土精霊ではありません
「世界樹に行けば強くなれるんですね!? 俺、さっそく行ってきます!」
「こ、これ、お待ち! まだ話は終わってないよ!!」
リッテラさんが慌ただしく呼び止めてきた。
どうやら世界樹に行けばいいというわけではなさそうだ。
俺が座ったのを見て、リッテラさんは安堵したようにため息をつく。
「あたしとしても、アッシュちゃんにはいますぐ世界樹に行ってほしいんだけどね。なにせこの実験は、アッシュちゃんにしかできないことだからね」
「たしか、ゴーレムじゃ力不足とか言ってましたね」
「そうなんだよ。あたしのゴーレムじゃ、10層目の結界を破れないのさ」
それでも勇者一行のナンバー4であるトロンコさんの記録を抜いてるし、凄いことなんだけどな。
でも、リッテラさんに言わせれば、いくら強くても世界樹にたどりつけないと意味がないらしい。
「クククッ、お前のゴーレムは10層目を破れぬのか! となると、お前より私の頭脳のほうが優秀というわけか! なにせ私のゴーレムは、フィリップたちを倒せるほどの力を持っていたのだからな!」
フィリップさんと戦う前に俺が壊しちゃったし、リングラントさんのゴーレムが勇者一行の記録を上回れるかは確かめようがないんだけどな。
それを知ってか知らずか、リッテラさんが小馬鹿にするように鼻先で笑った。それを見て、リングラントさんが不愉快そうに眉をひそめる。
「なにがおかしいのだ! まさか、私のゴーレムが弱いとでも思っているのか!?」
「そうは言ってないさね。ただ、あんたのほうが優秀ってのは間違いだよ」
「お前のほうが優秀だとでも言うのか!?」
「そうだよ。だってあんた、どうせ魔力回路の性能を上げることしか考えてないんだろう? たしかに性能を上げれば魔力は増えるが、それだけじゃ世界最強の魔法使いは生み出せないさね」
「ほ、ほかに強くする方法があるとでも言うのか!?」
リングラントさんが戸惑うのも無理はない。リッテラさんの口ぶりだと、魔力を増やさずに強くなる方法があると言ってるようなものなのだから!
「そんな方法があるなら、ぜひ教えてください!」
俺が魔法使いとして弱いのは、魔力がちょっとしかないからだ。だからこそ、俺は魔力を増やすために修行しているのである。
魔力を増やさずに強くなれる方法があるのなら、いますぐ試したい!
俺の熱意が伝わったのか、リッテラさんはさっそく説明を始めてくれた。
「アッシュちゃんは、精霊にとって魔力とはなにか知ってるかい?」
この世界には精霊がいると信じられている。人類はルーンを描くことで精霊と交渉し、魔力と引き替えに超常現象――魔法を発動させているのだ、と。
まあ、実際に精霊を見たことがあるってひとはいないけどな。
「精霊にとって、魔力は餌みたいなものですよね?」
精霊目線で考えると、魔力とは餌だ。餌を与えれば与えるほど、精霊はやる気を出す。その結果として、魔法の威力が高まるのだ。
俺はほとんど餌を持っていないため、精霊もやる気を出してくれないのである。
「アッシュちゃんは賢いねぇ。じゃあ、もうひとつ質問だよ。アッシュちゃんは『美味しいパン』と『不味いパン』、どっちが好きだい?」
「そりゃもちろん美味しいパンですよ」
考えるまでもないことだ。
「だろう? 誰だって食べるなら美味しいほうがいいに決まってるさね。そして、それは精霊にも言えることなんだよ」
俺はハッとする。
「つまり……量より質ってことですか?」
またしても正解だったようだ。リッテラさんはにこやかに笑う。
「あたしは『まったく同じ量の魔力をこめて魔法を放った場合、質のいいほうが威力が高くなる』という仮説を立てたのさ。で、まったく同じ量の魔力を持つゴーレムを2体造って、実験したというわけさね」
「ちょっと待て。質はどうするのだ? お前の口ぶりだと、質の向上に成功したように聞こえるが?」
「そこが苦労したところさね。ゴーレムを造ったはいいが、肝心の魔力の質を高める方法がなかなか思いつかなかったからねぇ」
「でも、思いついたんですよね?」
期待をこめてたずねると、リッテラさんは力強くうなずいた。
「もう10年以上前になるかねぇ。魔力の質を上げる方法を探すため、あたしはゴーレムと旅に出たのさ。普段行かない場所に行けば、なにか閃くかもと思ってねぇ」
要するに気分転換ってわけか。
研究所にこもりっきりより、そっちのほうが良いアイデアが浮かびそうだな。
「そんなある日、あたしは『魔の森』で出会っちまったのさ。深い穴のなかで眠る、小さな子どもとねぇ」
……なんだって?
「その子どもを見て、あたしは閃いたのさ。土のなかで過ごせば、魔力は土っぽくなるんじゃないかって。土精霊好みの魔力になるんじゃないかってね」
「お前にしてはユニークな発想をするではないか。しかし、なんなのだその子どもは? 『魔の森』といえば、世界一の危険地帯ではないか」
「あたしに聞かれてもわからないさね。だけど……いまになって思えば、あの子は土精霊だったのかもしれないねぇ」
俺だよ!
納得しているところ悪いけど、それ土精霊じゃなくて俺だよ!
いやだって、10年以上前の『魔の森』だろ? で、深い穴を掘って、そのなかで眠ってたんだろ?
そんな意味不明なことする奴、ひとりしか心当たりがないんですけど。
もちろん客観的に見れば意味不明でも、当事者にとっては魔法使いになるための修行だったんだけどな!
けっきょく武闘家の修行だったわけだけど、巡り巡って魔法使いの修行につながってるし結果オーライだ!
「とにかく、その子どもを見て、あたしはすぐに研究所へ戻ったのさ。そして1年間、ゴーレムを地中深くに埋めたんだよ」
その結果、実験は大成功! 魔力の質を上げてないゴーレムと比べると、なんと1.2倍の威力の魔法を放つことに成功したのだとか!
「いまはどこまで魔力の質が向上するか、試しているところさね」
ミロさんより強いわけだし、実験が成功したっていうのは間違いなさそうだ!
精霊にとって好ましい魔力にすれば、わずかな魔力で強力な魔法を使うことができるのである!
問題は、そのゴーレムの魔力が土系統だってことだ。
土中に潜って強くなれるなら地底人として余生を過ごしてもいいくらいだけど、俺は風系統の魔法使いだからな。魔力の質を高める方法は、土系統とは異なるはずだ。
「風精霊の気に入る魔力にするには、どうすればいいんですか?」
土精霊のケースを参考にすると、炎精霊はマグマのなか、水精霊は海の底ってところか。
となると、風精霊は風のなか――全身に竜巻を浴びればいいのかな?
「世界樹のてっぺんに行けばいいさね」
最初の話につながった。
けど、風精霊と世界樹ってどういうつながりがあるんだ?
疑問が顔に出ていたのか、リッテラさんは詳細を語ってくれた。
「風精霊は、綺麗な風が好きなのさ。そして世界で一番綺麗な風が吹く場所こそ、世界樹のてっぺんなんだよ」
ああ、言われてみれば『風精霊は汚い風より綺麗な風のほうが好き』ってイメージがあるな。
それに『人工的な場所より自然豊かな場所のほうが綺麗な風が吹く』ってイメージもある。
だとすると、世界樹以上に相応しい場所はなさそうだ。なにせ人類未踏の地だからな。これ以上ないってくらい綺麗な風が吹くだろう。
「もっとも、これはあたしの仮説に過ぎないけどねぇ」
魔力の質を上げることで強くなれるってことは証明されたけど、肝心の質を上げる方法は土系統しか明らかになっていないらしい。
いくつか実験してみたらしいけど、炎系統と水系統、風系統は検証に失敗したのだとか。
炎系統の質を上げるためマグマ風呂に浸からせたところ、ゴーレムは溶けてしまった。さらに水系統の質を上げるため深海に潜らせたところ、浮かんでこなくなったのだとか。ゴーレム、重そうだもんな。
風系統の質を上げるため世界樹へ向かったゴーレムは、いまは氷系統の魔力の質を上げるため、氷山のなかに潜りこんでいるらしい。
「仮説は間違っていて、魔力の質は上がらないかもしれない。世界樹で魔物に襲われて、危険な目に遭うかもしれない。それでも、あたしの実験につきあってくれるかい?」
「もちろんです! 俺、必ず世界樹にたどりついてみせます! てっぺんまで登り切ってみせますよ!」
リッテラさんは安心したように頬を緩ませた。
「そうかい! そう言ってもらえて嬉しいよ! アッシュちゃんなら必ずたどりつけると信じているからね!」
「はい! それで、世界樹のてっぺんにたどりついたあとはどうすればいいんですか?」
「そうさねぇ。とりあえず、10日ほど深呼吸をしてくれるかい?」
「綺麗な風を体内に取りこむってことですね!」
身体に浴びるより体内に取りこんだほうが魔力の質も上がりそうだしな!
たった10日深呼吸するだけで強くなれるなら万々歳だ!
世界樹のてっぺんは空気が薄いだろうけど、10日間耐えてみせるぞ!
「さて。それじゃあ旅立ちの前に、全力で魔法を使ってくれないかい? じゃないと比較できないからねぇ」
「わかりました! それじゃあ浮遊魔法を使いますね!」
さっそく近くに転がっていたレンガを浮かせる。
「えっと……1ミリくらい浮いてますね」
「アッシュちゃんは、ほんとに魔力がないんだねぇ……」
「はい。だけど、俺にとっては魔力があるってだけで死ぬほど嬉しいことなんです!」
死に物狂いで修行して、ちょっとだけ魔力を手に入れた。
いまの魔力が俺の限界かもしれない。
だけど、ほんとに限界かどうかは死の間際まで修行しないとわからないことなのだ。
俺はこの先なにがあっても修行を続け、必ず大魔法使いになってみせる!
そして使うんだ! ずっと昔から憧れていたど派手な魔法を!
「ノワールさん。俺、世界樹に行ってくるよ!」
ノワールさんも世界樹に行きたがっていたけど、一緒に行くことはできない。
世界樹には多くの結界があり、破ったひとしかその先に進めないのだから。
途中までは一緒に行けても、てっぺんまで一緒に行くことはできないのである。
「いつか、私と一緒に行ってくれるかしら?」
「もちろんだよ。飛空艇で約束したからね」
寂しそうにしていたノワールさんは、その一言で笑顔になる。
「その日が来るのを楽しみに待ってるわ」
そうしてノワールさんたちに見送られ、俺は世界樹へと駆けだしたのだった。