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お姫さまに招待されます

 その日の朝。


 妙な湿っぽさを感じて目覚めると、ノワールさんが濡れていた。


「……」


 おねしょか?


 ま、まあいまのノワールさんは3歳児だし、おねしょするのはしょうがないけど……退化薬の効果が切れたとき、このことを思い出して恥ずかしがるかもしれないな。


 しかたない。たしかカバンのなかに水が入ってたし、誤ってこぼしてしまったことにするか。


 計画を練りつつ掛け布団をめくってみると、湿っぽさの正体はよだれだった。


 どうやらメロンパンの夢を見ているようだ。よほど食べたいんだろうな。


 なんにせよ、おねしょじゃなくてよかった。


 ほっとしつつベッドを出た俺は、窓の向こうへ目を向ける。


 背の高い建物がそこかしこに建ち並び、その向こうには立派な城が佇んでいる。近々祭りが開かれるのか、カラフルな装飾が町を彩っていた。


「昨日は気づかなかったけど……祭りがあるのかな?」


 俺たちがこの町に――ライン王国の首都ラーミナにたどりついたのは、昨日の夜だ。


 眠そうにしていたノワールさんの相手で忙しく、祭りの装飾に気づかなかったのである。


 これはノワールさんがはしゃぎそうだな。



「お祭りかしら?」



 いつの間にかノワールさんが目覚めていた。

 

「祭りっぽいね」


「今日あるのかしら?」


「さあ、どうだろ。今日か明日なら参加してもいいけど……」


 予定では今日の昼頃に列車でラーミナを発つことにしていた。その後いくつかの列車を乗り継ぎ、1週間くらいでグラーフの森にたどりつく計算だ。


 とはいえミロさんに約束を取りつけたわけじゃないし、数日くらいは予定を遅らせてもいいけど……さすがに何週間も祭りを待つわけにはいかない。


 とりあえず宿屋のおじさんに祭りの開催時期をたずねてみるとするか。



     ◆



 宿屋のおじさんから祭りの時期を聞き、ノワールさんはうきうきしていた。


 祭りは明日開催らしいのだ。それくらいなら滞在期間を延長しても問題はない。


「お祭り楽しみだわ。甘いものはあるかしら?」


 町を彩る装飾を見上げ、ノワールさんはそわそわしている。


 俺も祭りは好きなので、ちょっと楽しみになってきた。修行の息抜きにはちょうどいいし、明日は羽目を外そうかな。


「アッシュ、アッシュ」


「どうしたの?」


「お腹が空いたわ」


「じゃ、どこかで朝食にしよう」


 迷子にならないようノワールさんを抱え、飲食店を探す。手を繋ぐだけでもいいけど、へたするとノワールさんの手が粉々になってしまうのだ。


 そうして町を歩いていると、視線を感じた。


 町のひとたちが俺を見て、ひそひそと話していたのだ。


 ライン王国でなにかをした記憶はないし、きっと『魔王放送』を見て俺のことを知ったんだろう。


 かれこれ1年以上前になるけど《虹の帝王レインボー・ロード》との一戦は、魔王の魔法で大陸全土に流されたのだ。


 地図によると、小さな島国があるみたいだけど……『魔王放送』って、そこまで届いてるのかな? 赤点がひとつだけあるし、そのうち行って確かめてみるか。



「あのっ、もしかしてアッシュさんですか!?」



 そんなことを考えつつ歩いていると、同い年くらいの女の子が話しかけてきた。


「そうですけど」


 肯定したところ、女の子はきらきらと瞳を輝かせ、遠巻きにこっちを見ていたひとたちに手招きをする。


「ほらっ! やっぱりアッシュさんだったよ!」


 遠巻きに眺めていたひとたちが駆け寄ってくる。


「どうしてこの町にいるんですか!?」

「魔王を倒してくださってありがとうございます!」

「あのときは本当に死ぬかと思いました!」

「今日は旅行ですか!? ちょうどいい時期に来ましたね! 明日はお祭りなんですよ!」

「この娘は妹さんですか!? かわいいですね!」


 一斉に話しかけられて、ノワールさんがぽかんとしている。



「まあっ、アッシュ様がいらっしゃいますの!?」



 透き通るような声が響いた途端、人垣が割れた。そしてそこから、お姫さまみたいなドレスを纏った女の子が現れる。


 町のひとたちのささやきによると、彼女――プリミラさんは正真正銘のお姫さまらしい。


 見ると、プリミラさんのまわりには従者っぽい格好をしたひとたちがいた。


 お姫さまがどうしてこんな朝早くから街中にいるんだろ? 祭りの下見とかかな?


「アッシュ様は、そちらにいらっしゃるのですか?」


 プリミラさんは目を瞑ったまま、俺のいるほうへ顔を向ける。

 

 もしかして、目が見えないのかな?


「はい。俺はここですよ」


 返事をすると、プリミラさんはぱあっと表情を明るくさせた。


 侍女に手を引かれ、歩み寄ってくる。



「はじめまして、アッシュ様っ。わたくしはプリミラ・ローズベルグと申しまして……ええと、あなたのことが大好きなのですわっ!」



 ざわめきが広がり、プリミラさんは顔を真っ赤にする。


「も、もちろん恋愛的な意味ではなく、大ファンという意味ですのよっ? アッシュ様の勇姿を見てからというもの、ずっとお話をしてみたいと思っておりましたの! エルシュタット王国に住んでいらっしゃると聞いていましたので、まさかお会いできるとは思いませんでしたわっ。それで、えっと……もしよろしければ、お城へ来てくださいませんこと?」


 プリミラさんは大盛り上がりだ。


 断るのも申し訳ないし、それにお姫さまってことはライン王国に詳しいはずだ。もしかするとミロさんの情報が手に入るかもしれない。


「俺は構いませんよ。ノワールさんもそれでいいよね?」


「あら、お連れの方がおりましたのね」


「はい。ノワールさんといって、いまは3歳です」


「いまは……? 来年は4歳ということですわねっ」


 来年は19歳だけど、退化薬の説明をすると混乱させてしまいそうなので肯定しておく。


「はじめまして、ノワール様。わたくし、プリミラと申しますの。えっと……お菓子は好きですの?」


「好きだわ」


「でしたら、お城へいらしてくださいな。美味しいお菓子がありますのよ」


「行くわ」


 ノワールさんは乗り気だ。


 そうして俺たちは城へ招待されることになったのだった。



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