子どもの部の優勝者です
武闘大会の翌日。
「アッシュさん! 次はいつ来るんですか!?」
「次も出場しますよね!? 必ず応援に行きますよ!」
「ぼく、毎日大声で挨拶してアッシュさんみたいになります!!」
大勢に見送られるなか、俺は列車に乗りこんだ。
目指すはグリューン王国北東の町――ドラクリアだ。
ほんとはトロンコさんに弟子入りしたあと王都を発ちたかったけど、『モーリス師の弟子を弟子にするわけにはいかぬ』って断られてしまったからな。
そんなわけでドラクリアへ行くことにしたのである。
そこでみっちり修行して、大魔法使いに近づくのだ!
「王都、いいところだったわ」
ノワールさんが名残惜しそうに言った。
たしかに王都はいいところだった。
なにせ魔法使いショップが山ほどあったからな! ノワールさんも王都を気に入ったっぽいし、大魔法使いになったら今度は買い物に来よう。
そして魔法使いの関連商品を買いあさるのだ!
「次はゆっくり観光しような!」
「いまから楽しみだわ」
「おふたりは仲良しでありますなぁ」
向かいに座るお団子ヘアの女の子がほほ笑ましそうに話しかけてきた。
トロンコさんの孫娘――ネミアちゃんだ。
ついでに言うと『子どもの部』の優勝者でもある。
大会が終わったあと、飛空艇に乗せてほしいとトロンコさんにお願いしたところ、ひとつ条件を出されたのだ。
「とても仲良しなおふたりの邪魔にならないよう、気配を消して同伴するでありますよ。アッシュくんを観察するだけでも、強くなれそうでありますからね!」
ネミアちゃんに修行をつけることである。
「気配は消さなくていいよ。俺もノワールさんも賑やかなのが好きだしさ」
「本当でありますか!? 実を言うと、アッシュくんに質問したいことが山ほどあるのでありますよ! どうやってそこまでの力を手に入れたのか、ぜひとも教えてほしいのであります!」
ネミアちゃんが瞳をきらきらさせる。
ネミアちゃんは俺に修行をつけてほしそうにしてるけど、むしろ俺がネミアちゃんに弟子入りしたいくらいだ。
ネミアちゃん、風系統だしな。
「アッシュくんは私と同い年の頃、どんな修行をしてたでありますか?」
ネミアちゃんがパンパンに膨らんだカバンからメモ帳を取り出してたずねてきた。
「ネミアちゃんっていくつだっけ?」
「12歳であります!」
「俺が12歳の頃は身体を鍛えたり……あとは魔物と戦ってたよ」
「おおっ、魔物! ちょっぴり怖いけど、強くなるために戦ってみたいであります! アッシュくんはどんな魔物と戦ったでありますか? 12歳の頃だし、フラワースライムとかベビーマンドラでありますか?」
「レッドドラゴンかな」
「レッドドラゴン!? 倒したのでありますか!? 12のときに!?」
「そうだね。美味しかったよ」
「しかも食べたのでありますか!? 私、美味しく食べられそうな気がしてならないのでありますが……」
ネミアちゃんが涙ぐむ。
「さすがにレッドドラゴンと戦えなんて言わないよ」
ネミアちゃんは安心した様子だ。
「よかったであります。レッドドラゴンと戦えなんて言われたら、泣いちゃうところでありましたよ。だけど魔物とは戦ってみたいのであります! これから向かう先に魔物はいるでありますか?」
「目的地は街中――領主様の屋敷だし、魔物はいないよ」
魔物除けの結界がある以上、魔王みたいな例外を除き、魔物は街中に侵入できないのだ。
「アッシュくんはその屋敷でなにをするのでありますか?」
「その屋敷には俺の師匠候補がいるかもしれないからね。もしいたら修行をつけてもらうんだ」
昨日まで、俺はトロンコさんこそが師匠候補だと思っていた。
だけど違った。
たしかにトロンコさんは赤点の主だ。でも、最初にミロさんのところで赤点を見つけたとき、トロンコさんは国外にいたらしいのだ。
つまり、この国にはふたりの赤点の主がいたってわけだ。
そして昨日トロンコさんに地図を見せたところ、赤点の主が消息を絶った場所には領主様の屋敷があると言われた。
トロンコさんいわく、『そこの当主が強いという話は聞いたことがない。赤点の主は用心棒ではないか? とにかく会いに行くといい』とのことだ。
トロンコさんくらいの立場なら気軽に会いに行けるけど、俺は一般人だ。赤点の主が誰だろうと、領主様の屋敷に住んでいる以上は気軽に会えないのである。
そんなわけで優勝の褒美を『紹介状』にしてもらったのだ。
国王様の紹介状があれば門前払いはされないからな! 赤点の主は消息を絶ったままだけど、ひとまず屋敷までは行けるってわけだ。
「アッシュくんはあとどれくらいこの国に滞在するのでありますか? 私、できればずっとアッシュくんと一緒にいたいのでありますが……」
ネミアちゃんとの師弟関係は、俺がこの国を立ち去るまでだからな。すぐに関係が終わるかもしれないと不安に感じているのだろう。
「いつまでこの国にいるかはわからないけど、ネミアちゃんには密度の濃い修行をつけてあげるよ」
「本当でありますか!? 私、密度の濃い修行は大好きであります! 此度の修行で、私はおじいちゃんを超えるでありますよ! 目指せ大人の部優勝であります! ……ところで、密度の濃い修行とはどんなのでありますか?」
「ネミアちゃんよりちょっとだけ強い魔物と戦ってもらうよ」
フェルミナさんは自分より強い相手と戦うことで強くなったって言ってたし、これならネミアちゃんも魔法使いとして強くなるはずだ。
もちろん怪我させるわけにはいかないし、遙かに格上の魔物と戦わせるわけにはいかないけどな。レッドドラゴンとか、魔王とかさ。
常識的に考えれば魔王なんて滅多に出てくるものじゃないけど、俺が知る限りではあいつら急に出てくるからな。気が抜けないのである。
「うぅ、いまから緊張してきたであります……。だけど、どうやって『私よりちょっとだけ強い魔物』を見つけるのでありますか?」
「地図を使うんだ」
「地図を?」
「そう。ノワールさん、あの地図持ってる?」
「ここにあるわ」
ノワールさんがお出かけ用のポーチから強者の居場所を示す地図を取り出した。それをネミアちゃんに渡す。
「そこに魔力を流せば目当ての魔物が見つかるよ。青が自分と同じくらい強い生き物で、赤が自分より遙かに強い生き物だよ」
「なるほど! こうでありますね? ――おおっ、たくさん表示されたであります! 私たちは……これでありますか?」
「線路上を動いてるから、それは俺とノワールさんだね」
「ノワールちゃん、私より遙かに強いのでありますか!? やはりアッシュくんと一緒にいたら強くなれるのでありますね! 此度の修行でどれだけ強くなるか、いまから楽しみでありますよ! ……それで、私はどの魔物と戦うでありますか? 線路をずっと進んだ先――ドラクリアに赤点がありますし、これと戦うでありますか?」
「いや、まずは青点と戦ってもらうよ。それに街中にいるってことは魔物じゃなくて人間……って、赤点!?」
地図を見ると、たしかにドラクリアに赤点が表示されていた。
「あのとき消えた赤点かしら?」
「わからないけど、場所はまったく同じだよ。だけど別人の可能性もあるし……ノワールさん、ちょっと魔力流してみてくれない?」
「流すわ」
ノワールさんが魔力を流したところ、地図上に表示されていた点が一気に消える。
だけどドラクリアの赤点は消えなかった。
つまり、師匠候補が復活したのだ!
「なんで復活したんだろ?」
「魔力が回復したのかしら?」
その可能性が高いけど、こんなに長いこと魔力が切れる理由がわからない。
ま、理由がどうあれ復活したことに変わりはないしな! ここは素直に喜ぶべきだ!
これで安心してドラクリアに行けるぞ!
「このままドラクリアに直行するでありますか?」
ネミアちゃんが寂しそうな顔をする。
このまま寄り道せずにドラクリアへ向かうと、ネミアちゃんに修行をつける時間がなくなるしな。
それに地図から消えていた理由が魔力切れだとすると、いまは病み上がりってことだ。1週間くらい時間をおいたほうがいいだろう。
「ドラクリアの手前の駅で途中下車して、師匠候補への土産とか食料を買って、あとは歩いて移動しよう」
「歩いて体力をつけるのでありますか?」
「目的は体力をつけることじゃなくて、魔物と戦うことだよ」
ネミアちゃんが魔力を流したとき、ドラクリアの近くに青点や赤点があったからな。町の外だったし、きっと正体は魔物だろう。
そいつらを倒しながらドラクリアへ向かえば、町につく頃にはネミアちゃんは格段にパワーアップしているはずだ。
「魔物と戦うのでありますね! だったら、いまのうちに魔物の勉強をするでありますよ! こういうこともあろうかと、図鑑を持ってきていたのでありますからね!」
ネミアちゃんは得意気にカバンから魔物図鑑を取り出した。
「準備がよすぎるわ」
「昨日の夜にアッシュくんに修行をつけてもらえるっておじいちゃんに聞かされて、役立ちそうなものを片っ端からカバンに詰めこんだのでありますよ!」
「昨日はあまり寝てないってこと?」
「荷造りはすぐに終わったのでありますが、わくわくしすぎてなかなか眠れなかったのであります! だけど……強くなるには、ちゃんと寝たほうがいいでありますかね?」
「そうだね……。参考になるかはわからないけど、こないだ世界樹のてっぺんで10日間寝ずに深呼吸したよ」
「なぜ深呼吸を10日間も!? しかも世界樹のてっぺんにたどりつけたのでありますか!?」
「たどりつけたよ。見晴らしがよかったし、深呼吸をすることで劇的にパワーアップしたよ」
「深呼吸で強くなったのでありますか!?」
「そうだね。ネミアちゃんも俺と同じ風系統だし、深呼吸で強くなるかもしれないよ」
「お、おおっ! すごい話を聞いてしまったのであります! ほ、ほかにどんな修行をしたか、ぜひ聞かせてほしいのであります!」
魔物図鑑はそっちのけで、ネミアちゃんは俺の修行話に目を輝かせるのであった。