都会っ娘になりました
ライン王国でふたりの師匠に弟子入りし、ふたつの魔法をマスターしたあと。
「着きました。ここがエルシュタットです」
飛空艇と列車を乗り継ぎ、俺はミロさんとノワールさんとともにエルシュタットに戻ってきた。
「ひと多い! お祭りみたい! みんなオシャレ! かっこいい!」
エルシュタット駅を出た途端、ミロさんが大はしゃぎする。そんなミロさんを、道行くひとたちがほほ笑ましそうに眺めている。
田舎生まれ森育ちのミロさんにとって、都会は異世界みたいなものだ。見るものすべてが珍しく感じられるのだろう。
「はぐれると迷子になるわ。念のため手をつないであげてもいいわ」
「つなぐ!」
ふたりは手をつなぎ、俺を見つめてきた。これからどうするのか教えてほしそうにしている。
「ちょっと別行動してもいい?」
「走ってネムネシアに行くのかしら?」
「ネムネシアには交通機関を使って行くよ」
走ったほうが早く着くけど、ノワールさんとミロさんをふたりで旅立たせるのは心配だ。ノワールさんはひとりでネムネシアに行ったことがあるけど、いまは3歳児だしな。
「飛空艇が出発するまであと1時間くらいあるし、その前にエルシュタット魔法学院に行こうと思ってね」
シャルムさんにティコさんの件について礼を言いたいのだ。電話をすれば済む話だけど、せっかく近くに来たわけだしな。
「ここから学院まで、どれくらい離れてる?」
「片道30㎞くらいですね。走れば余裕で間に合う距離です」
「普通、間に合わない。だけどアッシュ、間に合う! ミロ、アッシュの足の速さよく知ってる!」
「だけど全力で走れば町が壊れるわ」
「その心配はいらないよ」
バッタみたいに跳びはねることで、風圧を最小限に抑えられるのだ。予定通りにいけば朝のホームルームが始まる前にたどりつけるはずだ。
「私たちはなにをすればいいのかしら?」
「お小遣いをあげるから、適当に買い物しててよ。飛空艇が出るのが1時間後だから……30分後にこの場所で会おう」
そうしてノワールさんにお金を渡した俺は、駅の屋上に飛び乗った。屋上から屋上へと飛び移り、5分ほどかけて学院にたどりつく。
「っと、念のため連絡しといたほうがいいよな」
この時間帯は職員室にいるはずだけど、いきなり行けば迷惑かもしれないしな。忙しそうなら日を改めるとしよう。
俺は懐から未使用の携帯電話を取りだし、シャルムさんに電話をかけた。すると『おかけになった相手は魔力の届かないところにいます』と聞こえてきた。
「この距離で?」
この世界の携帯電話は『電波』ではなく『魔力』で交信する仕組みだ。俺の魔力はちょっとしかないため、遠くのひとに電話をかけることはできないのだ。
それはわかってたんだけど……校門から職員室までも無理なのか? 目と鼻の先なんだけど……
まあでも、届かないものはしかたないよな。落ちこんだところで魔力が増えるわけじゃないしさ。むしろ立ち直ることで精神的に成長し、魔力が増えるのだ!
ポジティブに考えつつ、俺は職員室へと向かう。どこまで魔力が届くのか確かめるため、廊下を歩きつつ電話をかける。
『どうしたんだね?』
シャルムさんに電話がつながったのは、職員室まで残り50メートルというところだった。糸電話よりちょっとマシなくらいだ。
「ティコさんに口添えしていただいたお礼をさせてほしいなと思いまして。いま職員室ですか?」
『そうだけど、べつにお礼などいいのだよ。吾輩が好きでしたことだからね。それにきみも修行で忙しいのだろう? それとも、近くに来ているのかね?』
「いまちょうど職員室のドア前に立ってます」
『近すぎないかね!? そこまで来たなら早く入りたまえよ……』
「そうします!」
ドアを開けると、シャルムさんが窓際の席からこっちを見ていた。そのとなりには担任だったエリーナ先生が座っている。目が合うと、手を振ってきた。
カマイタチを起こさないように会釈しつつ、シャルムさんのもとへ向かう。
「わざわざ来てくれなくてもよかったのに、きみは本当にまじめだね。それで、修行の成果はあったのかね?」
「はいっ! カマイタチと浮遊魔法をマスターしました!!」
力強く返事をすると、シャルムさんはにこりと笑った。あいかわらず声が大きいわね、とエリーナ先生が苦笑している。
「それはなによりだね。……ところで、ノワールくんは元気にしてるかね?」
「すごく元気にしてますよ。3歳児になってけっこう経ちますし、あと1ヶ月ちょっとで元通りになるはずです」
「それなのだが、元通りになるのはもうちょっと早くなるかもしれないのだよ。薬の効き目は最長3ヶ月だからね」
薬の持続時間はひとそれぞれってわけか。
「なら来週くらいから大きめの服を着せるようにします。いきなり服が弾けると恥ずかしい思いをしますからね」
ノワールさんには俺みたいな思いをしてほしくないのだ。
「めちゃくちゃな体質のきみと違って、普通はゆっくり戻るのだよ。それに戻るときは体温が上昇するのでね、汗をかき始めたら着せ替えてあげるといい」
「わかりました」
「アッシュさんが来てますの!?」
と、アイちゃんが職員室に駆けこんできた。
「どうして俺がここにいるってわかったんですか?」
「換気のために窓を開けたら『カマイタチと浮遊魔法をマスターした』と聞こえてきたのですわ。武者修行は順調のようですわね。しばらくはゆっくりできますの?」
「次の便の飛空艇に乗りますから、あまりゆっくりはできそうにないですね」
「そうですの……。ひさしぶりにゆっくりお話をしたかったのですが、修行の邪魔をするわけにはいきませんものね。でしたら、必要なものがあればいまのうちにお渡ししますわ。お金はまだありますの?」
「はい。以前アイちゃんにもらったものがまだ余ってます」
「まだ余ってますの? そんなにお渡ししたわけではありませんのに……アッシュさんは倹約家ですのね」
「倹約家というか、ずっと修行してますからね。お金を使う暇がないんですよ」
「そうでしたの。ほんと、アッシュさんはまじめですわね」
「アイナ様の言う通りなのだよ。たまには息抜きがてら遊んでもいいと思うのだがね」
「昔から修行漬けの日々を送ってましたから、どうやって息抜きをすればいいかがよくわからないんですよね」
前世含め、俺は毎日修行に明け暮れていた。
そんな遊びを知らない俺にとって、唯一の娯楽がアニメだったのだ。就寝前のアニメ観賞が、なによりの楽しみだったのである。
アニメのキャラクターみたいにど派手な魔法を使ってみたいと夢を見るようになり――その夢を叶えるために武者修行をしているのだ。
「アイちゃんは小さい頃、どういう遊びをしてたんですか?」
「実を言うとわたくしも、遊びらしい遊びをしたことがないのですけれど……しいて言えば、お人形遊びでしょうか」
「人形ですね? あとで買ってみます!」
「買うのかね。きみがやっても息抜きにはならないと思うがね……。せっかく旅しているのだから、ご当地グルメを楽しめばいいのだよ。ゆっくりと食事を楽しめば、いい気分転換になるだろうからね」
食を楽しむ、か。それならノワールさんも喜んでくれそうだ。
「そうだっ。食を楽しむで思い出したんですけど、アイちゃんにひとつお願いがあるんです」
「アッシュさんからお願いなんて珍しいですわね。わたくしにできることなら、なんでも協力しますわ」
「ありがとうございます! 実は――」
◆
エルシュタット駅前に戻った俺は、すぐにふたりを見つけた。ミロさんがあまりにも目立つ格好をしていたからだ。
「ミロ、都会っ娘になった!」
俺がいないあいだに服屋で買い物をしていたらしい。ミロさんは色とりどりの羽があしらわれた派手な帽子をかぶっていたのだ。
きっと派手=都会という認識なんだろうけど、いまのミロさんはまるでインディアンだ。都会っ娘どころか秘境に住む民族みたいに見えるけど、ミロさんは美形なうえにモデル体型なので、なにを身につけても様になる。
「似合ってますよ」
俺が褒めると、ミロさんはますます笑顔になる。
「ノワールと買い物、すごく楽しかった! 楽しすぎて、お金なくなった! 使ったお金、働いて返す! 気長に待ってくれると嬉しい!」
「返さなくていいですよ。ミロさんは俺に修行をつけてくれましたからね。そのお礼です」
「ほんと!? アッシュ、太っ腹! 大好き!」
ミロさんがハグしてくる。
「喜んでもらえてなによりです。あと、ノワールさんにはこれ。アイちゃんに頼んで手に入れたんだ。遅くなったけど、遺跡巡りに付き合ってくれたお礼だよ」
すでに懐かしい匂いを感じ取っていたのだろう。くんくんと鼻を動かして俺の匂いを嗅いでいたノワールさんに紙袋を渡す。
ノワールさんはそれを受け取り、
「……!」
カッと目を見開いた。匂いが強くなり、中身の正体に気づいたようだ。がさがさと音を立てて慌ただしく中身を確認したノワールさんは、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「私も、貴方のことが大好きだわ」
紙袋の中身はノワールさんの大好物――『外カリッ、中もふっ♪ もっちりもちもちほっぺがとろける夢のめろめろメロンパン』なのだった。