天変地異ではありません
『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
土中から飛び出してきたゴーレムが、両腕を上げて威嚇してくる。
「さっそく弟子入りするのかしら?」
これ以上ないくらい敵意剥き出しだけど、弟子入りを許可してくれるかなぁ。もちろん魔力を高める修行をつけてくれるなら、なんとしてでも弟子入りしてみせるけど……どうやってコミュニケーションを取ればいいんだ?
「リングラントさん、ゴーレムとのコミュニケーションの取り方って知ってます?」
「なにを言っておるのだ!? ゴーレムと友達にでもなるつもりか!?」
「弟子です!」
「どっちでもいいわ! いいからさっさと真っ二つにするのだ! 私のゴーレムにしたように!」
「ですけど、これってリッテラさんが造ったんじゃないですか?」
だとすると壊すのはまずいんじゃないだろうか。
「こんなところにゴーレムを配置したリッテラが悪いのだ! さっさと真っ二つにするのだ! 襲いかかってくる前に!」
リングラントさんの言う通り、ゴーレムはいまにも襲いかかってきそうだ。腕をぐるんぐるん回してるしな。
でも、ふりだけだ。威嚇してるだけで、なかなか襲いかかってこないのである。
つまりこちらが手出ししない限り、あちらも攻撃してこないというわけだ。きっとそういうふうにリッテラさんが命じているのだろう。
「攻撃はやめときな! じゃないと威嚇じゃ済まないよ!」
念のためノワールさんを俺のうしろに引っこめていると、酒焼けしたような声が聞こえてきた。
ゴーレムのうしろからお婆さんが歩み寄ってくる。
俺たちの前に現れたお婆さんは、じろっとリングラントさんを睨みつけ、ゴーレムを見上げた。
「こいつらは敵じゃないよ! あんたは土のなかに潜ってな!」
『グオオオオオオオオオオオオオオ!!』
雄叫びを上げ、ゴーレムは土中に潜っていく。
命令通りに動いたってことは、あのお婆さんがゴーレムを造った張本人――リッテラさんか?
「まったく。こないだの小娘といい、あんたらといい、こんな僻地にいったいなんの用だってんだい? こんなにひとが来るんじゃ、おちおち実験もできやしないよ」
やっぱり、このひとがリッテラさんか。
背の高さといい声の大きさといい、コロンさんとはべつの意味でお婆さんには見えないな。
「お前に頼みたいことがあるのだ、リッテラよ」
「あんたがあたしを頼るなんて珍しいこともあるもんだね。もう一生顔を見ずに済むと思ってたよ。で、そっちの若い子たちは、あんたの助手ってわけかい?」
「私に助手などおらん。こいつらは……まあ、私の友人のようなものだ」
「へえ。こんな男と仲良くできるなんて、ずいぶん心が広い子たちだね」
ちらっとこっちを見たリッテラさんは、くわっと目を見開いた。
「あんた、魔王を倒した子じゃないかい!?」
「はい。俺はアッシュといいます」
「やっぱりそうかい! ちょうど実験が行き詰まっていたところでね! アッシュちゃんが来てくれて助かったよっ!」
「助かった、ですか?」
歓迎ムードなのは嬉しいけど、引っかかる物言いだ。俺の力が、実験の助けになるのか?
「詳しい話はなかでするよ。このあたりは日差しが強いからね。ここにいるとしわが増えちまうよ」
「もうしわしわではないか」
「だったらそこで干からびちまいな! さあさあ、アッシュちゃんとそっちの小っこいのはうちに来な。冷たい水を飲ませてあげるからねぇ」
「嬉しいわ。だって、水を飲まないと脱水症になってしまうもの」
「小さいのに難しい言葉を知ってて偉いねぇ」
「私はアッシュと同い年だわ。薬を飲んだら、小さくなってしまったのよ」
「そうかい。きっと大きくなったら美人さんになるんだろうねぇ」
「よくわからないわ」
ちょっとだけ照れた様子のノワールさんを抱きかかえ、グランドロックへと向かう。
「着いたよ。さあ、入りな」
ゴーレムに穴を掘らせて造ったらしい。広々とした研究所は大量のランプに照らされ、昼間のように明るかった。
「水はどこだ?」
「そこの通路の奥だよ。人数分持ってきな」
「いちいち言わなくてもわかっておる」
ぶつくさ言いつつ通路の奥へ向かい、人数分のコップと水入りのボトルを持って戻ってきた。
「アッシュちゃんとノワールちゃんは、こいつとどういう関係なんだい?」
喉を潤したところでリッテラさんがたずねてきた。リングラントさんが『人体実験のことは言わないでくれ』と目配せしてくる。
「私はリングラントに魔力回路を埋めこまれて殺されかけたわ」
ノワールさんが言っちゃったし、手遅れだけどな。
「だけど恨んでないわ。そのおかげでアッシュと仲良くなれて、いっぱい友達ができたもの」
ってノワールさんは続けてるけど、リッテラさんは聞いちゃいなかった。リングラントさんの胸ぐらを掴み、怒鳴り散らしていたのだ。
「あれほど人体実験はするなと言っただろうに、なにやってんだい!?」
「世界最強の魔法使いを生み出すために、人体実験は避けては通れぬ道だったのだ!」
「私のために争わないでほしいわ」
おろおろするノワールさんを見て、リッテラさんはリングラントさんを解放する。
「あたしの弟が、酷いことしちまったねぇ……」
姉弟だったのか。言われてみれば目元とかそっくりだ。
「気にしてないわ。それに、昔はあまり好きじゃなかったけど、いまのリングラントは嫌いじゃないわ。だって丸くなったもの」
「丸くなった? あたしにはいまも昔も同じに見えるけどねぇ。ま、本人が許すって言うなら、あたしがとやかく言うつもりはないさね」
じろり、とリングラントさんを睨みつける。
「で、あんたはなにしに来たんだい?」
「さっき言った通り、頼みたいことがあるのだ。私の研究所は、ゴーレムもろとも真っ二つになったのでな。研究所と機材を貸してほしいのだ」
リッテラさんがぽかんとする。
「真っ二つになった? なんだい、天変地異でも起きたのかい?」
「天変地異などではない。アッシュにやられたのだ」
「アッシュちゃんが真っ二つにしたのかい!?」
目をキラキラと輝かせるリッテラさん。
喜んでるように見えるけど……研究所が真っ二つになったのがそんなに嬉しいのかな? だとするとリングラントさんのことを嫌いすぎな気がするけど。
「はい。俺が真っ二つにしました」
「それって、カマイタチで真っ二つにしたのかい!?」
「カマイタチって、魔法のことですか?」
俺にとってカマイタチは二種類あるのだ。物理的なカマイタチと、魔法的なカマイタチだ。ゴーレムを倒したのは物理のほうだけど……
「魔法以外になにがあるんだい?」
「俺の強さは武闘家由来なんです。魔王はビンタで倒しましたし、ゴーレムと研究所を真っ二つにしたのは、武闘家として放ったカマイタチなんですよ」
リッテラさんは再びぽかんとする。まあ武闘家として放ったカマイタチだと言われて『ああ、そういうことね』と即理解できるひとはいないだろうしな。
「い、いまいち理解できないけど……じゃあ、なんだい? アッシュちゃんは魔法使いじゃないってことかい?」
「俺は魔法使いです」
「そうかい! 系統はなんだい?」
「俺の系統は風ですよ」
「それ、本当かい!?」
リッテラさんが満面の笑みで詰め寄ってきた。
さっきもカマイタチを使ったのかとたずねてきたし、俺が風系統だと都合がいいようだ。
「本当です。いまはカマイタチと浮遊魔法しか使えませんけど、いつの日かすべての風魔法を使いこなせるようになってみせます!」
「なるほどなるほど! つまりアッシュちゃんは強くなりたいわけだね!?」
「はい! そのために武者修行をしてるんです!」
「そうかいそうかい! だったら、あたしの研究が役立つかもしれないねぇ!」
「ほんとですか!? リッテラさんはどういう研究をしてるんですか!?」
ゴーレムを造ってるってことは知ってるけど、それくらいしかわからない。人体実験を非難してたし、魔力回路を埋めこむってわけじゃないだろうけど……
「あたしの夢は世界最強の魔法使いを生み出すことでね。いつもはゴーレムを使って実験してるんだけど、行き詰まっていたのさ。あたしのゴーレムじゃ力不足だったからねぇ」
実験を成功させるにはゴーレムより強くないとダメってことか。
「それで、俺はなにをすればいいんですか?」
強くなるための具体的な方法をたずねると、リッテラさんはこう言った。
「アッシュちゃんには、これから世界樹のもとへ行ってもらうよ」