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二代目相棒(改)です

 そして迎えた予選当日の朝。


「おかえり。早かったね」


 宿屋のベッドに腰かけて相棒を磨いていると、ノワールさんが買い物から帰ってきた。


 さっき出かけたばかりだし、店が閉まってたのかと思ったけど……ノワールさんは紙袋を手にしている。


 欲しいものが見つかったのかな?


「貴方、ここでなにをしているのかしら?」


「見ての通り、相棒を磨いてるんだよ」


 相棒っていうのは、魔法杖ウィザーズロッドのことだ。


 こいつと出会って約3ヶ月、俺は魔法使いらしい戦いをしていない。つまり新品同然なわけだけど、相棒は真新しさの欠片もなかった。


 なにせ真っ暗な洞窟を歩いたり、魔物に体当たりされたり、地中に埋まったり、世界樹に挑んだり――とにかく色々あったからな。


 服がぼろぼろになり、クツがぼろぼろになり、カバンがぼろぼろになったように、俺の懐で眠っていた相棒も汚れてしまっていたのである。


「今日は魔法使いとしてのデビュー戦だからね! 予選が始まるまで時間があるし、磨くことにしたんだよ!」


「もうじき予選が始まるわ。貴方は5時間くらい魔法杖を磨いているのよ」


「そんなに……?」


 うきうきしていた俺は、急に冷静になる。


 予選は正午に開幕だ。俺が起きたのは日が昇って間もない頃だし、まだまだ余裕があると思っていたけど……磨くのに夢中になりすぎたっぽいな。


「予選には間に合うのかしら?」


 ノワールさんが心配そうにたずねてくる。


「予選会場は近所にあるからね。走れば間に合うよ」


 王都には四つの予選会場があり、俺は片道5㎞のところにある第三闘技場で戦うことになっている。


 3日間行われる予選を勝ち抜けば、宿屋の向かいにある本戦会場で戦うことができるのだ。


 宿屋を提供してくれたスウスちゃん一家のためにも、まずは予選を勝ち抜かないとな!



「いまのうちに、これを貴方に渡しておくわ」



 ノワールさんは紙袋からローブを取り出した。


 モーリスじいちゃんが羽織っていたのと同じような、いかにも魔法使いっぽいローブだ。


「これ、俺に?」


 ノワールさんはこくりとうなずく。


「貴方は私に『外カリッ、中もふっ♪ もっちりもちもちほっぺがとろける夢のめろめろメロンパン』をプレゼントしてくれたわ。これはそのお返しよ」


 自分のお金で買いたいものって、俺へのプレゼントだったのか……。


「ありがと! さっそく着てみるよ!」


 ローブに袖を通すと、それだけで大魔法使いっぽい気分になってきた。


「どうかな? 魔法使いっぽく見える?」


 ぴかぴかの相棒を構え、ノワールさんに感想を求める。


 少なくとも武闘家っぽさは薄れたと思うけど……どうだろ。似合ってなくても魔法使いになったことに変わりはないけど、できれば似合っていてほしいな。


「どの角度から見ても魔法使いだわ」


 よしっ! 今日からこのローブを毎日着ることにしよう!


「だけど……ちょっと細くなってる気がするわ」


「細くなってるって……俺が?」


 自分ではわからないけど、痩せてきたのかな?


「貴方じゃないわ。細くなってるのは相棒のほうよ」


「うそ!? ……ほんとだ」


 ぴかぴかの相棒は、たしかにスリムになっていた。


 バナナの皮を剥く前と剥いたあとくらいの差だ。


「どういう磨き方をしたのかしら?」


「指で擦ってたんだよ」


「なぜ布で磨かなかったのかしら?」


「最初は布で磨いてたんだよ。けど、途中から布より指で擦ったほうが汚れが落ちることに気づいてね」


「知らないうちに指紋で相棒を削っていたのね?」


「みたいだね……」


 正直、すごくショックだ。


 先代の相棒みたいに柄から先が消滅するよりはマシだけど……大事な相棒を、あろうことか俺の手で削ってしまったんだからな。



「痩せてるほうがかっこいいわ」



 落ちこんでいたところ、ノワールさんがぽつりと言った。


「……そう? かっこいい……のかな?」


 まじまじと相棒を見つめる。


 言われてみれば、スタイリッシュでかっこいい気がするな。


 魔法杖としての機能は損なわれていないわけだし、考えようによってはオリジナルの魔法杖を作ったってことになる。


 世界にひとつしかない俺だけの魔法杖だと思うと、ますます愛着が湧いてきた!


「ノワールさんの言葉に救われたよ。俺、この魔法杖で必ず優勝してみせるからね! そして相棒みたいに一皮剥けてみせる――必ず成長してみせるよ!」


「貴方を応援しているわ」


「ありがと! ノワールさんに直接応援してもらえるよう、まずは本戦に出場できるよう全力を出すよ!」


「貴方が全力を出すと、対戦相手が消えてしまうわ」


「さすがに魔王みたいにはならないと思うけど……」


 結界があるし、対戦相手が物理的に消滅することはありえないのだ。


「とにかく心配いらないよ。全力を出すといっても、魔法使いとして戦うからさ」


 俺は魔法使いとして戦ったことがないのだ。


 武闘大会は、魔法使いとしての戦い方を学ぶ絶好の場なのである!


 この機を逃すのはもったいないし、大会中は武闘家としての力を封印するつもりだ。


「じゃ、行ってくるよ!」


「貴方の帰りを待ってるわ」


 ノワールさんに見送られ、俺は第三闘技場のある広場へと急ぐのだった。



     ◆



 予選期間中は武闘大会の関係者以外立入禁止なのだろう。ひと気のない広場にたどりついた俺は、ドーム型の建物へと向かった。


 第三闘技場である。



「参加者の方ですか?」



 会場に入ろうとしたところ、入口前に立っていた女のひとに呼び止められる。


「はい。アッシュ・アークヴァルドです」


 受付さんは名簿をチェックする。


「アッシュ……ああ、ありました。ではこちらの箱から番号札をお引きください。箱のなかは覗かないようにお願いしますね。……といっても、あなたが最後なんですけどね」


「時間ぎりぎりになってしまってすみません。……2番です」


「では、それを目立つところにつけてください」


 番号札を胸元につけ、受付さんと一緒に会場内へと身を移す。


 広々とした会場には、四方を支柱に囲まれたリングがたくさん設けられていた。そのまわりには大勢の選手が散らばっている。


 みんな俺より遙かに格上の魔法使いだ。


 魔法使いとしての格の違いを見せつけられ、俺は悔しい思いをするだろう。


 その悔しさを乗り越えることで、俺は精神的に強くなる。そして魔力が上がるのだ。


 世界樹での修行を経て、俺の魔力の質は上がったからな。ちょっと魔力が増えただけで、魔法使いとして飛躍的な成長を遂げることができるのだ。


 だからこそ、一戦一戦を無駄にしないように戦わなければならないのである!



『ご静粛に願います!』



 拡声魔法ボイスアッパーで声を大きくしているのだろう。闘技場に運営さんの声が響き渡り、ざわついていた会場が静まりかえる。



『本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます! さっそくではございますが、ルール説明を行わせていただきます!』



 ルールはシンプルだった。


 今日のところは8人1ブロックに分かれてトーナメント戦を行い、各ブロックを1位で通過した選手が明日の2次予選に参加できるらしい。


 本戦に出場できるのは8人なので、ひとつの会場から本戦に進出できるのは2人までってわけだ。



『勝利条件は、対戦相手を降参もしくは失神させることです! 以上でルール説明を終わります! それではリングへの移動をお願いします! 番号札1番から8番までの方は第1ブロック、9番から16番までの方は第2ブロック――』



 さっそく第1ブロックのリングへ向かうと、さっきの受付さんがいた。どうやら第1ブロックの審判を務めるらしい彼女に指示され、俺はリングに上がる。


 と、同じタイミングで番号札1番のひとがリングに上がった。



「ふぉっふぉっふぉ。この張り詰めた空気……ひさしいのぅ。血が騒ぐのぅ」



 対戦相手は、いかにも魔法使いっぽい感じのおじいさんだ。


 同じようにいかにも魔法使いだったモーリスじいちゃんは武闘家だったけど、このひとは正真正銘の魔法使い。しかもかなりの強者らしい。


 その証拠に――



「あれは……まさか、マスター・ポルタか!?」

「あの八つ星ハンターのか!?」

「現役を引退したと聞いていたが……まさかこんなところに現れるとはな!」



 第1ブロックのひとたちがざわついていたのだ。


 そればかりか、ほかのブロックのひとたちも注目しているようだった。


 ハンターってのはよくわからないけど……きっと魔物を倒してお金を稼ぐひとのことだろう。


 生きるか死ぬかの戦いを何度となく経験してきたマスター・ポルタさんは、まさに強者なのである!



「マスター・ポルタ。あなたの戦いをジャッジすることができ、光栄に思います」



 審判さんが緊張した面持ちで挨拶をしている。


 審判さんと同じく、俺も光栄に思っている。


 初戦から高名な魔法使いと戦えるのは、本当にラッキーなことなのだ。


 この一戦はかなり貴重な経験になる!


 マスター・ポルタさんの一挙手一投足に注目し、魔法使いとしての身のこなしを学ばないとな!




『それでは第1ブロック第1戦を始めます! 互いに、礼っ!』




「よろしくお願いします!!!!!!!!!!」




 ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!




 挨拶した瞬間、闘技場が崩壊した。



 挨拶の直撃を受けたマスター・ポルタさんは超スピードで壁際に吹き飛んでいき、同時進行で瓦礫のシャワーが選手たちを押し潰す。



 天井の崩落が収まったとき、立っているのは俺ひとりだった。



「……」



 どうやらやってしまったらしい。


 建物の老朽化が原因とは思えないし……これ、俺の挨拶のせいだよな?


 結界がある以上、怪我人はいないはずだけど、みんな失神してしまっている。


 目覚めたときにパニックが起きないよう、まずは審判に事情を伝えておかないとな!



「すみません! 起きてください! すみません!」



 近くに倒れていた審判さんに声をかけると、まぶたを数回痙攣させたあと、目を開いた。


「……えっ? えっ!?」


 審判さんは変わり果てた会場内を見て戸惑っている。


「な、なにが起きたの!? 起きてるのはきみだけ!? マスター・ポルタさんは!? 選手の方々は!?」


「選手のひとたちは、そのへんにたくさんいます。マスター・ポルタさんは……俺の挨拶の直撃を受けて、吹き飛びました」


「吹き飛んだの!? 挨拶で!? 会場もろとも!?」


 めちゃくちゃ戸惑われたけど、真実である以上、俺には肯定することしかできない。


「はい。すべての責任は俺にあります」


 すみませんと頭を下げると、審判さんはどこかに電話をかけ始めた。


 偉いひとと話しているのか、敬語だ。


「あなたの処遇が決まったわ」


 通話を終えた審判さんが言う。


 処遇か……


「大会への永久出場停止処分ですか? それとも、国外追放ですか……?」


 審判さんは首を振る。



「出場停止どころか、あなたは本戦出場よ」



 えっ?


「本戦出場ですか?」


「そうよ。あなたは本戦に出場するだけの実力を持っているわ」


「ですけど……予選はいいんですか?」


「というより、予選には出ないでほしいわ」


「なぜです?」


「あなたが戦うと、会場が壊れてしまうかもしれないもの。選手のみなさんにはべつの会場で、あなた抜きで戦ってもらうわ。ただ、マスター・ポルタさんは敗退扱いになるけどね」


「そうですか……」


 マスター・ポルタさんと戦いたかったけど、敗退扱いじゃ戦うことはできないな。


 本戦には選りすぐりの強者が集まるわけだし、そっちはしっかり戦えるように気をつけよう!


「さて。さっき電話で応援を呼んだから、瓦礫の撤去や選手への説明なんかは我々運営に任せなさい」


 そうして本戦出場を言い渡された俺は、宿屋に引き返すことになったのだった。




今日で連載一周年です。

あっという間の一年でした。

二年目もアッシュくんをよろしくお願いいたします。


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