っ二つに割れた。
「……やっぱやめとくわ」
おじさんが真っ青な顔で言う。一瞬で酔いが醒めたようだ。
「ほらな! 言っただろ!? アッシュはありえないくらい強かったってさ! マジで大地を割ったり、地面から顔だけ出して移動したりしたんだよ! 見間違いじゃねえんだよ!」
「あ、ああ、どうやらそうらしいな。もう疑う気はないぜ……。だってこのテーブル、鉄製だぜ?」
おじさんは気を取りなおすようにカウンターに座り、じっと俺を見つめてくる。
「それで、質問ってのはなんだい?」
「領主さんの屋敷に強者がいるって聞いたんですけど、どういうひとかご存じないですか?」
おじさんたちは顔を見合わせた。この反応……なにか知ってるっぽいな。
「どんな些細な情報でもいいので教えてもらえると助かるんですけど……」
「長いことこの町に住んでるが、屋敷に強者がいるって話は聞いたことがねえんだ。けど、俺たちが知らないだけで、本当はいるのかもしれねえな」
「どうしてそう思うんですか?」
「前にあんちゃんと同じ質問をしてきた嬢ちゃんがいたんだよ」
「俺と同じ質問を?」
「ああ。名前はたしか……キューリだっけ?」
「もしかして、キュールさんですか?」
「ああ、それだ! なんだ、あんちゃんの知り合いだったのかい?」
「はい。俺の友人です」
キュールさんはフィリップさんの弟子だ。燃えさかる鳥の魔王《南の帝王》に敗れ、武者修行に出かけたのだ。
あれからずっと会ってないけど、強者との出会いを求めてこの町に立ち寄ったらしい。
となると、強者の情報はキュールさんに聞くのがてっとり早そうだな。シャルムさんならキュールさんの連絡先を知ってるだろうし、あとで聞いてみるか。
「いろいろと教えてくださって助かりました。あと真っ二つになったテーブルなんですけど……いくらくらいですかね?」
「弁償なんてしなくていいさ。なあ、マスター?」
「おう。むしろ真っ二つのままのほうが泊がつくってもんだ。武闘大会の優勝者がうちに来た証だからな!」
「ありがとうございます!」
そうして気の良いおじさんたちに見送られ、俺たちは酒場をあとにしたのであった。
◆
「けっきょく情報は手に入らなかったわね」
酒場をあとにしたところで、ノワールさんが言った。
「そうでもないよ。強者が『目立ちたがり屋じゃない』ってことはわかったからね」
「どうしてそうなるのかしら?」
「この町に強者がいるのは間違いないのに、おじさんたちは強者がいるなんて聞いたことがないって言ってたでしょ? つまり力を隠してるってことだよ」
力を隠してるってことは、強者の正体は衛兵ではないだろう。強さをアピールしたほうが、出世も早いだろうしさ。
「きっと強者の正体は庭師とかメイドとか……とにかく戦う職業じゃないと思うよ」
「メイドって、ああいうひとかしら?」
ノワールさんが指した先にメイドがいた。
もしかして屋敷で働いてるメイドさんかな? ちょうどいいし質問してみるか。
俺たちは花屋の前で立ち止まっているメイドさんのもとへ向かう。
「すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」
「はい。なんでしょう?」
か細い声だった。ふらふらしてるし、顔色も悪いし……明らかに体調が悪そうだ。長話は悪いし、手短に用件だけ告げるとするか。
「領主さんの屋敷に強者がいるって聞いたんですけど、心当たりはありませんか?」
メイドさんはぴくっと眉を動かした。
「……仮に強者がいたとして、あなたはどうするのですか?」
「弟子入りしたいんです! 俺、そのために武闘大会で優勝して、国王様に紹介状を書いてもらったんです!」
「そうですか……。紹介状があるなら、旦那様も門前払いはしないでしょう。ですが、弟子入りは難しいと思いますよ」
「……気難しい方なんですか?」
「いいえ、とっても可愛いですよ。世界一と言っても過言ではないでしょう」
メイドさんはうっとりとした顔でそう言うと、寂しげな眼差しを道の先へ向ける。
そして、咳きこんだ。
「体調が悪いようなら、屋敷まで送りますよ」
「あなたは親切ですね。ですが、お構いなく。私は今日でメイドを辞めましたので」
辞めちゃったのか。だから名残惜しそうに屋敷のほうを見てたのかな?
「ところで、あなたはどちらから来たのですか?」
「大陸から来ました。俺たち、いろんな国を旅してまわってるんです」
「そうですか。でしたら、お花がたくさん咲いている場所に心当たりはありませんか? 私、しばらく療養生活を送りたくて……田舎であればあるほどよいのですが……」
「花が咲いてる田舎ですか……。大陸の最東端にランジェって町があるんですけど、きっと気に入ると思いますよ」
「大陸の最東端ランジェですね。では、まずはそちらへ行ってみます。それでは、あなた方もよい旅を」
ぺこりと会釈して歩き去って行くメイドさん。それを見送り、俺たちは宿屋へ引き返すのだった。
◆
宿屋に戻ってきた俺は、キュールさんに連絡を取ってもらうため、シャルムさんに電話をした。
用件を伝えたあと、しばらくしてシャルムさんから電話がかかってくる。
『直接話したほうが早いから、そっちに向かうと言っていたのだよ』
直接ってことは、瞬間移動を使うのか。
あの魔法は一度行った場所なら瞬時に移動できるからな。
キュールさんは行動力の塊みたいなひとだし、すでにこの町に来てるかもしれない。
「アッシュくん? ここにいるかい!?」
ノック音とともに女性の声が聞こえてくる。キュールさんの声だ。強者の居場所を示す地図を見て俺の居場所を特定したのだろう。
シャルムさんとの通話を終えてドアを開けると、そこにはショートカットのお姉さんが立っていた。
「おひさしぶりです、キュールさん!」
「やあ! ひさしぶりだね、アッシュくん! それと……もしかして、そこにいるのはノワールくんかい?」
「そうよ」
「へえ! 大人っぽくなってるから気づかなかったよ! あと……そこで寝ているのは誰だい?」
「俺の弟子で、トロンコさんの孫娘のネミアちゃんです」
「トロンコさんって、あのトロンコさんかい? いったいどういう経緯で孫を預かることになったんだい? きみがすべての遺跡を制覇して、魔力を手に入れたって話は師匠に聞かされたけど……」
不思議そうに小首を傾げるキュールさんに、俺はここまでの経緯を話した。
ティコさんのもとで修行したこと。
ノワールさんが3歳児になったこと。
ミロさんのもとで修行したこと。
世界樹を制覇したこと。
武闘大会で優勝したこと。
そして、半月に一度のペースで魔王を粉々にしていること――
「きみはずいぶんと魔王に気に入られたようだね。標的が僕じゃなくて安心したようで……だけど少し悔しいよ」
悔しいって、キュールさんは魔王と戦ってみたいのかな? リベンジマッチに燃えてるってことは、かなり強くなったってことだ。
「キュールさんは、どういう修行をしたんですか?」
「最初の頃は強敵と戦っていたよ。強敵と戦うことで、精神力は鍛えられるからね。……だけど、その修行は半年前にやめたよ」
「なぜですか?」
「《南の帝王》に比べると、みんな弱く感じるからさ。あの怖ろしい体験をした以上、どんな強敵と戦っても精神的に追い詰められることはない――精神力を鍛えることはできないのさ。だから、いまは身体を鍛えてるんだよ」
キュールさんがぺらっと服をめくり、お腹を見せてくる。
「硬そうだわ」
「ふふ。触ってみるかい?」
「触ってみるわ。……硬いわ。あと、しっとりしてるわ」
ぺちぺちとお腹を触り、ノワールさんが感想をつぶやく。
「さっきまで運動していたから、汗ばんでいるのさ」
少しだけ恥ずかしそうに言いつつ、キュールさんがお腹を隠す。
「筋トレして精神力を鍛えてるってわけですね?」
「そういうことさ。だけど身体を鍛えるより、強者と戦ったほうが効果があるのは確かだよ。だから、きみにお願いがあるんだ。僕と勝負してほしいんだよ」
「貴女が粉々になってしまうわ」
「だろうね。だから、ちゃんとした施設で戦うよ。師匠の結界が張られている、エルシュタット魔法学院の闘技場でね。もちろん学院長のアイナ様の許可を取るから、たとえ闘技場が粉々になっても弁償の心配はいらないよ」
「それなら安心だわ」
安心した様子のノワールさんに、キュールさんがにこりと笑みを向ける。
「それで、どうだい? 僕と戦ってくれるかい? きみが戦ってくれると、僕はとっても嬉しいんだけど……」
「もちろんいいですよ!」
俺としても強者と戦いたいし、キュールさんには地図を借りっぱなしだからな。
その恩返しをしたいって気持ちもあるし、なにより魔法使いのデビュー戦としてはこれ以上ない相手である!
なにせキュールさんは世界最強の魔法使いなんだからな!
「やったぁ! 嬉しいよっ! いやぁ、いまからドキドキしてきたっ! ――っと、そうだ。この町の強者について聞きたいんだったねっ。いいよ、なんでも聞いて」
嬉しそうにはしゃぎながらベッドに腰かけるキュールさんに、俺はたずねる。
「キュールさんは、けっきょく強者と戦えたんですか?」
「戦えなかったよ。門前払いされてしまったからね。だから、せめて顔だけでも見て帰ろうと思って、透視魔法で屋敷を覗いてみたのさ。そしたら戦う気が失せてしまってね」
「どうしてですか?」
「妊婦だったのさ」
そっか。たしかに妊婦が相手じゃ戦うわけにはいかないよな。安静にしなきゃいけないし、弟子入りも控えたほうがいいだろう。
だけど……まだ妊婦のままなのかな?
「それって、いつ頃の話ですか?」
「半年以上前さ。当時のお腹の膨らみ具合からして、遅くても半月前には出産を終えてるんじゃないかな」
なるほどな。合点がいったぞ。
つまり赤点が消えたのは、妊娠して疲れてたからなんだ。で、産後の疲れが抜けて赤点が復活したってわけだ。
すぐに修行をつけてもらえるかはわからないけど、まずは会ってみるとするか!
「俺、国王様に紹介状をもらったんですけど、キュールさんも一緒に来ますか?」
キュールさんは首を横に振る。
「きみの都合がつく日まで、僕は筋トレを続けるよ。地図を見たところ、この町の強者は黄色のままだからね」
「黄色?」
って、なんだ? 地図には青と赤しかないんじゃないのか?
「僕は新しい地図を作ったのさ。黄色は『僕よりちょっと弱い生物』を意味してるんだよ。青点と赤点だけだと、戦う相手が知り合いだけになるからね」
いろんな強者と戦うため、地図を改良したってわけか。
「もちろん赤点との勝負が一番嬉しいよ! そして東西南北の魔王が一掃されたいま、この世界に赤点はきみしかいないからね! きみと戦える日を楽しみにしているよ!」
そう言うと、キュールさんが携帯電話を向けてきた。そこに魔力を流しこみ、キュールさんにも流してもらう。
「じゃ、修行が終わったら連絡してねっ」
そうしてキュールさんと別れたあと、ぐっすり寝ていたネミアちゃんを起こし、俺たちは夕飯を食べに出かけるのであった。