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Pain  作者: 廣瀬 るな
21/28

第二十一話 攻防

「二度と会って欲しくない、そう言われて

『はい、そうですか』

と簡単に引き下がるほど、僕は子供ではないんです。せめて彼女の口から聞かない事には納得できないんです。」

俺は単刀直入に切り出した。憮然とした表情を目の前にし、謝ろうなどという気はとうに失せていた。

「確かに18歳という年齢は僕たちから見た場合まだ未成熟かもしれません。ですが今まで彼女がどれほど大人である事を要求され続けていたか、あなたになら分るはずです。」

その怒りは、今更親の顔をし始めたこの女に向かっていた。勇利は今までの人生を一人で歩いて来たようなものだ。その上に母親という名の重しの面倒を看て来た事も知っている。例え生活のためとはいえ酔いつぶれた母親を介抱する時の彼女の気持ちを、この女は考えた事が有るのだろうか。

「勇利は自分で僕を選んでくれたんです。だから僕に諦めさせたいのならば、彼女自身の意志が欲しい。もし本人が二度と僕に会いたくないと言うのだったら、決して異は唱えません。潔く従います。」

寂れた喫茶店のテーブル越しに向かい合う彼女は、俺の言葉に負けず劣らず厳しい声で応えた。

「見え透いているんです。」

その一言で、俺たちは理解し得ない存在だと思い知らさられた。

「あなたが私たちを家まで送ってくれていたのだって、遊里が目当てだって事、分からないとでも思っていたんですか?あの子の関心を惹きたかっただけでしょう?」

それは当たらずとも遠からずだった。

「あなた、幾つ?27?8?それこそ、立派な社会人なんでしょう?これがね、あなたの弟さんみたいな同級生だったら分かるの。でも、あなたは違う。」

言わんとしている事は分かっている。

「年齢差が何だと言うんですか。例え僕の方が精神的に優位であったとしても、騙したつもりは全く有りません。社会的にはそうなると言われても、自分の気持ちは曲げられない。色々な意味で責任をとれと言われたとして、全うする心づもりはあるんです。」

訴えたければ訴えればいい。俺は彼女を守る為ならば最後まで戦う。

「全く。あなたと言う人は。」

その声は震えていた。

「あの子の気持ちを考えてやる事は出来ないんですか?あんな事が有って、遊里がどれほど落ち込んでいるか。きっと想像もつかないんでしょうね。」

確かに俺達はしてはいけない事をした。基の気持ちを知っていて一線を越えた。だからといって彼女は現実から目をそらすほど勇気のない人間では無いはずだ。少なからず、俺を選ぶと決めた時、決心をしたはずなのだから。

「それに私も遊里も責任を取ってほしいなんて思っていません。むしろ責任は取ってほしくないんです。」

今の俺達にとって大切なのはそんな事よりも、お互いの気持ちを確かめ合う事だった。その事でどんな障害でも乗り越えてみせる自信が有った。  

 それに俺は責任感だけで彼女と結婚しようなどと言い出すつもりは無かった。もしそれならば、純粋に愛し合って一緒になるつもりだった。


 そんな俺の視線を絵里子さんはふとかわし

「遊里のため、そう言っても駄目ですか。」

と、以前に比べてずいぶんの血色の良くなっているその顔に干涸びたしわを浮かべた。

「あの日入院した病院で先生に言われました。娘さんと話し合って欲しいって。」

その声は妙に乾いていた。

「頬以外目立つ傷は無いけれど、明らかに危害を加えられたって、先生は断言していました。頭をもの凄い力で揺すられ続けたとしか考えられないって。遊里は必死になって階段から落ちたって言っていたけど、そんなのあり得ないそうです。頭にはたんこぶ一つ無いんですから。それにね、女の子がそう言う見え透いた嘘をつくのはだいたい暴行された時なんだって教えてもらいました。その上あの子がその相手をかばっている事ぐらい分かりました。親ですからね。」

二人の間に沈黙が流れた。性交渉が有った事を言いたいのだという事はすぐに分かった。同時にそれは彼女がレイプ検査を受けるはめになった事を暗示していた。きっと勇利が違うと言えば違うと言うほど周りの人間は彼女に同情し、壊れ物を扱うかの様に接した事だろう。それはあの子が最も嫌う感情で、独りそこにさらしてしまった事に居たたまれない気持ちになり、俺は目を伏せてしまった。あの時、俺がしっかりしていなかったばかりに彼女にどれだけ負担をかけてしまったか。

『大丈夫だよ。』

そんな作り笑いが目に浮かぶようだ。あの表情を、二度と作らせたくはないと思っていたはずなのに。

「遊里は何が有ったか絶対話してくれないようです。だったら私も聞きたくないんです。思い出させる事で苦しめる事になるならならそっとしておいてあげたいんです。もしあの子があなたを信じているんだったらそれでいいんです。親の満足の為に訴える気もありません。だから、誰がどうしてあの子を傷つけたかなんて知らなくていいんです。過ぎた事を蒸し返して、あの子の傷に塩を擦り付けるまねはいやなんです。話し合わなければいけないなんて、そんな・・・・。」

彼女はコップの水を一気に飲み干し肩で息をした。

「それにもう一つ言われました。心配なのは心の傷と、性病と妊娠。後の二つは検査で調べられるし、薬を使えば何とかなる時代です。でも、心の傷だけは・・・・どうにもならないでしょう。だったら母親の私が支えてあげたいと思うのが当然でしょう。」

その言葉は偽善だと思った。この女はこれからも勇利を飼い犬の様にならしておきたいだけなんだと。ここで負ける訳にはいかない。俺は本来の目的を思い出し、顔を上げた。

「避妊をしなかったのは確かに僕の落ち度です。ですが僕たちは愛し合ったんです。それは決して汚い事じゃない。彼女の意に添わない事を強要した訳じゃない。ましてや騙そうなんて気持ちは到底無かった。」

彼女はまっすぐに俺を見つめた。このとき初めて気がついた。勇利の目はお母さん譲りだ。

「どうしてそれを信じられると思うの?年ごろの女の子を相手に避妊をしない様な男を?それがあなたの言う大人の行動なの?私が見たのはね、脳しんとうを起こして、怪我をして、ぐったりして、それでも心配かけない様に演技している自分の娘なの。自分が傷ついているのに、親の事を気遣っている子供の姿なのよ。」

返す言葉が無かった。ただ、愛していたから、それが理由にならない事は百も承知だった。必死で言葉を探した。

「本当に愛していて、大切にしているんだったら絶対に違ったはず。あなたが自分を大人だって言いきれるんだったら、我慢していたはずだから。それが出来なかったから、こういう事が起きたんじゃないの?もしあの子があなたとの事をなんとか自分に納得させて綺麗な思い出にしたいって言うのなら、それはそれで仕方が無いと思う。そうでもしなかったら、遊里だって自分の心を守れないでしょう?でもね、だからこそ私はあなたには近づいて欲しくない。」

彼女の言葉には正当性があった。

「僕はただ・・・。」

それでも目をそらす事だけは出来なかった。勇利が感じた苦しみは、俺が負わなければいけないはずのモノで、目をそらす事はそれから逃げる事の様な気がしたからだ。

「あの子が、優利が欲しかった。」

自分が醜かった。結局、そうだったから。彼女を幸せにしたい、そう言いながら、自分を押さえられなかった。

「それで彼女も幸せになれると思ったんです。」

それが説得力の無い言葉だと言う事に気づきながら、どうしても言わざるを得なかった。

「僕たちは、愛し合っているんです。」

“ 愛している”

その響きがこれほどまで虚しいと感じた事は無かった。


 母親はため息をついた。

「あの子がどうして男の子の様に振る舞うようになったか聞いた事あります?ボクシングが好きだから、とか言ってごまかされたんでしょうけどね。」

その口元に自傷的な笑いが浮かんだ。理由は聞いている。そう言ってやりたかった。でもそれをためらわせる何かを感じた。

「遊里が髪の毛いじるの嫌いな事も知っているんでしょう?」

探る様な目線。話しの流れが変わり、打って変わった様な穏やかな口調。

「どうしてか、聞いている?」

訳も無く冷や汗が出るのを感じた。

“いろいろあつてね。いつかその事、兄貴になら話せる気もする・・・・”   

髪をいじるのは馬鹿な女みたいだと話す彼女の冷めた声が蘇った。



               Pain       つづく


兄貴は絵里子さんの事を侮っていましたね。


ところで、ですが。第十八話冒頭部に書ききれていない R18 なお話しが有ります。

このサイトはR15 Max になるので、リンクを貼る事が出来ません。

18歳以上でご興味の有る方はブログの方からお入り頂ければと思います。

どうよ!ってくらい甘いお話です。




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