表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/152

破裂音の正体です

 山を訪れて5日目の朝。


 新たな師匠に弟子入りするためドラクリアへ向かっていた俺たちは、無人の砦で一夜を過ごした。


 きっと《闇の帝王ダーク・ロード》が活動的だった頃に魔法騎士団の駐屯地として造られたのだろう。


 グリューン王国は《闇の帝王》に襲われなかった唯一の国だけど、それは結果論だしな。当時はいつ襲われるかわからなかったため、砦を造って魔王の襲撃に備えていたのだ。



「ふたりとも起きて。そろそろ出発するよ」



 ぼろぼろのベッドで眠るノワールさんとネミアちゃんに声をかけると、ふたりはすぐに目を覚ました。


 昨日は歩き疲れてへとへとになってたけど、ひさしぶりにベッドで休んだことで、ふたりともすっかり回復したみたいだ。


「うおお! 今日こそ魔物を倒してやるでありますよ!」


 朝日に向かって吠えるネミアちゃん。魔物を倒したくてうずうずしている様子だ。


 この森に踏みこんでからというもの、両手じゃ数えきれないくらいの魔物と出会ったけど、全部俺が倒したのだ。


 なにせネミアちゃんは実戦経験がないからな。もたもたとルーンを描いてる隙に、魔物に襲われそうになったのだ。


 だけどネミアちゃんに成長が見られないわけじゃない。多くの魔物と出会ったことで、度胸が身につきつつあるのだ。


 このペースならもうじき落ち着いて魔物と戦えるようになるはずだ!


「待っていろであります、魔物ッ! いまから倒しに行くでありますからね!」


 ネミアちゃんも成長しているのがわかっているからか、落ちこんでないのであった。



 それから朝食を済ませると、俺たちは砦をあとにした。



 砦を出ると、ネミアちゃんはさっそく地図に魔力を流す。


 地図上に両手じゃ数えきれないくらいの青点と赤点が表示された。どちらかというと赤点のほうが多めだ。


「赤点なら近くにあるのでありますが……私は青点しか倒しちゃいけないのでありますか?」


「そうだね。赤点と戦うのは経験を積んでからのほうがいいよ」


 青点は『自分と同格の生物』を、赤点は『自分より格上の生物』を意味しているのだ。


 実戦経験がないネミアちゃんに格上の魔物と戦わせるわけにはいかないのである。


「なるほど承知したであります! 一番近いところだと……歩いて2時間くらい先でありますね! そっちに向かうでありますか?」


「だね。ドラクリア方面だし、そっちに行ってみよう」


「待ち遠しいでありますなぁ。かっこいい魔物だと、倒したとき友達に自慢できるでありますっ!」


 うきうきとした足取りのネミアちゃんを連れて、足場の悪い山道を歩いていく。



「たしか、このあたりでありますが……」



 青点の近くにたどりつき、ネミアちゃんは警戒の眼差しであたりを見まわす。あたりには木々が生い茂り、パッと見た感じでは魔物の姿は見当たらない。


「アッシュ、アッシュ。あそこになにかいるわ」


 一緒になって魔物を探していたところ、ノワールさんが木の枝を指さした。



 5メートルくらい上に、頭蓋骨がぶら下がっていた。



「貴方がビンタした《虹の帝王レインボー・ロード》の頭蓋骨が、この国まで飛んできたのかしら?」


「触れた瞬間粉々になったし、それはないんじゃないかな。証拠に……ほら、頭蓋骨にコウモリみたいな翼が生えてるでしょ?」


「ほんとだわ。緊急脱出用の翼かしら?」


「俺のビンタが炸裂する直前に翼を生やして頭だけ逃がしたわけじゃないよ」


 ノワールさんのなかでは『ガイコツ=魔王』ってイメージが根付いてるっぽいけど、あれは魔王なんかじゃない。


「あれはヘッドバットっていう魔物だよ」


「どういう魔物かしら?」


「早い話、頭突きをするコウモリだよ。動くものに体当たりする習性があるから、下手に動かないほうがいいよ」


 言われた通り、ノワールさんはかかしみたいに動かなくなる。


「あれが青点の正体でありますか?」


 ネミアちゃんが木の枝にぶら下がったヘッドバットを用心深く見上げてたずねてくる。


「さすがにネミアちゃんのほうが強いよ。ヘッドバットの頭突きは、せいぜい岩にひびを入れるくらいだからね」


「普通、死ぬわ」


 ノワールさんがぼそっと突っこんでくる。


「岩にひびでありますかぁ……。頭突き勝負では負けそうでありますなぁ」

 

「武闘家じゃないんだから、魔法を使って戦えばいいよ。それにヘッドバットの攻撃手段は頭突きだけだからさ。あっちを見てる隙に攻撃すれば倒せるよ」


 ヘッドバットは動くものに攻撃するのだ。俺たちには気づいてないっぽいし、先制攻撃すれば倒すのは簡単だ。


 取り逃がせば面倒なことになるけど、ネミアちゃんの実力なら一撃で倒せるはずだしな。


 そんなわけで俺は告げた。


「ネミアちゃんには、これからあのヘッドバットを倒してもらうよ」


「い、いよいよでありますか……! うぅ、緊張するでありますなぁ」


「だいじょうぶ。万が一のことが起きないように、俺がいるんだからね」


「アッシュ殿がいれば百人力であります! 私もアッシュ殿に負けないように強くなるでありますよ! そのためにも、まずはヘッドバットを倒すのであります!」


 ネミアちゃんは決意の眼差しでヘッドバットを見つめると、魔法杖ウィザーズロッドでルーンを描いた。



 びゅわあああ!



 ネミアちゃんが風を纏う。ひらひらと舞い落ちてきた木の葉が、ネミアちゃんに触れる前に粉々になった。


 攻守兼用の魔法――ウィンドシールドだ。


 頭突きを見越してウィンドシールドを使うのは戦法としてはありだけど、せっかくの先制攻撃のチャンスを逃してしまった。


 突然風が吹いたことで、ヘッドバットに気づかれてしまったのだ。


 ヘッドバットは枝から離れると、遠くへ飛んでいってしまう。


「あ、あれ? なぜ逃げちゃうのでありますか? せっかくのウィンドシールドが無駄になっちゃうであります」


「逃げたわけじゃないよ。ヘッドバットは群れで過ごす魔物なんだ。そして、さっきのはただの偵察――餌を探してただけだよ」


 ネミアちゃんはなにかを察したように顔面蒼白になる。



「……なにか聞こえるわ」



 べきべきと木々がへし折れる音が聞こえてきた。音はどんどん近づいてきている。軽くジャンプして確かめると、思った通りの光景が広がっていた。


「なにが見えたのかしら?」


「ヘッドバットの群れが木をなぎ倒しながら押し寄せてきてるよ。500体くらい」


 ネミアちゃんはますます青ざめる。ぐいぐいと俺の服を引っ張り、千切れんばかりに首を振る。


「無理無理無理っ、無理であります! さ、さすがに500体は防ぎきれないであります! ウィンドシールドの魔力が切れちゃうでありますよ! そしたら私、どうなっちゃうでありますか!?」


「無抵抗だとヘッドバットに血を吸われて干からびちゃうだろうね。ヘッドバットは頭突きの勢いで牙を刺して、血を吸う魔物だからね。そうして血を吸うことで、骨が硬くなるってわけ」


「また賢くなってしまったわ」


「勉強になるであります! さっそくメモを……って、のんびりお勉強してる場合じゃないでありますよ!」


 ネミアちゃんはパニック状態になっている。


「ノワールさん、アイスウォールでネミアちゃんを守ってあげて」


「わかったわ」


 ノワールさんがルーンを完成させた直後、ふたりは氷の壁に囲まれる。透明感のある氷壁のなかで、ネミアちゃんは寒そうにしていた。


 ノワールさんがネミアちゃんに上着をかけてあげるのを見ていたところ、ヘッドバットの群れが押し寄せてきた。


「おぉーい! こっちだ!」


 俺は氷壁を守るように反復横跳びする。いまこの瞬間、俺は世界一動いている自信がある。動くものを狙うヘッドバットにとって、俺以上の標的はいないはずだ。


 俺の思惑通り、ヘッドバットが次々と襲いかかってくる。



 ばさばさっ! ――パァン!!


 ばさばさっ! ――パァン!!


 ばさばさっ! ――パァンパパァンパァンパンパンパンパパァン!!



 四方八方から襲ってくるヘッドバットを、俺は両手で払い落としていく。そのたびにヘッドバットは粉々に砕け散って……


 って、この破裂音、どこかで聞き覚えがあるぞ。


「あっ!」


 これ、あれだ!


 世界最長の洞窟で聞いた破裂音だ!


 あのときは真っ暗だから魔物の正体はわからずじまいだったけど……そっか、正体はヘッドバットだったのか!


 ずっともやもやしてたんだよなぁ。


 謎が解けてすっきりしたぜ!


「……っと、終わりか」


 ヘッドバットの群れは粉々になった。身体についた白い粉を払い落としたところで、ノワールさんたちが氷壁から出てきた。


「だいじょうぶでありますか!?」


「だいじょうぶ。俺の身体は頑丈だからね。それに全部拳で撃ち落としたしさ」


「拳で!? まったく見えなかったであります……。で、でも、拳を痛めたのではないでありますか?」


「だいじょうぶ。俺の痛覚は麻痺してるからね」


「むしろそっちのほうが心配でありますよ!?」


 よけいに心配させてしまったようだ。


「とにかく俺は平気だよ。ヘッドバットもいなくなったし、これで心置きなく修行できるよ」


「えっ? だけど魔物はいなくなったでありますよ……?」


「ヘッドバットは青点じゃないからね。元々倒す予定だった魔物は――あそこにいるよ」


 俺は前方を指さした。


 ヘッドバットの猛襲で多くの木々が倒されたなか、悠然と佇む木がひとつある。ほかの木と比べてがっしりしてるってわけじゃないのに、一本だけ無事なのは変である。


 それもそのはず。


 なにせあれは――



「あの木は、ウォーキングウッドっていう魔物だよ」



 ネミアちゃんはハッとする。


「ウォーキングウッドなら知ってるであります! 使ったことがあるでありますよ!」


 ウォーキングウッドの薪は燃焼性がよく、長持ちするのだ。モーリスじいちゃんと『魔の森』に住んでた頃は、よく近くの町に売りに行ったっけ。


 高価な薪なのでお金持ちしか買ってくれなかったけど……トロンコさんは自家用の飛空艇を持ってるくらいだしな。その孫のネミアちゃんがウォーキングウッドの薪を使っててもおかしくない。


「たしか、近づいてきた生き物を枝で絞め殺して養分にする魔物でありますよね?」


「そうだね。ヘッドバットの頭突きを受けてびくともしないってことは、岩と同じくらい頑丈ってことだよ」


「岩でありますか……。全力で攻撃すれば、なんとかなるかもしれないであります」


 ネミアちゃんは迷っている様子だ。


 魔法使いが全力で攻撃したら、魔力を使い果たしちゃうわけだしな。普通の魔法使いは魔力が尽きたら失神するし……こんな森で気を失うなんて、魔物に『食べてください』と言うようなものだ。


 けど、それはひとりで戦う場合の話だ。


「俺とノワールさんがついてるから、安心して全力を出すといいよ」


「や、やってみるであります!」


 ネミアちゃんは決心したように魔法杖を構えると、カマイタチのルーンを描いた。



 スパァァン!!



 ウォーキングウッドが真っ二つになる。それと同時に、ネミアちゃんがふらっと倒れた。


 ネミアちゃんを抱えて、俺たちはウォーキングウッドの亡骸に近づく。でこぼこした表面に目がついてるし、やっぱりウォーキングウッドだったようだ。



「――っ! 魔物はどうなったでありますか!?」



 10分くらいして、ネミアちゃんが目覚めた。真っ二つになったウォーキングウッドを見て、顔に笑みを広げる。


「こ、これ、私が倒したのでありますか!?」


「そうだよ! おめでとう!」

「スパン、って切れたわ」


 俺とノワールさんに祝福され、ネミアちゃんは瞳に涙を浮かべる。泣くほど嬉しかったらしい。


「感動であります! 記念に持ち帰るであります! 浮遊魔法を使えばちょちょいのちょいでありますよ!」


「それだと列車に入らないし、一部だけ持ち帰るのはどうかな? 俺が加工してあげるからさ」


「おおっ! 本当でありますか! ではアッシュ殿にお任せするであります!」


 ネミアちゃんがわくわくとした様子で見守るなか、俺は手刀でウォーキングウッドをカットして棒状にする。手で擦って表面をつるつるに仕上げると、完成した木刀をネミアちゃんにプレゼントする。


「おおっ! かっこいいであります! これ、一生の想い出にするでありますよ!」


 ネミアちゃんは嬉しそうに木刀で素振りをする。


 無事に魔物を倒せたし、これでネミアちゃんも思い残すことなく修行を終えることができるだろう。


 あとグリューン王国でやることといえば、俺の修行だけだ! 


 世界樹で魔力の質を高めたし、上手くいけばウィンドシールドを使えるくらい成長できるかもしれない!


 身体に纏った風で木の葉を粉々にするなんて、かっこよすぎるしな! ウィンドシールドを纏った自分の姿を想像するだけでわくわくが止まらないのだ!


 そうして俺たちはわくわくしながら山道を歩き、ドラクリアへと向かうのだった。



お知らせです。

このたび『集英社ダッシュエックス文庫』から書籍化されることになりました。

すでにキャラデザ等も届き始めています。アッシュくんは武闘家っぽいし、ノワールさんは可愛いし、魔王はとても禍々しいです。

こうして書籍化が決まり、キャラクターをこの目で見ることができるようになったのも、応援してくださった読者の皆様のおかげです。

発売日等の詳細は後日、活動報告のほうでお知らせできればと思います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ