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the Artist of Broken Body

更新の停滞、もうしわけありませんでした。

ブレイクアーツのサービス停止に伴い、個人的にモチベーションを維持することができていませんでしたが、勝手ながら続けさせていただきます。


 あの日まで、あたしはあたしの将来を確信していて、そして何より疑わなかった。

才能、環境、そしてそれを基板とした絶対的練習、訓練、鍛錬。

鬼嶋という看板を背負うに足る者としてあたしは確実に一歩ずつではあるが進んでいた。

日毎に充足していく己の技量を更に磨き上げることは快感で、あたしの鍛錬癖は周囲の人間からは少しばかり奇妙に写ったんじゃないだろうか。

朝起きてまずすることは、自分の競技用ライフルをじっと眺めたり触ったり匂いを嗅いだり柔らかい布切れでその全身を綺麗に磨いてやることだった。

そうしなければあたしは一日を始められなかった。

そうして小一時間を掛けてあたしの半身を愛でたあとに、わずか15分も掛けずにさっさと身だしなみと朝食を済ませて、あたしは嬉々として半身を担いで家の裏へと向かう。

まだ太陽が半分も出ていない薄暗い射撃場。

レンジは最長で250mほどの個人で持つにはずいぶんと立派な射撃場だ。

鬼嶋の二代目、あたしの曽祖父が私財を投げ打ち裏の山を改装して作ったものだと聞いている。

その射撃場に幾つかしつらえてあるレーンの一つに立ち、あたしはイヤーマフを付けて半身を組み立てる。

硬質カーボンフレームのボディに朝の冷気でひんやりと冷たい鋼鉄のバレルを差し込み、バレル下部のレイルシステムにバイポッドを留める。

肩を軽く当ててストックの位置を調節し、ゆっくりとボルトを前後させ感触を確かめる。

「今日もいい調子だ」

そうつぶやいてあたしは手元のボタンを押した。

合わせて視界の遠く遠く、150m程度のところで何か小さな物が立ち上がるのが見える。

爪の先ほどのサイズのそれは、競技用の的。

まだライフルは覗かない。

代わりにあたしが覗いたのはカメラの望遠レンズのような機械。

片目でそれを覗くと、遠く遠くの的がまるで手で掴めそうなほどに拡大される。

「150m、0.2メートル、ジャスト北に近いけど若干東寄りかね」

その望遠鏡のレンズに見える目盛りと吹き流しのたなびき方からあたしは大体のアタリをつけ、今度こそライフルに手を伸ばした。

レイルシステムにどでかいスコープを取り付け、スコープを覗きながらスコープのくびれ部分に幾つかくっついている歯車のようなネジをかちかちと回す。

そうしてあたしの視界には再び的がはっきりと見える。

 あたしがやっている射撃競技は数年前にビッグボアから派生したヴァリアント・ビッグボアと区分される競技だ。

150m、200m、250m、300mの4段階の距離を一つのライフル、一つのスコープのみによって射撃し、その精密性を競う競技である。

しかも使用するのはレーザーやエアーあるいはコイルではなく、火薬を使用した実包のみ。

 あたしはそばの箱から弾を一つつまみ上げる。

.338ラプアマグナム弾をベースとして競技用に改良された8.58mmヴァリアントマグナム。

ビッグボアの最大口径が8mmだということを考えればそこそこな大口径弾だ。

それをライフルの右側にある隙間、エジェクションポートから一発だけチャンバー内に送り込む。

ゆっくりとボルトを前に送り、感触を確かめた。

これで、この銃は一発だけ、弾を放つことができる。人殺しの道具になったわけだ。

しかしあたしのこいつは人殺しの道具ではない。あたしの生きる道を示す唯一無二の半身だ。

スコープは自然な体制でそっと両目を開けて覗き込む。

呼吸は浅く、長く、しかし止めることなく。

引き金に指を触れる。

あたしのライフル、レミントンVBR-44カスタム、愛称ケアシノスリ、はフェザータッチだ。

引き金は引き絞るものじゃない。撫でるように落とすもの。

そして朝の清浄な空気を容赦なく切り裂く轟音。

肩を蹴飛ばされるような反動。

どこかで鳩の騒ぐ声が聞こえたような気がした。

朝イチのショットはブルズアイのわずかに斜め下を撃ち叩いている。

これを元にあたしは再びスコープの調節ネジを数ノック弄り、今度は箱のなかからまるで筆箱のようなサイズの金属箱を取り出し、ケアシノスリのお腹にそっと押しこむ。

そうしてからボルトを一度往復させた。

金色に輝く真鍮の薬莢が転がり、代わりに新しい弾薬が送り込まれる。

次はもう逃さない。次はど真ん中を抜く。

そんなビジョンが鮮明に浮かび上がる。

外すとか、逸れるとか、そんないい加減なネガティブなイメージは微塵もあたしの頭のなかには混ざらない。

今から5発、マガジンが空っぽになるまであたしの弾は狙いをあやまたない。

引き金に触れた。




「さすが、鬼嶋始まって以来の才媛だ。オレも鼻が高い」

ちょうど5発を撃ち切ったとき、不意に後ろから声をかけられた。

イヤーマフを外しながら振り返ると、そこにいたのは、

背の丈180をゆうに超える長身に彫りとシワの深い顔とかすれた声、白灰混ざった短髪が相まってまるで枯木のような男。

「じぃさん、お早いお目覚めで。うるさかったか?」

「うちの連中からしたらちょうどいい目覚ましだろうさ。それに年寄りは目が覚めるのが早くてな、気にすることはない」

鬼嶋十三郎。

あたしの祖父であり、戦国の世から数えても天下一の弓取りとまで称された男。

競技が違うばかりに腕を比べることができないのが悔しい相手だ。

「やはり銃は弓とは違うな、あの距離でも真っ直ぐ飛ぶのは見ていて面白いようでもあり怖くもあるよ」

ケアシノスリをちらりとみて祖父は微笑む。

「お前は鬼嶋をしょって立つ者になるだろう。鍛錬に励むのも結構なことだがあまり無理をして体を壊しては元も子もない、上がって茶でも飲もう、史乃が持ってきた受けもあることだしな」

十三郎はそう行って枯れ木のような腕であたしの頭を軽く撫でた。

あたしは頷いてケアシノスリを手慣れた動きで分解してやる。

この時から丁度10時間後に、あたしは、




目が覚めたときまず感じたのは頭に巻かれた包帯の違和感と鼻に差し込まれた酸素吸入器のむず痒さと、疼痛。

病院か、と考えながら思わず手で払いのけようとしてしまうが、どうもうまくいかない。

「サクラッ!」

大きな声に驚き、重い体をよじるようにして声の方を振り向くと、祖父の十三郎が顔面蒼白、非道い形相でこちらを見ていた。

いつも微笑んでいるような男なのに一体どういうことだろうかと可笑しくて笑ってしまいそうになる。

しかし笑おうと体に力がこもった拍子に、全身を痛みが襲う。

思わず顔をしかめると、祖父が慌てた様子であたしの枕元のスイッチを推した。

「サクラ、オレが分かるか?目は見えるか?声は聞こえるか?」

「見えてるし聞こえてるよ。それより体が重ったるくてしょうがねぇ……何があったんだ」

昼ごはんを食べて、いつもの様にケアシノスリを抱えて射撃場に行ったことまでは覚えている。

そこからがわからない。

「サクラ……」

十三郎はそこで悲痛そうに顔をしかめた。

「何黙ってんだよじぃさん。話してくれなきゃわかんねぇよ」

ちょうどその時、部屋のドアが開き、医師と看護師が連れ立って入ってくる。

「鬼嶋さん、呼吸器外しますね」

看護師はそう言うとあたしの顔にかかっていた呼吸器をそっと取り払う。

「どうも、話がしづらくって困ってたんだ」

楽になった声であたしは祖父に再び問いかける。

「んで、何があったんだよ。こんな病室に寝かされてるくらいだから事故でもあったんだろうってのはわかるけどあたしはこうして生きてるし頭もしゃんとしてるじゃねーか。死んだわけじゃねーんだしちゃんと話してくれよじいさん。まるで通夜みたいな顔してるぜ」

「サクラ……落ち着いて聞いてくれ」

「なんだよ」

「銃の暴発、いや、弾薬の爆発事故が起こった」

思わずため息が出る。

「マジかよ……ケアシノスリはどうなった」

十三郎が黙って首を振る。

「ダメか……ったく、電脳技術が進化したって物は壊れるんだから世知辛いよな……ケアシノスリが……そうか……」

ショックだ。

半身を失った気分だ。

ケアシノスリはあたしの生きる意味であり指標であり目標だった。

モノである以上いつかは壊れるってことはわかっちゃいたが、まさか事故で失うとは思ってもみなかった。

「でもよ、まぁケアシノスリはまた作るさ。ケアシノスリがダメになったって残ってるパーツくらいあんだろ?ネジ一本でもいいんだ。次のヤツに受け継がせてまた出直しだ、あたしが死んだわけじゃねぇ」

「サクラ……続きがある」

十三郎の悲痛そうな顔は更に歪み、あたしではなく病室の床を睨みつけているようだった。

「サクラ、目は見えているんだろう」

そう言って十三郎はベッドを操作してあたしの上半身を起こし、木でできた手鏡をあたしの左手に握らせる。

「なんだよ、顔でも焼けただれたのか?気にすんなじぃさん。顔なんてあたしはどうでもいいんだぜ?」

そう言って口角を歪めながらあたしは自らの顔を鏡に写す。

「うっわ、ひでぇ包帯だな。それに擦り傷もあるな。で?大したことは無いじゃねーか、驚かすなよったく……」

そしてちらりと目に入るあたしの肩から下。

手から力が抜けた。

シーツに手鏡が沈む。

震える左手で、力の入らない左手で、ゆっくりと右側を確かめる。

くび、うなじ、鎖骨、肩、そして脇腹

無い。

くび、うなじ、鎖骨、肩、脇腹

無い。

肩と脇腹の間にあるはずのものがない。

腕が、ない。

「どういうことだよ」

呟くけれど、どういう言うことかなんてあたしが一番わかってた。

十何年使い込んできたワンオフ物のあたしの腕が、そこにはなかった。

腕を、失った。

「これじゃ、ストックを支えられないじゃねーか。ボルトが引けねぇ、そして何より」

引き金を落とせねぇ。

言葉にしてあたしはようやく認識した。

あたしはケアシノスリという半身を失うと同時に、肉体の半身までもを失い、

将来を失い目標を失い、支えを失った。

目頭が焼けた石のように熱くなる。

「うっ……うそだろぉ」

嗚咽混じりの声と共にシーツに染みが広がる。

「生きているのが奇跡なんだ。君はわずか1メートルもない至近距離で二十数発の弾薬を乱射されたのと同等の状況に置かれたんだよ。ウチに運ばれてきた時点で、死んでもおかしくない出血量と傷の広さだった。私からは多くは言えないが、生きている奇跡を無下にすることだけは、してほしくない。医療的なサポートはこちらでも全力を尽くす。電脳義肢もある。精密な動作の保証はともかく、日常で違和感ない動きをする義手だ。リハビリは厳しいだろうが、これからをどうするかしっかり考えてくれ」

医師はそう言うと、看護師を連れて部屋を後にする。

「もう、射撃は無理なのか」

あたしは呟く。

「諦めるな、今の義手は電脳化のお陰で相当精密な動きをする。人の腕より精密という話もある。金なら心配いらん、使いどころのない金ばかりは唸るほどあるのだからな」

祖父が励ますように背をさすりながら言うが、あたしが一番わかっていた。

「じぃさんもわかってるくせに甘いことを言うなぁ。機械の腕じゃろくに当たらねぇよ。精密さどうこうじゃねぇ、十数年間あたしはあたしの腕を使い込んできたんだ。今更出来合いの別物をくっつけたって、ろくに使えねぇ。パソコンで言えばOSもドライバも違うインターフェースをうまく扱えるかって問題だ」

あふれるモノを抑えこむようにして、あたしは現実を確認するように吐き出す。

「あたしの射撃生命は、死んだ」




今後とも更新を続けていきます。

よろしくお願いします。

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