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いまのは魔王じゃありません

 その日の昼下がり。


 新たな師匠に弟子入りするためドラクリアへ向かっていた俺たちは、途中の町で列車を降りた。


 ネミアちゃんに修行をつけながら目的地を目指すことにしたのだ。


「どれくらいで目的地につくのかしら?」


「ドラクリアはあの山を越えた先にあるから、1週間は歩くことになるかな」


「アッシュ殿と1週間もご一緒できるのでありますか! これは強くなれそうであります!」


 ネミアちゃんは大はしゃぎだ。


 こんなに慕ってくれてるんだ、ちゃんと強くしてあげないとな!


 それから町をぶらついて師匠候補への手土産を買ったあと、俺たちは山へ向かった。


 山道に差しかかったところで、ネミアちゃんが情緒不安定になる。



「こ、こここれは……いかにも魔物が出そうな雰囲気でありますねぇ……」



 ネミアちゃんははじめての魔物退治に怯えているようだ。



「今日のご飯はなにかしら?」



 一方、ノワールさんは今晩の献立が気になるようだ。


「干し肉と豆があまってるから、煮込んでスープにする予定だよ」


「想像したらお腹が空いてきたわ。なにかないかしら?」


「こないだ買ったドライフルーツがあまってるけど、食べる?」


「いただくわ」


 ノワールさんにドライフルーツを渡していると、ネミアちゃんがわなわなと震えた。


「お、おふたりは怖くないのでありますか?」


 俺たちの緊張感のないやり取りを見て、びっくりしている様子だ。


「怖くないわ。山道を歩くのは慣れてるもの」


「い、いつ魔物が飛び出してくるかわからないのでありますよ?」


「魔物は見飽きたわ」


「見飽きたでありますか!?」


 ネミアちゃんは衝撃を受けたように目を見開く。


 そして、感動したように目をキラキラと輝かせた。


「おふたりは数多の死線をくぐり抜けてきたのでありますね! 私も早くおふたりの域に達したいでありますよっ!」


「俺たちは感覚が麻痺してるだけだから、目標にはしないほうがいいよ」


「……私の感覚も麻痺してるのかしら?」


「してるよ」


 俺は自信を持って答えた。


 俺たちはあまりにも多くの魔王と出会いすぎた。


 そのせいで魔物に対する恐怖心が麻痺してしまったのである。


 本来、魔物との戦いは命懸けだし、ネミアちゃんは魔物と戦ったことがないわけだしな。


 俺たちみたいになろうとせず、緊張感を持って行動したほうがいいに決まっているのだ。


「私はアッシュ殿のように堂々としたいのであります! どうすれば魔物への恐怖心を克服できるのでありますか?」


「魔王と戦ったら、恐怖心が麻痺するわ」


「魔王でありますか!? で、でも魔王はアッシュ殿が倒したはずでは?」


「魔王はいっぱいいるわ。そのうち会えるわ」


「魔王は生きているのでありますか!?」


 がたがたと震えるネミアちゃんを見て、ノワールさんが「なぜ怯えているのかしら?」と不思議そうにしている。


 俺たちにとって魔王はガラス細工みたいなものだけど、一般常識的には違うのだ。


 実際、この世界は魔王に滅ぼされかけたわけだしな。


 1体でも脅威的な魔王が何体もいるなんて知られたら、世界中は大パニックだ。


 騒ぎになれば修行どころじゃなくなるし……魔王がいることは秘密にしといたほうがよさそうだな。



「ノワールさんは冗談が好きなんだよ」


「なるほど! ノワール殿はおちゃめでありますなぁ」



 ネミアちゃんは素直だ。


 ひとまず誤魔化せたけど……このまま1週間も俺たちのペースに付き合わせたら、ネミアちゃんの感覚が狂ってしまいそうだ。


 一般常識をめちゃくちゃにしてトロンコさんにお返しするわけにはいかないし……常識人に『強くなるための修行法』を聞いたほうがよさそうだな!


 そうと決めた俺はノワールさんに携帯電話を渡した。



「フェルミナさんと話したいから、俺の携帯電話に魔力を流してくれない?」



 俺の知り合いのなかで一番の常識人かつノワールさんと同レベルの魔法使いであるフェルミナさんなら、ネミアちゃんにぴったりの修行法を知っているはずだ。


「流すわ」


 ノワールさんが携帯電話を掴み、俺の耳にぐっと押しつける。


 俺の魔力は少ないため、ノワールさんに魔力供給してもらわないと通話できないのだ。


 そうしていると、電話口から懐かしい声が聞こえてくる。



『ひさしぶり、アッシュくん! いまどこにいるの!? ノワちゃんは元気!? もちろんアッシュくんは元気だよね!』



 あいかわらず元気だな。


 ま、そこがフェルミナさんのいいところなんだけどさ。


「ひさしぶり。俺もノワールさんも元気だよ。いまはグリューン王国ってところにいるんだ」


『グリューン王国!? そりゃまた遠くに行ったねぇ! ちゃんと食べてる!? グリューン王国に美味しい焼肉屋さんがあったら教えてくれると嬉しいな!』


「どうだろ。最近がっつり肉を食べる機会がないからね」


『ええっ!? ちゃんと食べなきゃだめだよ! お肉は力の源なんだからね! ふたりの食生活がちょっと心配だよっ! あたしはデモニアって町にいるんだけど、こっちには美味しい焼肉屋さんがたくさんあるからね! こっちに来ることがあれば案内するよ! お給金たくさんもらったから、奢ってあげるよっ!』


「そっちに行くことがあれば連絡するよ……って、デモニア? たしかデモニアってエルシュタット王国の西側の町だよね? てことは、西方支部の所属になったのか?」


『うん! 北方支部が第一志望だったけど、そっちは戦力が充実してるからね! 若い戦力を求めてる西方に送られたんだよ! なんとあたし、そこのエースとして活躍中なのですよっ!』


 フェルミナさんは照れくさそうに言った。


「ほんとに!? すごいな!」


 友達が大活躍してるなんて、これ以上の朗報はない!


 俺も負けてられないな! もっと修行して魔力を高めて、フェルミナさんに負けないような魔法使いにならないと!


 っと、そろそろ本題に入らないとな。


「ところでフェルミナさんってさ、魔物と戦うときに心がけてることとかある?」


『心がけてることかー。そうだねぇ、あたしは大切なひとを守るつもりで戦ってるよ』


「大切なひとを?」


『うん。アッシュくんやノワちゃんやエファちゃん、それに家族や町のひとたち――みんなを守るのはあたしの役目だって言い聞かせてるの! そしたらすごく力が湧いてくるんだっ!』


 大切なひとを守るために命懸けで戦うってことか。


 たとえば俺は《光の帝王ライト・ロード》を倒してモーリスじいちゃんたちを守ったことがある。


 だけど俺は守るためじゃなく、強くなるために――自分のために戦ったのだ。


 大切なひとを守るために修行して、大切なひとを守るために命懸けで戦っているフェルミナさんとは、似ているようで全然違う。


『一時的に強くなっただけかもって思ってたけど、魔力測定したらすっごい強くなってたんだよっ! みんなを守れて、強くなれて、なんだか得した気分だよっ! ……こんなので参考になったかな?』


「もちろん! 参考にさせてもらうよ! 忙しいところ悪かったね」


『いいっていいって! アッシュくんの電話ならいつでもどこでも大歓迎だよっ! ひさしぶりにアッシュくんと話せてなんだか元気が出てきたよっ! また電話してくれると嬉しいなっ! ……してくれる?』


「もちろん電話するよ。ほら、モーリスじいちゃんの誕生日のこととかあるしさ」


『誕生日そろそろだっけ! じゃ、アッシュくんと会えるのはそのときだね! みんなと会えるのを楽しみにしてるよ!』


「俺もだよ。じゃ、またね」


『うんっ! ノワちゃんにもよろしくね! メロンパンばかり食べてないで、たまにはお肉も食べなきゃだめだよって伝えといて! アッシュくんもね! じゃーねー!』



 フェルミナさんとの通話を終える。


 ノワールさんにメロンパンのことを伝えつつ携帯電話を懐に仕舞っていると、ネミアちゃんがわくわくとした眼差しを向けてきた。



「どうだったでありますか?」


「大切なひとを守るつもりで魔物と戦うと、強くなれるらしいよ」


「なるほど! 忘れないうちにメモるであります!」



 ネミアちゃんはさっそくメモを取る。



 キィィィィン!!!!



 ふいに黒板を引っかくような音が響き、ネミアちゃんはメモ帳を落とした。



「な、なんの音でありますか!? ――って、空間が歪んでるでありますよ!」


「これは時空の歪みだよ。ここから魔物が出てくるんだ」


「こ、これが時空の歪みでありますか……! 私はどうすればいいのでありますか?」


「念のため俺のうしろに隠れてて。ネミアちゃんが倒せそうな魔物だったら戦ってもらうよ」


「なるほど承知したであります!」



 ネミアちゃんとノワールさんが俺のうしろに隠れたところで、パキィィィンと空間が割れた。




 そこから銅騎士が飛び出してくる。




 って、こいつ、まさか――!





『グハハハハ! オレ様は《銅の帝王ブロンズ・ロード》様だ!! 御三家を代表して《氷の帝王アイス・ロード》の捕縛を邪魔するニンゲンをぶっ殺しに来てやったぜぇ!!』





 パァァァァン!!!!!!!!




 とりあえず木っ端微塵にする。



「アッシュ殿!? いまの、なんだったのでありますか!? 粉々になる直前、しゃべってたでありますが……!」


「なんでもないよ」


「で、でも、しゃべってた気が……それにしゃべる魔物なんて魔王しか前例がないのでありますが……!」


「なんでもないよ」


「なるほど! なんでもないのでありますね!」


 ネミアちゃんは素直だ。


 まあ、ほんとは魔王なんだけどさ。それを言うとネミアちゃんがパニックになるし、はじめて目にした魔物が魔王だと知ったらトラウマ確定だからな。


 見なかったことにするのが一番だ。



「アッシュ。いつの間にか魔王の標的が貴方になってたわ」



 ノワールさんが耳打ちしてくる。



「俺としては、そっちのほうがありがたいよ」



 俺は耳打ちで返事をする。



 魔王の狙いが俺になったってことは、ノワールさんが魔王に襲われる心配はなくなったってことだからな。


 まさか四天王の上に御三家がいるとは思わなかったけど……そのうちの1体の《銅の帝王》を粉々にしたわけだし、あと2体で終わりってことだ。


 もしかしたら御三家の上に『大魔王』がいるかもしれないけど、終わりが見えてきたのは素直に嬉しい。


 魔王に狙われる心配がなくなれば、修行に集中できるからな!



「アッシュ殿! 私、早く魔物と戦ってみたいであります!」



 さておき、いまはネミアちゃんを強くしてあげないとな。


 そうして俺たちは魔物を求め、山道を歩いていくのであった。



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