弟子と朝稽古です
リングラントさんの用心棒になった翌朝。
「師匠、ちょっといいっすか? お願いしたいことがあるんすけど……」
エファエル家にて一夜を過ごした俺は、エファの呼び声に目を覚ました。
「……どうしたんだ?」
「朝稽古に付き合ってくれないっすか?」
「それくらいならお安い御用だ」
武闘家の修行とは違うけど、体育の先生として過ごすうちに身体は鍛えられたはずだ。この3ヶ月で弟子がどれくらい成長したか、見てみたいと思っていたのである。
「嬉しいっす。じゃあ着替えて外で待ってるっすね」
「俺もすぐに行くよ」
となりで寝息を立てているノワールさんを起こしてしまわないように小声で約束を交わしたあと、俺は普段着に着替えて外に出る。
と、ミロさんがクワを持って立っていた。農作業着に身を包み、帽子をかぶっている。これから仕事なのかな?
「アッシュ、早起き!」
「おはようございます。ミロさんも早いですね。これから仕事ですか?」
「これから初仕事! クワで耕す! 楽しみ!」
「クワを使うんですか? 魔法を使えばすぐに終わると思うんですけど……」
土人形に畑仕事をさせれば、かなり効率がよくなるのだ。
「ミロ、畑仕事わからない! まずは身体で覚える! じゃないと土人形に命令できない!」
なるほど、言われてみればその通りだな。俺が納得していると、エファが外に出てきた。動きやすそうなタンクトップにぴちぴちのズボンを穿いている。
「お待たせしたっす! ミロさんもおはようございますっす!」
「エファ、早起き! アッシュとお出かけ?」
「そうなんすよ! これから師匠と修行するんす! ずっと楽しみにしてたんすよ!」
わくわくとした口調のエファに、ミロさんはにっこり笑う。
「アッシュ、いい弟子を持てて幸せ! ミロもいい弟子を持てて幸せ!」
そう言ってもらえると、弟子としてすごく嬉しいな。ミロさんに誇らしく思ってもらえるように、これからも修行を頑張らないと!
「ミロ、そろそろ仕事に行く! ……アッシュ、今日から武者修行再開する?」
「はい! 昼前にはネムネシアを発つ予定です」
「ミロ、そのとき見送りする! それまで仕事頑張る!」
そう言って、ミロさんは畑へ歩き去っていった。
「俺たちも稽古するか。どこでするんだ?」
「公園っす! この時間なら誰もいないっすからね!」
そうして俺たちは公園へ向かった。軽く準備運動をしたあと、エファに言う。
「稽古の前に、どれだけ成長したか見せてくれ」
「もちろんっす! 師匠に見てほしいってずっと思ってたっすからね!」
エファの発言からは、かなりの自信がうかがえた。俺がいないあいだにどれだけ成長したか楽しみだ。
「やあっ!」
わくわくする俺の目の前で、エファは逆立ちをした。一歩二歩と腕を動かして歩いていき……10メートルほど進んだところで方向転換して戻ってくる。
「どうだったっすか!」
「成長したな!」
武闘家というか曲芸師っぽかったけど、エファの成長は著しかった。バランス感覚が磨かれ、筋肉とスタミナも身についていたのだ。
「嬉しいっす! ほかにも見てほしいものがあるんすよ! ――てやっ!」
と、エファは正拳突きをした。最初はへっぴり腰だったのに……ほんと、成長したんだな。などと感心していると、エファは続けざまにチョップを繰り出す。
「どうっすか!? いま『ひゅんっ』って風切り音しなかったっすか!?」
「ん? ああ、かすかに聞こえたけど……」
「聞こえるっすよね! てことは幻聴じゃなかったんすね!」
エファは跳びはねて喜んでいる。
「そんなに風切り音が嬉しいのか?」
「嬉しいっす! だって師匠に近づけた気がするっすもん! いまはそよ風以下っすけど、いつの日か大地を切り裂いてみせるっす!」
「そのときは、近くにひとがいないか確かめるんだぞ」
じゃないと生きた心地がしないからな。
「しっかり確認するっす! あっ、ほかにも見てほしい技があるんすけどいいっすか!?」
「もちろんだ。エファの気が済むまで付き合ってやるよ」
「嬉しいっす! ではでは、わたしの持てるすべての力をいまここに解放するっす!」
かっこよく叫び、エファは様々な技を見せてきた。ハイキックにローキック、かかと落としに回し蹴り、連打に裏拳にアッパーカット、さらには前転の勢いを活かしたタックルにヘッドバンギングのような連続頭突きなど、独創的な技も披露する。
「ど、どうっすか!?」
さすがにスタミナが切れたのか、エファは肩で息をしていた。
「ほんと、見違えたな……」
お世辞なんかじゃない。俺に弟子入りした日のエファがいまの自分を見たら「これ、誰っすか?」と戸惑うだろう。それくらいエファは成長していたのだ。
「昔は運動音痴でしたって言っても誰も信じないだろうな」
運動神経が抜群によかったら、さらに成長していただろう。だけどエファは運動音痴をものともせずに成長している。
そのことに、俺は勇気づけられた。
「えへへ、ちゃんと成長できてて嬉しいっす! だけど、わたしは運動音痴でよかったって思ってるっすよ!」
「なんでだ?」
「だって、運動が苦手な子たちの気持ちがわかるっすもん! それに、ちょっとずつ運動できるようになっていくのを見ると、先生になってよかったなって思えるっす!」
「その気持ちはよくわかるぞ。エファが上達していくのを見るのはすごく嬉しかったからな」
「師匠……」
エファは涙ぐむ。
「わたしにとって、師匠は最高の師匠っす! 師匠と出会えてほんとうによかったっす!」
「俺もエファみたいな弟子を持てて幸せだ。それに、エファには勇気づけられたからな」
俺には魔法使いの才能がない。
だけど努力は嘘をつかないのだ。
エファみたいにコツコツ努力を重ねれば、着実に成長できる!
いまは世界最弱の魔法使いだけど、いつの日か大魔法使いになることだってできるのだ!
「ほんと、ありがとな!」
「お礼を言いたいのはわたしのほうっすよ! 師匠がいてくれたから、いまのわたしがあるんすからね」
「エファ……」
思いがけない言葉に、俺は涙ぐんでしまう。
「師匠はわたしにとっての憧れっす。最終目標っす。追いつけるかどうかはわからないっすけど、少しでも師匠に近づけるように頑張るっす!」
「俺も魔法使いとしてエファに追いつけるように頑張るよ!」
万能の魔力を持ち、様々な魔法を使えるエファは、大魔法使いだ。つまり、俺の目標なのである。
俺の魔力は風系統なのでエファと同じにはなれないけど、少しでも近づけるように努力してみせる!
「あっ、そろそろ仕事の支度をしなきゃいけないっす!」
エファは思い出したように叫ぶ。
「泥だらけだし、その前にシャワーを浴びなきゃな」
「朝ご飯の手伝いもしなきゃいけないっすし、お弁当も作らなきゃだし……ますます師匠と一緒にいられる時間がなくなるっす……。師匠、次はいつ会えるっすか?」
「会えるとしたら、モーリスじいちゃんの誕生日かな。エファも来るだろ?」
「もちろん行くっす! 師匠の師匠はわたしにとっての師匠も同然っすからね! 盛大にお祝いするっすよ!」
モーリスじいちゃんの誕生日に再会することを約束し、俺たちは帰路についた。
エファエル家で朝食をご馳走になり、通学と出勤を見送ったあと、ノワールさんと駅へ向かい、リングラントさんと合流する。
「リングラントさんが一緒だけど、いいんだよね?」
ノワールさんとリングラントさんには因縁がある。嫌われても無理のない仕打ちを、リングラントさんはノワールさんにしたのだ。
「貴方がそばにいてくれるなら、誰が一緒でも構わないわ」
ノワールさんは昨日と同じことを言う。
そうして旅の仲間にリングラントさんが加わり、俺たちはアリアン王国へと出発したのであった。