[第10話:思い出す]
「ウソ・・・だろ?」
千里の母はうつむいたままだ。
「おい・・・母さん!兄なんていないだろ?」
母は答えない。
「兄がいるのか?オレには・・・」
母はコクリとうなずく。
「・・・兄の名前って・・・零斗?」
母は、その言葉にハッと顔を上げる。
「なんで知っているの・・・?記憶がなくなったんじゃ・・・?」
千里はその質問に答えずに、
「どうして兄は死んだんだ?」
と、母に質問をする。母はまたうつむいてしまった。
「なんでだよ?!」
もう一度聞く。
「・・・零斗が死んだ理由?」
「そう。なんでだよ?」
母は少し黙る。そして。
「それは・・・零斗が死んだのはね・・・」
レニアは口を開いた。
「私が死んだのは・・・交通事故、だ。
・・・ぐ・・・偶然走ってきたトラックにひかれて・・・」
_偶然走ってきたトラックにひかれて_
レニアはその言葉を少し考えてから言った。
「え・・・?なんで千里は覚えてないんですか?」
「それは・・・軽い記憶喪失になったのだ・・・
私のことだけを忘れてしまう、という・・・」
レニアの表情が曇った。
「なんでですか?!」
歩李がまた質問する。
「それは・・・」
レニアは、それから黙ってしまった。
「零斗は、千里をかばって・・・トラックにひかれたの・・・」
以外すぎる言葉に、驚く。
「なんだよそれ・・・」
千里はありえない、とばかりに言った。
「どういうことだよ?くわしく教えてくれよ!!母さん!」
そう叫ぶように言った千里に、少し驚き・・・
でもすぐに真顔に戻って。
「・・・分かったわ。話してあげる。
零斗はね・・・その日、千里と公園に行ってたの。母さんもね・・・
ボールで遊んでたわ・・・それで・・・運が悪かったのね・・
ボールがね・・・本当に運悪くて・・・道路に、ポーンって・・・
転がっていっちゃったの・・・それを何も知らない千里・・・
あなたがボールをおいかけて行っちゃって・・・」
母が言葉を切った、そのとき。
ドクン。
息がつまる。ボール。手からはなれて。うしろに、うしろにとんでいくボール。
道路に転がってしまった。自分は、走った。待て、待て、ボール。
千里!千里!
声がする。でも、あのころの自分には、聞こえていないようだった。
ドクン。
息切れしていた。おぼえている。零斗。お兄ちゃん。・・・思い出した。
「ボールを追いかけてね・・・千里が、走って行っちゃって・・・
それで・・・トラックが来ていたの。でも千里は気づかないで、道路でとまっているの・・・
母さん、千里のところにはしっていったのよ。でも・・・
・・・零斗のほうが速くって・・・零斗は、千里を歩道に押し戻して・・・かわりに・・・
鈍い音がしたわ。零斗は・・・倒れていて。頭からの出血が、すごくて・・・!!」
千里は、もう母の話は耳に入っていなかった。
ドクン、ドクン。
ボールをもって。お兄ちゃんが走ってきた。
千里ッ・・・
お兄ちゃんはオレの手をひっぱって。痛かった。歩道にオレは倒れこんで。
ドンッと音がして。
気が付くと、お兄ちゃんは道路に倒れこんでて。血が、ドクドクとから流れ出ていた。
オレは、なぜか怖くなって母さんにかけよって。でも。
母さんはフラッとして、ひざを地面に膝をついた。
オレの肘からは、血が出ていた。痛い。でも。
お兄ちゃんほどでは・・・なかった。
ドクン、ドクン。
「病院に運ばれたけど・・・ダメだったの。ッ・・・う・・・零斗・・・!!
だから、零斗はあなたを・・・千里をかばってくれたのよ・・・!!
あなたは忘れてしまったようだけど・・・ッう・・く・・・」
母は、泣き出す。千里は勢いよく立ち上がり、
「思い出したよ・・・ありがとう。母さん・・・」
千里は、家を出た。
走る、走る。歯を食いしばって・・・風が、こんなに冷たくて痛いとは、知らなかった。
それほどに、走った。
思い出したんだ、レニアのこと・・・いや、兄である零斗のことを。
遅くなりました。
見てくださってありがとうございます。