第十三話 卒業
高校の卒業式は雲一つない快晴。俺は弟のハレの日だからと、以前から午前半休を申請していた。
結局あれから謝って来たのは基の方だった。
「俺、考えが甘かったって兄貴に言われて分かった。でも、自分の気持ちに偽りは無いから。兄貴、いつも言ってるじゃん。
“ 自分が忠誠を誓うのは自分自身にだけだ ”
って。やっぱ、俺だってそう生きてみたいし。」
そう言って俺を見据えた。
「勇利の事愛してるけど、正直言って今までさんざん酷い目合わせて来てる。だから、これからはあいつの事大切にするってかたちで、自分に忠実に生きてみたいんだ。」
それから家のスペアキーを欲しいとも。
「大学決まったら、勇利と将来の事じっくり話し合う。話し合って結論を出す。あいつに将来を受け入れてもらえたら、その時は俺、兄貴に遠慮なんかしない。」
きっぱりと言い切った基の目は、一人前に男だった。
それならそれで良い。勇利が幸せである事。それが望みのはずだと必死に自分に言い聞かせた。
そんな物思いに浸っていると、式の直前になって携帯にコールが掛かった。
“ 緊急 ”
無視しようとしたその時、会場に向かう人ごみの中で彼の姿を見つけ、初めて会った16歳の輝きを失わない勇利に目眩がした。この日を嬉しそうに笑い、艶のある髪が揺れている。
俺は気づく。俺は勇利を一目見たくってここに来たんだ。基の祝いだなんて嘘だった。二度と会いたくないと誓いながら、口実を探し、人波の中にまぎれこっそりと見つめるチャンスを伺っていたのだ。
不意に彼が辺りを見回す仕草に、慌てて背を丸めた。
会場を抜け出すのは簡単だった。基にする言い訳も。ただ一つ。勇利の事を振り切る事以外は。
その翌日、俺は徹夜明けで家に帰って来た。
昨日の電話は玉突き事故の知らせだった。8台の車両のほとんどが半損。しかし死者は無しと言う奇跡的な話しだった。負傷者の家人と話しをし、それぞれのヒストリーを伺った。こういう瞬間、俺は自分の仕事を好きになる。人にはその人それぞれの歴史が有って、他人には分らない苦しみや痛みが有る。それを土台に強く生きようとするヒトの生命力が好きだ。だからそれを掘り下げる事ができるこの仕事を好きになる。
その高揚感を抱え玄関を開けたはずだった。
真っ先に目についた見慣れたスニーカーと、同時に聞こえた軽やかな2階からの足音。
足音は踊り場の手前でぱたりと止まった。
止まった理由なんか分っている。
俺に会いたくないから。
基は大学の発表を見に行き、帰りは夕方だと言っていた。勇利がそれを知らないはずが無い。だから帰って来たのが俺だと知っている。
勇利は俺に会いたくなんかない。
疲れが湧き上がって来た。もう、よそう。惨めになるだけだ。俺は何も考えず、玄関脇の自分の部屋に直行した。
起きたのは基からの電話のせいだった。合格したと弟は落ち着いた声で話した。それから今晩勇利も一緒にお祝いするから、出来れば早く返ってきて欲しい。驚かせるとこが有る。そう笑った。最後に食べるものを買ってから5時には帰る、そう告げると彼は一方的に電話を切った。
その後眠れなくなった。こんな時いつもならジムに行く。汗をかけば体も軽くなる。でも今日に限ってそんな気分じゃなかった。
シャワーを浴びた後リビングにいた。正確に言うと、勇利を待っていた、そんな気がする。もし彼が基から連絡を受け、俺に知らせようと思ったら降りて来るだろう。喜びを共有しようと。そんな淡い期待を持った。
そのくせいざ彼が降りて来ると俺は戸惑うばかりだった。
トイレから出ようとした時だ。人の近づいて来る気配を感じながらドアを開けると、彼の後ろ姿が素早く振り向き、何事も無いように俺の方に歩みを進めた。そんな見え透いたやり方で誤摩化されるはずが無い。彼は俺に会わないように引き返そうとして、でも上手く姿を消せなくて諦めたのだ。
それほど会いたくなかったか。
彼らしくなく、勇利は俺と視線を合わせようとしなかった。
二言三言話し、彼にトイレを譲る。その時になってようやっと俺を見た。その視線に喉が渇いた。そのくせ俺はリビングに戻りかけながら、彼の背中に声を掛けた。受験は上手くいったのかと。楽勝のようだった。言葉が途切れる。基の合否を知っているかと問うと、彼は少し慌てた。トイレのドア越しに勇利の顔が覘き、会って直接聞く事になっているから、そう言った。その顔はいつになく不安そうに見えた。
ああ、俺はまた心臓を掴まれた。そんな顔、しないでくれ。
「何か飲まないか。」
俺は二流のナンパみたいに彼を誘った。今時よほどの間抜けじゃなきゃ惹かれない言葉。その言葉が終わると同時にドアは音をたてて閉まった。
日中勇利に会うとこはほとんどなかった。それでも何回か顔を会わせるときが有り、お客様に絶対に旨いと自信のあるミルクティを入れてあげようと言うと、その度に基が
「こいつはそう言う甘い物は飲まないんだ。」
とおかしそうに断った。自分は飲みたいくせに。勇利は勇利で、
「お前も節制しろよ。」
と笑っていたのを覚えている。
この二人の間にはなにがしかの協定がある事は分っていた。それは、勇利の嗜好云々もあるが、トレーナーを務めているという自覚からか、一緒にトレーニングをしたり、減量もしたり、かせを自分に課しているのではないかと感じる事が時々あったのだ。
基は太らない体質をいい事に、チョコレートを好んで食べていた。ああ見えて甘い物が大好きなのだ。勇利だけがルールに従おうと努力する姿が何ともいじましかった。
飲まない、そう言われても、今日の俺は彼の為にとっておきのミルクティを入れてやりたいと思った。出来るなら彼の心を癒してあげられる様な、いつか記憶の底で思い出してもらえるようなほんの一杯を。
今を限りに、俺は勇利に会う事も無い。そう言えば、と思い返す。学生の頃仲の良かった親友達とも卒業を皮切りに距離ができ、それぞれの人生を歩み始め、いつかすべてが過去の事になり。それでも毎日がつつがなく過ごせている。
だからきっと、俺の気持ちもいつかは分からないが終止符を打つ事が出来る日が来るに違いない。そう思う以外に方法が無かった。
Pain つづく
Apple Excite ブログのページに“ 5分でブログができますよ♪ ”と有りまして、昨夜いきなり思い立ち作成。
5分でできない事は無いけどさ・・・・。ハマっちゃいました。
折角だから良いページ作りたくなるじゃん!
でも、こっち書く方が優先。やばっ、て、引き返しました。
ブログの達人様、いらっしゃったらアドバイスくださいね〜。