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Pain  作者: 廣瀬 るな
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第二十五話 再会

 なぜに上司命令で見合いなんかする事になるのかさっぱ分らない。イギリス文化圏への赴任には伴侶が絶対必要だとか御託を並べていたが、今の直の上司の小暮さんは笹川さんの同期で二人は異様に仲が良かったから、酒の上での悪巧みがあったに違いない。大方、賭けでもしていたりするんだ。

「あいにくと時間の都合がつくほど休みをもらっている訳ではないので。」

と嫌みをぶちかましてやったら、あの過密スケジュールの合間にいきなりぽこんと休みが入った。そのせっかくの休日に横浜のホテルまで行けと言う。パワハラの一言も行ってやりたい。しかも相手の情報が俺には全く秘密だという。笹川さんは一体何を連れてこようとしているんだろう。


 そのくせ俺が今担当している作家が急に原稿が上がったから取りにこいと午前2時に編集室に連絡があって、

「木下、今日の休みは午後半休に変更。彼女の機嫌損ねるとアレだから、午前中行ってとにかくもらって来い。」

と深夜に携帯が鳴る。こんな時代だから原稿だってネットで送信すればいいものを

「それじゃ気分が盛り上がらないでしょ。」

とあの女は言う。それに対して、

「ごもっともでございます。」

と言わなければいけない。俺が逃げない様に直接俺には電話をかけず、編集室を通す所がまた腹の立つ。どうやら俺は彼女に気に入られているらしい。こんなとき、文芸担当の編集者はつくづく男芸者だと思う。これも勉強だとやっているが、早く古巣の報道担当に戻りたい。

「見合い相手はお前さえ良ければ即オッケーって話しだし、ま、とにかく顔見せるだけでいいから大丈夫。相手のお母さんが相当乗り気らしくって、娘を早く片付けたいらしい。そうそう、“ひろかわゆうりちゃん”の写真見せてもらったけど、ありゃ美人だ。期待していて良いぞ。笹川情報じゃ性格もかなりいいらしい。スタイル抜群、料理も上手で親孝行。文句ないだろう?じゃ、そういう事で、おやすみ。」

初めて耳にした相手の名前。彼女と同じ響きを持つ名前に嫌悪感を感じた。それだけで気分が滅入る。俺がゆうりの名前の妻を持てるはずが無い。出来る訳が無い。ただでさえ乗り気じゃなかった見合いなのに、その名前で俺は行くことすらボイコットしたかった。

 とりあえず後輩の日野に3時間後に迎えに行くと連絡を入れた。彼をピックアップし高速で軽井沢に向かう途中、いつも使っているワインセラーに連絡を入れる。ドンペリに、フランス物のチーズに生ハムメロン。ペットの駄犬はイタリア産パルマが好きだ。ああ、面倒。何が悲しくて御機嫌取りなんか。それに真っ赤なバラの花束。俺の車の中は強い香りで膨らんでいて、助手席の日野もうんざりしているようだった。

 仕事の内容と給料が釣り合わない。将来の為の勉強だと言われても、嫌気がさす。5ヶ月後の赴任の予定が無かったら俺はこの会社を辞めていただろう。

 帰りの首都高で新宿を抜けたのは昼の1時を過ぎていた。見合いの時間にはとうてい間に合わず、今朝の時点でキャンセルしてほしいと小暮さんには伝言を伝えていた。正直、断る良い口実になっていた。

 第一本人に会わず釣書だけを見て承知の返事をするような女だ。いくら美人で笹川さんのお墨付きが有ろうと、俺と考え方が合うとは思えない。

 俺はこのままでいい。

 一人の女を愛し独身を通す、などと体裁の良い事じゃない。今でも勇利に未練が有るというただそれだけの事だ。情けないと思うヤツにはそう思っていてもらって結構。

 午後の出社も確実な事となり、助手席の俺はスケジュール調整の為ディスクに連絡をした。すると

『小倉さんは神戸に急遽出張になって、今日来てませんけど。』

と電話口から気の抜けた声がし、あろう事かその瞬間俺の携帯は充電が切れた。

「こういう時こそ、いつも持ち歩いているばかでかい携帯が訳にたつんじゃないですか?古いメモリーも入ってんでしょう?」

日野は俺が見合いを嫌がっていると知っていて、分かった様な口をきく。しかし肝心のそれも今朝バッテリーアウトしていた。今まで2回交換している。先週は、何ヶ月かぶりに鳴った携帯の呼び出し音が俺の神経を逆撫でし、リダイヤルを押すべきなのか眠らずに何時間も悩んだ。出た瞬間切れたのだから、それをするのは馬鹿だと知りながら、押さえられなくなりそうな自分がいた。電話の向こうから彼女の声の空耳さえ聞こえた。だからもう限界で、日本を離れる今、全てを捨てて行くつもりだった。


 JRに乗り換えみなとみらい駅から突っ走り、息せき切ってやって来たそのホテルはやたらと威圧的だった。並みいるホテル群の中でひときわ目立ち、必要以上にゴージャスで昔懐かしのバブルの匂いがするホテル。

 生のカサブランカが中央のフラワーベースに山のように飾られている。その脇を通り過ぎようとした時のことだ。ひらりと何かが揺れた。それは蝶の文様の振り袖で、刺繍の重さの為にまるで生きているかのように翻った。その華やかさに見合いをする事の気重さを改めて感じた。学生の頃の友人が彼女に振り袖の値段を訪ねた所、着物100萬に帯200萬と言われたそうだ。つまり着物を着るイコールかなりの金額を必要とするイコール人生の節目に着る、と言う事らしい。今日の見合い相手も気合いを入れているのだろうか。あの笹川さんが一緒ならば間違いない。俺は歩みを進めながらその振り袖を目で追った。すっきりとまとめられた後ろ髪。その幾本かがうつむく白いうなじに張り付いていた。真っすぐにのびた背筋が印象的だった。その姿は何となく勇利を思い出させる。

「まさかな。」

その時だった。彼女がゆっくりと振り向いた。

 ぼんやりとした瞳、疲れた様な表情、それでいてくたびれてはいない華やかさを醸し出すその姿態。

 彼女は小首をかしげ俺を見た。高校生だった頃の日焼けは姿を消し、ほんのりと色づく頬と、その左の側面に微かな傷跡が浮き上がっていた。

「勇利・・・・。勇利なのか?」

まさしく彼女だ。夢にまで見続けたその人だ。俺は考えるよりも早くぽかんとする彼女まで一気に歩を詰めた。

 幻でも見ているのかと思った。

「ずいぶん綺麗になった。」

俺の記憶の中にいる少年のような勇利は、まるで羽化した蝶の様だった。

「元気に・・・・していたかい?」

6年。あれから6年が経つ。今の彼女はあの時の俺と同じ年になっていた。

「おかげさまで。」

その一言に思わず

「良かった。」

と答えてしまった。特に何をと考えていた訳じゃない。ただ、彼女がこうして生きていて、例え俺を忘れたとしても普通に生活している事が嬉しかった。その喜びを彼女に伝えたかった。

 引き止めた勇利は、もう既に決まった人がいる、うつむいたままそう告げた。だから会いたくないと。その両手を強く握り、拳を胸に当てたまま俺の目を見ようとしなかった。

「こんな私でもいいと言ってくれる人がいるんです。」

彼女はそう言った。なんて残酷な言葉。

 勇利には解っていない。自分の目の前にいる男は、勇利で無ければ駄目なのに。誰でもない、勇利だけを欲している男がいるのに、彼女は自分をなんだと思っているのだろう。あの時勇利の幸せの為にと身を引いたつもりが、今の彼女はちっとも幸せそうじゃ無い。

 もし言うのならば、もう俺を愛していないと言って欲しかった。今の人を心から愛しているからと。

 身を翻し逃れようとする彼女の腕をつかみ、俺の元へと引き寄せた。

 その瞳に宿っていたのは、見間違えるはずが無い、叫びだしたくなりそうなほどの俺への想いだった。

 糞ったれ!!

 俺は何もかもをののしった。絵里子さんも基も笹川さんも婚約者もペドフェルも何もかも、過去も全て消えてなくなればいい。

 勇利の事を心配する振りをして傷つける偽善者達。お前らが大嫌いだ!!

 俺と勇利の仲を裂く物全てを俺は打ち壊してやる。

 勇利を自由にしてやる。今度こそ、連れ去ってやる!


       


              Pain     つづく




彼は彼女が結納を済ませたものだと勘違いしている様で・・・・。

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