魔力吸収体質です
浮遊魔法をマスターした翌朝。
「師匠!? 無事だったんすねっ!」
家の前でバーベキューの準備をしていると、エファが空から舞い降りてきた。
「レッドドラゴンに食べられたって聞いてたんすけど、胃袋をぶち破ったんすね! てことは、それはレッドドラゴンの肉っすね!?」
「これはコカトリスの肉だ」
「コカトリスの胃袋もぶち破ったんすね!」
「なんで胃袋をぶち破る前提なんだ?」
体育の先生って、思考が武闘家寄りなのかな。
「コカトリスはミロさんっていう、俺の師匠が狩ったんだ。食べるか?」
ぎゅるぎゅるとお腹を鳴らしていたのでたずねると、エファはこくこくうなずいた。
「食べたいっす! だって昨日から飲まず食わずで飛び続けたっすからね! もうお腹ぺこぺこで……」
夢中になってしゃべっていたエファは、はっとした顔で詰め寄ってくる。
「そ、そうだっ! ノワールさん! ノワールさんはどうなったんすか!?」
「ノワールさんなら、そろそろ起きてくる頃……」
噂をすればなんとやら。焼肉の香りに誘われたのか、ノワールさんが外に出てきた。
「ノワールさんなら、あそこにいるよ」
エファがきょとんとする。
「……わたし、疲れてるんすかね? なんかノワールさんが幼く見えるっす」
「幻覚じゃないさ。いろいろあって、ノワールさんは3歳児になったんだ。ほら、俺も3歳児になったことあるだろ? あれと同じだ。身体に害はないから心配いらないよ」
「なるほど。とにかく元気そうで安心したっす! それに怪我もしてないみたいだし、魔王は師匠が倒したってことっすね?」
「まあな。ところで、なんでエファが魔王のことを知ってるんだ?」
そもそも、どうしてグラーフの森にエファがいるんだ?
精神力を鍛えたおかげか、この状況を受け入れてしまっているけど、よく考えると不思議だ。
「昨日、ノワールさんから電話をもらったんすよ。瞬間移動で助けに来てほしいって」
「そうなのか?」
チラッとノワールさんを見ると、いま思い出したとでも言わんばかりにハッとした。
「すっかり忘れていたわ……」
電話をかけたときは生きるか死ぬかの瀬戸際だったし、そのあとご飯を食べてすぐに寝てしまったからな。起きたのはいまさっきだし、忘れてしまうのも無理はない。
「迷惑をかけてしまったわ……」
反省しているのだろう。しゅんとするノワールさんに、エファが明るく笑いかける。
「迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないっすよ! ノワールさんに頼ってもらえて、すごく嬉しかったっすもん! ほんと、無事でなによりっす!」
嬉々とするエファに、ノワールさんは口元に笑みを浮かべた。
さすがは学校の先生をしているだけあって、子どもの扱いに長けてるな。
「何者だ!」
エファに感心していると、ミロさんが小皿を持って家から出てきた。
「わたしはエファ・エファエルっす。師匠……アッシュくんの一番弟子っすよ! 師匠、こちらはどなたっすか?」
「俺の師匠のミロさんだ。レッドドラゴンに食われたのは修行の一環でな。その隙を魔王に狙われたんだよ。魔王は粉々になったし、新たな魔法もマスターできたし、結果オーライってわけだ」
「おおっ! もう新しい魔法を身につけたんすか!? あっ! てことは魔法杖も買ったんすね!?」
「まあな。エファたちと別れたあと、エルシュタットで買ったんだ。ほら、これだ」
「これが師匠の相棒っすか! かっこいいっすね!」
「だよな! かっこいいよな!」
さすがはエファ、見る目がある!
「アッシュの友達、大歓迎! 一緒にご飯食べる?」
「食べるっす! わたしお腹ぺこぺこなんすよ!」
「ミロもぺこぺこ! ミロたち気が合う! 友達になる?」
一気に距離を縮めようとするミロさんに、エファは満面の笑みになる。
「師匠の師匠と友達になれるなんて光栄っす! よろしくお願いするっす!」
ミロさんとエファは、あっという間に仲良くなった。
「ところで、来たばかりでこんなこと言うのもなんだけどさ、仕事はいいのか?」
「昨日から連休中っす」
「仕事はいつから始まるのかしら?」
「明後日っすけど、帰りは瞬間移動で一瞬っすからね。今日は師匠たちとゆっくりおしゃべりしたいっす!」
「んじゃ、今日はのんびり過ごすとするか。で、明日から武者修行を再開だ!」
「次はどこへ行くのかしら?」
「そうだな……」
どこに行こうか考えていると、ミロさんが悲しげにうつむいた。
「どうしたんですか?」
「ミロ、ひとりになるの嫌。せっかく友達できた! 別れるの寂しい……」
「ひとりになるのが嫌なら、町に引っ越せばいいっすよ」
「ミロ、ひととの接し方よくわからない。それに町で暮らすにはお金いる。仕事、すぐクビになりそう」
長いことグラーフの森でひとり暮らしをしていたミロさんは、人里での生活に自信がないようだ。
大魔法使いのミロさんなら仕事なんてすぐに見つかりそうだけど……こういうのは本人の気持ちが大事だからな。
「畑仕事でよければ、わたしが手配できるっすよ」
救いの手を差し伸べるエファに、ミロさんはほうけたような顔をする。
「ミロ、エファと初対面。なぜ親切にしてくれる?」
「どうしてって、さっき友達になったじゃないっすか。それに師匠の師匠はわたしの師匠も同然っすからね。親切にするのは当たり前っす!」
ミロさんがはち切れんばかりの笑みを浮かべる。
「エファ、大好き! 引っ越し楽しみ! その畑、どこにある?」
「ネムネシア……って言ってもわからないっすよね。師匠、地図持ってないっすか?」
「私が持ってるわ。ちょっと待っててほしいわ」
家に駆けこんだノワールさんは、地図を手にして戻ってきた。
俺とエファのあいだに座り、地図を広げる。
……強者の居場所を示す地図が、赤く染まっていた。
「いつものくせで魔力を流してしまったわ」
ぼそっとつぶやき、赤点を消すノワールさん。地図はすっきりしたけど、俺の心はすっきりしない。
「ノワールさん……ひょっとして魔力使いまくった?」
「実は、魔王にたくさん氷槍を放ったわ」
やっぱりそうか。
魔法使いにとって魔力とは戦闘力だ。魔力をほとんど使い果たしたことで、ノワールさんの戦闘力は3歳児並になってしまったのだ。
普通の魔法使いなら魔力は自然回復するけど、ノワールさんは魔力吸収体質だ。いままでのように師匠候補を探すには、どこかで魔力を吸収するしかない……って。
魔力を吸収する?
てことは俺の魔力も吸い取られてたってことだよな。ひとりひとりから吸い取れる量はごくわずかだけど、俺の魔力はちょっとしかないのだ。
つまるところ、俺の魔力は自分で思っているより多いってことだ!
なんか得した気がするな。浮遊魔法に換算すると、あと5ミリは浮かぶんじゃないだろうか。
ま、それでも大魔法使いにはほど遠いけどな。ノワールさんがそばにいても影響がないくらいの魔力を手に入れないと大魔法使いにはなれないのだ。
そのためには次の師匠に弟子入りしないといけないのである!
「ミロさん、この地図に魔力を流してくれませんか?」
「アッシュ、ミロの友達! それくらいお安い御用!」
ミロさんが地図を手にした途端、ぽつぽつと赤点が浮かびあがる。
「次はどこへ行くのかしら?」
「そうだね……。こことここに行ってみるよ」
俺は大陸南東部のアリアン王国と、島国のグリューン王国を指さした。
アリアン王国とグリューン王国には赤点がひとつずつあったのだ。今回に限っては青点も師匠になるけど、せっかくなのでより強い人物に弟子入りすることにしたのである。
「とにかく、まずはネムネシアに行こう」
「えっ? ネムネシアに来てくれるんすか!?」
エファが嬉しそうに目を輝かせる。
ネムネシアはエルシュタット王国で一二を争うほどの田舎だ。魔力の回復には適していない。
だけどネムネシアに向かう途中にエルシュタニアを通ることになるし、飛空艇にも乗ることになる。
つまりネムネシアに到着する頃には、ノワールさんの魔力は元通りになっているのだ。逆に言うとネムネシアに行くまでもなく魔力は回復するわけだけど……
「ミロさん、ひとりじゃネムネシアに行けませんよね?」
エファは仕事があるため瞬間移動で帰るのだ。ミロさんひとりだと迷子になるかもしれないため、ネムネシアまで送り届けることにしたのだ。
俺に修行をつけてくれたし、それくらいの恩返しはさせてほしい。
「アッシュとノワールが一緒に来てくれる、心強い!」
「決まりですね。エファもそれでいいか?」
「もちろん大歓迎っす! みんな喜んでくれるっすよ! 特にシルシィは大喜びっす! 魔王との戦いを見てから、師匠のファンになっちゃったっすからね!」
シルシィちゃんはエファエル家の次女だ。俺がエファの家に泊まったときは受験生で、フェルミナさんに勉強を教えてもらってたっけ。
あれから2年くらい経つし、みんな大きくなってるだろうな。
「ところでネムネシア、どこにある?」
「ああ、すみません。ネムネシアはここです」
そうしてミロさんにネムネシアの場所を教えたあと、俺たちはバーベキューを楽しむのであった。
第4章(ライン王国の師匠編)完結です!
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
第5章(世界樹と令嬢編)は10月の頭頃から開始の予定です!