格が違います
俺は最寄りの町を訪れていた。
世界樹に挑む前に買い物をすることにしたのだ。
世界樹のてっぺんは空気が薄そうだし、疲れが溜まりやすそうだからな。大量に買いこむつもりはないけど、食べ物があったほうが安心だ。
問題はなにを買うかだ。
なるべく休まず修行したいし、さくっと食えるものがいいよな。それでいてすぐにエネルギーに変わるものが理想だ。
たとえばチョコとかな。
だけどチョコは長時間の活動に向かないって本で読んだことがあるし……パンみたいな、ゆっくりエネルギーに変わるものもあったほうがいいよな。
つまるところチョココロネが最強ってわけだ!
そんなわけで俺はパン屋にやってきた。
「チョココロネありますか?」
「いらっしゃいませ! チョココロネでしたらそちらに……って、アッシュさんじゃないですかっ!」
店主のおじさんとは初対面だけど、魔王放送で俺のことを知ってたみたいだ。
ほんと、あの放送ってどこまで届いてるんだろ。
最北端とか最西端の町に住んでるひとたちも俺のことを知ってたし、大陸中に顔が知れ渡ってるのかな。
もしかすると島国のグリューン王国には魔王放送は届いてないかもしれないけど……まあ、行けばわかるか。
そんなことより、いまはとにかくチョココロネだ! 余らせるのはもったいないし、三つあればいいかな。
「お買い上げありがとうございます!」
さて、これで食糧問題は解決だな。
お次は……
「靴屋ってどこにありますか?」
お次は靴だ。
武者修行の旅をスタートさせてから履き始めたし、日数的には3ヶ月くらいしか経ってないんだけど、かなりの距離を歩いたからな。
長旅で、俺の靴はぼろぼろになっているのだった。
たとえ裸足だったとしても怪我はしないだろうけど、これから行くのは前人未踏の地だからな!
ひょっとすると針山地獄みたいになってるかもしれないし、ちゃんとした靴を履くに越したことはないのだ。
「靴屋でしたら、そこの通りを曲がってすぐのところにありますよ」
「通りを曲がってすぐですね? ありがとうございます!」
「いえいえ。またいつでもお越しください~」
パン屋のおじさんに見送られ、店を出る。
言われた通りに進んでいると、老舗っぽい店があった。看板が出てるし、あそこが靴屋に違いない。
「おや、いらっしゃい。……ふむ。私の目が確かなら、あなたはアッシュさんじゃありませんかな?」
店に入ると、穏やかそうなおじいさんがほほ笑みかけてきた。
「はい。俺はアッシュです。登山靴を買いに来たんですけど……どこにありますかね?」
「どういった山に登るのですかな? それによっておすすめする靴も変わってきますが……。たとえば軽めの山に登るのでしたら、あちらの靴がおすすめですが」
「すみません。正確には山じゃなくて世界樹に挑むんです。なので世界樹に適した靴がほしいんですけど……」
どこにありますか? と続けようと思った矢先、おじいさんがカッと目を見開いた。
「おおっ! ついに――ついに世界樹が制覇される日が来たのですなッ!」
おじいさんは俺に全幅の信頼を寄せているようだ。
まだ世界樹に到達できるって決まったわけじゃないけど、気が早いですよ、とはつっこめなかった。
期待されるのは嬉しいし、プレッシャーに耐えることで精神的に強くなれそうだしな!
あらゆることを強くなるための糧にしてこそ、大魔法使いへの道が開けるのだ!
「はいっ。俺、世界樹にたどりついてみせます! そのためにも、ちゃんとした靴がほしいんです!」
「それでしたらちょうどよいものがありますぞ。ほかの方々も同じものを買われますし、きっとアッシュさんも気に入ってくださることでしょう」
「世界樹に挑戦するひとって、けっこういるんですか?」
「はい。うちに来てくださるお客様だけでも、月にひとりはいらっしゃいますぞ」
最低でも月にひとりは挑戦してるってわけか。
もしかすると、途中で誰かに会うかもしれないな。
「つい先日も、若い娘さんがお買い上げになったばかりですぞ」
「そのひとはどこまで行けたんですか?」
「さあ、どうでしょう。どこまで行けたのかはわかりませんが、多くの方が1層目、あるいは2層目の結界を破ったところでリタイアすると聞いておりますぞ」
世界樹の結界は奥に行けば行くほど強力になるからな。
帰還のための体力と魔力も残しておかないといけないし、無理だと思ったら早めに戻ったほうがいいのだ。
「うちにいらっしゃったお客様のなかで最も先へ進まれたのは勇者様でしたな。あの方々は、やはり格が違います」
「それって、もしかしてモーリスじいちゃんのことですか?」
「はい。モーリス様に、フィリップ様に、コロン様のお三方がいらっしゃいました。あの日のことは、昨日のことのように覚えております」
おじいさんは懐かしそうに目を細め、当時のことを語ってくれた。
魔力を高めるために魔法使いのコスプレをしていたように、モーリスじいちゃんは何事にも形から入るタイプだ。
正しくは山じゃないけど、世界樹も山も同じようなものだと考えたのだろう。俺と同じように登山靴を履いて世界樹に挑もうとしていたらしい。
「モーリス様は日が暮れるまで、靴を選んでいらっしゃいました。いい加減にするようフィリップ様に叱られ、そこから口喧嘩が始まったのです」
ふたりにも子どもっぽい時期があったんだな。
「罵倒の応酬は朝日が昇る頃になっても続いておりまして……。コロン様がお怒りになり、その場は丸く収まったのです」
コロンさんでも怒ることってあるんだな。
普段怒らないひとが怒ると怖いって聞くし……ふたりが慌てて口論をやめる姿が目に浮かぶようだ。
「それで、けっきょくモーリスじいちゃんはどんな靴を選んだんですか?」
「あちらの靴です。うちの一番人気商品ですよ」
おじいさんが指さした先には、『あの勇者一行が履いた靴!』と宣伝文句が書かれていた。
長年店を切り盛りしてるだけあって、商売上手だな。
感心しつつ、靴を手に取る。
ごつごつとしたデザインの靴だった。全体的に茶色で、赤い靴紐がオシャレだ。
頑丈そうな見た目だし、なによりモーリスじいちゃんが履いた靴だ。この靴なら安心して足を預けられる!
そうして当時のモーリスじいちゃんと同じ靴を履いた俺は、風圧でチョココロネが潰れないよう気をつけつつ、世界樹へと走るのだった。
◆
アッシュがチョココロネを買っていたのと同じ頃。
グランドロックの研究所にて、リッテラとリングラントが揉めていた。
「この私にガラクタ置き場で実験をしろと言うのか!?」
「雨風をしのげるだけでもありがたく思いな。それとも、ほかに行くあてでもあるってのかい?」
「くっ……!」
「その様子じゃなさそうだね。ま、自分の研究所が欲しけりゃ穴を掘るこったね」
「手がぼろぼろになるではないか!」
「誰も素手で掘れなんて言ってないよ。そこのつるはしを使うといいさね」
「同じことだ! 私はどこぞの武闘家と違って肉体労働が苦手なのだ! 貸すならゴーレムを貸してくれ! ゴーレムに命じて穴を掘らせるのだ!」
「あいにくとゴーレムは出払ってるからね」
リッテラのゴーレムは計3体だ。1体は土のなか、1体は海の底、1体は氷山のなかにいる。
土系統のゴーレムは呼べばすぐに戻ってくるが、弟のために実験を中断するのは嫌なのである。
「ま、まあいい! ガラクタ置き場で生活するのは良しとしよう! だが、どうやって開発しろと言うのだ!?」
「使えそうな廃材があったら、好きに使うといいさね。あんたなら、廃材から機材を作るくらい朝飯前だろう?」
「無論だ! くくくっ、いまに見ておれ! 最高の機材を作り、世界最強の魔法使いを生み出してやるのでな!」
威勢良く言い切ったリングラントは、紙袋をかぶっていたノワールに話しかける。
「ノワールよ。お前にも手伝ってもらうぞ。あのゴミ山から使えそうな材料を探すのは手間なのでな。……どうした、返事をするのだノワールよ!」
リングラントが紙袋を取り上げると、ノワールの顔が濡れていた。
「あんた、ノワールちゃんを泣かせたのかい!?」
「ち、違う! これは涙ではない、汗だ! そ、それに私はなにもしてないぞ!? いったいどうしたのだ、ノワールよ?」
「……身体が熱いわ。あと、ちょっとだけ痛いわ」
「身体が? ……そうか。退化薬の効果が切れつつあるのだな?」
ノワールがうなずいたのを見て、リングラントはリッテラに手を伸ばした。
「私に魔法杖を貸すのだ」
「どうしてだい?」
「いいから貸すのだ!」
「……わかったよ」
真剣な顔で頼まれたので、リッテラは魔法杖を貸してやる。
リングラントがルーンを描いた途端、ノワールが地べたに倒れこんだ。
「……眠らせたのかい?」
「そうだ。くくくっ、私の催眠魔法は強力なのでな! 3日3晩は眠りっぱなしだ!」
リッテラはため息をつく。
「まったく、ノワールちゃんを助けるためなら、素直にそう言ってくれればいいのにねぇ」
「助けるだと? バカを言うな。起きていても邪魔なだけだから、眠らせたに過ぎぬ」
「材料探しを手伝わせるんじゃなかったのかい?」
「私を年寄り扱いするな! 材料探しくらいひとりでできる! だが、その前に一休みしたい。ベッドはどこにあるのだ?」
「その通路の向こうだよ」
リングラントはノワールを抱えると、落とさないよう慎重な足取りでベッドのほうへ向かうのだった。