標的になりました
木々が真っ二つに切り裂かれた森のなかに、ふたつの巨体が佇んでいた。
『一向に戻ってこないので様子を見に来てみれば、まさか真っ二つにされておるとはのぅ。見るがよい、この切り口を。こやつを葬った魔法使いはよほど優秀なようじゃな』
真っ白な鎧武者――《白き帝王》が、足もとに転がる鎧をまじまじと眺めて言う。
『ふん。優秀だろうとしょせんはニンゲン! まさかニンゲン風情に葬られるとはな! 弱い弱いとは思っておったが、ここまでとは思わなかったぞ! この――我らの面汚しめが!』
真っ赤な鎧武者――《赤き帝王》が足もとに転がる鎧を踏みつけた。
じゅわっ!!
蒸発するような音を立て、黒き鎧は消滅する。
『じゃが《赤き帝王》よ。いくら弱いとはいえ、いま《黒き帝王》を失うのは、ちと痛手ではないか?』
『なにを言う。序列最下位が消えたところで、我らにとっては些事に過ぎぬ。なにせこやつは馬の力を借りねば異空間を行き来することすらできぬのだぞ。《白き帝王》ともあろう者が、いったいなにを怯えておるのだ』
『このわしが怯えるわけがなかろう。じゃが、わしらの使命を思い出せば、これが面白からぬことであることくらいわかるじゃろ?』
『言われずともわかっておる。あらゆる世界を巡り、強者を見つけだし、我らの同胞とする。それが我らの使命であろう』
『わかっておるではないか。つまりわしらは大望成就の妨害を受けたのじゃ。愉快なわけがないじゃろう』
『だが、我らの創る世界に弱者は不要であろう。ニンゲン風情に敗れた《黒き帝王》など死して当然ではないか!』
『それは否定せぬ。わしらが気にするべき事柄は、こやつを葬った者の正体じゃよ』
序列最下位とはいえ、《黒き帝王》はニンゲン風情に後れを取るほど弱くはない。
事実、100年前は無傷で帰還したのだ。
ニンゲンに危機感を抱かせ、成長を促し、強者を同胞に迎え入れる――前回は戯れただけだが、今回は真の強者を見つけだすため、本気で殺しにかかったはずだ。
だというのに《黒き帝王》は真っ二つになった状態で転がっていた。
いまは亡き《黒き帝王》を同胞として招き入れた《白き帝王》としては、葬ったニンゲンの正体を確かめなければならない。
そして新たな同胞として迎え入れるのだ。
だが、《赤き帝王》はそう思っていないらしい。
『ニンゲンの正体などどうでもよかろう。《約束の刻》まであまり猶予はないのだ。もう我らだけで充分であろう』
『フォッフォッフォ。相変わらず愚かじゃのう』
『愚かだと!? 貴様、この我を愚弄するか!』
拳を握りしめて臨戦態勢に入る《赤き帝王》に、《白き帝王》はガチャガチャと甲冑を揺らして笑う。
『ほぅ。お主、このわしに争いを挑むつもりか? わしの力を知らぬわけではあるまいに』
『我より一つばかり序列が上だからといって、いい気になるなよ? 確かに貴様の力は厄介だが、そう長く過去へは戻れまい!』
『本当にそう思うなら、かかってくるがよい。勝負は一瞬で決するがのぅ』
落ち着いて告げると、《赤き帝王》は拳を下ろした。
『ふん。いまは身内で争っている場合ではあるまい。違うか?』
『左様。いまは力を蓄える時じゃ。わしらと同様、あちらも力を蓄えておるじゃろうからな。ゆえに、同胞集めをやめてはならぬのじゃ』
『だが、これ以上弱者を増やしてなんになるというのだ? 貴様が招いた《黒き帝王》がこのざまなのだぞ!? 我らに比類する強者など、もうこの世には存在せぬ!』
同胞のなかでも一二を争うほど好戦的な《赤き帝王》は、いますぐに戦いたい様子だ。
だが、《約束の刻》まではまだ時間が残されている。
それに強者に心当たりがないわけでもないのだ。
『そうとは言えぬのじゃ。わしらに比類するかはわからぬが、《黒き帝王》を葬った魔法使いは同胞となるに値するからのぅ』
と、《赤き帝王》は興味を引かれたようにあたりを見まわす。
『……ふむ。言われてみれば、魔力の残滓はわずかに残っておるが、血痕の類いは見当たらぬな』
『じゃろう? 最弱とはいえ、無傷で《黒き帝王》を倒したのであれば、わしらに組みする資質はあると言ってよいじゃろう。あとは本人にその気があるか確かめるだけじゃ』
『ならばその役目、我に任せるがよい』
『そうはさせぬ。お主、勧誘の前に力試しと称して殺すじゃろ。過去にどれほどの同胞候補を殺したと思っておるのじゃ』
『殺した弱者の数などいちいち覚えておらぬわ! 貴様もそうであろうが!』
『否定はせぬよ。じゃが、今回はわしに任せるがよい。わしなら勧誘に失敗しても《黒き帝王》を蘇らせることができるのじゃからな。序列最下位とはいえ、少しは役に立つじゃろ』
『ならば我は、貴様が戻ってくるまでの暇つぶしにニンゲン狩りを愉しむとしよう』
『好きにするがよい……と言いたいところじゃが、お主はヴァルハラへ戻り、同胞たちに此度の一件を報せるのじゃ。虐殺はそれが終わってからでも遅くはなかろう』
『……よかろう。狩りはあとで愉しむとしよう』
『フォッフォッフォ。そのときはわしも愉しませてもらうとするかのぅ』
『ふん。好きにするがよい』
そう言うと世界移動で空間に亀裂を走らせ、《赤き帝王》は姿を消した。
『さて、わしも向かうとするかのぅ』
魔力の残滓を道標として強者の居場所を特定した《白き帝王》は、氷の洞窟へと瞬間移動するのであった。
100話目です!
風邪を引いてしまいましたので、今月はあと1話くらいになると思います。