引退試合です
武闘家の技でセイジュさんを物理的に沈めた俺は、控え室に転送された。
トーナメント表があるし、最初の控え室っぽいな。
「次の対戦相手は……スミスさんかヤンさんか」
どっちにしろ相手にとって不足はないけどな!
本戦出場を決めたってことは、大魔法使いに限りなく近い実力者ってことだしさ。
そんな相手とデビュー戦ができるなんて最高にラッキーだ!
つっても、無事にデビューできるかはお守りにかかってるんだけどさ。
「……身につけてるかな?」
どうだろ。
いまのところ俺の対戦相手はふたりともお守りを身につけてたし、もしかしたら出場選手全員がお守りを身につけてるのかもしれないな。
俺だって不慮の事故で先端が吹き飛んだ初代相棒の欠片をお守り代わりにしてるしさ。
ま、お守りを身につけてるのはいいとして、問題は強度だよな。
願わくば鋼鉄とか岩石みたいなカマイタチで真っ二つにならないお守りであることを祈るばかりだ。
「――やはり残ったのはきみじゃったか」
祈っていたところ、腰の曲がったお婆さんがどこからともなく現れた。
ここに転送されてきたってことは第6試合の勝者――
俺のデビュー戦の相手ってわけだ!
「お守りは身につけてますか?」
さっそくたずねてみたところ、お婆さんがきょとんとする。
「真っ先にお守りのことを聞かれたのは、70年の人生で始めてじゃよ」
変な奴だと思われたかな?
だけど俺にとってお守りの有無はすごく重要なことなのだ!
その想いが伝わったのか、お婆さんは左手を見せてきた。
「この結婚指輪がお守り代わりじゃな」
よしっ、頑丈だ!
指輪なら気にせず戦えるぞ! 命中させることすら難しいし、当たったとしても傷つかないだろうしな!
これで華々しく魔法使いデビューが飾れるんだ! やったな、相棒! 次が――次こそが俺たちの晴れ舞台だぜ!
「ところで、お名前はなんていうんですか?」
内心大はしゃぎしつつも、表面上は平静を装って質問する。跳びはねて喜びを表現したいところだけど、そんなことしたら会場が崩れるかもしれないからな。
「わしはヤン――通称マスター・ヤンじゃ」
おおっ、マスターか!
それってマスター・ポルタさんみたいに魔物を相手に生きるか死ぬかの戦いを繰り返してきた強者ってことだよな!
ますます戦うのが楽しみになってきたぜ!
早くヤンさんと魔法と魔法のぶつけ合いをしたい!
うっかり武闘家の技を使ってしまわないように気をつけないとな!
「はじめまして、ヤンさん! 俺はアッシュです! 次の試合、よろしくお願いします!」
挨拶すると、ヤンさんは朗らかにほほ笑んだ。
「力強い挨拶じゃな。夫が言ってた通りじゃわい。元気があるのは良いことじゃ」
夫が言ってた?
って、まさか……
「ヤンさんの旦那さんって、もしかしてマスター・ポルタさんですか?」
「そうじゃよ。わしの夫はアッシュくんに吹き飛ばされたマスター・ポルタじゃ」
「ポルタさんを吹き飛ばしてすみませんでした!」
「謝ることはないのじゃ。むしろアッシュくんには礼を言いたいくらいじゃよ」
夫婦仲が悪いのかな?
夫を吹き飛ばしたお礼をされる理由なんて、それくらいしか思いつかない。
「わしとポルタは、この大会をもって隠居すると決めたのじゃ。最後にきみのような強者と戦うことができて、ポルタは幸せ者じゃわい」
一生に一度の引退試合を挨拶で終わらせてしまったんだけど……ポルタさんが満足してるなら問題ないか!
「そんなわけで、きみと戦うことができて、わしも嬉しいのじゃよ。夫の話を聞いた限りでは、アッシュくんはどの魔物よりも強いらしいからのぅ。まさか引退試合で過去最強の相手と戦うことになるとは思ってもみなかったのじゃ」
ヤンさんは見るからにわくわくしている。
「どうして引退するんですか?」
戦うことに疲れたってわけじゃなさそうだし、魔力が衰えたってわけでもなさそうだ。
なにせ本戦に出場してるくらいだからな。
引退どころか第一線で大活躍できそうなのに……ほんと、どうして引退することにしたんだろ?
「砕け散る魔王を見て、引退を決めたのじゃよ」
原因俺かよ!
砕け散る魔王には心当たりがありすぎるけど、ヤンさんが言ってるのって二色のあいつだよな?
「その魔王って、《虹の帝王》ですか?」
ほかの魔王はひっそりと砕け散ったけど、《虹の帝王》は全人類が見守るなか砕け散ったのだ。
「うむ。あの怖ろしい魔王を一撃で葬った強者の姿を見て、わしらは引退を決めたのじゃ。わしらが一線を退いても、次の世代が世界を守ってくれる――そう確信できたからのぅ」
モーリスじいちゃんとフィリップさんとコロンさんは、将来的なことを考えて弟子を育てることにした。
一方、弟子がいなかったヤンさんとポルタさんは、引退を不安に感じていたのだ。
「きみのような強い若者がいるとわかっただけでも、大会に出場したかいがあるというものじゃ。もっとも、引退する前にひとつ大仕事をしなければならないがのぅ」
「大仕事ってなんですか?」
ヤンさんは好戦的な笑みを浮かべる。
「アッシュくんとの勝負じゃよ」
「俺との勝負が大仕事なんですか?」
そうじゃよ、とヤンさんは力強くうなずいた。
「試合を見に来た若者たちを『強くなりたい!』と奮い立たせるため、わしは全身全霊で戦うのじゃ! アッシュくんも年寄りだからと遠慮せず、全力でかかってくるのじゃぞ!」
きっとヤンさんは若者に――俺に負けることを望んでいるのだ。そして世界を若い世代に託し、安心して隠居生活を送りたいのである。
そんなヤンさんの願いとは関係なしに、俺は全力で戦うつもりだった。
武闘家としてではなく、魔法使いとしてだ。
だけどヤンさんが望んでいるのは、武闘家としての俺と戦うことだ。
本音を言うとデビューしたいところだけど……
まあ、デビュー戦の機会は今日だけであと1回あるわけだしな。
今回だけは拳で戦ってやる!
次の次が――次の次こそが俺たちの晴れ舞台だぜ、相棒!
日の目を見ることなく吹き飛んだ初代のためにも、次の次こそ華々しくデビューを飾ろうな!
「その勝負、全力で受けて立ちます!」
そうして武闘家として戦うことにした俺は、魔法使い3点セット(ローブ、三角帽子、ただの杖)をテーブル上に置くのであった。
◆
武闘家としての姿になった俺は、闘技場に転送された。
魔法で元通りにしたのか、地割れは綺麗さっぱり消えている。
ヤンさんが地割れに吸いこまれることはないし、これで心置きなく戦えるぞ!
この拳でヤンさんを打ち破り、魔法使いとしてトロンコさんに挑むのだ!
『さぁ! お待ちかねの第7試合! 我が国の英雄トロンコ氏への挑戦権をかけたこの試合ッ! 戦うのはヤン選手とアッシュ選手のおふたりです!!』
嵐のような拍手と歓声に負けじと審判さんが声を張り上げる。
『1試合目2試合目ともに圧勝を飾ったヤン選手! トロンコ氏の妹である彼女は半世紀以上にわたってハンター活動を続けてきました! まさに我々にとっての守り神なのです!!』
トロンコさんの妹だったのか!
国の英雄の妹にして、この国のために身を粉にして活躍してきたヤンさん。そんな偉大な魔法使いが俺との真剣勝負を望んでいるのだ。
こんなの燃えないわけがない!
『今回ヤン選手が出場すると知り、我々運営サイドはトロンコ氏とヤン選手の兄妹対決を予想しておりました!』
しかぁーし! と審判さんが俺を指さす。
『皆様知っての通り、今大会にダークホースが現れたのです! 挨拶代わりに闘技場を吹き飛ばし、幾重にも結界が張られた本会場の大地を切り裂く破壊の化身――大陸から来た武神・アッシュ選手です!』
破壊の化身と呼ばれるのも今日で最後だ!
いままでいろんなものを壊してきたけど、それは俺が武闘家だったからだ。
魔法使いとして本格デビューすれば、ちょっとしたはずみで大地が裂けることはなくなるのである!
『守り神が勝つか、破壊の化身が勝つか――どう転ぼうとこの戦いは歴史に刻まれ、未来永劫に語り継がれることとなるでしょう!』
語り継がれる伝説的な試合になることこそがヤンさんの望みなのだ。
若い世代がこの試合を見て『強くなりたい!』と奮起できるよう、俺は全力でヤンさんを殴りつけるのだ!
『それでは大注目の第7試合――試合開始ッ!!』
大歓声がわき起こるなか、開始の合図が響き渡る。
「さあ、終わりの始まりじゃ!」
ヤンさんが洗練された手つきでルーンを完成させた瞬間、舞い上がっていた土埃が消えた。
『で、出ましたー! ヤン選手の重力魔法! 先ほどスミス選手を瞬時に沈めたこの魔法! 重力魔法が繰り出す重みにアッシュ選手は耐えきれるのでしょうか!?』
重力魔法は闇系統の最上級魔法のひとつにして、あらゆる魔法のなかでも最強の一角として数えられる魔法だと本に書いてあった。
そんな魔法をヤンさんは開始早々使ってきたのだ。
全力で勝負に挑んでいるなによりの証拠である。
「ふぉっふぉっふぉ。きみにかかる重力を2倍にしたのじゃ。普通は動くことすらままならぬが――きみならばルーンを描くことくらいできるじゃろう?」
発動させるだけでかなりの魔力を消耗するはずなのに、ヤンさんは余裕の態度を崩さない。
さすがはマスター! 魔力量も桁違いだ!
相手にとって不足なんてあるわけがない!!
「行きます!」
俺はヤンさんのもとへ歩み寄る。この距離からでも風圧を飛ばすことはできるけど、俺は全力で戦うと決めたのだ。
走った際に発生する風圧で吹き飛ばしてしまわないよう慎重にヤンさんの懐へと潜りこみ、思いきりパンチするのである!
『う、動いたー!? なんとアッシュ選手、重力2倍にもかかわらず平然と歩いております!』
「ふぉっふぉっふぉ。さすがはポルタが認めるだけのことはあるのじゃ! じゃが、いまのはほんの小手調べに過ぎぬ! さあ、動けるものなら動いてみるがよい! ――重力5倍じゃ!!」
『な、なんとアッシュ選手! 重力5倍にもかかわらず、当たり前のように歩いております! その歩調に変わりはありません!』
「ほほぅ、やるのぅアッシュくん! じゃが、ここまでは想定の範囲内! これで終わりじゃ! 重力10倍! ――なっ!?」
歩き続ける俺を見て、ヤンさんはあとずさった。
「なぜ動けるのじゃ!? 普通は重みで動けぬのに――なのになぜ歩けるのじゃ!?」
「重いどころか、いつもより軽く感じますよ!」
なにせ武闘家としての力を振る舞っていいんだからな!
いままでは事故を気にして思うように力を出すことができなかったけど、今回ばかりは例外だ。
全力を出してもいいんだと思うと心が軽くなった気がするし、身体まで軽くなった気がするぜ!
「ポルタが言ってた通りじゃな。きみのことは人間ではなく魔物として――魔王を相手にしていると思って戦ったほうがよさそうじゃわい!」
さすがは歴戦のハンターなだけあって、ヤンさんはあっという間に冷静さを取り戻した。
「ここからがマスター・ヤンの真骨頂じゃ! かつてポルタに危険すぎると指摘され、封印を余儀なくされたわしの全力! さあ、受けてみるがよい! ――重力50倍じゃ!」
ずぶずぶっ!!!!
俺の首から下が地中に埋まった。
俺は大地を泳ぐようにヤンさんのもとへ迫る。
「きみの身体、どうなっておるのじゃ!?」
迫る生首(俺)を見てヤンさんがあとずさった。
『な、なんとアッシュ選手! 重力50倍にもかかわらず進撃を続けております! いったいいつの間に、そしてどういった魔法を使ったのでしょうか!?』
「そ、そうじゃ! いつの間に使ったのじゃ! きみはルーンを描くどころか、魔法杖を構えてすらおらぬじゃろ!」
「俺は魔法を使ってません! 魔力ではなく筋力で戦っているんです!」
「き、筋力だけで……」
ヤンさんがしりもちをつく。
『な、なんとアッシュ選手! マスター・ヤンを相手に魔法を使っていませんでした! 魔法を使わずにこの強さ――魔法を使えばどれだけ強くなるのでしょう!?』
魔法を使っても強さは変わらないけどな!
でも、いつまでもこのままってわけじゃない!
華々しく魔法使いデビューし、修行に修行を重ね、いつの日か武闘家の強さに追いついてみせるのだ!
「さあ、行きますよ!」
ずぶずぶと大地を泳いでヤンさんのもとへ迫る。
戸惑うように生首(俺)を見ていたヤンさんは……しりもちをついたままふっと微笑し、魔法杖を地に落とした。
「降参じゃよ」
……えっ。
『な、なんとヤン選手、降参です!!』
聞き間違いじゃなかったらしく、審判さんが興奮気味に叫んだ。
「ど、どうして降参するんですか? 全力で戦おうって約束したじゃないですか! 俺、まだ歩いただけですよ?」
「だからじゃよ。わしの必殺技を、きみは当たり前のように打ち破ってみせた。きみはわしより遙かに格上じゃ。最後にきみと戦えて、本当にわしは幸せ者じゃよ」
ヤンさんは大仕事をやり遂げたあとのような清々しい笑みを浮かべている。
「ですけど……全力で戦って、みんなに『強くなろう』と思わせるんじゃなかったんですか?」
「きみにとっては準備運動に過ぎぬのじゃろうが、わしは全力を出し切ったよ。それに……互角の試合を見るより、圧倒的な試合を見たほうが燃えるじゃろ」
たしかに観客は盛り上がってるっぽいけど……ヤンさんはこんな終わり方でいいのか?
「ヤンさんは、不完全燃焼じゃないですか?」
「むしろ完全燃焼じゃよ。年寄りの頼みに付き合ってくれて、本当にありがとうねぇ」
ヤンさん……。
『ヤン選手の降参により、アッシュ選手の勝利が決まりました! 半世紀以上にわたって我々を守ってくれた伝説的ハンターのヤン選手、そして驚くべき強さでトロンコ氏への挑戦権を獲得したアッシュ選手――両名に盛大な拍手を!!』
割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。
最後の最後まで他人のために戦い続けたヤンさんは、俺の目標とする魔法使いのひとりになった。
これからも修行に修行を重ねて、ヤンさんが引退試合の相手に選んでよかったと思えるような、立派な魔法使いにならないとな!
ゴオオオオオオオオ!!!!!!
どこからともなく風切り音が聞こえてきた。
闘技場が巨大な影に包まれる。
見上げると、そこには飛空艇が浮いていた。
『き、来ました! ついに――ついにあの男の登場です!』
審判さんは大空を指さし、声を震わせる。
『結成間もない勇者一行にいち早く合流し、あのモーリス・アークヴァルド、フィリップ・ヴァルミリオン、コロン・フルールと肩を並べて魔王軍を打ち破った我らが英雄――トロンコ氏です!!』
トロンコさんの名前が出た途端、いままでの比じゃないくらいの大歓声が上がった。
この国のひとたちにとって、トロンコさんは正真正銘の大英雄なのである。
そんなひととデビュー戦ができるなんて夢みたいだ! モーリスじいちゃんに土産話として聞かせたら、きっとびっくりするだろうな。
『それでは《子どもの部》のあと、アッシュ選手にはトロンコ氏と戦っていただきます!!』
トロンコさんが乗る飛空艇の登場に興奮していた審判さんは、はっと思い出したように言った。
子どもの部もあるのか。それって観戦してもいいのかな?
そんなことを思っていたところ、俺は控え室に飛ばされたのだった。