挑戦者VS挑戦者です
「トロンコ氏への挑戦権獲得、おめでとうございます!」
控え室に飛ばされた俺は、受付さんの拍手に迎えられた。
「さて、子どもの部が終わるまで、アッシュ選手には休憩していただきます! 決勝戦の時間になりましたら闘技場のほうに転送しますので、会場内なら自由に動きまわっていただいて構いません!」
だったらノワールさんを誘って昼飯にしようかな。
「ここって食堂とかありますか?」
「ありません! ので、お食事は私がご用意します! たいていのものはご用意できますので、食べたいものがあれば遠慮なくどうぞ!」
「それじゃあ――」
と、受付さんに注文したところ、きょとんとされた。
「そんなものでいいんですか? もっと力のつくものを食べたほうがいいと思いますが……」
「好きなものを食べたほうがリラックスできますからね」
デビュー戦が間近に迫り、俺はめちゃくちゃ緊張してるし、興奮しているのだ。
このままだと手が震えて上手くルーンが描けないかもしれないし、下手すると相棒を犠牲にカマイタチを発生させてしまう怖れがある。
そんなわけで好きなものを食べてリラックスするのだ。平常心を取り戻せば、落ち着いて魔法杖を扱えるからな!
「なるほど、わかりました! そういうことなら王都一美味しいと評判のお店で買うとしましょう!」
受付さんは勢いよく部屋を飛び出し、ややあって高級感のある紙袋を手に戻ってきた。
「買い占めてきました!」
ぜえぜえと肩で息をしつつ、爽やかな笑みを浮かべる受付さん。
「ありがとうございます! 美味しくいただきます!」
甘い香りを放つ紙袋を受け取り、俺はノワールさんの待つ特別席へ向かう。
一般席のさらに上にある特別席――。そこに座る観客たちは、子どもの部に盛り上がっていた。
ただひとり、ノワールさんを除いては。
「! ……ここに来るとは思わなかったわ」
甘い香りに気づいたのか、ノワールさんは俺が話しかける前に顔を上げた。俺が来るのが意外だったのか、少しだけびっくりした様子だ。
「一緒に昼飯を食べようと思ってね」
「お腹ぺこぺこだったから嬉しいわ。だけど、動きまわってもいいのかしら?」
「会場内なら動きまわってもいいらしいよ。はいこれ」
ノワールさんのとなりに腰かけ、紙袋からメロンパンを取り出す。
「いつものメロンパンじゃないけど、王都一美味しいらしいよ」
「貴方と食べるメロンパンが一番美味しいわ。だけど、貴方はメロンパンでよかったのかしら?」
「食べ慣れないものを食べるより、食べ慣れたものを食べたほうが落ち着くからね」
「もうひとつ食べていいかしら?」
俺がしゃべっている間にメロンパンを平らげるノワールさん。
「好きなだけ食べてよ」
「あと四つ……いえ、五つはいけるわ」
きりっとした顔でそう言うと、ノワールさんはふたつめのメロンパンに手を伸ばす。
「……汚れてるわ」
メロンパンを掴もうとした手でローブを掴むノワールさん。
「汚れてる? ……ほんとだ」
セイジュさんを助けるとき地割れのなかに降りたし、そのとき汚れたんだろうな。
「綺麗にしてたほうがいいわ」
「なるべく汚れないように戦うよ」
「ぼろぼろになったら新しいのを贈るわ。だけど、デビュー戦までは綺麗にしてたほうがいいわ」
言いながら、ごしごしと服の袖で汚れを落とそうとするノワールさん。
「なかなか落ちないわ」
「充分綺麗になったよ。それに遠目に見たら汚れは目立たないしさ。おかげで華々しくデビューできるよ!」
「貴方のデビューが待ち遠しいわ。だって、ずっとこの日を待っていたもの。……ちゃんとデビューできるかしら?」
「なにがなんでもデビューしてみせるよ!」
こんなチャンスは滅多にないからな!
たとえトロンコさんがお守りを身につけていたとしても、ぜったいに魔法を使ってみせる!
俺の魔法がどこまで通じるかはわからないけど、悔いのないように全力を出し切ってやるぜ!
「ところで、優勝したらご褒美はどうするのかしら?」
そういえば優勝したら国王様から褒美がもらえるんだっけ。
「特に欲しいものはないけど……」
「だったら、飛空艇が欲しいわ」
ノワールさんは切実そうに言う。
船酔いしてるときのノワールさん、ゴーレムに襲われてたときと同じくらい青ざめてたしな。
「それならトロンコさんに相談してみるよ。専用の飛空艇を持ってるっぽいからね」
トロンコさんとモーリスじいちゃんは旧知の仲だし、俺の身元を知れば大陸まで乗せてってくれるかもしれない。まあ、ふたりの仲が悪ければ断られるかもしれないけどさ。
「安心したら、ますますお腹が空いたわ。六つはいけるわ」
ノワールさんは両手にメロンパンを持ち、むしゃむしゃと頬張り始める。
ノワールさんと話してたら落ち着いてきたけど、腹が減っては戦ができぬって言うしな。俺も食べるとするか!
そうしてメロンパンを頬張りつつ、俺は子どもの部を観戦するのであった。
◆
「すげえ! アースシェイクだ! おおっ、飛行魔法で回避した! すかさずカマイタチ! それをサンドシールドで防いだ!」
子どもの部の決勝戦に、俺はめちゃくちゃ盛り上がっていた。
「楽しそうね」
「そりゃ楽しいよ! 魔法使いの真剣勝負なんて滅多に見られるものじゃないからね!」
手に汗握る戦いってのはまさにこのことだ。
想像以上にハイレベルな試合を見せつけられ、俺は興奮しきっていた。
「まだ小さいのにふたりともいろんな魔法使えてすごいな! ああもうっ、早く修行を再開したい!」
そしていろんな魔法を使えるようになりたい!
子どもたちの試合を見て、俺はますますやる気になるのだった。
「おおっ! 風系統の子が勝った!」
「貴方と同じ系統ね」
「だね!」
俺と同じ系統の子が勝つって、めちゃくちゃ嬉しいな!
俺もあの子に負けないくらい強くなるぞ!
『さぁ! 次はお待ちかねの決勝戦! アッシュ選手とトロンコ氏の激闘が、いままさに幕を開けようとしています! まずはアッシュ選手の入場です!』
ついに来たか、この瞬間が!
「じゃ、デビューしてくるよ!」
「感慨深いわ」
しみじみしているノワールさんに見送られ、俺は闘技場に転送された。客席から拍手が巻き起こる。
『続きまして、トロンコ氏の入場です!』
審判さんが一際大きな声を張り上げたところ、閻魔大王みたいなひとが転送されてきた。
このひとがトロンコさんか! モーリスじいちゃんと同い年くらいだと思ってたけど若々しいな!
きっと精神力を高めるために日々鍛錬を積んできたんだろうな。若々しい肉体は、魔力の副産物ってわけだ。
この巨体にどれだけの魔力が秘められているか……想像もつかないぞ!
「皆の衆、待たせたのぅ!!」
トロンコさんの地鳴りのような一声に、闘技場はさらなる熱気に包まれる。
『若くして勇者一行に加わり、数多くの魔物を打ち破り、歴史に残る偉業を成し遂げたトロンコ氏! あれから半世紀以上過ぎましたが、雄々しい姿はなおも健在! トロンコ氏の全盛期は、いまなお続いているのです!!』
50年以上実力が衰えないってことは、魔王を倒したあとも凄まじい努力を続けたってことだ。
そんなトロンコさんと魔法使いとして戦えることを、俺は生涯の誇りにしよう。
『そんな生ける伝説と対するは、大陸から来た破壊の化身――アッシュ選手です! ここに至るまで一度たりとも魔法を使っていない彼の実力はいまだ未知数! 彼が魔法を使うとき、我々はアッシュ選手の真の実力を目にすることができるのです!』
お望みとあらば見せてやる!
俺は魔法を使いたくてうずうずしてるんだからな!
『圧倒的なまでの物理攻撃で挑戦権を手にした破壊の化身が勝つか、圧倒的なまでの火力で最強の座に君臨し続ける英雄が勝つか――その結末は、皆様の目でお確かめください! それでは――』
「待てぃ!! その前に、ひとつ確かめねばならぬことがある!!」
トロンコさんが俺を指さす。
「アッシュよ! ぬしはモーリス・アークヴァルドの弟子か!?」
どうして知ってるんだろ? モーリスじいちゃんから聞いたのかな?
ふたりは旧知の仲だし、連絡を取り合ってたのかもしれないな。
「はい。俺はモーリスじいちゃんの弟子です!」
認めた瞬間、トロンコさんは膝をつき、どんっと拳を地面に打ちつけた。
「ぐおおおお! 羨ましいッ! 羨ましいぞぉぉぉぉ!! 吾輩だってモーリス師に弟子入りしたかったのに!」
まさかのリアクションだった。
「……トロンコさんは、モーリスじいちゃんに憧れてるんですか?」
「うむ! 拳一つで魔物を打ち倒すあの背中に、吾輩は憧れたのだ!」
「弟子入り志願はしなかったんですか?」
「したのだ! だが、断られた! おまけにモーリス師は《闇の帝王》を倒したあと、吾輩の前から姿を消してしまったのだ! その後50年音沙汰なし! 二度と会えぬと諦めかけていたところ、先日フィリップさんから連絡が来てな! 『魔の森』に来るよう招集がかかったのだ!」
「招集って……もしかして、勇者一行の集会ですか?」
だとすると俺も行きたかった!
勇者一行の集まりってことは、大魔法使いの集まりってことだからな!
ひとりひとりに修行法を教えてもらうだけで、飛躍的に成長できそうだ。
「否! 新築パーティに招かれたのだ!」
家、建てたのか。
まあ元々あった家は《炎の帝王》に焼き払われたしな。
「そこにはモーリス師とコロンの姉御もいるらしくてな! 吾輩は招かれたことが嬉しくて嬉しくて……! モーリス師に一刻も早く会いたくて、飛空艇をかっ飛ばしたというわけだ!」
「それで、積もり積もった話をしたんですね?」
「否! 実際にモーリス師と対面すると緊張して上手く言葉が出てこなかったのだ」
意外と乙女チックなひとだ。
「だが、どうしても聞いておきたいことがあってな! 吾輩は頑張って言葉を絞り出したというわけだ!」
「なにを聞いたんですか?」
「うむ! 吾輩はモーリス師こそ《虹の帝王》を倒した強者ではないかと思っておってな! それについてたずねてみたのだ! はっきりとは見えなかったが、魔王を倒したあの技は、どう見ても武術だったのでな!」
武術っていうか、ただのビンタだけどな。
「だが、違った! 魔王を葬ったのはモーリス師ではなく、その弟子――アッシュだと打ち明けられたのだ!」
『なっ!? なんとここで驚きの事実が発覚しました! アッシュ選手、強いはずです! なにせアッシュ選手、あのモーリス・アークヴァルドの弟子にして、《虹の帝王》を葬った英雄だったのですから!!』
審判さんが戸惑いの声を上げ、会場にどよめきが走る。
そんななか、トロンコさんが真剣な眼差しを向けてきた。
「この試合、ぬしは挑戦者という立場になっておる! だが、ぬしが《虹の帝王》を葬った強者である以上、挑戦者は吾輩のほう! どうかお手合わせ願いたい!」
「喜んでお相手します! なにせ俺は――」
俺は、この瞬間を待ち侘びていたんだからな!
『まさに新旧英雄の決闘! アッシュ選手とトロンコ氏の戦いは、伝説的な試合となるでしょう! さあ、それではお待ちかねの決勝戦――試合開始ですッ!!』
試合の合図が出された瞬間、トロンコさんがルーンを描く。って、あんなルーン見たことないぞ!?
トロンコさんがルーンをミスるなんてありえないし、まさかまったく新しいルーンを編み出したのか!?
いやっ、とにかくいまは戦うことに集中しないと! どんな魔法だろうと落ち着いて対処すれば、うっかり武闘家の力を使わずに済むからな!
いくぜ、相棒!
「ゆくぞアッシュよ!」
ここが俺たちの晴れ舞台だ!
「これがモーリス師に褒めてもらうため50年の歳月をかけて編み出した魔法――相手の魔力を焼き尽くす《魔力焼却》だ!!」
「デビューできねえだろ!!!!!!」
パァァァァァァァン!!!!!!!!
腹の底から叫んだ瞬間、トロンコさんが吹っ飛んだ。
思いきり結界に衝突し、ぴくりとも動かなくなる。
なんでよりによって魔力を燃やし尽くす魔法を編み出してんだよ!
魔力燃やされたらデビューできねえだろ!
『な、なんとアッシュ選手、気合いだけでトロンコ氏を倒してしまいました!? もちろんトロンコ氏が弱いわけではありません! アッシュ選手が強い! あまりにも強すぎたのです!』
……まあでも、まったく新しいルーンを間近で見ることができたってだけでも収穫だよな。
それにこういうときこそ精神力を鍛える絶好のチャンスなのだ。
大魔法使いに近づくためにも、このチャンスをものにしないとな!
『とにもかくにもトロンコ氏、戦闘不能! よって優勝はアッシュ選手です!!』
そうして武闘大会は大盛り上がりのまま幕を閉じたのだった。