the Day of zero hour -1st-
あらすじにも書きますが、ブレイクアーツの二次創作です。ご容赦ください
また、サイトの利用方法について日が浅いため、文字列の乱れや記号の乱れなどがある場合にはお知らせください。
Twitter……Nosuna_Iori
部坂 倫ノ助 様
この度はアーティスト適正試験へのご参加誠にありがとうございました。
試験結果明細資料を添付させていただきます。
試験結果の如何に関わらず、適正無しという判定を受けられた方以外は、指定日時にデビューレースを行いますので、添付資料を熟読し、万全の準備をするように願います。
それでは、よいアーティストライフを。
B.A.S.C.公認全日本アーティスト連盟 ルーキー試験担当 穂浦 道和
そんな、短い文面のメールの最後には、どこか人を小ばかにしたような表情を浮かべる猫のアイコンが張り付いていた。
メールに添付されていた資料を開く。
期待はしていないし、半ば覚悟も決めていた。
だがやはりこうして結果をはっきりと突きつけられると、どうしてもいやな影が心を痺れさせる。
「アーティスト適正 E- 」
アーティスト適正無し、とすっぱり切ってくれればいいものを。
なまじ動かせるばかりに今度のデビューレースで恥を晒さなければならないじゃないか。
そう呟いて僕はメールファイルを閉じた。
BreakArts
数年前に突如現れたそのコンテンツは瞬く間に世界を駆け巡った。
世界に普及した生体-電脳リンク技術をプラットフォームとした、次世代レーススポーツ。
この破壊は芸術だ。をキャッチコピーに、爽快感を追求したそのコンテンツはわずか数年のうちに電脳スポーツの花形的地位に上り詰め、今では全世界でおおよそ1万5千人ほどのBAプレイヤー、通称アーティスト達が鎬を削っている。
1万5千人というプレイヤー人口は、全世界規模に広がった電脳網を基準にすればごく一部だろう。
理由がある。アーティスト適正だ。
BAに使用されている生体-電脳リンク機構は誰でも彼でも扱えるほど大人しいものではないのだ。
電脳網に対する高い適応性を持った者でなければ、機体データを受け止めきることはできない。
その為に、アーティストになろうとした時には、年1回行われる公認機関の筆記、適正試験と面接を受け、認可をとらなければならないという規則がある。
僕はたった今、そのアーティスト試験に合格し、晴れて電脳スポーツの花形であるブレイクアーティストになった訳だが。
「適正、Eマイナス。どうにかこうにかレースに必要な最低限のデータは扱える、ってことだよな」
適性にはランクがあり、SからEまでのカテゴリに分けられる。
上位カテゴリになればなるだけ膨大なデータを処理できるということであり、それだけデータ重量の大きいパーツや兵装を容易に使用できる。ありていに言えばランクが高いほうが優れているといっても過言ではない。
僕は、E。しかもマイナスのおまけまでついてきた。
ぽんこつもいいところである。
おそらくレースに出場したところで、僕が築き上げることのできる記録は連続最下位記録ぐらいのものだろう。
「やっぱり、憧れだけでやっていける世界じゃないよなぁ……」
僕は椅子に深くもたれかかって、テーブルの上においてある四角い枠に目をやった。
枠は写真立てで、中には少し色のあせた写真がはめられている。
写真といっても、電脳データのスクリーンショットだが。
そこに映っているのはとあるBAの機体。
くすみひとつない真っ白いボディに、目の覚めるような赤いライトのツートンカラーが特徴的なそれは、今から5年前、BA黎明期において最強と呼ばれた。
数多の弾幕を踊り跳ねるように潜り抜ける姿と、ウサギのようなカラーリングから"ラピッドラビット"という愛称で呼ばれた機体だ。
その姿に憧れてアーティストを志した者も少なくない。僕もその一人だ。
だけれど、憧れなんていうあやふやな物で勝ち抜ける世界でもない。
資料によれば、3週間後に行われるデビューレース。ここで今後のアーティスト人生がほぼ決まってしまうといっても過言ではないだろう。
いわばデビューレースはトライアウトとスカウトのようなものだ。
アーティストは基本的にクランと呼ばれるグループに所属して活動する。ごく稀に所属を持たず一人でレースや大会に参加する変わり者も居ないわけではないが、そういう変わり者は往々にしてエキセントリックな性格と滅茶苦茶なスキルを併せ持つ例外中の例外。
僕のようなタイプはどこか所属を持たなければレースに参加することすら危ういだろう。
芸能業界と似たようなシステムだと思ってもらえれば良いだろうか。
と、言うわけで今度のレースは気合を入れて望まなければならないのだ、が。
「確か今年のルーキーは豊作らしいなぁ……僕は望み薄かな」
僕と同期の平均適正はB+、うわさではS適正のアーティストまでいるらしい。
大手のクランはどこもその大型ルーキーに注目しているだろう。僕のような有象無象はドラフト圏外だ。
クランの招待を受けられなかったアーティストがどうなるかなんて決まっている。一人孤高に戦い抜くか、誰にも知られることなく消えていくか、二つに一つだ。
「ま、ダメモト受験だったし、仕方ないか」
努力が才能に劣るとは思わないし思いたくないが、現実は非情だ。
僕の才能がここにはなかった。それだけのことだ。
「機体パーツ開発とかもやってみたいし、そっち方面で頑張るのもアリ、かな」
何もアーティストだけがブレイクアーツの仕事じゃぁない。
機体開発やオペレータも選択肢としてはアリだ。
「とりあえず、今度のレース。やれるだけはやってみようかな」
もしかしたらどこかのクランに引っかかるかもしれない。望みは薄いけれども。
3週間というものは意外と早く過ぎてしまうものだった。
その日の朝は珍しく目覚まし時計が鳴る前に目が覚めたのを覚えている。
レース会場まではアーティスト連盟の送迎車と担当官が迎えに来るという話だったので、簡単な着替えと準備を済ませて待つ。
頭の中ではいろんな考えがごちゃごちゃと浮かんでは散逸していた。
アーティストになるためにそれなりの時間と努力はしてきたつもりだったのに、才能という壁がいかに高く堅牢かということを教えられた気分だ。
写真立てに触れる。
「見てみたかったんだけれどな。誰よりも速い所から見る景色って奴」
チャイムが鳴る。
ドアを開けて外に出ると、黒いセダンと、その傍に立つ一人の男性が見えた。
「おはようございます。よく寝られましたか?」
彼はメガネの奥で笑いながらそう言い、慣れた動きでスーツの内側から名刺を取り出し、僕に差し出す。
「J.B.A連盟の穂浦 道和……さん」
メールにあった名前だ。
この人当たりのよさそうなメガネの男性が僕の担当なのだろう。
「準備はできましたか?緊張しているとは思いますけれども、まぁそこまで肩肘張らずに走れば大丈夫ですよ」
彼はそう言いながら車の後部ドアを開けて僕を促す。
「ありがとうございます」
礼をいい、僕は車内に入る。
腰を下ろすと、弾力のある柔らかさに体が沈むのを感じる。あまり慣れない感触だ。
すぐに前のドアが開けられ、穂浦が運転席に座りシートベルトを締める。
「車、出してもいいかな?」
僕がうなずくと、音もなく車が加速を始めた。最近ようやく実用レベルで普及し始めた燃料電池車なのだろう。
「30分くらいで到着すると思うよ。到着したら受付を済ませて、着替えて軽くウォーミングアップをしてもらう感じかな。レース自体は午前中に1回、午後に2回の合計3回。それだけチャンスがあるってことだから、1度くらいの失敗であまり気を落とさない事をおススメするよ。今のうちに聞いておきたいこととかあるかな?」
穂浦にそう言われ、僕はしばらくの逡巡を持つ。
1分か、もう少し長いくらいの無言を挟んで、僕は口を開いた。
「……ひとつ。いいですか」
「なんだい?」
「アーティストの才能って奴です」
僕のその短い言葉で彼はおそらく僕の言いたいことを察したのだろう。彼は少し堅く、重い口調で、
「君の適性は知っているよ、はっきり言えば絶望的な才能だ。適正の成長がないわけではないけれど、伸びしろは期待しないほうがいいだろうね」
そう告げた。
「そう……ですよね。アーティストには適正が必要で、僕にはそれがない。体重も腕力もない格闘家みたいなものです。そんな僕が」
「部坂君、君は何か勘違いしていないかな?」
僕の言葉をさえぎる様に穂浦が言う。
「アーティストには才能なんて必要ない。あればちょっと有利になる、それだけのものだよ」
「でも」
「昔ね、ちょっと前、僕が現役アーティストのころに一人のアーティストが居たんだ」
僕の反論を無視して彼はしゃべり続ける。
「僕と同期の若い青年だった。そのころはまだ適正のランク付けシステムがなかったんだけれど、今のランクに当てはめるとしたら彼はおそらくDからD-、決して有能とは言えなかったと思う」
どこか楽しそうに薄い笑顔を浮かべながら彼はハンドルを切り、一呼吸入れてまた話を続ける。
「僕の適正はB+、最初は恥ずかしながらも見下しているところがあったよ。適性のないアーティストは恵まれたアーティストに勝てない。君と同じ意見だった。でもあるときね、その彼と同じ舞台でレースをすることになったんだ。負けないつもりだった、いや、正直に言えば眼中にすらなかった」
赤信号で車は緩やかに減速し、止まる。
「僕のスタイルは超重量型ドローントラッパー。十数機のドローンに両腕のトラップで相手の思うような走りをさせないことを主眼に置いた戦い方だった。戦績もまぁ悪くはなかったよ。わずかながら自信と自負もあった」
でもね、と彼は挟み
「一発も、ただのひとつも当たらなかった。舐めるように滑り抜ける彼に、僕の武器はあまりにも遅すぎた。視界のはるか外を一人で走る彼をただ見送るだけだった」
まさか、と。
しかし、僕の知りうる限りそんな走りをすることができたアーティストはひとりしか居ない。
「君も彼に憧れたタチだろう?面接のときにもそう話してくれたしね」
やはり、彼なのか。
ずっと思っていた。
彼のようなアーティストは有り余るほどの才能の上に果ての見えない努力を積み上げた者なんだろうと、そう思っていた、思い込んでいた。
「レースのあとね、彼は教えてくれたよ。ブレイクアーティストにとって一番持つべきものは何かって」
穂浦はバックミラー越しにチラリと僕を見て
「ハートだとさ、技術よりもアセンブルよりも何よりも。絶対に負けたくないというハート。絶対に勝つというハート。自分のアーキテクチャを信じて疑わないハートが、勝利を転がり込ませる」
信じがたい事だ。
時代遅れの根性論。根拠の無いジンクスですらないオカルトまがいの戯言。
しかしそのセリフを吐いたアーティストは、その心情の下に金字塔を打ち立て未だに人々の記憶に残り続けている。
「どう思う、部坂君。馬鹿な話だと一蹴するもよし、金科玉条に掲げるもよし。君の判断に任せるよ」
車が停止した。
都市部の外れに建つ真新しいビルが車窓から見える。
「話はこれくらいかな、レースまでは少し時間がある。ウォーミングアップをするもよし、控室で他のアーティストと話してみるのもいいかもしれない。もちろん一人で集中したいならそれ用の部屋もある。僕は車を戻してくるから、君と次会うのはレース前だ」
ひとりでに後部座席のドアが開いたのを見て、僕は少しの躊躇のあと車から降りる。
春先の空気は思っているよりも肌寒さをわずかに孕んでいた。
正直に白状しよう。勝てる気がしない。今すぐ尻尾を巻いて逃げ出したい。
アーティストなんて高望みをしすぎたんだという考えが、否応なしに鎌首をもたげてくる。
だがしかし、
「ハート……か」
穂浦から聞いた話をもう一度ゆっくりと反芻し、自分の中にじっくりと落としこむ。
どうだろうか。
才能も実績も実力もまだまだ及ばない僕に、果たしてハートはあるか。
純粋で混じりっけなしの真っ直ぐな熱はあるだろうか。
「最後に、恥も外聞もかなぐり捨てて頑張ったのっていつだったかな」
穂浦の車がどこかへと去っていくのを視界の端で見送りながら、僕は正面に鎮座するビルを半ば睨みつけるように眺める。
「勝とう。才能とか、経験とか、そういうものは今必要じゃない。たった一発でいい。ラッキーパンチでもいいから、最初で最後くらい、一発キメてやろうじゃないか」
どうでしたでしょうか。
近いうちに更新を行いたいと思います。
意見や感想がございましたら、励みとなりますのでこちらまで
Twitter……Nosuna_Iori