強者が見当たりません
世界樹での修行を終えて10日目の昼下がり。
小型船内で2泊した俺とノワールさんは、グリューン王国の港町フランコを訪れていた。
「だっこしてほしいわ」
かんかん照りのなか、船着き場をあとにして歩道を進んでいると、ノワールさんが肩にもたれかかってくる。
3歳児のときは甘えたいだけだろうと思って理由も聞かずにだっこしてたけど、いまのノワールさんは俺と同い年である。
退化薬が切れたいま、精神年齢も見た目相応になってるはずだけど……まだ薬の効果が抜けきれてないのかな?
「どうして?」
「だって気分が悪いもの」
気分が?
「……もしかして船酔いしたの?」
「きっとそうだわ。だって、ゆらゆらしたもの。魔物が船を揺らしていたのかしら?」
「船には結界が張られてるから、魔物は近づけないよ。ゆらゆらの原因は波風だろうね」
大型船なら波風なんかに負けないけど、俺たちが乗ったのは小さめの船だった。
2週間に一度しか出港する必要がないくらい利用者がいないので、大型船を用意する必要がないのである。
まあ、船室がガラガラだったおかげで2日間のんびり過ごせたんだけどな。
ノワールさんも海を見てはしゃいでたし、てっきり楽しんでいると思ってたんだけど……そのせいで船酔いしてしまったんだろう。
「悪化したわ」
悪化したらしいので、ひとまずおんぶすることに。
船酔いは時間が解決してくれるだろうけど……どこかで酔い止めの薬を買うとするか。
「帰りは空を飛びたいわ。この国に飛空艇はないのかしら?」
「どうだろ。アリアン王国行きの飛空艇がないことだけは確かだけど……大陸とグリューン王国って、あまり交流がないからね。探してみるけど、期待しないほうがいいよ」
「この国は、大陸と仲が悪いのかしら?」
「というより、大陸の国同士が仲良すぎるんだよ。なにせグリューン王国は《闇の帝王》に襲われたことのない唯一の国だからね」
一致団結して《闇の帝王》と戦った大陸の国々が仲良くなるのは当たり前のことなのだ。
「グリューン王国は戦わなかったのかしら?」
「明日は我が身って言うし、グリューン王国のひとたちも少しは戦ったよ。勇者一行のなかにはグリューン王国出身のひともいるしさ。ナンバー4のトロンコさんとかね」
「次の師匠はトロンコかもしれないわ」
「実を言うと、俺もそう思ってるよ」
トロンコさんとモーリスじいちゃんは旧知の仲だ。
俺がモーリスじいちゃんの弟子だってことを明かせば、きっと修行をつけてくれるはず。
そんな期待を胸に秘め、この国にやってきたのである。
「帰りは浮遊魔法がいいわ。ふわふわ浮かべば酔わないもの」
ノワールさんが話を戻した。
「いまの魔力じゃ、とてもじゃないけど大陸までもたないよ。けど、修行の成果次第では浮遊どころか、飛んで帰れるよ」
いまのところ使えるのは『カマイタチ』と『浮遊魔法』、それと『送風魔法』だけだ。
送風魔法っていうのは風を送る魔法である。ノワールさんが船のなかで暑そうにしていたため、風を送って涼ませてあげたのだ。
すぐに魔力が切れてしまったし、そんなに涼めなかっただろうけどさ。
「貴方の修行をいままで以上に応援するわ」
「ありがと! 俺、この国で飛行魔法をマスターしてみせるよ!」
世界樹での修行を経て、俺は魔力の質を高めることに成功したのだ。
今回の修行でちょっとでも魔力を増やすことができれば、飛行魔法を使うのだって夢ではないのだ!
「っと、あそこで休憩しよう!」
道沿いに大きな樹を見つけ、そちらへ向かう。このあたりは日差しがきついからな、木陰の下で休めば船酔いも少しはマシになるはずだ。
「ひんやりしてるわ」
地べたに座り、ノワールさんは気持ちよさそうにしている。
「ところで、師匠候補はどうしてる?」
休憩のついでに居場所を確認しておくことにした。といっても、昨日の夜に確認したばかりだけどな。
ミロさんが暮らしていたグラーフの森で居場所を確認してからというもの、一度も居場所は変わらなかったし……きっといまも同じ場所にいるはずだ。
「いま見せるわ」
お出かけ用ポーチから地図を取り出したノワールさんは、きょとんとする。
「いなくなったわ」
「えっ? ……ほんとだ」
グリューン王国の北東部にあった赤点が消滅していたのだ。
「もしかして……魔力を使い果たしたのかな?」
「魔物だったのかもしれないわ」
「ありえるね。だとすると、それを倒したひとがいるはずだよ」
「倒すときに魔力を使い果たしたのかしら?」
「だね。とにかく1日様子を見てみよう。それで赤点が表示されなかったら、魔力も戻らないってことだから……」
俺はその先を口にしなかった。
勇者一行のメンバーってことは、当時俺と同い年だったとしても70歳にはなっている。
老衰で魔力が衰えているのかもしれないし……もしかしたら、亡くなっているかもしれないのだ。
「1日様子を見るとして、これからどうするのかしら? 赤点があった場所に行くのかしら?」
「その前に、まずはトロンコさんの居場所を探してみよう」
赤点の主がトロンコさんだと決まったわけじゃないけど、いまのところはトロンコさんが最有力候補だ。
トロンコさんは有名人だし、居場所に心当たりがあるひともいるはずだ。トロンコさんの住居がまったくべつの場所なら、赤点の主は別人ということになる。
「そろそろ出発しよっか」
予定がまとまり、ノワールさんにそう告げる。
「おんぶがいいわ」
俺はノワールさんをおんぶすると、宿屋へ向かった。
道なりに歩いていると、すぐに宿屋を発見する。旅慣れてきたのか、どのあたりに宿屋があるのかわかるようになってきたのだ。
「いらっしゃい! 何泊だい!?」
宿屋のドアを開けると、普通に接客された。いままでは『アッシュさん!?』みたいな反応をされたのに……リンクスさんの言ってた通り、この国じゃ俺は無名ってわけか。
「1泊したいんですけど、空き部屋ってありますか?」
「あるとも! 一部屋でいいかい?」
「はい」
「じゃ、ここにサインを頼むよ。……ところで、ふたりは大陸から来たのかい?」
ノワールさんを床に下ろして名簿にサインしていると、店主さんがたずねてくる。
「どうしてわかったんですか?」
「そっちの嬢ちゃんがふらついてるからさ。おおかた船酔いしたってところだろう?」
「正解だわ」
「やっぱりな。大陸から来た連中は船酔いして、うちに泊まるってのがお決まりコースでね。部屋に酔い止めの薬があるから、好きに使ってくれて構わないぜ!」
「ほんとですか!? 助かります!」
「いいってことよ! んじゃ、これ部屋の鍵な!」
元気な店主さんから鍵を受け取り、俺はさっそく質問してみることにした。
「ところでひとつ聞きたいことがあるんですけど……トロンコさんのお住まいってご存じないでしょうか?」
「さあ、聞いたことがないねぇ」
そう言うと、店主さんはなにか思い出したようにポンと手を打った。
「あっ、でもトロンコさんならいまごろ王都にいると思うぜ。なにせ来週、王都で4年に一度の武闘大会が開かれるからな。国中の強者が集まるってわけよ」
へえ、武闘大会なんてあるのか。
じゃあ王都に行けば赤点の正体を知っているひとがいるかもしれないな。
強者のことは強者に聞くのが一番だしさ。
「貴方は参加しないのかしら?」
ノワールさんが提案すると、店主さんがパチンと手を叩いた。
「そいつはいいな! あんちゃん強そうだし、もしかしたら本戦に出場できるかもしれねえぜ。なにせ大陸から来る連中は、揃いも揃って強者ばかりだからな。毎回いい線まで行くのさ」
魔王に狙われなかったグリューン王国は、強い魔法使いを育てる必要がなかったのだろう。そのため魔法使いのレベルは、大陸と比べると劣っているのである。
リンクスさんが『大陸にはバケモノしかいない』と言っていたのも、そういう事情があるからだろう。
「それって、俺でも参加できるんですか?」
俺は乗り気になっていた。
強者と戦えば精神的に成長できるし、それに……楽屋トークっていうのかな? 大会に参加すれば、出場選手から強者の裏話とか聞けるかもしれないのだ。
「15歳以上なら誰でも参加できるぜ。けど、参加するなら急いだほうがいいぜ。明日の昼までに列車に乗らないと予選の締切日を過ぎちまうからな。ま、ここから王都まで1日で行けるってんなら話はべつだけどよ」
店主さんは冗談めいた口調で言う。
走れば夕方までには着く距離だけど、口で言っても信じてもらえないだろうな。それにノワールさんをおんぶしたまま走るわけにはいかないし……今日は早めに寝て、明日の始発列車で王都に向かうとするか。
「部屋までおんぶしてほしいわ」
ノワールさんが肩にもたれかかってきた。
日差しがきつかったのだろう。外にいるときと比べてずいぶんと顔色がよくなってるけど……もしかして甘えたいだけじゃないのか? まあ、慕われて悪い気はしないけどさ。
そうして武闘大会への出場を決意した俺は、ノワールさんをおんぶして部屋へと向かうのだった。
ドタバタしていて更新遅れてしまいました。
今月もちょっと忙しめですが、先月より多めに投稿できるよう頑張ります。