異世界に転生しました
どこなんだ、ここは?
目を開けると、俺は見知らぬ場所に寝かされていた。
俺はぼんやりとした頭を働かせて、寝る前の記憶を思い起こす。
んっと、確か日課の鍛錬を積んだあと、親父の指示で一〇人以上の門下生と真剣勝負をしたんだよな。
そのあと風呂に入って、録画しといた深夜アニメを見て、それから……
あれ? アニメを見たあとなにしたっけ?
てか、アニメ最後まで見たっけ?
……いや、見てねえな。
そういえば魔法少女が宿命のライバルに向かって必殺技を放ったところで、目の前が真っ暗になったんだっけ。
で、なんでそうなったかというと、鍛錬中に頭を強打したのが原因だった気がする。
風呂に入ってるときも気分が悪かったし、アニメを見てる途中に気絶しちまったんだろうな。
てことは、ここは病院か?
きっと俺が部屋で倒れてることに気づいて、親父かお袋が病院につれてってくれたんだろう。
心配してるだろうし、俺が無事だってことを教えてやらないとな。
俺は呼び出しボタンを探すべく上半身を起こそうとしたが、身体が重すぎて、思うように動けない。
なんていうか、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
ま、ナースコールできないんじゃしかたないな。
同室のひとに迷惑かもしれないけど、大声出して看護師さんを呼ぶしかないか。
「おぎゃぁっ、おぎゃあぁっ」
なんか変な声出た!?
いやいやいや! ちょっと待って!?
俺の声、こんな感じだったっけ!?
もっとこう……ワイルドだった気がするんだが……。
ま、まあこの際声に関してはどうでもいい。
声変わりがどうでもいいと思えるくらい、もっと重大なことに気づいたのだ。
俺の手、すげえ小さくなってる!
思いきり殴れば鉄板に拳のあとを残せると言われるくらい大きく、屈強だった俺の両手が、とっても可愛くなっていたのだ。
なんというミニマムサイズ……。
動きは鈍いけど、俺の思い通りに動く。
てことは、こいつは正真正銘俺の手ってわけだ。
信じたくはないけど夢とは思えないリアル感だし、きっとこれは、あれだな。
どうやら俺はアニメを見ている最中に死んで、赤ん坊に転生しちまったらしい。
やったー! 転生したぞー! 新しい人生の幕開けだー!
……なんて、うかれたことは思わない。
だって、死んじまったってことだもんな、俺。
一人息子の俺が死んじまったんだ、親父もお袋も悲しんでるだろうな、きっと。
稽古中は鬼のように厳しかった親父だが、俺は自分に厳しく他人にも厳しい親父のことを心から尊敬していた。
お袋のことだって、同じくらい尊敬している。もうお袋の手料理が食べられないんだと思うと、すげえ悲しくなってくる。
うちの道場に通う門下生たちも、俺のことを慕ってくれていた。年上が多かったが、敬ってくれていたのだ。
そんな俺の人生を彩る大切なひとたちを悲しませてしまったんだと思うと、申し訳なくなってくる。
かといって、落ちこんでばかりいてもしょうがない。
死んじまったのは不運だったが、転生したのはラッキーだ。いわゆる、不幸中の幸いってやつだな。
せっかくの転生だ。
今度こそ、やり残しがないように――悔いのないように二度目の人生を謳歌してやろうじゃないか!
俺は小さな手をぐっと握り、そう誓ったのだった。
◆
異世界に転生して二年が過ぎた。
自力で歩けるようになった俺は何度となく家の外に出る機会に恵まれた。まあ、精神年齢は二十歳を超えたが、実年齢はまだ二歳児なので基本的に親同伴なんだけどね。
とにかく、だ。
自力で外の世界を見ることができるようになり、俺はすげえ事実に気づいてしまった。
まず、俺の交友範囲(つっても0歳~12歳の狭い世界なのだが)にいる連中に『お前、前世の記憶持ってる?』ってな質問をしてみたところ、決まって『は?』みたいな顔をされた。
なかには『アッシュくん(これは俺の名前だ)、頭打っておかしくなっちゃったの?』とか言ってくる奴もいたが……まあ、ある意味正解っちゃ正解だ。
要するに、違う世界から転生を果たしたのは俺だけってわけだ。
あと、俺の身体は死に物狂いの(まあ最終的にマジで死んじゃったんだけどね)鍛錬で身につけた武闘家としてのスキルも完璧に記憶していた。
なにぶん二歳児の身体なので鋼鉄に拳のあとを残すことはできないけど、それは筋肉が足りないからだ。単純な戦闘能力――たとえば喧嘩で勝つのに必要な技術は完璧に備わっているので、俺は同年代の子どもとの喧嘩に負けたことは一度もない。
つっても、二歳児に勝ったところで虚しいだけなんだけどな。
だからというわけではないが、俺はこっちの世界――異世界ヘクマゴスでも武術に精を出すつもりはない。
なにせ異世界ヘクマゴスには、魔法が存在するのだから。
しかも、魔法は特別なものではない。
人類全員が魔法使いなのだ。
この世界では、魔法が日常的に使われているのである!
道場に生まれ、物心つく前から武術の稽古ばかりしてきた俺にとって、アニメは唯一の娯楽だった。
様々なジャンルを分け隔てなく愛してきたが、特にはまったのがファンタジーだ。その世界でど派手な魔法を使うキャラクターたちを見て、俺はいつしか魔法使いに強い憧れを持つようになった。
幼い頃は、親父に隠れて魔法の練習をしたもんだ。
もちろん小学校に上がる頃には、魔法使いは架空の存在だと理解したが。
しかし、しかしだ。
そんな魔法を、この世界では誰でも使うことができるのだ!
いまはまだ使い方がわからないが、五歳児くらいの子どもが魔法を使って丸太を薪にしている光景を見たことがある。
そのくらいの年齢になれば、自然と身につくものなんだろう。
俺はその瞬間が訪れるのを待ち遠しく思いつつ、今日も食って寝るだけの生活を送るのだった。
◆
異世界ヘクマゴスに転生して五年が過ぎた。
俺は椅子に腰かけ、ぼんやりと夕日に染まる窓の向こうを眺めている。そこでは、となりに住んでる子どもが魔法を使って水遊びをしているところだった。
あいつ、俺より一つ年下なのにもう魔法を……!
俺は嫉妬心に燃え上がる。
けど、べつにあの子が特別優秀ってわけじゃないんだ。だって、ほかの子たちも同じように魔法を使ってるからな。
五歳にもなって魔法が使えないのは、この町では俺だけだ。
つっても、俺に魔法の才能がないってわけでもない……はずだ。
学校に通ってないので魔法の仕組みはわからないけど、魔法を使うには魔法杖が必要ってことは知っている。
理論上は魔法杖がなくても魔法を使うことができるらしいけど、そんな魔法使いは歴史上ただのひとりもいないらしい。
ましてや、俺と同い年くらいの子どもが魔法杖を使わずに魔法を使えるわけがない。
つまり、魔法杖さえあれば俺にも魔法が使えるはずなのだ。
俺は精神年齢的に成人している。なので両親に『あれ買って!』『これ買って!』と甘えたことはない。
けど、今日は俺の五歳の誕生日なのだ。
それに、俺の異世界ヘクマゴスにおける願望は『魔法を使いたい』以外にない。
よって、俺は生まれてはじめて親におねだりすることにした。
「あのさ、俺、魔法杖がほしいんだけど……買ってくれない?」
できるだけ可愛くおねだりしたつもりである。
するとどういうわけか、父さんと母さんは気まずそうな顔をした。
どうしたんだろ?
お金がないなら、無理にとは言わないが……。
そう言おうとしたところ、
「……明日買いに行くから、今日はもう寝なさい」
父さんがそう言った。
えっ、マジで!?
ほんとに買ってくれるの!?
いよっしゃああああああああああああああああ!!
ついに! ついに魔法杖が我が手に!
前世では武術を極めたが、今世では魔法を極めてやる!
大魔法使いに、俺はなるのだ!
俺はうきうきしながら、どんな魔法杖を買ってもらおうかな、予算はどれくらいかな、なんて考えつつ、ベッドにもぐりこむ。
興奮しすぎてなかなか寝つけなかったけど、やがて睡魔が訪れた。
俺はゆっくりと夢の世界に落ちていく。
「けっきょく、アッシュには××が浮かばなかったな……」
「やっぱり、××しかないの?」
「しょうがないだろ。××が使えない子どもは、一生苦労するんだ。それに、まともな職にもありつけない。そんなことになるくらいなら、いっそいまのうちに××したほうがアッシュのためだ」
「まさか、うちにそんな子どもが生まれるなんて……」
「お前のせいじゃない。運命だと思って、諦めよう」
「ひどい親でごめんなさいね……」
母さんの泣き声が聞こえたような気がしたが、夢か現実かわからなかった。