魔族の王です
リングラントさんに用心棒を頼まれた俺は、夕日に照らされた荒野を駆けていた。歩けば半日かかるため、リングラントさんをおんぶして走ることにしたのだ。
「着きましたよ」
そのかいもあり、半日かかるところを30分に短縮できた。これなら夕飯までには帰れそうだ。
「何事もなくてよかったですね」
用心棒を頼まれたのは生まれてはじめてだったので身構えていたのだ。俺の手にリングラントさんの命がかかってるわけだしな。もちろん何事もないに越したことはないけど、ちょっと拍子抜けだ。
「何事もなかっただと!? 風圧で首が吹っ飛ぶかと思ったわ! おまけにサンドアントの群れに襲われたではないかっ!」
「サンドアントって、ちょっと大きいだけのアリじゃないですか」
「丸太をへし折るアゴを持つサンドアントをアリ呼ばわりするのはお前くらいのものだ! あのときお前の背中から落ちていたら、私は瞬殺されていたぞ!」
「ちゃんと無傷で連れてきたじゃないですか。なにが不満なんですか?」
「不満だと!? バカを言え! 私は最高に機嫌が良いぞ! クククッ、なぜだかわかるか?」
「わかりませんけど……」
早く機材回収してくれないかな。
「お前を倒せるほどの魔法使いを生み出すことが、私の最終目標だからだ! 目標は達成が困難であればあるほど面白い! 困難だからこそ人生をかける価値があるのだ! そのためには機材を回収せねばならん! ならんのだが……」
研究所は真っ二つになっていたのだ。近くにはゴーレムの残骸が転がってるし……あのときの光景がフラッシュバックして再び幼児退行しないか心配だ。
「これ、機材全滅してませんかね?」
「かもしれんな。だがまあ、機材に関してはあてがあるので問題はない」
「あてって、研究所はほかにもあるんですか?」
「知り合いの研究所を借りるのだ。あいつは私と同じくゴーレムを作っておるからな。同じような機材も持っておるはずだ」
「つまり共同研究をするってことですね?」
「そうだ。あの女に頼るのは癪だが……世界最強の魔法使いを生み出すためなら、私は悪魔にでも魂を売る覚悟だ!」
「最強のゴーレムを作っても、他人に迷惑をかけないでくださいよ?」
「わかっておる! 約束通り、ゴーレムの標的はお前だけだ! ザコを倒したところで最強だと証明することはできぬのでな! 世界最強の生物であるお前を倒したとき、私の夢は叶うのだ!」
「ならいいんです」
リングラントさんは良くも悪くも信念を貫き通すひとだ。俺しか眼中にないらしいし、ほかのひとに迷惑をかけたりしないだろう。
「それで、どうします? 一応なかに入ってみますか?」
「うむ。……だが、なかに入るには瓦礫が邪魔だな」
ぽいっ。――ズズゥーン!!
入口を塞いでいた瓦礫を放り投げ、俺とリングラントさんは研究所へ身を移す。
「ふむ。思っていた通り、機材は壊滅しておるな。だが、発明品はいくつか無事のようだ。ノワールと同型だが、壊れるよりはマシか」
「ノワールさんと同型って、なんのことです?」
リングラントさんは床に散らばった武具を指さした。剣に槍に、盾なんかもある。
「この武具には極小の魔力回路が組みこまれておるのだ。魔力をこめることで、あらゆるものを切り裂く剣、あらゆる攻撃を防ぐ盾になるのだ」
「すごいじゃないですか!」
「すごくなどない。『あらゆる』というのは大袈裟に言ったに過ぎんからな。鉄くらいなら切り裂けるが、お前に傷をつけることはできぬのだ。なぜなら極小の魔力回路には、魔力吸収量に限界があるのだからな」
なるほどな。だから『ノワールさんと同型』って言ったのか。
魔力吸収量に上限があるノワールさんは『強い』魔法使いにはなれても『すごく強い』魔法使いにはなれない。
この武具もそれと同じで『すごく強い』武具にはならない――そのため魔王みたいな『すごく強い』相手を切り裂くことはできないのだ。
「とにかく、これらの武具では常識外れのことはできぬのだ。もっとも、不完全ゆえに改良の余地はあるがな」
武具をカバンに突っこんだリングラントさんは床に散らばっていた書類をかき集めると、外を指さしたのだった。
◆
研究所をあとにすると、夕日は沈みかけていた。
ノワールさんたちも遊びを切り上げてる頃だろうし、早く帰らないと夕飯に遅れてしまう。
けど、帰る前に聞かなきゃならないことがあるのだ。
「約束通り、《氷の帝王》について知ってる限りのことを教えてください」
「よかろう。といっても、私が知っているのは『《氷の帝王》は魔王のことが大嫌い』ということだけだがな。ほとんど毎日魔王を罵っておったわ」
「どうして嫌ってたのか、理由はわかりますか?」
嫌っていた理由が明らかになれば、《氷の帝王》と魔王の因縁についてもわかるかもしれない。
「まあ待て。あいつの愚痴はほとんど聞き流しておったからな。思い出しながら話すのだ。ええと……そうだ」
と、愚痴を思い出したらしいリングラントさんは、順を追って語ってくれた。
遙か昔、強敵との戦いを望んでいた《氷の帝王》は《闇の帝王》たちと異世界へ渡る魔法を編み出した。それがきっかけで『時空の歪み』が発生するようになり、この世界に魔物が現れるようになったのだ。
強者との戦いを求めていた《氷の帝王》たちは魔物狩りを楽しんだ。そこへ強すぎる魔物――魔物の王が現れ、倒すことができなかったため封印したのだ。
魔物の王を葬るために強くなろうと誓った《氷の帝王》の前に、《白き帝王》が現れる。魔族の王を自称する《白き帝王》は勢力拡大のために強い手下を集めていたのだ。
誰かの手下になるのは嫌だった《氷の帝王》は勧誘を断った。その結果、真の魔王――大魔王を決めるために《白き帝王》をはじめとする魔族の王たちと戦うことになったのだ。
その場で戦う気満々の《氷の帝王》だったが、《白き帝王》は魔物の王の封印が解けたあとに戦うと言いだした。
なぜなら魔物の王は、《白き帝王》をはじめとする魔族の王の手下――戦闘員だったからだ。
やっとの思いで封印した魔物の王がただの戦闘員だとわかり、《氷の帝王》の自信は粉々に砕け散った。同時に、いまのままだと魔族の王には勝てないと悟り、《氷の帝王》たちは合体することにしたのだ。
魔族の王と同じく《氷の帝王》たちにも序列はあったが、誰が素体になるかで揉めたらしい。そして魔物の王の封印が解けるまでに一番多くの世界を滅ぼした者が素体になることが決まったのである。
けっきょく《氷の帝王》は素体になるどころか封印が解ける前に力尽き、転生したことで魔力を失ってしまったけど……リングラントさんは《氷の帝王》の死因には心当たりがないらしい。
「わしが拾ったとき、《氷の帝王》は魔力を失っておってな。このままでは誰にも勝てぬと焦り、世界最強の魔法使いになるための手術をしろと迫ってきたのだ」
しかしリングラントさんが欲していたのは『リングラントさんの命令に忠実な世界最強の魔法使い』だった。そのため記憶を消され、ノワールさんが誕生したのだ。
「なるほど。だいたいのことはわかりました」
要するに魔王たちは『魔王の魔王による魔王のためのバトルロイヤル』の約束をしていたのだ。参加者の大半は俺が粉々にしたし、企画倒れなんだけどさ。
「とにかく魔王が現れたら、片っ端から倒していこうと思います」
全滅させればノワールさんが狙われる心配はなくなるしな。
「クククッ、勇ましいことこの上ないな! だからこそ倒しがいがある! 私が世界最強の魔法使いを生み出した暁には、必ず戦ってもらうぞ!」
「わかってますよ」
精神力を鍛えるため、俺としても強者と戦いたいしな。
「そのときはどこへ行けばいいんですか?」
「アリアン王国南部の渓谷地帯だ。そこのグランドロックという場所に、あの女の研究所があるのでな」
「グランドロックって、ひとが住めるような場所でしたっけ?」
俺の記憶が正しければ、グランドロックは巨大な岩だ。そんなところに町があるとは思えない。
「あんなところに住んでいる物好きなど、あの女――リッテラくらいのものだ」
グランドロックにはリッテラさんの研究所しかないってことか。
「だとすると、俺の目的地はリッテラさんの研究所になります」
「なぜだ?」
「地図によると、俺の次の師匠候補はグランドロックにいるんですよ。なので、ぜひリッテラさんを紹介してほしいんですけど……」
「よかろう。ただ、紹介してやる代わりに私をそこまで連れていってほしいのだ。私は金を持ってないのでな。……ノワールが嫌がるようなら、交通費だけでいいのだ」
リングラントさんは急に控えめになる。ノワールさんにしたことを気にしてるのかな?
「ノワールさんにも相談してみますけど、同伴しても構わないって言うと思いますよ。グランドロック近辺には魔物がいるし、ひとりで行くのは危ないですからね」
「……そうか。では、よろしく頼むのだ」
そうして話がまとまり、俺たちはネムネシアへと戻るのだった。