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用心棒になりました

 飛空艇と列車を乗り継ぎ、俺たちはネムネシアに到着した。


「さっそく畑を見てみたい! エファの畑、どこ!?」


 ミロさんはエファの紹介で畑仕事をすることになったのだ。知らないひとの畑ではなく、エファエル家の畑である。


「エファの家に行くのはもうちょっとしてからです。家の場所はわかりますけど、案内人が来るそうなので」


 案内人っていうか、エファの妹のシルシィちゃんだけどな。シルシィちゃんは実家から列車で通学してるらしく、ちょうどこのくらいの時間に帰ってくるらしいのだ。


 近くにそれらしいひとは見当たらないし、次の列車で帰ってくるのだろう。


「案内人、いつ来る?」


「次の列車が一時間後なので、早くてそれくらいですね。どこかで時間潰します? 確か、近くに飲食店がありましたけど」


「飲食店行く!」


「決まりですね。……そんなわけだから、ちゃんと前見て歩いたほうがいいよ」


 ノワールさんは紙袋をかぶっていた。メロンパンが入っていた紙袋だ。


 移動中にちびちび食べ、ついさっき食べきってしまったのだ。


「それ、捨てずに取っとくの?」


「捨てないわ。だって残り香があるもの。あと1週間……いえ、10日は楽しめるわ」


 このまま歩けば間違いなく転ぶけど、かといって取り上げるのもかわいそうだしな。だっこしてあげるとするか。


 そうしてノワールさんを抱きかかえた俺は、ミロさんをつれて飲食店へ向かおうとした。



「あ、あのっ! 待ってください……!」



 一歩踏み出したところで呼び止められる。振り向くと、駅看板の裏から女の子が顔を覗かせていた。


 大人っぽくなってるけど、面影は残っている。あの娘は――


「シルシィちゃん?」


「は、はい! シルシィです! うわあっ、覚えててくれたんですね……! そんなに話したわけじゃないのに、感激ですっ!」


 看板の裏に隠れたまま、シルシィちゃんが喜んでいる。


「何者?」


「エファの妹で、案内人です」


「案内人!」


 ミロさんがシルシィちゃんを引っ張り出す。


「さっそく案内するといい! エファの家、どこ!? 畑、どこ!?」


「あ、えと、その……」


 こっちをチラチラ見ながらおどおどするシルシィちゃん。


 なんか前に会ったときと性格が違うな。前回は五つ子ちゃんの相手に忙しくてあまり話せなかったけど、クラスの中心にいそうな明るい性格だったはずだ。


「案内人、顔真っ赤。体調悪い?」


「い、いえ、体調は完璧です。た、ただ緊張するというか、なんというか……」


「なぜ緊張してる?」


「そ、それはもちろん、あのアッシュさんが目の前にいるからですよ!」


 俺が原因なの?


「視界に入らないほうがいいなら地中を進むけど」


「そ、そんなモグラみたいなことさせるわけにはいきませんっ! 堂々と歩いてください! あ、あと、できればサインください!」


 唐突にカバンとペンを向けてくる。


 なるほどな。エファが言ってたのはこういうことか。俺のファンになったって言ってたし、だから緊張してるんだな。


 できれば姉の友達として接してほしかったけど、悪い気はしない。今日はお世話になるし、俺なんかのサインでよければいくらでもする。


「カバンに書いていいの?」

 

「は、はいっ。いつも持ち歩くものに書いてほしいので! でかでかと書いてください! ……あっ、『シルシィちゃんへ』って書いてくださると嬉しいです!」


 シルシィちゃんへ……っと。


「できたよ」


「わあ! ありがとうございます! このカバンがあれば一生学校に通えます!」


「留年しないように頑張って勉強してね」


「首席で卒業してみせます!」


 ぐっと拳を握り、シルシィちゃんは宣言した。ちなみにエルシュタット魔法学院を首席で卒業したのはフェルミナさんで、エファは次席だったりする。


 エルシュタット魔法学院は世界最高峰の教育機関だ。そこを次席で卒業できるってことは、ほかの魔法学院なら首席で卒業できるってことだ。


 そんなエファの妹なわけだし、シルシィちゃんだってその気になれば首席で卒業できるはずだ。


「あっ、案内でしたね! ついてきてください!」


 シルシィちゃんの案内を受け、俺たちはエファエル家に到着する。



「「「「「おかえりシルシィおねーちゃん!」」」」」



 家に入ると、五つ子ちゃんが駆け寄ってきた。


「分身魔法、見るのはじめて!」


「五つ子ですよ」


「五つ子も見るのはじめて! すごいッ!」


 最近のミロさんはテンションが高い。それくらいネムネシアで暮らせることが嬉しいのだろう。


「アッシュおにーちゃん、いらっしゃい!」

「さっそくあそぶ!」

「なにしてあそぶ?」

「まおーごっこしたい、まおーごっこ!」

「こなごなは、いやかも」


 五つ子ちゃんは俺と遊ぶ計画を立てていたらしい。エファはまだ帰ってきてないみたいだし、それまで遊びに付き合うとするか。


「ノワールおねーちゃん、どこ?」

「このこ、だれ?」

「かみぶくろで、かお見えない」

「へんそうしてる?」

「へんそうのたつじん、かも」


 自分が話題になっていることに気づいたのか、ノワールさんは正体を明かした。


「私はノワールだわ。いろいろあって、小さくなってしまったわ」


 五つ子ちゃんたちはじろじろとノワールさんを見て、俺を見上げた。


「ほんもの?」

「本物のノワールさんだよ」

「アッシュおにーちゃんが言うなら、ほんもの!」

「さっそくあそぶ!」

「そとにいく!」


 五つ子ちゃんがノワールさんの手を掴み、外に引っ張り出す。


「ミロ、どうすればいい?」


「私が畑に案内しますよ。お父さんがつれてくるように言ってましたからね」


「ミロ、案内人についていく!」


 ミロさんが畑に向かうのを見届けた俺は、五つ子ちゃんたちと遊び場へ向かう。


「とうちゃーく!」


 遊び場は近所の公園だった。砂場があって、滑り台があって、ブランコがあって、リングラントさんがいる。


 ……いや、なんでいるんだ?


「出所したんですか?」


 ノワールさんの手を引いて砂場に直行する五つ子ちゃんをそのままに、ベンチに座っていたリングラントさんに話しかける。


「そうだ。刑期を終えて出てきたのだ。クククッ、私は自由になったのだ!」


 リングラントさんはノワールさんに極小の魔力回路を移植した張本人だ。人体実験は法で禁じられているため、エルシュタット刑務所に収監されたのである。


 エルシュタット刑務所は厳重だ。囚人の魔法杖ウィザーズロッドの持ちこみは禁じられてるし、リングラントさんは年相応の体つきだ。ここにいるってことは脱獄したんじゃなく、本当に刑期を終えたのだろう。


「どうしてここにいるんですか?」


「研究を再開するためだ。ゴーレムは真っ二つにされてしまったが、世界最強の魔法使いを生み出すという大望を諦めたわけではないのでな!」


 ところで、と砂場へ目を向ける。


「あそこにいるのはノワールか?」


「よくわかりましたね」


「私は幼い頃のノワールを知っているのでな、気づいて当然だ。なにゆえ小さくなっているのだ?」


「退化薬っていう薬を飲んで、一時的に3歳児になってるんです」


「じきに戻るというわけか。まあ、べつにノワールなどどうでもいいのだがな。そんなことより、お前に頼みたいことがあるのだ」


「俺に頼みたいことですか?」


 そうだ、とリングラントさんはうなずく。



「お前には、私の用心棒になってほしいのだ」



 リングラントさんが言うには、機材を回収するため研究所跡地に行きたいらしい。


 しかし町の外には魔物がうろついているのだ。おまけにリングラントさんは魔法杖を持っていないらしく、町の外に出れば死んでしまう怖れがある。


「どうして魔法杖を持ってないんですか?」


 出所するときに私物は返してもらえるはずだ。


「魔法杖は研究所に置きっ放しだったのだ。お前にゴーレムを破壊されたショックで幼児退行し、気づいたときには塀の中だったのでな。そんなわけで用心棒になってほしいのだ」


「研究所までなら付き合ってもいいですけど……その代わり、《氷の帝王アイス・ロード》について知ってる限りのことを教えてください」


 ノワールさんは《氷の帝王》の転生体だけど、その記憶はリングラントさんに消されているのだ。つまり、当時のことを知っているのはリングラントさんだけなのである。


「なぜ知りたいのだ?」

「いろいろありまして」


 最近の魔王は《氷の帝王》と因縁があるらしいのだ。俺はその『因縁』がなんなのか知りたいのである。それがわかれば、ノワールさんが狙われる理由も明らかになるからな。


「まあ、よかろう。お前が用心棒になってくれれば怖れるものはなにもないのでな! さあ、さっそく出発するぞ!」


「ちょっと待ってください」


 砂場で遊ぶのは飽きたのか、滑り台によじ登っていた五つ子ちゃんに「ちょっと出かけてくるね」と告げると、ノワールさんが手を挙げた。


「私もついていきたいわ」 


「すぐに戻るから、ノワールさんはみんなの面倒を見ててくれない?」


 研究所はゴーレムもろとも真っ二つになったのだ。研究所内に入れば瓦礫が降ってくるかもしれないし、そんな危ないところにノワールさんをつれていくわけにはいかない。


「私に任せるといいわ。だって、こう見えても一番年上だもの」


 ノワールさんは、きりっとした顔で言うのだった。



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