大陸の外から来た娘です
買い物を終えたあと。
1時間ほど走っていると、小高い山が見えてきた。
飛び越えてやろうかと思ったが、近づくにつれて山っぽさが薄れていく。
なんていうか……無数の根っこが複雑に絡み合ってるみたいだ。
「……根っこ? そうかっ!」
あれ、世界樹の根っこか!
すごいな……。山みたいに見えるなんて、さすがは世界樹の根っこだ。スケールが違う!
「っと、跳ばないとな!」
走っている間に根っこの先端部が迫ってきた。俺はジャンプして根っこの上に飛び移り、バッタ移動をする。
ぴょーん! ぴょーん!
ひと跳ねにつき1㎞。バッタみたいにジャンプしながら根っこの上を進んでいると、蜘蛛の巣に引っかかった感触がした。
立ち止まって周囲を見るが、蜘蛛の魔物は見当たらない。
「……もしかして、いまのが結界か?」
いや、結界にしては弱すぎないか? もっとこう、壁にぶつかるような衝撃を予想してたんだけど……
ま、まあ1層目だしな!
世界樹に近づけば近づくほど結界は強くなるし、最終的には『絶対に壊れない壁』にぶつかる感じがするはずだ!
そのときの衝撃に備え、気を引き締めないとな!
ズンッ!!
覚悟を決めてぴょんぴょんしてると、根っこの下から氷山が飛び出してきた。
自然現象とは思えないし、誰かが魔法を使ったのかな? 近いし寄ってみるか!
バッタ移動で氷山に近づき、根っこの下に降りてみる。――って、けっこう深いのな。五階建てビルの屋上から落ちた気分だ。
てっきり迷路みたいになってると思ってたけど、根っこの下とは思えないくらい見通しがいいし、まっすぐ歩くことができる。
「……」
俺は、あらためて頭上を見た。
よく考えたら、落ちたら死ぬ高さだよな? それに根っこの上はつるつるしてたし、うねうねしててまともに歩けないし……
なにも考えてなかったけど、これって根っこの下を通るのが普通なんじゃないか?
ま、まあ目的は世界樹にたどりつくことだしなっ。間違った道を通ったとしても、結果的に世界樹にたどりつければそれでいいのだ!
「き、きみ! 急いで逃げるんだ!」
急に呼ばれて振り向くと、俺と同い年くらいの女の子が黒髪を振り乱しながら駆け寄ってきた。
「逃げるって、なにからですか?」
「あれからだよ!」
彼女は氷山を指さした。
クリスタルみたいな氷山のなかには、俺にとって因縁のある魔物が閉じこめられていた。
ベヒーモスだ。
俺がはじめて出会った魔物である。もちろんべつの個体だけどな。あのときのベヒーモスより一回りは小さいし、そもそもあいつは俺が倒したからな。
つっても、あのときのことはよく覚えてないんだけどさ。
「あれって、まだ生きてるんですか?」
「閉じこめただけさ! あいつは……ベヒーモスは強すぎるんだ! ああやって閉じこめるのが限界だったんだよ!」
氷山からの脱出を試みているのだろう。びきびきと氷が軋む音が響き、彼女は悲鳴を上げた。
「きみ、系統は!?」
「風です」
「ほんとかい!? よかった……! だったら私をつれて飛んでくれないかい!? もちろんお礼はするからさ!」
「すみません。俺、飛行魔法は使えないんです」
「そ、そうか……。きみも魔力をほとんど使い切ってしまったんだね?」
「そういうわけじゃありませんよ。俺の魔力は元々ちょっとしかないんです」
きょとんとされた。
「そ、そんな魔力でどうやってここまで来たんだい!? ここに至るまでに、三つの結界にぶつかったはずだよ!?」
「三つもあったんですね。気づきませんでした」
「気づかなかったのかい!? どうすればあれに気づかずにいられるんだい!? 壁にぶつかるような衝撃があっただろう!?」
そんなものはなかった。
バキィィイン!!
氷山が砕け散った。
ぶるぶると身体を振って水気を飛ばし、ベヒーモスがぎょろりとこっちを睨んでくる。
「話はあとだよ! とにかくいまは生き残ることだけを考え」
スパァァァァン!!!!!!!!
カマイタチ(物理)でベヒーモスを真っ二つにする。
俺の魔法がどこまで通じるか試してもよかったけど、まずは彼女を安心させることにしたのだ。
ベヒーモスは倒したし、これで落ち着いてくれるよなっ!
「この大陸にはバケモノしかいないのかい!?」
めっちゃ取り乱された。
「俺はバケモノじゃありません。通りすがりの武闘家です」
「とても武闘家とは思えないよ!?」
「そう言われても、そうとしか言いようがないんです。いまのカマイタチだって、手刀――武闘家の技ですし」
「こ、この大陸の武闘家はクレイジーだね……」
ああ、勘違いさせちゃったかな。
「手刀でカマイタチを飛ばせる武闘家は、俺のほかにひとりしかいませんよ」
モーリスじいちゃんのことだ。
「だとしても、大陸にバケモノが多いのは間違いないよ。ゴーレムに襲われるわ、ベヒーモスに襲われるわ、あげくカマイタチを飛ばす武闘家と出くわすわ……」
クレイジーすぎるよ、と頭を抱える女の子。
ゴーレムに襲われたってことは、リッテラさんが言ってた『こないだの小娘』って彼女のことか。
きっと靴屋のおじいさんが言ってた『若い娘さん』ってのも彼女のことだろうな。俺とお揃いの靴を履いてるしさ。
「しかしなによりのバケモノは、魔王を粉々にした人物だね」
俺がそのバケモノなんだけど……そうとは知らずに話してるみたいだ。
もしかして魔王放送を見てないのかな? でも、魔王が粉々になったことは知ってるわけだし……
「口ぶり的に、あなたはグリューン王国のひとですよね?」
「そうだよ」
「魔王を粉々にしたひとの顔って、見えなかったんですか?」
「うん。知人に聞いてまわっても、顔はぼやけて見えたと言われたよ。身長と体格からして、男ってことはわかるんだけどね」
なるほどな。
つまり大陸の外――グリューン王国には魔王放送が届ききってなかったってことか。
「せっかく修行に来たわけだし、ぜひとも強くなるためのコツを聞きたいんだけど……手がかりはひとつしかなくてね」
「手がかり?」
「うん。彼は小さな女の子の下着を穿いているのさ」
そこはぼやけてないのかよ! むしろ顔よりそっちにモザイクかけてほしかった……!
ま、まあでも顔は知られてないわけだしな! 全人類に『俺=女児パンツの武闘家』と認識されていないことがわかり、俺は安堵する。
「もしかして、きみには鮮明に見えたのかい? だったら人相を教えてくれないかい!? 私は、どうしても彼に会いたいんだ!」
女の子が目をキラキラさせる。
本当に会いたいんだろうな。普通のひとなら秘密にしておくけど、大陸を訪れたのは修行のためらしいし……同じく武者修行中の身として、力になってあげたいと思う。
俺も、強くなるコツを教えてもらったときは嬉しかったしな。
「魔王を倒したのは、俺です」
「きみが魔王を倒したのかい!?」
肯定する俺に、彼女は疑いの眼差しを向けてこなかった。
「どうりでベヒーモスを真っ二つにできるわけだよ……」
女の子は自嘲気味に笑う。
「まったく、上には上がいるものだね。私も強いつもりだったけど……大陸に来て、世界の広さを思い知ったよ」
そう言って、真剣な眼差しを向けてくる。
「きみは、どうやって強くなったんだい? ぜひ強くなるコツを教えてほしいんだ!」
強くなるコツか……。
それって、魔法使いとして強くなりたいってことだよな。
俺は魔法使いとして未熟だけど……でも、成長はしてるしな。
ティコさんとミロさんの修行で学んだことを教えればいいよな!
「とにかく精神力を鍛えることです」
「精神力を鍛えるって……たとえば苦手なものを克服するとか、そういうことかい?」
「そういうことです」
「なるほど! ありがとうっ! ここを出たら試してみるよ!」
「もう帰るんですか?」
「うん。この先に進むには、せめて国内最強くらいにならないと……じゃないと命がいくつあっても足りないよ」
「そうですか。じゃあ、とりあえず1層目のところまで送りますよ」
「助かるよ! ……だけど、迷惑じゃないかい?」
「片道1分ですし、困ったときはお互い様ですからね。気にすることありませんよ」
「1分!? 1分で戻れるのかい!? 私は1日以上かかったんだけど……とにかく助かるよ! あっ、でもちょっと待ってくれるかい?」
彼女はリュックから杭を取り出した。名前だろうか、表面にはリンクスと彫られている。
「それは?」
「これは目印さ。ここまで来たっていうね。……ていうか、ここに来るまでに目にしなかったのかい?」
根っこの下を通ればたくさん目にできるらしい。
「俺、根っこの上を通ってきたんです」
「落ちたら死ぬよ!?」
やっぱり根っこの下が正しいルートなのか。
ま、俺は根っこの上を通るけどな。そっちのほうがバッタ移動しやすいしさ。
「平気です。鍛えてますからね!」
「鍛えてどうこうなる話じゃないと思うけど……魔王を倒すくらいだし、事実なんだろうね。――っと、それじゃ、お願いするよ」
そうしてリンクスさんを1層目まで送り届けた俺は、世界樹へ向けてバッタ移動を再開し――
壁に行きついた。
「結界……じゃないよな」
ここまで蜘蛛の巣に引っかかるような感触が続いてたし、やっと破りがいのある結界に行きついたかと思ったけど、そうじゃなさそうだ。
よく見ると壁じゃなくて幹だし、てっぺんは雲に隠れてて見えないけど枝が見えるし……間違いない。
これ、世界樹だ!
「ついに世界樹までたどりついたぞ!」
ついに、ってほど時間は経ってないけどな。リンクスさんを送り届けて1時間も経ってないしさ。
ちょっと拍子抜けだけど、俺はこれから修行をするのだ。体力を温存するに越したことはない。
さっさと登って修行するか!
バンッ!
俺は真上にジャンプした。
ロケットみたいに上昇していく。
雲を突き抜け、茂みを突き抜け――視界が開ける。
「てっぺんだ!」
あっという間に世界樹のてっぺんにたどりついた俺は、六畳くらいのサイズがある葉っぱの上に着地する。
そこからまわりを見渡すと、雲海が広がっていた。ずっと昔に飛行機で海外へ試合をしに行ったことがあるけど、そのとき見た景色よりちょっと高いくらいだ。
「ここが世界一高い場所か……」
感慨深いけど、しみじみしている時間すらもったいない!
今日から10日間、頑張って深呼吸するぞ!
ぺちゃんこになっていたチョココロネを食べてエネルギー補給を済ませると、俺はさっそく深呼吸を開始したのであった。