the Day of zero hour -intermedio-
ブレイクアーツの二次創作です。ご容赦ください
また、サイトの利用方法について日が浅いため、文字列の乱れや記号の乱れなどがある場合にはお知らせください。
Twitter……Nosuna_Iori
経験や証拠の裏打ちを持たぬ自信など、濡れた紙切れより脆いものだ。
自信ですら無い、もはや妄執にも似た物だった。
もしかしたら、ある時何かが弾けて、才能が目覚めるんじゃないかって。
「そんなこと……あるわけ無いじゃないか」
コクーンから這い出てて、着替える気力も起きないままにロッカー室のベンチでじっと床を見つめる。
体に張り付いた流体回路のしずくがまだらに滴るのを見ていると、自分の中の去勢まで垂れ流しているような気分だった。
あと三十分と少しほどで一回目のデビューレースが始まる。
コースはテスト用のトラックコースとは格段に難易度の違う、レース用コースだ。
醜態を晒し笑われる、いや、ともすれば笑われることすら無いまま、何一つ残せないまま消えていくだろう。
それを変えたかった。穂浦から聞いた話で、ともすれば僕にも一縷の望みがあるのではないかと期待していた。
甘い。
適性を持たぬまま勝ち続けた彼と、彼に憧れただけの僕間には茫漠たるといえるほどの大きな差がある。
ハートとは、器だ。
一度欠け、傷が入ればもう二度と使い物にはならないだろう。
今の僕にあるハートは、もはやこれまでといったところまで追いやられている。
トドメを待つばかりの敗残兵だ。
「いや、違うか。戦ってすらいない僕は、負けることすらできないのか」
勝敗を競うステージに上がることすらできぬまま逃げ帰る臆病者だ。
忘れてしまおうか。
なかったことにして、そっと仕舞いこんで忘れてしまえば楽になれるんじゃないか。
そんな考えが優しい毒のようにじわりと心を舐める。
ロッカー室のドアが開いた。
「お、さっきの、……名前なんだっけ」
受付で出会った彼女だった。
どうやら彼女も今からウォーミングアップをしに来たようだ。
「いろんな人に挨拶してたら遅れちゃってさ。ウォームアップするなら声かけてくれたら良かったのに、練習相手いた方がいいっしょ?」
ロッカーに荷物を押し込みながら話す彼女だったが、ちらりと僕を見て、
「なんだそのなっさけないツラ。本当にさっきと同じ奴か?別人みたいな顔になってんぞ」
そう訊いてきた。
「部坂倫ノ助だ」
「ん?」
「僕の名前だよ。君は?」
首だけを彼女に向けて言う。
「キシマ。鬼退治の鬼に、山編の嶋で鬼嶋。そんでカタカナでサクラ」
鬼嶋サクラ、どうにも苗字と名前でアンバランスな名前だ。
「鬼嶋さん、」
「サクラでいい。苗字はちょっとゴツすぎるだろ、あたしも名前で呼ぶ」
「じゃぁサクラ、君は自信ってあるかい?」
僕の問いに、自信か……、とすこし逡巡するように間を開けてから、
「無いわけじゃないけどなぁ、むしろ売るほどあって困るくらいかな。でも自信がないままやっていくって辛くないか?自信がないってことはずーっと自分を疑ってるってことだろ?それじゃぁパフォーマンスはフルに出せないと思うぞ」
ま、あたしはいちいち考えるのが面倒くさいから根性論で押し切るのが好きってだけなんだけどな。
そう付け足し、彼女は僕に訊き返す。
「あんたには無いわけだ。いや、そのツラみりゃわかるけどたったいま世界の終わりでも見てきたって顔だな。どうした、壁でも感じたか」
「壁って言うより、霧に近いかもしれない。方向を見失ったっていうか、せっかく見つけた足元の明かりが僕のためにあるものじゃなかったっていうか、幻でも見ていた感じだ」
「なんだそれ、詩人かアンタは。もっとあたしにわかりやすく言ってくれ」
彼女は僕とは反対向きにベンチに腰を下ろす。
「なんていうかな、憧れだけじゃ厳しい世界だな、って」
そう言うと、彼女は、は、と笑った。
「当たり前じゃねーか、その年で今更気づいたのかよ」
いいか?と彼女は続ける。
「憧れってのはただの引き金だ。何かを始めるスターターになることはあっても、そこから先まで引っ張っていってくれるほど力のあるもんじゃない。前に行きたいならもっと貪欲になれ、意地汚くなれってことじゃないぞ?下手に高すぎるプライドとか、どうしようもなく凝り固まった意地なんて捨てちまえ。余計なもんはぜーんぶ捨てて、欲しいものだけその体に貼り付けていけばいい」
「欲しいものが、手に入らないってわかってしまったらどうする」
僕のその言葉に彼女は察したのか、
「……適性か、どれくらいなんだ」
そう尋ねた。
「E、マイナスだ。絶望的だろう」
顔を見なくとも、彼女の背中越しにも彼女の体が少し強張ったのがわかる。
「そりゃえらく絶望的だな。投薬とかトレーニングで底上げしてもDに引っかかればいいってくらいか」
「君は、どうなんだ」
「あたしは運が良かったみたいだ。あんたとは正反対だよ」
「まさか……、S、なのか」
サクラが小さく頷いた。
なるほど、そりゃ自信家にもなるわけだ。将来を確約されたアーティスト、というわけなのだから。
「大抵のパーツは扱える、ここだけの話だけれどもういくつかのクランから声もかかってる。スポンサーの申し出もあったよ」
「羨ましい話だ」
どの世界にもいるものなんだろう、天才というものは。
ここまでの差を見せつけられると僻みも妬みも湧いてこない。いっそ清々しいくらいだ。
「悪いな、こんな話聞きたくなかったろ」
サクラは少し申し訳無さそうにそう言う。
「いや、ありがとう。いっそ覚悟がついたかもしれない」
「なんの、覚悟だ」
言うべきか言わざるべきか少し迷ったが、ここまで話していて言わないままというのもおかしいだろう。
「アーティスト、諦めようかな、って」
「お、おい」
「向いていない世界だったんだ。もしかしたらもしかしたら、って縋ってたんだろうな、君の言う通りだ。どうしようもない意地、拘泥で続けていける世界じゃない」
ゆっくりとベンチから立ち上がる。
「ブレイクアーツは好きだ。技術者とか開発者って道も考えてる、悪くないだろう」
「良いわけあるか!」
いきなりの怒声に思わず体がすくんだ。
「こっちを見ろ、あんた何か勘違いしてんじゃないか」
振り返ると、サクラが立ち上がってこっちを睨みつけていた。
「倫ノ助、ここに来たくても来れなかった連中がいったいどれだけいるか、あんたなら知ってるはずだろ」
今にも僕を殴り飛ばしそうな勢いで彼女は続ける、
「倍率120倍、それだけの骸の上に立っているんだぞ、いまさらビビって降りるなんてそんな話があると思ってるのか」
握りしめ、固くなった彼女の拳が、ぼすっ、と乾いた音を立てて僕の心臓辺りに触れる。
「一度も戦わずに逃げて、それで技術者になって、それで正しい選択だったなんて、あたしは嫌だ。せめてちゃんと自分の限界を見て、それでもダメだってんなら止めないよ」
「ここが、僕の」
「ここがあんたの限界かどうかなんてあんたが分かることじゃ無いだろうが!」
怒りというよりも慟哭に近い声だった。
僕は自分でも驚くほどに冷たい台詞を吐こうとしている。
そして、そのことに心苦しさを感じながらも、ゆっくりと口を開いた。
「君の話も、わからないわけじゃない……、でも」
僕はそっと彼女の拳を払う。握りしめていたせいか、とても冷たい拳だ。
「適性という才能に恵まれた君の言葉を、卑屈な僕は素直に受け止められない。すまない」
そう言い捨ててその場を去ろうとした僕に、静かだが力のある声でサクラが言う。
「一回だけでいい、走れ。あたしのレースを見て、何か感じたなら最後のレースだけでもいい、走れ」
僕は、何も応えぬままその場を後にした。
どうでしたでしょうか。
近いうちに更新を行いたいと思います。
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