カマイタチは使いません
魔王が粉々になったのを見届けたところ、ミロさんが這い寄ってきた。
「アッシュ、無事!?」
「俺は平気です」
「なぜ平気!? 普通、死ぬ! 運がよくて重傷! 無事で嬉しいけど!」
ピンピンしている俺を見て、ミロさんは喜んでいいのか戸惑っていいのかわからない様子だ。
「空から落ちたくらいじゃ怪我しませんよ」
もしかすると骨折したのかもしれないけど、修行をしすぎて痛みを感じなくなったからな。
骨折したとしてもすぐに治るし、怪我したかどうかを確かめる術はないのだ。
「あと、魔王は超高温! アッシュ、なぜ溶けてない!?」
「あいつ熱かったんですね」
「いまさら!? アッシュ、熱さ感じない体質!?」
「さすがに限度はあると思いますけど、今回は熱さを感じませんでしたよ」
なにせ触ってないからな。
俺の拳が届くより先に、風圧で粉々になったのだ。
「とにかく俺は無事です! 引き続き修行をお願いします! ミロさんの魔力と体力が回復するまで、瞑想して待ってますから!」
「修行の必要ない! アッシュ、修行しなくても強い!」
「俺は魔法使いとして強くなりたいんです! 大魔法使いになるためには、ミロさんの修行が欠かせないんです!」
「無理!」
「どうして無理なんですか?」
「アッシュ、魔王に襲われても落ち着いてた! そんなアッシュを驚かせることできない!」
「それは魔王に襲われ慣れてるからですよ」
両手じゃ数えきれないくらいの魔王と戦ってきたのだ。いまさら襲われたところで驚きはない。
「ミロ、魔王襲撃に勝る驚きを提供できない! それ以上の驚き、この世にない!」
ミロさんは言い切った。
「つまり、修行は失敗ってことですか……?」
「そうとは言えない!」
がっくりする俺に、ミロさんが明るく叫びかけてくる。
「アッシュ、レッドドラゴンに食べられた! アッシュ、空から落ちた! アッシュ、地面に刺さった! アッシュ、魔王と戦った! アッシュ――ずっと落ち着いてた!」
……なるほど。言われてみれば、短い間にいろんなことがあったな。
魔王の最終形態を見たときは思わず叫んでしまったけど、残りの時間は平静を保つことができていたのだ。
「つまり、修行は成功したってことですか?」
「そういうこと! 武闘家の修行、量と質が大事! だけど魔法使いの修行、量より質が大事! 時間をかければ強くなるわけじゃない!」
「なるほど!」
密度の濃い修行を経て、俺の精神力は鍛えられたってことか!
「俺、魔法を使ってみます!」
魔力の増加を確かめるには魔法を使うのがてっとり早い。
いてもたってもいられず、俺は懐から魔法杖を取り出した。
大空から地面に叩きつけられたのだ。木製だったら折れていたかもしれないけど、俺の相棒は金属製。ちょっとやそっとじゃ壊れないのである!
ちなみに携帯電話はミロさん宅に置きっ放しにしているので無事だ。
「カマイタチを使うのかしら?」
「カマイタチはマスターしたし、今回はべつの魔法にチャレンジするよ」
「なにを使うのかしら?」
「カマイタチの次に魔力が必要な魔法だよ」
ピンとこないのか、ノワールさんは首を傾げている。
「いま見せてあげるよ」
「楽しみだわ」
わくわくした口調でそう言って、ノワールさんは俺のうしろにまわりこむ。
「さて」
風魔法のなかでカマイタチの次に魔力が必要な魔法といえば……あれだな。
その魔法のルーンを鮮明に思い出した俺は、物理的にカマイタチを発生させてしまわないよう慎重に魔法杖を動かした。
そしてルーンが完成した瞬間――
「よしっ!」
成功を見届け、俺は心のなかでガッツポーズを作る!
無事に魔法が発動したのだ!
ミロさんの修行は、本当に成功していたのである!
「なにも起きないわ」
ノワールさんがきょとんとしている。
「アッシュ、幻覚見てる? 頭、強く打った? 膝枕休憩、する?」
ミロさんが心配そうに話しかけてくる。
「幻覚じゃありませんよミロさん! あそこを見てください!」
「ミロ、目が悪い。あそこ、なにがある?」
「魔王の欠片が落ちてるわ」
「あれじゃないよ! そのとなり! 1メートルくらい右を見て!」
「……小石のことかしら?」
「そう! 小石だよ! わからないなら、軽く指で弾いてみて!」
「やってみるわ」
きりっとした顔でそう言うと、ノワールさんはビー玉サイズの小石を弾いた。
すぃぃー……こつんっ。
1メートルほど地面を滑った小石は、魔王の欠片にぶつかって動きを止めた。
「予想とは違う動きだったわ。なぜかしら?」
カーリングのように滑らかな動き方をした小石に、ノワールさんは戸惑っている。
「浮遊魔法を使ったんだ!」
浮遊魔法とは、物体を宙に浮かせる魔法である。
一応人間を浮かせることもできるけど、飛行魔法と違って自由に動くことができない。
言ってしまえば浮遊魔法は飛行魔法の下位互換。そのためあまり魔力を必要としないのだ。
だけど浮遊魔法は役に立たないわけじゃない。
魔力をこめればこめるほど重いものを浮かせることができるため、荷物の運搬なんかに使われているのだ。
「浮遊魔法を使えば、引っ越しが楽になるんだよ!」
「貴方の場合は担いだほうが早いと思うわ」
「アッシュ、家ごと持ち運べる!」
「そんな引っ越しは嫌です! 引っ越しをするときは魔法を使ってみせます!」
いまは小石を浮かせるので精一杯だけど、修行をすればあらゆる家具を運べるようになるはずだ。
けど、それだと普通の魔法使いだ。俺の目標は大魔法使いなのだから、大陸最西端に埋まっている『絶対に壊れない魔法杖』を回収できるくらいになってみせる!
さておき、ほんの数ミリとはいえ浮いた以上は浮遊魔法をマスターしたと言って過言ではない。
ティコさんのもとでカマイタチをマスターし、ミロさんのもとで浮遊魔法をマスターした。
ライン王国でふたつの魔法を使いこなせるようになったのだ。
このペースなら、世界中を巡る頃にはあらゆる風魔法を使いこなせるようになっているはずだ!
「俺に修行をつけてくださって、本当にありがとうございます!」
あらためてお礼を言うと、ミロさんはにっこり笑う。
「お礼、ミロの台詞! アッシュ、命の恩人! ノワール、ミロの戦友! ふたりはミロの友達! 感謝のしるしにご馳走作る!」
「楽しみだわ」
ノワールさんは嬉しそうにお腹を鳴らした。
グラーフの森にエファが来たのは、その翌朝のことだった。
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次話で4章完結の予定です。