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かつてないほどの強敵です

 俺たちが氷の洞窟にたどりついたのは、ティコさんの家をあとにして3日目の昼下がりだった。


 ぽっかりとあいた空洞からは冷気が漏れているらしく、草木は霜で凍りついている。


「着替え終わったわ。……あう。転んでしまったわ」


 もこもこの服に着替えたノワールさんは、その場にしりもちをついてしまった。


 服がぶかぶかすぎて、ペンギンのようによちよち歩きしかできないのだ。


 つるつるの通路をひとりで歩かせるわけにはいかないため、俺はノワールさんを抱っこする。


 そうして準備が整ったところで、洞窟に踏みこんだのだった。


 一面氷に覆われた洞窟内には大小様々な通路があり、俺は広々とした道を進んでいく。


「貴方はここに来たことがあるのかしら?」

「ないけど、どうして?」

「だって、歩みに迷いがないもの。出口がどこにあるか、わかってるのかしら?」

「なんとなくね」


 アイスドラゴンは巨体だ。つまり、出口に繋がる通路はアイスドラゴンが通れるくらい広々としているはずなのだ。狭い通路は、きっとほかの魔物の巣に繋がっているのだろう。


「いまのところ緩やかな上り坂が続いてるし、きっと出口は山頂付近にあるよ」

「見晴らしが良さそうだわ」

「だね。そこから見渡せば、町が見つかるはずだよ」


 下山用の道があるかどうかはわからないけど、いまは洞窟から出ることだけを考えよう。


 俺はちょっとだけペースを上げることにした。加速しすぎるとノワールさんがぺちゃんこになってしまうけど、のんびりしているとノワールさんが風邪を引いてしまうからな。



 ガルルルルルル――!!



 無理のないペースで通路を駆けていると、うなり声が響いた。


 立ち止まって見まわすと、近くの洞穴から狼の群れが飛び出してきた。


「真っ白な魔物だわ」

「あれはホワイトウルフだよ」 


 ホワイトウルフは寒いところで散見される魔物だ。


 寒いところにしか棲息しないわけではなく、寒ければ寒いほど真価を発揮する魔物なのだ。暖かい地域だとほかの魔物の餌になるくらい弱いけど――こういう寒いところでは身体能力が何倍にも向上し、さらに凶暴化するのだと本に書いてあった。


 つまりホワイトウルフは、雪国に住んでいるひとにとっては魔王に匹敵するくらい怖ろしい魔物なのである。


「駆け寄ってきたわ。噛みつかれると痛そうよ」


 ノワールさんの実況通り、ホワイトウルフの群れが押し寄せてきた。鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる――!


 ふぅっと息を吹いてそれを撃退し、俺たちは先へと進む。


 通路を抜けると、吹き抜けのような空間に出た。天井は高く、てっぺんが霞んで見えるほどだ。


 きっとアイスドラゴンが寝床にしていた場所だろう。広々とした空洞には、たくさんの骨が散らばっていた。


「あそこに大きな骨があるわ」

「きっとアイスドラゴンの骨だよ」


 腐るような環境じゃないし、きっと死んだあとにホワイトウルフが食べたんだろうな。


「あそこに綺麗な花があるわ」

「きっと昔から咲いてる花だよ」


 育つような環境じゃないし、きっとアイスドラゴンの巣作りで凍りついたんだろうな。


「持って帰りたいわ。だって綺麗だもの」


 確かに綺麗だけど、まさかノワールさんが花に興味を持つなんてな。アイスドラゴンの骨といい、花といい、いままではメロンパンにしか興味を示さなかったけど、幼くなったことで好奇心旺盛になったのかもしれない。


 パキッ。


 粉々にならないよう慎重に茎をへし折り、ノワールさんに花をプレゼントする。


「大切にするわ」


 ノワールさんは嬉しそうに目を細めた。氷が溶けたら枯れてしまうけど、そのときは押し花にでもしてあげようかな。


「アッシュ、アッシュ」


 直接手に持つのは冷たいだろうと思い、花をタオルで包んでいたところ、ノワールさんがズボンを引っ張ってきた。


「今度はなにを見つけたの?」

「ホワイトウルフを見つけたわ」


 そう言って、空洞の中央を指さすノワールさん。



 そこには真っ白な鎧武者が佇んでいた。



「色は似てるけど、別物だよ」


 幼いノワールさんには同じように見えたのかもしれないけど、狼要素はゼロだ。


 逆に、色は違うけど暗黒騎士オーディン要素はあった。違いと言えば馬に跨がってないことと、剣を持ってないことくらいだ。



「お前、魔物だな?」



 確信を持ってたずねると、白騎士は甲冑をガチャガチャと鳴らして嗤う。



『フォッフォッフォ! いかにも! 我が名は《白き帝王ホワイト・ロード》じゃ! もっとも魔物は魔物でも支配する側――ありとあらゆる生物から魔王と呼ばれ、いにしえの時代より畏れられてきた存在じゃがな!』 



 魔王ってのは、どうしてこう……おしゃべりな奴が多いんだ? 寡黙な魔王って《風の帝王ウィンド・ロード》くらいじゃないか? まあ、どっちが良いとかの話じゃないんだけどさ。


 とにかく普通の魔物ならさておき、さすがに魔王を見かけて素通りするわけにはいかないな。


 野放しにすると暗黒騎士みたいに暴れまわるだろうし、目の前にいるうちに倒しておかないと。


「お前、暗黒騎士の仲間だよな?」


『フォッフォッフォ! あやつは暗黒騎士などではない! あやつは《黒き帝王ブラック・ロード》――かつては絶対君主として世界を支配しておった魔王じゃよ! もっとも、わしと出会った瞬間に魔王としての自信は砕けてしまったようじゃがのぅ!』


 あいつよりこいつのほうが格上ってわけか。


 とにかく否定しないってことは、仲間なんだな。


「あいつの仲間ってことは、敵討ちに来たのか?」


『否! 断じて否じゃ! わしらは強者を求めておるのでな! ニンゲンとはいえ《黒き帝王》を葬るほどのその力、殺すには惜しい! 惜しいのじゃ! ゆえに誇るがよい、ニンゲンよ! お主はニンゲンでありながら、わしらの同胞になれるのじゃ!』


「断る! 俺は魔王になりたいんじゃない。大魔法使いになりたいんだ!」


『フォッフォッフォ。常人離れした力を持ちながら、さらなる強さを求めるか。なんとまあ強欲なことじゃ。お主は充分強いじゃろ。さらなる強さを求めるより、殺戮遊戯に興じたほうが愉快ではないか! さあ――おとなしくわしのもとへ来るがよい!』


「断る!」


『フォッフォッフォ! 一度ならず二度までもわしの頼みを断るか! ニンゲン風情が、偉くなったものじゃのぅ! よかろう! ならばお主を葬り――《黒き帝王》を蘇らせてくれるわッ!!』



「アッシュは負けないわ」



 ノワールさんが一歩前に出て言い返した。


 危ないのでうしろに隠そうとしたところ、魔王が驚いたようにガチャッと甲冑を揺らした。



『そ、その魂の波動――お主、《氷の帝王アイス・ロード》か!?』



「私はノワールだわ」


『フォッフォッフォ! 正体を偽ろうと、魂の波動を誤魔化すことはできぬ! 姿形は変われど、お主は間違いなく《氷の帝王》じゃ!』


「本物のノワールだわ」


『愉快じゃ、実に愉快じゃ! あの《氷の帝王》とこんなところで出くわすとはのぅ! 同胞への土産話としてはこれ以上ないわッ! あとはお主を葬り、《黒き帝王》を蘇らせるだけじゃ!』


 バサッとマントをはためかせる魔王に、俺は魔法杖ウィザーズロッドを構えた。


 俺の魔法が魔王相手にどこまで通用するか、試しておきたかったのだ。


 いままでは武闘家の力で魔王を倒してきたけど――俺の最終目標は、魔法使いとしての力で魔王を倒すことなのだ。


 そのときは、大魔法使いになったと言ってもいいだろう。


『フォッフォッフォ! 無駄じゃ無駄じゃ! 確かにお主は強者じゃ! ニンゲン離れしておる! さぞかし死に物狂いの修行をしたのじゃろう! じゃが、修行をして強くなった以上、どうあがこうとわしに勝つことはできぬのじゃ!』


 なぜなら、と魔王は甲冑を揺らして嗤う。



『なぜならわしは――時を遡ることができるのじゃからなァ!!』



「なっ!?」


 時を遡るだって!?


 つまりこいつは、この場で俺と戦うんじゃなく――過去に戻って幼い俺と戦うつもりなのか!?


 きっとそうだ。過去で俺を殺せば、《黒き帝王》は真っ二つにならずに済むからな。



「貴方がいなくなるのは困るわ」



 俺の動揺に気づいたのか、ノワールさんが涙目でしがみついてきた。


 気持ちは嬉しいけど、困るのはノワールさんだけじゃないんだよな……。


 こいつが何年くらい過去に戻るのかはわからないけど……俺がいなければ、この世界のひとたちはひとり残らず土に還っているのだ。



 ――モーリスじいちゃんは『魔の森』で《闇の帝王ダーク・ロード》に倒され。


 ――ノワールさんはネムネシアでゴーレムに倒され。


 ――《土の帝王アース・ロード》によって全人類は土に還され。


 ――生き残ったひとがいたとしても、次々と降臨する魔王によって滅ぼされていただろう。



 いまになって、アイちゃんに感謝されたことの意味をきちんと理解できた。


 俺は魔法使いになりたい一心で行動していただけだけど、客観的に見ればそうじゃなかったのだ。



 俺は、この世界を何度も救っていたのである。



『フォッフォッフォ! いまさら同胞になりたいと言っても遅いのじゃ! 無論、わしを倒そうとしても無駄じゃ! お主が指を一本動かしたとき、わしはすでにお主を葬っておるのじゃからなァ! このわしに逆らった時点で、お主の死は運命づけられておるのじゃよ!!』



 こいつの言う通りだ。過去に戻れるってのは、そういうことなのだ。



『わしはあらゆる世界、あらゆる時代、あらゆる場所に思念体ドッペルゲンガーを送ることができるのじゃ! この力でありとあらゆる強者たちを葬ってきたのじゃよ! もっとも、わしが葬ったときはまだ弱者じゃったがのぅ!』



 俺は、16歳の頃には魔王をワンパンで倒せるくらい強くなっていた。


 だけど、生まれた瞬間から強かったわけじゃない。


 死に物狂いの修行を経て、いまの力を手に入れたのだ。


 首も据わっていない時期の俺が、魔王に勝てる保証はない。



『お主は類い希なる強者じゃ! じゃが、いかに強かろうと弱き時代はあったじゃろう! いまこの場でもお主を葬る自信はあるが、わしは弱者を――特に子どもをいたぶるのが好きでのぅ! わしに怯え、泣きじゃくり、許しを請う幼きお主を八つ裂きにしてくれるわッ!!』



 ……間違いない。


 こいつは……



『さあ――お主が刻んできた歴史を! お主が歩んできた歴史を! わしの手で空白の歴史に染め上げてやるのじゃ!!』



 こいつは――




『これが魔王に逆らう愚か者の末路じゃ!!』




 ――《白き帝王》は、いままで戦ってきたどの魔王よりも強敵だ!




『《時間遡行タイムアタック》!!』





 スパァァァァァン!!!!!!





 魔王が真っ二つになった。



 真っ白な血を噴出させつつ、ばたりと倒れる。



 ぴくりとも動かないところを見るに、すでに事切れているようだ。



 全然強敵じゃなかった。



「なぜ倒れたのかしら?」


 ノワールさんが不思議そうにしている。


「過去の俺がこいつの思念体を真っ二つにしたから、こいつも真っ二つになったってことはわかるけど……」


 しかし不思議なことに、俺にはこいつを倒した記憶がないのだ。


 こいつが使った魔法の仕組みはよくわからないし、思念体ってのがどういうものかもわからない。


 だとしても、過去にこいつと戦ったのなら、その記憶がないのは変である。


 ただまあ、許しを請う幼きお主を~とか言ってたし、ごめんなさいが言える年齢の俺に会いに行ったってことはわかる。真っ二つになったってことは、モーリスじいちゃんに弟子入りしたあとの俺に会いに行ったってこともわかる。


 そして、そのふたつがわかっていれば魔王の死因は明らかだ。


 あいつ、ゴーレムとか暗黒騎士みたいに事故死したな。昔はカマイタチの大盤振る舞いだったし、正確なタイミングまではわからないけど……まあ、気にするようなことじゃないか。


 細かいことが気にならなくなったのも修行の成果だ。ティコさんの修行を経て、俺は精神的に成長したのである。


 それに戦ってないに等しいけど、《白き帝王》との戦いで精神的に成長する余地があることがわかった。


 次の師匠候補――ミロさんのもとで修行に励み、どんな状況でも落ち着いていられる精神力を手に入れよう。


 そして大魔法使いになるんだ!


「さて」


 いつまでも寄り道してるわけにはいかないな。


 さっさと氷の洞窟を抜けないと、ノワールさんが風邪を引いてしまう。


 そうしてノワールさんを抱っこした俺は通路を駆け抜け、氷の洞窟をあとにしたのであった。



2話に分けようかと思いましたが、中途半端になるので1話にまとめました。

次話は過去アッシュと《白き帝王》の話です。明後日には投稿できると思います。



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