お守りは壊せません
ついに迎えた本戦当日の朝!
俺は魔法使いっぽく見える服装に身を包み、ノワールさんの前に立っていた。
「どうかな? 似合う?」
「三角帽子と杖が加わって、ますます魔法使いっぽくなったわ」
「ありがと! これで華々しく魔法使いデビューできるよ!」
本戦にドレスコードなんてないけど、せっかくだし魔法使いっぽい格好で戦いたかったのだ。
なにせ今日は記念すべきデビュー戦なんだからな!
初日に予選を突破したおかげで時間があったため、王都を巡って魔法使いっぽく見えるアイテムを探したのだ。
おかげで素敵な三角帽子と杖を手に入れることができた。センスが似てるのか、どっちもモーリスじいちゃんが持っていたのと同じようなデザインだ。
特に杖なんてモーリスじいちゃんのとそっくりだ。もちろんこいつはただの杖。本戦は懐の相棒と勝ち進むけどな!
「じゃ、行こっか」
服装チェックをしてもらった俺は、杖をつきながらノワールさんと闘技場へ向かう。
宿屋を出てすぐ目の前が闘技場だ。さすが四年に一度のイベントなだけあって、会場前は大勢のひとで賑わっている。みんな大会の話題で持ちきりだ。
「ねえねえ! 第三闘技場のあの話、聞いた!?」
「聞いたわ! 誰かが闘技場を吹き飛ばしちゃったんでしょ!?」
「そうそう! しかも闘技場を吹き飛ばしたあと、『こいつは挨拶代わりだぜ!』とか言ったんですって!」
言ってないよ!
そんな悪役っぽい台詞、言ってないよ!
なんか変な感じで伝わってるけど……楽しそうにしゃべってるし、俺が登場してもブーイングは起こらないよな?
「そのひとって、トロンコ様より強いのかしら?」
「うーん、どうだろ。前回はトロンコ様の圧勝だったけど……挨拶代わりに会場を壊すようなひとだし、どうなるかわからないわね」
「なんにせよ、誰がトロンコ様と戦うのか楽しみね!」
こないだ知ったけど、本戦はトロンコさんへの挑戦者を決める戦いらしい。
はじめはトロンコさんも予選に出てたらしいけど、あまりにも強すぎるため挑戦者形式になったのだとか。
「トロンコは間に合うのかしら?」
ノワールさんがたずねてくる。
3時間ほど前に強者の居場所を示す地図を確認したところ、大陸からグリューン王国に向かって猛スピードで移動する赤点を発見した。
それこそがトロンコさんなのだ。
「すごい速さだったし、間に合うんじゃないかな」
どうして大陸にいたのかはわからないけど、これなら赤点が消えていたことにも説明がつく。
きっとトロンコさんは、俺たちが船に乗っていたのと同じ頃に大陸へと移動していたのだ。
そのため、赤点が消えたと思いこんでしまったのである。
「じゃ、俺は向こうだから。はいこれ」
閑散とした第二ゲートにたどりついた俺は、ノワールさんに関係者招待券を渡した。
本戦出場者は10人まで身内を特別席に招待できるのだ。
一般席は混み合ってるけど、特別席は空いてるだろうし、ノワールさんも落ち着いて観戦できるはずだ。
「大きな声で応援するわ」
「ありがと! 俺は小さな声で挨拶するよ!」
そうしてノワールさんと別れた俺は、ひとりで第三ゲートへ向かう。
「あっ、来ましたね!」
第三ゲートの前に立っていた受付さんが、にこやかにほほ笑みかけてくる。
「先日はすみませんでした。今回は会場を壊さないように気をつけます」
「ご心配なく。本戦会場はとびきり頑丈ですからね! 客席に被害が出ないよう何重にも結界が張られてますし、むしろ壊すくらいで戦ってください!」
そっちのほうが盛り上がりますからね、と受付さんは微笑する。
「そう言ってもらえると気が楽になります」
といっても、今回は魔法使いとして戦うわけだしな。
挨拶は控えめにするけど、魔法使いとしては全力で戦うつもりだ。
「それでは控え室のほうでお待ちください」
受付さんに控え室の場所を教えてもらい、俺はそちらへ向かう。
広々とした控え室に入ると、そこには七人の男女がいた。
年齢や性別はバラバラだけど、この場の面々には『強い』っていう共通点があるのだ。
そう考えた途端、わくわくしてきた。
初戦の相手が誰になるのか、いまから楽しみだ!
「みなさんお集まりですね!」
椅子に座ってそわそわしていると、受付さんがやってきた。
「これからルール説明をしますので、どうぞ楽にしてください!」
ルールはシンプルだった。
試合はトーナメント方式で行われ、勝利条件は予選と同じ。試合中、選手は控え室で待機することになり、観戦することはできないのだとか。
つまり相手の手の内は、実際に試合が始まるまでわからないってわけだ。
「3勝すればトロンコ氏と勝負できますので、みなさん張りきって戦ってくださいね!」
トロンコさんの名前が出た途端、みんなの目つきが変わった。
トロンコさんは勇者一行のナンバー4――グリューン王国の英雄だからな。戦えるだけでも光栄なことだし、勝てば一躍有名人だ。
選手にとっては、まさに人生を変える戦いなのである!
もちろん俺にとってもだ。
この戦いで、なんとしてでも魔力を高めてみせるぞ!
そしてなるんだ、大魔法使いに!!
「それでは、こちらがトーナメント表になります!」
壁にトーナメント表が張り出される。
俺は……おおっ、1試合目か!
いきなり戦えるなんてラッキーだ!
対戦相手のリンさん……って、誰だろ? 名前からして女のひとだよな?
てことは……そわそわしてる若い女のひとか、落ち着き払ってるお婆さんのどっちかか。
ま、どっちにしても強者だし、楽しみなことに変わりはないけどな!
「さて、それでは最後にこれをお受け取りください!」
受付さんが指輪を配る。
「その指輪には転移魔法が組みこまれています! 開会式が終わりましたら、第1試合のおふたり――アッシュ様とリン様はリングのほうに転送されますので、指輪を身につけてお待ちください!」
選手全員が指輪をはめるのを見届けると、受付さんは控え室をあとにした。
「……リンさんっていうのは、どなたですか?」
待ちきれず、俺はたずねた。
「わ、わたしですっ!」
裏返った声で返事をしたのは、三つ編みの若い女性だった。
優しげな雰囲気といい、気弱そうな佇まいといい、どことなくクラスメイトだったニーナさんに似てるな。
「モナーフさんは、どなたですか?」
「セイジュさんは……ああ、あなたでしたか」
俺の発言を皮切りに、対戦相手探しが始まった。
そんな光景を横目に、俺はリンさんに挨拶をする。
「はじめましてリンさん。俺はアッシュです! 今日はよろしくお願いします!」
よしっ! 上手く挨拶できたぞ!
吹き飛ばないリンさんを見て内心ガッツポーズしていると、ぺこりと頭を下げられた。
「こ、こちらこそよろしくお願いしまひゅ!」
めちゃくちゃ緊張してるっぽいな。
「わ、わたし、こういうところに出場するのははじめてで……う、うっかり変な攻撃しちゃったらすみません!」
「むしろ変な攻撃をしてください!」
「え、えぇ……いいんですか?」
「もちろんです!」
ありふれた攻撃より特殊な攻撃を見るほうがためになるからな!
リンさんがどういう攻撃を仕掛けてくるか、本当に楽しみだ!
「……アッシュさんは、いいひとですね」
「俺が……いいひと?」
「はい。アッシュさん、わたしの緊張をほぐそうとしてくれてるんでしょう?」
本当に特殊な攻撃を受けたいと思ってるだけで、そんな意図はなかったんだけど……
「わたし、ラッキーです! 本戦に出場できたのもそうですけど、初戦の相手がアッシュさんみたいな優しいひとで、ほんとうによかったです!」
安心したように表情を緩めたリンさんは、ほっそりとした首飾りに手を触れた。
「それもこれも、このお守りのおかげですっ」
「綺麗な首飾りですね」
「はいっ。手先が不器用な妹が、わたしのために時間をかけて作ってくれたんですっ。だから、これはわたしの宝物ですっ!」
「そうなんですか。それは大事にしないと……」
……ちょっと待て。
それ、俺のカマイタチで壊れちゃうんじゃないか?
昔と違って、いまは木の枝くらいならスパッと切ることができるしな。金属製とはいえ、この細さなら壊れてしまいそうだ。
……どうしよ。
真剣勝負とはいえ宝物を壊すのは申し訳ないし、首以外を狙おうにも動かれたら狙いが逸れるし、送風魔法を使ったところで、リンさんを涼めるだけだからなぁ。
しかたない。魔法使いとしてのデビュー戦は次の試合に持ち越すとするか!
「あっ、時間みたいですね! 勝っても負けても、恨みっこなしにしましょうね!」
お互いの指輪が輝いたところで、ふいに景色が一変する。
円形闘技場に転送されたのだ。
俺たちの登場に、客席からは割れんばかりの拍手と歓声がわき起こる。
『さて、たいへん長らくお待たせいたしました! それではさっそく第1試合を始めましょう!』
リングの外から審判さんが声を張り上げる。
『第1試合はリン選手対アッシュ選手です!』
審判さんがリンさんを指す。
『リン選手は商業都市グラジオの出身です! 引っ込み思案な性格を改善したくて大会への出場を決意したそうです! こういった試合の場に出るのははじめてながらも本戦出場を決めてしまったのです! いわば眠れる獅子だったのです!』
本戦出場者は運営側に簡単なプロフィールを伝えていたのだ。
昨日、俺のところにも運営さんが来たし、それと同じようにリンさんのところにも来たのだろう。
『対するアッシュ選手は、あのフィリップ・ヴァルミリオンが創設した学院の出だそうです! それだけでも実力がうかがえますが、なんと彼は第三闘技場を吹き飛ばした張本人でもあります! 魔法を使ってみたくてたまらないため、大会への出場を決意したそうです! いわば武人なのです!』
暴れたくてしかたがない危ないひと、みたいな紹介になってるけど……だいたいあってるし、まあいいか。
『眠れる獅子が勝つか、武人が勝つか――その結末は、みなさまの目でお確かめください! それでは――試合開始!!』
鳴り止まない歓声のなか、審判さんの一際大きな声が響き渡った。
「先手必勝です!」
リンさんがすかさずルーンを描く。
ルーンが完成した途端、リンさんの顔から緊張の色が消えた。
早くも勝利を確信している様子だ。
「これであなたは動けません! なにせ麻痺魔法を使いましたからね! あなたの全身はビリビリ痺れているはずです! 動くのはもちろん、ルーンを描くなんてできっこない……」
リンさんがうろたえるようにあとずさる。
「って、なんで麻痺してるのに立っていられるんですか!? そ、そうか! その杖ですね!? その杖で、かろうじて立っていられるんですね!?」
自分に言い聞かせるリンさんに、俺は歩み寄る。
「な、なんで動けるんですか!? そ、そうか! 気力! 気力ですね!? 気力だけで動いてるんですね!?」
「気力じゃありませんよ」
「な、なんで流暢にしゃべれるんですか!? 普通は口を動かすことすらできないのに!」
「魔法使いになるために、散々修行しましたからね! どんな状態に陥ろうと、この手に魔法杖がある限り、俺はルーンを描くことができるんですよ!」
「どんな修行したらそんな身体になるんですか!?」
「死に物狂いの修行です!」
「説明になってませんよ!?」
リンさんはハッとする。
「ま、まあいいです! 元々至近距離から特大のライトアローを放つつもりでしたからね! 近づく手間が省けました! さあ、来るなら来てください! もっとも、逃げたところで光速のライトアローを避けることはできませんけどね! ……ほ、ほんとに来るんですね!?」
まったく躊躇せずに近づく俺を見て戸惑いつつも、リンさんはライトアローのルーンを完成させる。
「これで終わりです!」
光速で放たれたライトアローをぺしっと弾くように打ち消したところ、その風圧でリンさんは吹き飛んでしまった。
パァァァァン!!!!!!
思いきり結界にぶつかり、そのまま動かなくなるリンさん。
でこぴんで倒すつもりだったんだけど……予定が狂ってしまったな。
お守り、無事だといいんだけど……
『し、試合終了!? アッシュ選手の勝利です!!』
どよめきと歓声がわき起こるなか、俺はリンさんのもとへ駆け寄り、首元をチェックする。
よしっ! お守りは無事だ! ぐるぐる目を回してるけどリンさんも無事だ!
『おぉーっと! アッシュ選手! リン選手を気遣っております!! 勝利の余韻に浸ることなく、真っ先に対戦相手を気遣った選手がかつていたでしょうか!?』
好意的に解釈され、客席から温かい拍手が送られる。
お客さんも楽しんでくれたみたいだし、リンさんの魔法を間近で見ることができて俺も楽しかった。
次はいよいよデビュー戦だし、うっかり武闘家の力で勝たないように気を引き締めておかないとな!
そうして拍手に見送られ、俺は控え室へと転送されたのだった。