第十五話 一線
俺の心臓は早鐘のように打ち付けていて、体はむさぼるように彼を求める。そのくせ彼をどう愛していいのか分らず戸惑い、弾け飛びそうな理性を押しとどめていた。
「好き、兄貴が好きなんだよぅ。」
勇利ののど仏の無い首筋が動いた。そう、この時になって初めてその事に気がついた。
知らず知らずのうちに俺の手は彼のシャツをめくり、少し汗ばんでいる肌をまさぐっていた。滑らかな産毛に覆われた引き締まった肌。少年というにしても細すぎる腰。これがどうして男の体だと言うのだろう。俺は自分に呆れた。
勇利はまぎれも無い女だ。手のひらにかすかな彼女のふくらみが触れる。
もしかしたら自分はその事を認めたくないと思っていたのかもしれない。勇利を男だと信じていたからこそ、弟の恋人とここまで距離を詰めることができたのだから。それを認めていたら、その時点で俺は完全に勇利の前から姿を消さなければいけなかったのだ。
俺は自分の持っている無意識の欺瞞にあきれた。
彼女の柔らかな腕が俺を誘う。本能が勇利の唇を覆い舌を絡ませた。頭の底から痺れ、理性が吹っ飛んだ。
渇望が解き放たれる。狭いソファから彼女を降ろした。焼尽きそうだった。
「愛して。」
涙声の勇利が俺の頭を引き寄せた。他に何もいらない。勇利だけが欲しかった。
「愛してる。」
俺は今まで言う事が出来ずにいたその言葉をほとばしらせていた。
頭の隅で誰かが囁いた。
“ 止めろ。その線を越えるな。弟の恋人を寝取る気か。 ”
俺はその声に切り返す。
“ 彼女は俺を欲している。勇利が望んでいるのは、誰でもない、この俺だ。 ”
それこそが本心だった。
暖かい日だまりの下に転がりながら俺達は何度も深い口づけを交わした。その度に彼女は泣き出しそうな、それでいて口元を綻ばせ、迷いの無い表情で俺を見上げた。
優しい勇利。綺麗な勇利。可愛い勇利。涙もろくてか弱い勇利。子供の様に純粋で、まるで天使だ。
彼女のシャツを脱がせ、白い肌に跡を残す。甘い香り。蕩けそうな声。濡れた瞳。全て俺に向かって咲く花のようだった。
愛おしい、愛おしい。
俺は爆発しそうになる欲望を必死になって抑制した。ゆっくりと愛してあげなければいけない。無理強いではなく、精一杯彼女が受け入れてくれるかたちで。誰よりも大切にしたい人だから。
「大丈夫だから。」
見上げる勇利が俺のためらいに気づいた。
「もうすぐ生理、来るから。」
ああ、そうだ。勇利はまだ子供で、俺は大人だと思い出さされた。
「危険が無い訳じゃない。君を傷つけるかもしれない。」
この子を無知だと思う。たとえ1%のリスクでもリスクはリスクだ。俺は体の下にいる勇利に小さな口づけを落とした。
「欲しい。でも、それだけじゃない。」
大切にしたい。
「他のヤツには許した事無いから。」
あどけない瞳が見上げた。
「基にだって一度も許した事無い。どんなに大丈夫って知っていても必ずつけさせたよ。」
その指が俺のシャツの襟に触れ、お願いって言っていた。
息を呑んだ。俺は未来を夢見ても良いのだろうか。
「授かった時の覚悟は有るのか?」
勇利は小首をかしげると、困った様な、甘えるような声で尋ねた。
「産んでもいいの?」
その答えはなんて単純。
この時の俺は迷う事なく勇利と歩く将来を望んでいた。
厄介な声が
“ 早まるな ”
と言っている。
“ いいさ ”
俺は言い返す。
“ 望む所だ。責任を取る覚悟は出来ている。”
もしかしたら勇利を一生縛る事になるかもしれないこの行為を俺は止められなかった。
どうしても彼女をつなぎ止めておきたかった。勇利が心変わりする事の無い様に。運命が二人を引き離す事の無い様に。
「大事にするから、勇利の事。将来も何もかも。」
その言葉を唇で彼女の全身にスタンピングした。
服を脱いだ俺の素肌に彼女の爪がかりかりと当たった。
「愛して・・・・。」
繰り返す勇利にゆっくりと躯を重ねた。彼女は壊れるんじゃないかと思うほど繊細だった。
それでも俺の体に回された手に力がこもり、太陽のような笑顔を浮かべた。
Pain つづく