勇者一行の昔話です
ネムネシアをあとにして5日目の昼下がり。
「外に出たいわ。だって、景色を眺めてみたいもの」
飛空艇内にあるレストランで昼食を済ませたところ、ノワールさんが展望ルームに行こうと言いだした。先ほど『アリアン王国領に入った』とアナウンスが流れたのだ。
「いいよ。一緒に見よう」
「嬉しいわ。……リングラントも呼んだほうがいいかしら?」
「いやぁ、呼ばないほうがいいんじゃないかな」
リングラントさんは高いところが苦手らしいのだ。本人がそう言ったわけじゃないけど、頑なに窓を見ようとしないしな。きっと高所恐怖症なのだろう。
俺たちはリングラントさん抜きで展望ルームへ向かうことにした。
「茶色いわ」
展望ルームに到着した途端、ノワールさんがそんな感想を口にする。
実際、赤茶けた大地が見渡す限りに広がっていたのだ。植物は見当たらず、荒れ果てた大地と荒く削れた岩山がどこまでも続いている。
「どうして緑がないのかしら?」
「あれのせいだよ」
遠くのほうを指さすと、ノワールさんは目を細めた。
「……遠くに大きな柱が見えるわ。雲に隠れててっぺんが見えないわ。あれはなにかしら?」
「世界樹だよ」
つまり、あの柱のようなものは樹の幹というわけだ。
「私の知ってる樹と違うわ。……だけど、大きな樹があるのにどうして緑がないのかしら?」
「世界樹が土中の養分を独り占めしてるから、ほかの植物が育たないんだよ」
本に書いてあった知識をそのまま口にすると、ノワールさんは感心したように目をまるくする。
そうしている間に、飛空艇はどんどん世界樹から遠ざかっていく。ノワールさんは残念そうに眉根を下げ、
「もっと近くで見てみたいわ。世界樹に行く予定はないの?」
「行く予定はないけど、近くで見てみたいとは思ってるよ。でも世界樹には誰でも近づけるわけじゃないんだ」
「関係者以外立ち入り禁止なのね」
「そうじゃないよ。世界樹にはいくつもの結界が張られててさ、近づこうとしても結界に弾かれるんだ」
世界樹を守る結界は自然発生したものだと本に書いてあった。きっとトリカブトの毒とかサボテンの針みたいに、外敵から身を守るために張ってあるのだろう。
「貴方なら結界を破れるわ。私を連れていってほしいわ」
「できたとしても結界はすぐに再生するし、それに結界の先には破ったひとしか入れないんだ」
しかも世界樹に近づけば近づくほど結界は強力になるのだ。
「自力で破るしかないのね。どれくらい強くなれば全部破れるのかしら?」
どれくらい強くなれば、か……。
「参考になるかはわからないけど、人類の最高到達地点は中腹あたり――15層目の結界を破ったところだよ」
「そのひとはどれくらい強いのかしら?」
「めちゃくちゃ強いよ! なにせ俺の師匠だからね!」
俺の師匠は3人いるけど、ノワールさんは誰のことかすぐに気づいたようだ。
「モーリスも世界樹に興味があったのね?」
「興味があったというか……世界樹に挑戦したのは、勇者一行のリーダーを決めるためだよ」
50年以上前、猛攻する魔王軍を相手にモーリスじいちゃんとフィリップさん、コロンさんは快進撃を続けていた。
その活躍が世界中に広まったことでモーリスじいちゃんたちのもとに強者が集い、勇者一行が結成されたのだ。
そして集まった強者たちは、3人のうち誰がリーダーに相応しいかでたびたび揉めることがあったらしい。
モーリスじいちゃんたちはリーダーなんて必要ないと思っていたらしいけど……仲間の結束力を高めるため、リーダーを決めることにしたのだとか。
「多数決で決めたのかしら?」
「そのつもりだったけど、決まらなかったらしいんだ」
全員に同じ票数が集まったのである。
拳ひとつで魔物を撃破するモーリスじいちゃんはかっこいいし、ありとあらゆる魔法を使いこなすフィリップさんは魔法使いとして憧れるし、様々な薬を用いて助けてくれるコロンさんが慕われるのもわかる。
しいてひとり選ぶならモーリスじいちゃんを推すけど、フィリップさんとコロンさんのことも尊敬しているのだ。全員が同じ票数になるのもうなずける。
「そんなわけで、世界樹に一番近づけたひとがリーダーを務めることになったんだ」
世界樹に近づくには強さが必要だ。全員が同じくらい尊敬されていることは投票で明らかになったため、一番強いひとをリーダーにすることにしたのである。
「それでモーリスが一番になったのね?」
「いや、3人とも同じところまでしかたどりつけなかったらしいよ」
そのため3人がリーダーになり、勇者と呼ばれるようになったのだ。
ちなみに後日勇者一行のナンバー4――トロンコさんが世界樹に挑んだらしいけど、8層目でギブアップしたのだとか。
つまりモーリスじいちゃんたちの力は、強者揃いの勇者一行のなかでも抜きん出ていたのである!
小さい頃にそんな話を聞かされたこともあり、モーリスじいちゃんみたいな大魔法使いになろうと一層修行に励んだのだ。まあ、ほんとは魔法使いの修行じゃなくて武闘家の修行だったんだけどな。
こうして魔法使いになれたわけだし、結果オーライだ!
「武者修行の旅が終わったら、貴方と一緒に世界樹を見上げたいわ。遠くから見上げるだけでも、迫力がありそうだもの」
「そのときは喜んで同伴するよ」
「……すごく楽しみだわ」
ノワールさんは嬉しそうに目を細めて笑った。
飛空艇がアリアン王国の首都に到着したのは、それから間もなくしてのことだった。
◆
アリアン王国に到着して3日が過ぎた。
王都から列車を乗り継ぎ田舎町に到着した俺たちは、そこで一夜を過ごしたあと、グランドロックへと出発した。
グランドロックは巨大すぎるため、町からでも見ることができた。近くにあるってわけじゃないけど、普通に歩けば半日ほどでたどりつける場所にある。
とはいえ、旅の仲間は幼子と老人だ。体力的に歩き続けるのは難しいため、定期的に休憩を挟んでいる。そのため、町をあとにして半日が過ぎたいまでもグランドロックにたどりつけていないのだった。
そこまで急いでるわけじゃないし、俺としては野宿してもいいんだけど……このあたりには魔物がわんさかいるため、へたすればリングラントさんとノワールさんが食べられてしまうのである。
「む! また魔物か! アッシュよ、あいつを倒すのだ!」
500メートルほど向こうに魔物の影を見つけ、リングラントさんが俺のうしろに隠れた。
「翼の折れたドラゴンかしら?」
「あれはドラゴンじゃなくてトカゲ――ドライリザードだよ。触れたものの水分を奪い取る魔物だね」
「水分を奪い取るだけで、食べないのかしら?」
「食べられないんだよ。ドライリザードには口がないからね」
「怖くなさそうだわ」
「そうでもないよ。触れられた瞬間に脱水症になるから、遠距離攻撃の魔法が使えない場合はとにかく逃げろって本に書いてあったよ」
「脱水症はそんなに危険なのかしら?」
「そうだね。人間は20%の水分を失ったら死ぬらしいからね」
「貴方ならカラカラに干上がっても生き残りそうだわ。だって、3週間くらい飲まず食わずで修行をしたって聞いたもの。私も生き残れるかしら?」
「どうだろ。運が良ければ生き残れるかもしれないけど……ほら、向こうにヘルハウンドの群れがいるからね。カラカラになったあとあれに襲われたらひとたまりもないんじゃないかな」
「ヘルハウンドは、パサパサのお肉のほうが好きなのかしら? 私はパサパサじゃないほうが好きだわ」
「俺もしっとり系の肉のほうが好きだよ」
「私もだわ。だけど……私がパサパサのお肉になる前に、助けてくれるかしら?」
「もちろんだよ」
「嬉しいわ」
「ええい! お前たちには危機感というものがないのか!? いちゃついてないで、さっさと倒すのだ! もうすぐそこまで迫ってきているではないか!」
迫り来るドライリザードを見て、リングラントさんが慌てている。べつに危機感を捨てたつもりもいちゃついていたつもりもないけど……俺とノワールさん、魔物を見過ぎて感覚が麻痺してるのかもしれないな。
ふぅっと息を吹いてドライリザードを吹き飛ばすと、それを見ていたヘルハウンドの群れは逃げていった。
「まったく、このあたりは魔物が多すぎるぞ! リッテラはなぜこんな場所に研究所を造ったのだ!」
「貴方の研究所も同じような場所にあったわ」
「私は人体実験を――違法なことをしていたので、人目につかない場所に造る必要があったのだ!」
「ひとけのない場所のほうが落ち着いて研究できるからじゃないですか?」
「こんな魔物だらけの場所より、大都会のほうがまだ落ち着けるわ!」
リングラントさんは不満そうにしてるけど、俺は期待が高まっている。なにせ魔物だらけの場所に住んでるってことは、リッテラさんはかなり強いってことだからな!
いまのところはリッテラさんが赤点の最有力候補なのだ。
気になるのは、赤点がグランドロックの外側にあることだ。研究所はグランドロック内部に造っているらしいので、もしかすると赤点は魔物かもしれない。
だけどリッテラさんが研究所を外に移した可能性だってあるのだ。
とにかく赤点のもとへ行ってみないことにはわからないのである!
「ここだわ」
しばらく歩いていると、ノワールさんが立ち止まり、俺に地図を見せてくる。
そこにはふたつの赤点が表示されていた。
ひとつは俺。もうひとつは師匠候補だ。
……けど妙だな。
近くに人影は見当たらないし、上空に魔物がいるわけでもない。
いったい赤点の主はどこにいるんだ?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
きょろきょろとあたりを見まわしていたところ、地響きがした。よろけるリングラントさんとノワールさんを支えていると、ぼこっと土が盛り上がり――
ゴーレムが飛び出してきたのだった。