第二十話 見えない力
現在同時進行中の Left Alone のネタバレを含みます。ただ、
こちらを読んでも大きな差し障りは無いと思います。
勇利の携帯の番号も自宅の電話も知らなかった。ましてやどこの病院に行ったかなんて。頭を抱え連絡を待つ。それ以外方法が無く、玄関のドアの閉まる音を聞きながら、基の事はどうでもいいと思った。
そして夕方に鳴り響いた携帯の向こうにいたのは、彼女の母親だった。
『とりあえず無事ですから。そう伝える様に言われました。聞こえましたよね。』
初めて耳にする乾いた声が、病院らしいアナウンス越しに聞こえた。
命に別状はないと聞きほっとしたのもつかの間。俺はどうしてこんな時間に母親からの電話なのか疑問を感じた。
『精神的に参っているんです。何が有ったか知りませんが。』
彼女の口調はざらついていた。
『しばらく病院にいます。もう、連絡、つきませんから。』
そう言って電話を切ろうとする気配に慌てた。
俺はどうしても彼女の声が聞きたかった。勇利の口から無事を確かめたかった。絵里子さんにもきちんと会って説明したかった。
「話を。話を聞いてもらえませんか。お願いします。今しか時間がないというのなら、余計に。お願いします。今日の全ての責任は僕にあるんです。だからどうか、話だけでも聞いてください。」
懇願を繰り返す俺に彼女はにべもなかった。
『何が有ったか知らないって言いませんでしたか。ですから私はあなたが何を言っているか分りません。』
「お願いします。せめて伝言を伝えてください。弟が勇利さんとは高校の同級生なんです。紛らわしいのですが、肇と、彼女に伝えてください。兄の方が連絡を欲しがっていると、大切な話が有る、そう伝えてください。必ず。」
『あの子は今混乱していますから。どうして私が電話しているか、その理由位自分で考えられないんですか?電話すら出来ないんですよ。それに、あなたの番号は遊里から聞きました。もしあの子にその気が有れば、いずれあの子の方から連絡するでしょう。それよりあの子はまだ子供だから気持ちを落ち着ける時間が必要だって言う事が、大人のあなたには分らないんですか?』
俺は電話を握りしめた。
『親の立場から言わせてもらいますけどね、正直、そんな人間とは二度と会ってほしくないんです。』
そう言って回線は断ち切れた。
携帯は二度と鳴らなかった。
基はその晩家を出た。
残された荷物は少しずつ整理されていき、日中俺がいない時に弟が帰ってきている事を気配で感じていた。
親からの電話で基の伝言を聞いた。残った荷物は全部捨てて欲しいと。それから勉強に専念するから、家にはもう戻らないと。
何が有ったかなどと問わない所が親らしかった。
1週間、俺はひたすら連絡を待ち続けた。片時も携帯を離さず。それ以外に手が無かった。
いい加減痺れが切れた。仕事も何も手につかなかった。傷は治ってもいい頃なのにどうして彼女は連絡をくれないのだろう。何をしても埒が明かなかった。もしや、脳震盪を起こしダメージを引きずっているのではないか考えると、いても立ってもいられなくなる。
そして疑心暗鬼に陥る。俺を愛していると言ったのは嘘だったのか、もう嫌になってしまったのか、と。
俺を頼って欲しかった。
会いたい。その一言に尽きた。
この想いは蕾のまま萎れて行くのだろうか。不安が俺を苛んだ。
そして疑問が沸き上がる。何かがおかしい。
俺と勇利を阻もうとする力を感じた。
その朝俺は彼女の家に車を走らせた。有給休暇は捨てるほどある。
目的は一つだった。
アパートの近くに車を止めると、丁度絵里子さんが通りを向こうに歩いていった所で、1階の角部屋には勇利らしい影が揺れていた。後ろめたさを感じなかった訳ではない。それでも彼女が去るのをじっと見送り、それからゆっくりと車を降りた。
これからしようとしている事は、勇利を母親の支配から引きはがす事だとはっきりしていた。二人の関係はどこかがおかしかった。勇利の孤独は絵里子さんとの生活に関係していると不思議なほど確信していた。だったらいっその事、俺と暮らせばいい。俺には彼女を守る強い意志が有った。
勇利にはあの母親を捨てられない。例え寄生されていると知っていても、その所為で身動きできないほど束縛されていると知っていたとしても、彼女にはできない。だから俺が鬼になればいい。誰もが抵抗できないほど一思いに攫っていってやる。
基との事もいつか時が解決してくれる。俺は自分に言い聞かせた。俺達は愛し合っているんだと。
表札を確かめようとしたその時、小さな手が俺の肩をつかんだ。振り向くとそこには怒りに満ちた目が見上げていた。
「その節はお世話になりました。あなた、木下肇さんですよね。」
憎まれている、そんな気がした。
Pain つづく
暗雲が立ちこめております。二つ目の 修羅場 と言えるかと。