短編「梅」
ちょっとした作品。とちゅうからグダグダだと思いますが、最後まで読んでいただけると感謝です。
夏になると、どうしても梅酒が飲みたくなる。ただ喉が渇いた時はお茶でも水でもそれこそ普通の酒でもいいのだが、夏と感じさせられるような衝撃を受けた時、どうしても梅酒が飲みたくなってしまう。
ある日、長野の実家から手紙が来た。内容はオババの葬式。オババはばあちゃんの事。由来は知らない。だけど昔っからそう呼んでいた。
この夏は別に予定も入れてなかった為、実家へ行ったついでに休み中ずっと泊まっていくことにした。男手の少ない実家ではきっと喜ばれることだろう。軽い気持ちで、冗談半分で、そう思っていた。
実家は山にある。山にはそれなりの田んぼがあり、全部家の物だそうだ。只、オジジ(じいちゃんの事)が死んでからは男がいなくなったので、今ではほったらかしになっている。それでもオババは畑だけでもと、お袋と一緒に農業を続けていた。トマトにキュウリ、ナスにカボチャにコンニャクと、とにかく色々作っては東京に出ていた俺まで送ってくれた。
毎年夏になると段ボールの中にはおっきなおっきな瓶が入っていてガッチリと蓋がされていた。中には梅の入った酒、そう、梅酒が満ポンに入っていた。そして、手紙が必ず添えられており、
「今年もぎょうさん出来た。足りんくなったら手紙をおくれ。あんまり飲み過ぎんなや。ババより。」
と、書いてあった。飲んだ方がいいのか飲んだらあかんのかよく分からない文に毎度微笑みながらこの一瓶を大切に飲んだ。
今年から野菜や果物を、お袋一人で作るのだろうか。きっと無理だろう。女手一人ではな。俺は来る途中にある畑を見ながらそう思った。
家に着いた。もう親戚のおじさんやおばさんは集まっていて俺が最後だったらしい。俺は一通り挨拶をして回り、席に着いた。和尚さんの声だけが無心に響いている。なんとも言えないどんよりとしたこの線香臭い空気が嫌いだった。オジジの時もそうだった。早く外に出て涼しい夜風に当たりたいと、心の中で念仏のように繰り返していた。
オババの死に顔を俺は見なかった。オババの死を受けいれたくなかったからだ。俺は死を、受け入れたくなかったんだ。
和尚さんが役目を終えて出てくると、今度は火葬だ。幸い近くにほんの小さなそれでも立派な火葬場がある。歩いてでも行ける距離なので俺たちは歩いて行くことにした。
その日はやけに暑い日だった。黒い礼服では余計に熱を吸収してその暑さを倍増している。頰に滴る汗を感じながら俺は1人呟いた。
「ああ、梅酒が飲みたい。」
周りの人にそれが聞こえたのかそうでないのかは分からなかったが、その時ペットボトルのお茶をすぐさま口にしようとしたあの叔父さんはきっと聞こえていたのだろう。
火葬はあっけなく終わった。涙を流す暇もなく、本の十数分、それが映画のようにカットされたかの如く。決して泣かなかった訳ではない。泣けなかったのだ。
俺は死が何より怖い。死んだ後、どんな世界にいるのか、そこは苦しみがあるのか、今まで集めてきた物はどうなるのか、友達や家族は泣いてくれるのだろうか。私利私欲にまみれたような人物であるが為、どうしても利己的に、満足できるようにと考えてしまう。そして、そんな風に考え出すとどうしても死ぬという事を恐怖してしまう。そう、死は恐怖だ。
俺は火葬中、恐怖に哀しみが押し殺されて涙を流せなかった。あれだけ優しくしてくれたオババに。それが悔しくて直ぐに火葬場を抜け出し家に戻った。
裏口にあるちょっとしたスペースから一段下がった台所。その水道の下に見つけた、一つの大きな瓶を取り出した。中には梅と大量の液体が入っている。蓋を開けると、ツンと鼻に来る独特の香りが広がり、周囲の温度を惑わすかのように爽やかな気持ちにさせられた。うん、これぞ梅酒だ。俺はすぐさまコップ一杯に注いで、少しばかりためらいながら、グッとその一杯を飲み干した。
「ふぅ、はぁ、これだ。これを待っていた。」
手に持ったコップをぎゅっと握りしめながら、俺は不思議と子供の頃を思い出していた。
僕がまだ小三だった頃の夏。ここに暮らし、オババと一緒にいた。決して裕福でも住みやすい所でもなかったが、僕は何かこの場に夢中になって無邪気に遊んでいた。その日は川へ泳ぎに行ったんだ。僕は河童で決して溺れない自信があった。だけど前日の雨で水が増えていたから、僕は産まれて初めて溺れた。あの時オババが止めたのを無視して泳ごうとしたから。僕はなされるままに流されて、やっと浅瀬で助かった。帰ってオババに無茶苦茶に怒られたのを覚えている。
いつの間にか日が暮れていた。親戚の見送りで外に皆いる為、家には俺一人だった。俺は梅酒を水道下へと戻して、自分の部屋へ移動した。誰にもばれないように。
風呂から寝室に戻る時、俺はふと、昼に飲んだ梅酒の味を思い出した。とても酸っぱくて、ほんのり甘くて、そしてどこかあたたかい味。懐かしい、ここで梅酒を飲むのは20年ぶりぐらいになる。初めて梅酒を飲んだのも小三の頃だった。オババに怒られたあの日、こっそり飲んだ梅酒。正直苦かった。だけどまた飲みたいと思った。次の一杯を汲んで、飲んで、また汲んで、また飲んで。そう繰り返しているうちに朝になり、空っぽの瓶を抱えて眠っていた。もちろん、その日も怒られた。でも、オババは怒った後にはいつも優しかった。その優しさがとっても好きだった。
次の日、俺は母さんに家を継ぐことを伝えた。学生時代から何にも手伝っていないので、全く農業を忘れてしまっている。それでも、今はできる限りやってみようと思った。自分の為じゃなく、人の為でも無いかもしれないけれど。死んだ後の事は分からないけれど、今を生きようと思う。オババのようになりたかった。ただ、それだけの思いだった。
夏が来て、俺はどうしても梅酒を飲みたくなった。ただの水でもお茶でもジュースでも良かったのだが、今日みたいな暑い日はどうしても梅酒が飲みたかった。オババの梅酒が。
最後までありがとうございます。酒も飲んだことがない若者ですので表現に憶測があります。お気に召されなかった方には申し訳ないです。
後書きを書く暇もない、という感じなので、申し訳ないですがこのぐらいで。
ありがとうございました。